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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
人を試み人を誑す。人を練り人を還す
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耐えられない程の試練はない①


そこは洞穴。

淡い紫が充満し、吐き気を催す甘さが満ちる。

その色は濃く、目に毒々しい刺激として伝えていた。

日も沈み、本来は暗さで見えないはずのその色が、壁に灯った火を怪しげに揺らし光を曇らせている。


イランはその入り口でそれを見つめる。

その視線の先には1人の女性の姿。



彼女は、実に愛おしそうに、熱を帯びたその視線をイランへと絡み付かせる。

「また来てくれると思いました。アイの愛しの貴方様」

「媚びたような甘ったるい声を出すな」


「甘いお声は嫌いですか?あのルノ・アデ––––

その瞬間その女性の口を目掛けて黒鉄が鋭く生成さる。


口内から頬にかけて抉り取られたそれを、ボトボトと地面に落としながらも彼女は直、笑みを絶やさない。



「その腐った口であの子の名を口にするな」

瞬きなどしていない。それでも気付かない間に彼女の顔は元通りとなっていた。


「うふふふふぅ。そうですね。そうなのですね。貴方様には、このアイの正しい名を呼んでいただきたいので、自己紹介をさせていただきたいのです」


脈絡のない返答を無視して彼は生成を続ける。彼女が口を動かしている間にも何度もその体を穿つ。

だが気づいた時には姿を消しまた別のところから声を届けている。



「アイの名はアナティマ」



その姿は初対面の時に身に纏っていた、ギルドの職員の制服ではなくなっていた。


黒を基調としたローブ。純白の線が装飾として入っており、その衣装はさながら聖職者(シスター)の衣装。

頭からは羊が生やすツノが生えているが、形状が違う。頭から少し隙間を開け、形に沿うように内側へと伸びている。


瞳の形もまた…羊のように横に伸びた楕円の形をしていた。その短い一本線からは、只々邪悪さが滲み出ていた。

その薄い桃色の髪は、瘴気を吸い込み体に馴染ませているかのようだった。



「試練を乗り越えし者には祝福を。欲望に堕ちし者には剥奪を」


彼女の言葉がイランの頭の中で重複し反響する。それが響くたびに炎が揺れ動き影を踊らす。



「神の名の下、神に変わり、このふかぁ〜〜〜い愛を持って……このアイが導いて差し上げるのです」


視界がぼやけ、混ざるはずのない影と光が視界で混合する。

それは宴だった。光と闇の相反の宴。

意思などあるはずもないそれらが、まるで歓喜し絶叫するように、音を響かせる。

耳の中に聴いたこともない不協和音がイランの意識を(つんざ)く。




……それらの刺激がピタリと止む。


「………『愛の悪魔』アナティマと申します。以後、末長く、お見知り置きを……愛しの貴方様」


彼女が名乗りを上げるのを待っていたかのようにそれらは全て鳴り止んでいた。



「アイのことは是非、アティーとお呼びください」



邪悪に微笑むその姿は、まさに悪魔(サタン)だった。




**




『愛の悪魔』

正式に登録されている名は『聖絶の悪魔』

愛の悪魔は彼女の自称だ。

悪魔でありながら神を信仰する矛盾した存在。彼女の存在意義(レゾンデートル)は『神の代わりに人を試すこと』

誘惑を、試練を与え……結果に応じて罰と祝福を施す。



それが彼女の権能。

《試練と祝福》《誘惑と剥奪》《奇跡の顕現》


その特性から差別的で排他的な性格をしている。

受け入れるべき者、排除するべき者。愛しい者、憎き者。それが完全に区別されている。


……聖絶されているのだ。



だが気に入られたからと言って良いことが起こるわけもない。彼女に魅入られた者には次々と厄災が降り掛かる。あらゆる誘惑が襲い掛かる。


それを乗り越えし者にはより強い祝福が与えらてゆく。

逆に堕ちた者には………





**




「…ッ!こんッッのぉッ!!」

イランの視界は悍ましい肉塊で埋め尽くされていた。



肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉肉



触手のように伸びてくるその肉の先には、人間の形に似た巨大な口のようなものがついている。

涎を振り撒き、大きさも並びも不揃いなその歯を、こちらへ突き刺そうと目一杯開けてこちらに差し迫っている。


それらを生成した《黒鉄クロガネ》で押さえ込むが勢いは止まらない。いや、より一層強くなる。

耐えられないと判断したイランは即座に《属性佩帯コンヴェスト》をかけ、身体を防御する。




その肉塊に押され洞窟から放り出される。

土飛沫を上げながら彼は靴裏を地面に擦らせ、後退する。


洞窟の穴から溢れ出るその肉塊。

洞窟の入り口でひしめき合うそれらを押し除け、悪魔がその中心から姿を現す。



「何が愛の悪魔だ……気色の悪い。いや、悪魔は元来悍ましいものだったな。」


「うふ、うふ、うふふふふふ。貴方様がアイを……アイを見てくれているのです……やっと、やっと美しい瞳の中に…その視界に……穢れのない眼差しの先に、この…ッ、ア、アイがぁ!あ、あ、愛が溢れてぇぇえええッッ!歓喜で身が震えるのです!悦ばしいと魂が叫んでいるぅううううううう!」

