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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
人を試み人を誑す。人を練り人を還す
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巻き込まれてる場合じゃない③


「お久しぶりです…シーファちゃん」

「クレアちゃん…ッ?!」


クレアとシーファ。

昔、オルギアス家で共に働いていた二人は同年代ということもありそれなりの交流があった。


だがシーファはクレア達とは違い正規で雇われた商人。イランに拾われたわけではない。

つまりイランに恩などありはしない。



「な、なに?!い、イランに何か言われてきたの?!決闘のことは絶対取り下げたりしないからッ!く、クレアちゃんもあんな奴より……ま、まだロンさんの方がマシだから…ッ!こっちに来るべきだよ!」

シーファは自分に言い訳している様な、言い聞かせる様な言葉を捲し立てる。



そんな彼女を見てクレアは思い出す。あの時のロンとシーファを。


去り際、乱暴な口調でシーファを呼びつけ、馴れ馴れしく肩に手を回し、彼女の身体にベタベタと接触して去っていくあの姿。


シーファの……

無理やり貼り付けた笑み。

ロンに触れられた時に一瞬震えた身体。

何かに怯えているその態度。



「なに…ッ?!そ、そんな憐れむみたいな目で見ないでよっ!確かに…あの人は()は多いし、ちょっと乱暴だけど……で、でもッ!あいつの虐待より全然マシッ!クレアちゃんもこっちにくればわかるよ!」


「なんで…そんな人のために……」

主人への侮辱とも取れる言葉。だがいつもと違いクレアに怒りはない。

あの責任は主人が己の手で精算しなければいけないモノ。自分には口を挟む権利はない。当事者の1人であるなら尚更だ。




そしてシーファは知らない。

オルギアス家から出て行く際、イランに黙って逃げ出し、行方をくらませていたシーファは知らないのだ。



イランは10歳の頃から、辞めていった使用人の行方を掴んでいた。

自分の行いによる酷評が広がらない様に、出ていく前に口止めとして金を渡し、その上で脅しも重ねる。


……あの夢を見てからは、今度は自分から訪問し謝罪をして回っていた。



だがシーファだけは見つけられなかった。


故に彼女は知らない。

イランが改心し、罪を精算するために努力し奔走していることを、シーファは知らなかった。



あの時の謝罪だって、体裁を気にしたその場凌ぎの謝罪にしか見えなかった。

どれだけ深く頭を下げ、切実な声を出そうとも、そうにしか思えなかった。


「く、クレアちゃんこそっ!なんであんな奴のためにこんなとこまで……ッ!?」


「シーファちゃんは知らないかもしれないけど……ご主人様は…イラン様は変わられました。もう今では酷いことをされていません。……だから、戻ってきませんか?イラン様の元へとは言いません。オルギアス家でまた、従事いたしませんか?」


「し、信じないッ!そんなの信じられるわけないッ!」


「でも……シーファちゃんは今、幸せって言えるんですか…?」


「うるさいうるさいうるさいぃッ!もう痛いのは嫌なのッ!苦しいのも嫌ッ!そんな話もう聞きたくないッッ!」


「シーファちゃん……」



そう言い彼女は逃げていった。




**




決闘当日。

闘技場で彼らは遠くにいる相手を互いに睨め付けている。

戦闘準備をこなしながら、ロンは下卑た笑みを浮かべイランへと語りかける。


「よう、イラン。この3日間、楽しめたかよ」

「……?何が言いたい」

「おいおいおいおい〜。カマトトぶんなよなぁ……あんなにいい女が選り取り見取りなんだ、毎晩楽しんでたんだろ…?それも今日で最後。……そりゃあもうお盛んだったろうなぁ?」

実にいやらしそうに、下品に顔を歪めるロン。



「……は?」

イランの内側に、黒が溜まってゆく。



「だが安心しろよ。これからは俺がたんまり可愛がってやるからな。俺の代わりにいい女を集めてくれた礼だ、たまには貸してやってもいいぜ?」

『まぁその頃にはお前のじゃ満足できなくなってだかも心ねぇけどなぁ?!』とどんどん下劣を煮込んだ言葉を吐き出し続けてゆく。



その低俗な言葉を無視してイランは口を開く。

「……こちらからの要望をまだ言っていなかったな。こちらが賭けにだした人数分要求したいところだが、生憎俺は貴様に興味はない。二つだ、二つでいい。俺が勝ったら、俺たちに今後一切近づくな。そして……


