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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
人を試み人を誑す。人を練り人を還す
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恐れてる場合じゃない


あれからイランは生成した黒鉄でウルカとファムナームを回収。ルノを背負い即座にその洞窟から脱出した。


その出入り口でクレアとネプトと再会する。

イラン達とはぐれたことに気づいた二人はすぐさま洞窟の出入り口へ戻っていた。


本来の二人ならイランを置いて洞窟を出るなどあり得ない。見つけ出すために捜索を行う。

だがその時の彼らにはそれが最善だと思い込んでしまっていた。




姿を見た瞬間、イランは二人の無事に胸を撫で下ろす。


「ご、ご主人様、何があったんですかッ?!み、みんなが…ッ!」

「わからない、とりあえず撤退だ。異常事態が多すぎる。このままクエストの続行はできない。この3人にもすぐに治療を……おい、ナテマ調査官はどこだ…?」

「ナテマ?……主様、誰だ…?それ……?」


「……は?」



いくら問いただしても二人は知らないという。完全に記憶が消えている。最初からいなかったかのように彼らの頭の中からも姿を消していた。


あれを覚えているのはイランのみだった。

記憶を失っているのか、そもそもイランにしか認識できていなかったのか……




**




ギルドへ戻り、報告をする。

3人を治療室へ送り瘴気の浄化と回復をしてもらう。


その間に『ナテマ』という人物について尋ねる。

だがそこでも『ナテマ』と呼ばれる職員は存在していないとされていた。


『こういった調査の場合、魔獣の魔力や瘴気を、魔石を使っで持ち帰ってもらうのが基本です……そもそも調査官を同行させることなど、あり得ません』受付の職員はそう答えた。


謎は深まるばかり。だがそんなことに思考を割いている余裕はなかった。

一つの問題が生じていた。



ファムナームとウルカは気を取り戻し、少しの記憶障害は残るものの、特に体に異常は見られなかった。

あの時、彼女達自身に何が起こったかを問うても意識がまだはっきりとしておらず、まともな受け答えはできなかった。

もうしばらく療養が必要とされた。



そしてルノも目を覚ます。


「……目を覚ましたのか…っ、ルノ…!」


『本当に良かった』そう言いながら彼女を抱きしめる。

彼女はただそれを受け入れる。

いや、それしかできない。



「目を覚ましてばかりで悪いが、あの時何が起こったのか教え………?」

「……………」

「……ルノ?」



彼女は何をしても反応を示さなかった。虚空を見つめ、目も動かず、声も発さない。呼吸と心音だけがこだます。

彼女の身体はただただ生命の活動を続けているだけだった。



その姿は嫌な予感と共に彼の心にヒビを入れてゆく。

不安と恐怖が、欠けた心の隙間に入り込み侵食してゆく。

「……っは、…っは、…っは、」



息が浅くしか吸えない。胸が締め付けられる。恐怖が溢れる。自分の死よりもより濃い恐怖……『大切な存在の喪失』という耐え難い恐怖が心を黒く染めてゆく。

黒いヘドロが足に絡みつき自分を下へと沈めゆく。


もう戻れなかったのか?助けられなかったのか?大切な人を……ついにこの手から取り零––––




「「イラン!」様!」

暗闇から引き戻すように二人の力強い声がイランに届く。

腕をしっかりと握りしめ、そこから落ちてしまわないように、心が崩れてしまわないように彼を支える。

その感触は彼の心を今いる場所へと引き留める。



「まだ…まだ大丈夫だ。生きてる…!取り戻せる!諦めちゃダメだ…!」

「大丈夫です。私達も…ルノちゃんを絶対取り戻します!」

イランを4年間諦め続けなかった彼ら。その二人の言葉にはとても強い芯があった。

彼らの眼差しは諦めなど許さずただまっすぐにイランの瞳を射抜く。



「……そう…だな。……済まない。情けないところを見せた。諦めるにはまだ早すぎる」

(待っててくれ…ルノ、必ず救いだす…その為にはまずは……)



