巻き込まれてる場合じゃない④
「……なぜお前がいる」
「……ついて来た」
あの決闘の後、彼はその精神状態からひどく憔悴しており、その日のうちに休暇を取る為自室へと向かっていた。
憔悴している故に、彼は気付かなかった。
背の小さな彼女が後ろからこっそりついて来ており、部屋の中まで侵入を許していたことに、その失態に。
「戻れ、ここは男子寮だ。女子は基本立ち入り禁止だ」
「………」
「おいっ」
彼の言葉を無視して彼女はベッドへ腰掛ける。
その小さな手のひらで自分の太ももをペチペチと叩きながら呟く。
「……おいで…?」
「何がしたい?」
「……膝枕」
「なぜそうなる」
「……癒して、あげる…よ?」
「………」
「……こわいおめめ、なおす」
沈黙。
部屋の中には『ペチペチ』という太ももを叩く控えめな音だけが響き渡る。
「……いたい」
叩きすぎたのか、その太ももには少し赤みが出ていた。
「……キズモノ」
『傷物にされた』と言いたいらしい。
「……責任」
『責任を取れ』ということらしい。
「………」
「…はやく」
「はぁ、わかったよ。行けば良いんだろ?」
「…んっ!」
早く休みたいという気持ちからか、痺れを切らしたイランがファムナの太ももへと頭を預ける。
彼女はそれでよろしい!と満足げだ。
自分の髪に彼女の手の感触がやってくる。その手は彼の頭を優しく撫でつけた。
頬にあたる、柔らかくてスベスベした触感にどうしても意識が向いてしまう。
だが、悪くない。心地が良い。
疲れが押し寄せ、身体が沈み込む様に睡魔へと引っ張られてゆく––−−
––––なんだぁっ?!これはぁぁああっ?!」
「はぁ、はぁ、…んっ、…はぁ、」
目が覚めたイラン。彼の目の前には息を荒げる衣服の乱れたファムナームの姿。
幼さの残る綺麗な顔立ちの少女。その頬には赤みがかっており、苦しくも恍惚の混じった表情を浮かべている。
制服のブラウスは脱げ落ちており、シャツのボタンも全て外されている。肌がはだけ、白い衣服の隙間から覗かせるその白く綺麗な肌が顕になる。
イランは本能を抑えつけ、目の前の光景からなんとか視線を外す。
際どく扇情的な姿を曝け出しているファムナームにイランは確認を取るところから始める。
「…ファムナ……こんなことを聞いてすまない。これは、これはどういう状況なのか、教えてくれないか?」
「……はぁ、…はぁ、…んっ、…はげし…かった……」
その答えにイランは戦慄した。
(やってしまったやってしまったやってしまったやってしまったやってしまったッッ!ついに手を出してしまったッ!あの男にあれだけ侮蔑の感情を向けておきながら俺は自分の欲にも抗えず交際も婚約もしていない女性に手を出してしまったッ?!終わりだ、終わってしまったッ、責任を、責任を取らねば)
記憶はない。寝ていたのだから当たり前だ。だが目の前に起きている現実が『そんなもの言い訳にもならない』と自分へと責め立てる。
しばらく考えた結果。いや、しばらく考えなくても答えは最初から一つだった。少なくともイランにとっては。
「悪かった、ファムナーム・ルヴ・スノーク」
「……どしたの?」
落ち着きを取り戻したファムナームが身体を起き上がらせる。
「責任は取る。どんな形であれ俺がやってしまったことには代わりない。だから責任を取る。」
「……?」
彼女には彼が何を言っているのか理解できていない。彼女が言いたかったのは『寝相、激しいね』のみだった。
イランは中々寝相が悪い。
それ故に近くにいたファムナームは寝づらさから息を荒げていた。
それを指摘しただけだ。そこに他意はない。
衣服がはだけているのはいつもの事だ。特に今回は制服を着たまま寝落ちしてしまった為、寝ぼけながら雑に服を脱いで行ってしまっていた。
その結果あの光景なのである。
彼女からすればイランにとってもらう責任などありはしい……が
「……ん。わかった」
貰える物は貰っておくし、何かしてもらえるならしてもらっておこう、というのが彼女の主義なので、断るという選択肢はなかった。
その後彼は『また後日報告する』という言葉と『本当にキズモノにしてしまった』という言葉を呟きながら彼女を女子寮の前まで送り届けたのであった。