顔を天へ向け、背をのけぞらせ、自らの体を抱き、震わせ、絶叫する。


絶頂。

彼女の今の様相を表現するにはこの一言に尽きる。

そんな彼女をイランは睨め続ける。



「……貴様、なぜそこまで俺に拘る」

「……うふ」

顔を天へ向け、細めたその目の中で瞳だけをイランに向ける。

待ってましたと言わんばかりに語り始める。


「言ったでしょう?アイは貴方様のことを知っていると」



彼女にとってこれは、聖書に描かれるいと高き君の語り部だ。


その高揚した気分を表すように、彼女名前に次々と奇跡が顕現する。


「アイは貴方様のことをよぉ〜く知っているのです!あの夢を見てから沢山怖がって可愛く怯えていたことも、沢山鍛えて強くなったことも。沢山死に急いで自らを追い詰めたことも。かのエンシェントエルフに命の保障の代償として面白半分で腕を植え付けられ、その足元を這い蹲り、命からがら生き延びたことも。愛しの女の子達と竜退治をしたことも、人を集めて、沢山愛して愛されて、恋して焦がれて求められて……うふっ。全部知ってているのです」


純白の羽を生やしたラッパを持つ小人が舞い踊り、夜にもかかわらず光が彼女を照らす。


気色の悪さに、イランは自分の顔が怪訝へと変わっていくのを止められない。

だがそれとは裏腹に彼女は実に楽しそうに実に素晴らしそうに語り続ける。



「ね〜えぇ、なんでだと思います?思いますかぁ〜?うふふ。その熱い視線……知りたぁい?知りたいのですね?私の言葉を求めているのですよね?答えてあげちゃ〜うのです!アイはぁ、貴方のことをぉ、愛しておりますのですから〜?教えてあげちゃぁうのです!」



声の音量が上がってゆく。その絶叫は地を震わせ土を浮かせる。

いつの間にか纏っていた透明な羽衣が虚栄の光を反射させ、キラキラと輝く。

複数の亡者や人のようなものが彼女に何かを訴えるように縋りつく。

その強烈な光景にイランの頭に痛みが走る。



「なぜなら、なぜならば、なぁんでならば!!それらはぁ、アイがぁ、貴方様に与えたぁ、試練だから〜!貴方様はその全てに答えてくれた。乗り越えてくれた。祝福を受け取ってくれた。あぁ、愛しい、いとぉしぃ子よぉ!愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる、愛してぇ、アイがあなたを愛してるのと同じくらい、うぅん、それ以上の愛で、アイを貴方様の愛で満たしてぇぇええぇえぇえッッ」



先ほどの異常な光景が消え失せ、暗闇が舞い戻る。


彼女の言葉に、彼の生成が止まる。魔術の行使を取りやめてしまう。



「……全部貴様の仕業だとでも?あの耳長のバケモノすらお前が引き寄せたと?」



耳を貸してはいけない。会話などしてはいけない。彼女は悪魔なのだ。



「……違います。違うのです。逆なのですよ〜。『貴方様が』かのエンシェントエルフに近付いたのです。貴方様のその出来上がった精神性はかくも美しい。アイの(権能)と親和性が高い。相性が良いのです。……アイ達が出会ったのはやはり運っっ命っっ!出会うべくして出会った決められた(さだめ)だったのですっ!」



悪魔の言葉は人間に毒だ。



「なんて愛おしい子なのでしょう。貴方様の高尚で気高い魂はまさに高潔(ノーブル)。アイもつい身が入ってしまって、貴方様に見合う人間を、と……。さすがにお節介がすぎましたかね?」

「ファムナもウルカも……ネプトもルノもお前が出会わせたのか…?」



人の心などすぐに惑わし、拐かし、狂わせる。



「安心して下さい。彼らの()()も済んでいます。彼らは見事乗り越え貴方様に相応しい方々となりました。貴方様にとっても彼女達はとても魅力的でしたでしょう?」



何かを思い出したかのように人差し指を唇に当て考えるそぶりのまま黙ったイランへ語り続ける。


「でもぉ〜……。あの子はダメでした……」

『残念でなりません』そう言いながら落胆の表情を見せる。




悪魔の言葉に耳を貸してはいけない。


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