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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
人を試み人を誑す。人を練り人を還す
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見惚れてる場合じゃない



ゆらゆらと大きく揺れ動く水面が、強い日差しを乱反射させキラキラと光を輝かせている。

風に乗ってくる潮の匂いが鼻をくすぐり、肌を少しベタつかせる。


彼らはまだ見たことのない神秘的な水と光の光景に胸を躍らせていた。



「すごいですねーっ!あたり一面、ずーっと水ですっ!」

「流石にこれはテンション上がるな〜!」

クレアとネプトはその感動を表に出して、心のままにはしゃいでいる。


「これ!海!海水って言うんでしょ?た、確か…不純物が多いから電気の通りも良いって聞いたことが……」

「ウルカさん…絶対ダメだよ?」

『や、やらないわよ!』と言いながらも、少し名残惜しそうにするウルカ。そんな彼女を『大丈夫かなぁ』と訝しむルノ。


「……凍りにくい」

『魔法の効果』という、ある意味ウルカと似た様な感想だ。その潮水に指をつけ舐めとったファムナームは『しょっぺ』と言いながらそれを吐き出していた。



皆一様に開放的な格好をしている。

彼らは短パンや薄いシャツを着ており肌の露出がいつもよりかなり多い。

周りを見渡せばより一層肌を露出させた、下着のような格好した人間が大勢おり、水平線まで埋め尽くす広大な海の中で楽しそうに水で洒落あっている。



唯一の貴族であるイランだけがその格好に違和感を覚えていた。場の空気を乱すと思い自分も似たような格好をしているが、どうしても慣れない。


「お前ら……ここに遊びに来たわけではないぞ?」

そう言いながらも格好だけはバカンス気分なイラン。客観的に見ればあまり説得力のない光景だった。





**





王立魔術学園ヴァレリオはもうすぐ長期休暇、いわゆる『夏休み』というものが近付いていた。


放課後。

イランは超休暇中の計画を練る為、クレアとネプトを連れてルノのいる治療室で集まっていた。長期休暇中、何もせず時間をただ浪費するという選択肢は彼らにはない。

したい事、しなければいけない事を言葉にして交わし合う彼ら。そんな中1人の男の影が忍び寄る。




ノックの音。

それを聞きつけ、ルノが扉を開く。


「やぁこんにちは。イラン君はここにいるかな?」

そこにあったのは骸骨の様な細身の男の姿。

『ネヒィム・ヴプネブマ』だった。



「あ、こんにちは。ネブマせん––––

ルノが言葉を言い切る前に、イランはその男の前に立ちはだかる。


「おやおや、イラン君が直々に歓迎してくれるのかい?嬉しいよ。」

「何の用だ骸骨男」


イランの後ろで、クレアが即座に『へ?へ?』と困惑しているルノを後ろに下げる。ネプトは腰に帯びている剣に手をかけている。

2人とも骸骨と呼ばれた男に鋭い視線を向けている。


自分への警戒を隠そうともしない3人に、その男はゆっくりと下から品定めの目線を絡みつかせて行く。

実に不気味な視線だ。



「……うんうん。いい()になったね」


「気色の悪い笑みを俺たちに見せつけるな。用がないなら失せろ骸」


「ははは、相変わらずツンツンしているね。もちろん用があるから君を訪ねにきたのさ。実は一つ、君たちに頼みたいことがあっ「断る」……」


「ずいぶんせっかちじゃないか?年上の話には耳を澄ませ、拝聴するのがマナーだと思うけど?」


「貴様の望みなど何一つとして叶えてやるつもりはない」


「気が短いね。君にとってもそう悪くない提案だ。一旦、最後まで聞いてみても良いんじゃないんじゃないかな?」


「…チッ。さっさと話せ」


『わかってくれて嬉しいよ』とヘラヘラした顔のまま彼は続ける。

「実は––––––






その男が言うには

『とある洞窟で瘴気が発生しており、魔領化が進み始めている。そこの調査して来て欲しい』

との事だった。



魔領の一つ、『詛戒の森』を4年間彷徨い生還したイラン。

そのイランを救う為に力をつけてきたクレア、ネプト、ルノ。

その4人へと白羽の矢が立ったと言うわけだ。



だが怪しすぎる。

あの男は死臭が強すぎるのだ。



魔炎竜が降り立ったあの日、本来ヘレンはもっと早くイランの元へと辿り着いていたはずだった。

だがそうはいかなかった。その道を阻む様に魔獣達がヘレンを邪魔した。

最初は魔炎竜がその絶対的な支配力を持って魔獣を操っていたのかと思ったがどうやら違う。

その魔獣達はヘレンから攻撃を受ける前から致命傷を負っていた。

すでに死んでのだ。


そしてあの()()()()()