**
優雅な装飾が壁や天井に施された部屋。
その一室でとある人物がその豪華な椅子に腰をかけ、もう1人の彼へと語りかける
「どうだった?彼の様子は」
彼の視線はグラスに入ったワインへと向いており、その男には一瞥もくれていない。
「どうもなにも…予想通りと言いますか、瞬殺でした」
その彼は片膝を地面につけ、頭を伏せたまま答える。
「そうじゃない。聞きたいのは決闘が終わった後の彼の様子さ」
「そうですね…ひどく憔悴していた様に見えました。やはりあの規模の生成は彼と言えど消耗してしまう、という事でしょうか?」
「ふふっ、消耗…ねぇ。……わかった、もういいよ。ご苦労だった」
「ハッ、」
そう短く返事をし、彼はその部屋から去っていった。
消耗……否、竜を狩った者があの程度で消耗するわけがない。最強種と謳われる種族、その中でも第三の位を持つ『魔炎竜ザラクフェード』
それを狩った者があの程度でどうこうなるわけがない。
彼はその権威を使い、死んだ魔炎竜の閲覧を許可してもらっていた。
腹と首元に穴が空いている巨大な竜の死体。
いや、首元に関して言えば穴どころではなかった。首のほとんどが消滅している。
胴体から上が完全に消滅しており、それらしい部分はどこにも見当たらなかった。
胴体を貫いたものとでは比ではない威力。
あの英雄が開発した《エレク・ボルグ》を優に超える威力を生み出している。
そんな彼に興味が尽きない。なんとかして自分のものしたかったが……振られてしまった。
故に彼にちょっかいをかけることにしたのだ。
腹いせななどという小さな理由ではない。
彼になにかしらのアクションをかけ、なにかしらの隙でも出来れば儲け物。
そこに漬け込み、彼の精神を掌握する。
そう上手くはいかないだろう。故に特に期待もしていない。『上手く転べばいいな』という、いわば運任せな思考だ。
その点で言えばあの男はちょうど良かった。頭も悪く、人を挟み唆せばすぐに傀儡にできた。
使い捨てにちょうどいい男だった。
「さて、次はどんなちょっかいをかけてあげようかな」
楽しそうに彼は顔を歪める。
「私のイランにちょっかいかけるのやめてくださらないかしら?アラリュートお兄様」
だが女性の声が、彼の愉快な気分を害した。
「アンネル……また勝手に入ってきたのかい?……礼儀作法はいつ頃修められそうかな?」
薄っぺらい笑みでその声の主へと話しかける。
「あら〜嫌ですわ〜。そんなこと言っちゃって〜。皮肉屋な男は嫌われますわよ?」
負けじとその女性も微笑んでいる。皮肉にも2人のその表情はよく似ていた。
「ははは、それは失礼した。勉強になったよ。ついでに教えて欲しいのだが……男に擦り寄る身持ちの悪い女は人気があるのかい?」
「なにをおっしゃってるのかしら?私、生まれてこの方イラン一筋ですわよ?知らないんですの?人の恋路を邪魔する輩は竜の息吹で焼かれてしまいますわ」
「……まぁいい。何か要件があるのかな?愛しい愛しい我が妹よ」
「…?私のイランにちょっかいをかけるな。そう言ったばかりですが?」
「本当にそれだけを言うためにわざわざ来たのかい?」
「ええ、そうですよ?何をアホ面引っ提げてるんでしょうか?頭がボケるにはまだ早いと思いますが?」
「……わかったわかった。可愛い妹の為だ。彼には手を出さない。これでいいかい?」
手を出さない。これは本音だ。だがみすみすこの女に彼手渡すつもりもない。自分の手に入らないのならせめて敵の手には渡らせない様に画策しよう。彼はそう考えている。
「わかってくれて嬉しいです。物分かりの良い兄を持てて私幸せ者ですわ〜」
彼女は言いたいことを言えて満足したのか、軽薄な態度のまま『失礼致しました〜』と言葉を残し去っていった。
1人残された部屋で彼は呟く。
「全く、女狐が…ッ。おっと、狐を侮蔑の言葉に使うのはあまり良くないか。彼の国の反感を買ってしまう」
反省の言葉とは裏腹に、彼は『実にくだらない』といった表情を浮かべていた。
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