イラン達はこの依頼を持ちかけたあの男から情報を得る為に、学園へ戻ることにした。




**




学園に戻れば、すぐさま3人を治療室へと送り、今回の件をヘレンに報告した。



治療室で、その姿を見たヘレンは彼女を強く抱きしめた。何も反応がある訳もない。それでも…強く、強く。


そして次にイラン達を抱きしめた。

『お前達が無事で良かった』彼女のこの言葉はイランの胸に鋭く刺さった。

ジクジクと腫れ上がり、罪悪感という名の毒を広げてゆく。



ヘレンはイラン達を責めなかった。責められるわけがなかった。

彼女はイラン達を高く評価している。であればそれ以上の何かが起きたと考えて然るべき。


瘴気。

突如起こった精神異常。


彼女は『一つ心当たりがある』と1人でどこかへ立ち去ってしまった。

今は悲しみに浸っているいる場合ではないのだ。ルノを救う為に動くしかない。





あの怪しい男が何を企んでいたのか。これの元凶はあの男ではないのか。彼らはそういった猜疑の念を抱きながら、依頼の主である『ネヒィム・ヴプネブマ』の元へと向かう。



だが返ってきた反応は予想していたものと違った。

『話はヘレン教諭から聞いた。本当に申し訳なかった』彼はすぐに頭と手を地につけて、謝罪の言葉を口にした。

誠心誠意の謝罪の姿だった。



彼の話を聞けば、『本当に調査をして欲しかっただけ』とのことだった。

イラン達を、ましてや戦闘能力のないルノを危険な目に合わせるつもりは毛頭なかった。

まさかここまでの異常事態(イレギュラー)が発生するとは思ってもみなかった。


言い訳にも聞こえる。だが目の前で彼女を救えなかったイランには何も言い返すことはできなかった。



その男は思ったよりも必死な態度を見せていた。

彼女を救う為なら力を惜しまない。容体とその時の状況を教えて欲しい。と逼迫した顔つきで懇願してきたのだ。

それは彼なりの罪悪感からか、それとも……




**




彼らが去っていった後その男は1人つぶやく。


「流石に彼女を預からせてはもらえなかったか……」


『まったく…』とその男は誰もいない研究室でため息を吐く。

「悪魔という存在(もの)は本当にいらないことばかりしてくれる」


彼の顔は醜く歪んでいく。


「いつもいつもエドラに構ってもらって置きながら今度は僕の邪魔までするのか…ッ!?薄汚い蠅共が……ッ!人心の老廃物でできた糞の塊の分際でぇ……ッ」 



1人で永遠と呟く。

誰かと喋っているように1人で続ける。

瞳がギョロギョロと目の中で血走る。右と左の目が別の生き物のように動き回り、焦点があっていない。


「………いけない、落ち着かなければ。一旦、落ち着こう。クールダウンだ。冷静さは肝心だ。頭の冴渡りが結果を左右することも少なくはない。ほら、彼の偉大なる主も告げていたではないか、『怒るに遅くなければなりません』と」



男の表情がいつもの軽薄なものへと戻る。


「あの汚臭にいち早く気付きすでに根付いたと、はまさに蠅だな。……それとも別の獲物に目をつけていたのか…?どちらにせよ彼をまだ相対させるわけには行かない。()()があの洞窟にいるのかわからないが…まだ……早い。それよりもルノ・アデュランを取り戻さねば……彼女はまだ伸び代がある……まだ命を落とすには早すぎるし…あの状態では意味がない。まったく、やり方が下品でかなわないな」


彼はぶつぶつと続けながら散乱した書類へと手を伸ばし始めた。




**




あれから数日が経った。

ルノは王立魔術学園ヴァレリオの治療施設に入院していた。

あらゆる魔術の叡智が集められたこの王立学園。それは治療分野でも同じことだった。

故に彼女はここで治療を受けている。



だが、それでも原因は掴めない。

食事も、手洗いも、促せば自ら行う。だが心は何にも反応しないままだった。

『生きているだけ』まさにそういう状態だった。



イランは毎日欠かさず見舞いに来る。

他のメンバーも見にきているが、いつもイランが最後まで残っていた。



ボーっと何もないところを見つめ続ける彼女に複雑な表情を向ける。

「……ルノ……」

「やっほ〜」

後ろから体温共に重さがのしかかる。


「……ミャルルガウルか」

「最近お店に来ないな〜って思って、ちょっかいかけにきたんだけど……なんだか大変だったみたいだね?」


「……まだ、その最中だ」

「大切な人なんだ?」

「そうだ」

『妬いちゃうなぁ〜』という彼女の言葉に彼女との記憶が蘇る。




『あっ、そういえば……自己紹介、じ、自己紹介まだでした……私、ルノ……です、ルノって、いいます……!』



『一応、下手くそだけど……手作り……!、手作り、デス………きゅ、急にごめんね』



『おそいぃ……おそいよぉばかぁっ!ずっと、ずっとずっとずっと、待ってたぁ』



『昔みたいに、『ルーちゃん』って呼んでくれたら、教えてあげる』



『好きって言ってよ、あ、あ、愛してるって、ルノだけだよって、ずっとずっと二人で一緒にいようって』



–––– ………?、ぱぱ〜?お〜い。聞いてる〜?」

ミャルルガウルの声に、彼女との記憶に浸った彼の意識が引き戻される。



「……すまない。考え事をしていた」

「ちゃんと聞いてよ〜。だから〜その子、



()()()()()



がするんだよねぇ〜」


「……どういうことだ…?」

「うちの国の神様はさ〜?悪魔を数匹、その身体の中に取り込んでるんだ〜。あれが顕現する為の祭壇と、同じ匂いがその子からもする。それの原因、多分悪魔だと思うよ?」


ヴプネブマが彼の身を案じてわざと教避けていた情報。わざと教えなかった『悪魔』という情報を、彼は手に入れた。


手に入れてしまった。



ただの偶然。

だがその偶然は時として運命と呼ぶことも出来る。




「もう一度行かなくては」

「……ぱぱ?」


その時にはすでに彼の姿はそこにはなかった。


彼は誰にも言わず、あの洞窟へ向かった。



『パパからも同じ匂いがする』ミャルルガウルのその言葉を聞く前に、彼は向かってしまっていた。


拝読ありがとうございます。


評価・コメント・ブックマークお待ちしております。

まずは総合ポイント100を目標に頑張っておりますので良ければ応援よろしくお願いします。

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