イランが掃討した賊達もだ。

あの時イランは最後の1人に依頼者の名を吐かせる為に尋問を行なっていた。


その男が言うには、骸骨の様な不気味な男に手配され、あの亡霊から仕事を受けたと言う。



怪しすぎる。その上わかりやす過ぎる。

目の前に餌をぶら下げ道を誘導するそのやり方に屈辱すら感じる。

わざと疑いを仕向けるような粗雑さに違和感を覚える。


(ヒントを与えて誘導してるつもりか、小賢しい)



ヘレンからは、その全貌が見えるまでは下手に手を出すなと言われている。

イランもそのつもりだった。


だが、ここまでコケにされわかりやすく喧嘩を売られて、無視していられるほど彼は我慢強くない。


それに最近ずっと()()が上手くできていない。

定期的にガス抜きをしないとまた彼女達に心配をかけてしまう。


『いい機会だ』と彼はあの怪しい男の依頼を受ける事にした。




『一応ギルドからの調査依頼(クエスト)と言う事にしてあるから。ギルドに登録をしてから向かうといい。成功すればもちろん報酬が受けられるよ。危険度は高めだから無理はしないように。では頑張ってくれたまえ』


詳細な情報が記された資料を渡した後、去り際にそんな言葉を残していった。




**




「まさか海が近くにあるとは……だが寄らなくてもよかったんじゃないか…?ギルドの登録もまだだと言うのに」


「いやいやいやいやいや、主様よ。そこは臨機応変じゃないですかぁ〜。たまには休みを堪能しないと!ね?ね?一緒に海に向かって走ろうぜっ!」


「いや、俺は遠慮しておくよ……いや、走る、か。……この砂、走り込みにいいんじゃないか…?足が沈むし…クレアの踏み込みをより強くするのにぴったりなんじゃ……」


そんなイランの言葉に呆れたと言わんばかりにウルカが声をかける。

「あんた、こんな時まで鍛錬のこと考えてんの?……あたしの言ったこともう忘れたの?」



––––あんた、きっと頑張りすぎなのよ。…少し休みなさいよ––––



「…そうだな。そうだった。たまには体を休めるのも、悪く無い」

「ものわかりがいいじゃない。いい子は褒めてあげるわ!」

イランの頭を撫で出すウルカ。流石にそれは照れ臭いのか、動揺しながらもゆるい抵抗を見せる。


「……と言うかお前……腹を出しすぎじゃ無いのか?」

ウルカの着ているシャツは服の裾がかなり短く臍まで見えてしまっている。裾の幅に余裕があり、ふわふわと風に吹かれ裾の線が宙で揺れ動く。その現象が余計に彼女の露出を増やしている。

クロップドのTシャツを着ているウルカ。その美しくも整った薄い腹筋がイランの目に映る。


「へ?こんくらい普通じゃ無い?もしかして照れてんの〜?お貴族様のイラン君はムッツリさんなんですかぁ〜?」

「や、やめろ」

ツンツンとウルカの細指がイランの頬へと優しく刺さる。


「というか……あんたも脱ぎなさい……よっ!」

そう言いイランの服を強引にひっぺ返す。

「…あんた、身体すっっごいわね」

「………あまりジロジロ見るな」


イランの上半身は傷跡と筋肉によって埋め尽くされていた。すぐにイランはその裾を下へと戻す。

ウルカは少し気まずく感じたのか、ファムナームの方へ行ってしまった。



「い、いーくん」

「るーちゃん、遅かったな、どうし……」

その声に呼ばれて、振り向くとそこには……



「天使だ」

天使がいた。



「へ?」

「あ、いや。なんでもない」


つい、心の声を口走ってしまったイラン。

それほど彼にとって彼女の姿は魅力的に映っていた。


シンプルなワンピース。

生地が薄く風が吹くたびスカートの裾が軽やかに揺れ動く。肌の白さと純白のワンピースがその黒い髪と瞳をより一層際立たせる。

こちらを控えめに見つめる瞳に虜になってしまう。


「いーくん?」

「……綺麗だよるーちゃん」

「…へっ?!え?え?」

「よく似合ってる」


愛しの人から褒められて喜ばない乙女はいない。恥ずかしいながらも彼の言葉はルノの心を満たしてゆく。

感情が溢れる。言うならここだと意を決する。


「…あ、あの!いーく––––


「ふんっ!」

「ゴハェッ?!」


その瞬間イランの腹部に突如銀色のミサイルが激突した。



そのままファムナームとイランは砂の上を体を絡ませながら転がってゆき海の中へと消えていった。

クレアは『ご主人様ぁっ?!』という声と共に、ものすごい勢いで追いかけるように飛び込んでいった。



その光景を名残惜しそうに見つめる。

だが少しホッとしている自分もいる。それでもいつかは伝える。この気持ちを伝えなければ、きっと自分の欲しいモノは掴めない。誤魔化したままではその先へ進むことなどできないのだ。



(いーくん、2人きりの時に…ちゃんと伝えるから……待っててね)



だがこの時、彼女は思いもしなかった。


その気持ちを、望まぬ形で吐露してしまう事を。

純粋な気持ちを伝えるのに、思っている以上の時間を待たせてしまう事を。


拝読ありがとうございます。


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