イランとロンを不安そうに見つめるシーファへと目をやる。


……シーファをこちらへ渡せ」



「あはははぁ、あんな貧相な女が好みかぁ?良いぜ、なんなら勝敗関係なくお前にやっても良い。誰とも遊べんのは辛いだろうからなぁ?」


イランの中の黒が溢れた。



「…では始めよう」



決闘場を覆う様に魔石と接続された結界がその場を覆ってゆき、戦闘が始まった。




**




久々のイラン・オルギアスの決闘。

その噂を駆けつけ生徒達が集まっている。『あのイランへ決闘を仕掛けたバカがいる』『今度はどれくらいもつか』『相手は誰だ』と。


だが目の前に光景に彼らは何も反応できなくなっていた。



黒。



彼らの視線の先には黒一色。

決闘場の結界を内側が、全て黒で覆われていた。



次の瞬間、ロンの戦闘装束(バトルスーツ)と連携されている魔石が木っ端微塵に破裂する。

それと同時に勝負の決着を知らせるように結界が解かれてゆく。


……だがいつまで経っても巨大な黒は維持されたまま消えることはなかった。



「だめぇっっ!」



誰かの声が響いた。

その瞬間、黒の金属を伝う様にその外側が氷で覆われてゆく。

すでにその少女は闘技場へと駆け出していた。手遅れになる前に、彼が手を汚してしまう前に。


その圧倒的な魔力によるマナの支配。生成されたその氷は黒の金属に亀裂を入れ、破壊した。

氷と鉄の破片が空に舞い、黒と透明が光を反射させる。その中心にいる彼へと呼びかける。


「……だめ…ッ!」

「……やるじゃないか、ファムナ。こんな短時間で突破されるとは思わなかったよ」


「ころしちゃ、だめ」



そこにあったのはロンの命を今にも刈り取ろうとするイランの姿。

気絶したロンの胸ぐらを掴み、もう片方の黒腕は、その命を引き裂かんとばかりに尖った指先を彼に向けていた。

獣の様に、鋭く鋭く尖った爪を模して。


だがその行為は阻止された。氷の少女、ファムナによって止められた。

イランの身体中を氷で覆い、運動を停止させていた。



彼女は彼の瞳を見つめる。

黒く濁った瞳。

殺意に呑まれ、その感情を発散するために実行に移させている、その瞳。


「……だめ」

「……仕方ない、諦めるとしよう」

彼は潔くその手を離し、ロンの頭は地面へと落ちていった。



ファムナは彼に抱きつく。

いつも激しい頭突きとは違う、優しく、慈愛に溢れた抱擁。


「なぜ気付いた」

「……目、ずっと怖い」


「……そうか、これからは気をつけるとしよう」

「……隠すのも、だめ」



イランはあれから、栓が緩くなってしまっていた。

一度吹き出したそれは、暗闇の底でまだかまだかと機会を伺い続け、栓の隙間を少しずつ確実に広げていく。


一度、人の命に手を掛けてた彼は、生活の中でそれが選択肢に含まれてしまう。

少しでも自分を脅かす存在は、自分へ恐怖を抱かせる存在は、自分の安寧を奪おうとする存在は、排除するのが1番良い。



そんな当たり前な思考、だが普通は行動に移すことはないそれを、なんの摩擦もなくそのまま遂行してしまう。

自分の評価や相手のこと、変わる環境など何一つ気にしない。

危険な精神構造に作り変わってしまっていた。


内側の黒が、身体を、思考を、侵し始めてしまっていた。



そんな彼をファムナはずっと気にしていた。嫌な気配はずっとしていた。

自分があの男と巡り合わせてしまった。そして今目の前で手にかけようとしていた。

それを見過ごすことはできなかった。




「……かえろ」

「…そうだな」


決闘の決着は呆気なくついた。




後からすぐに駆け付けたウルカ。彼女もファムナと同様に彼を優しく抱きしめる。

あの日、自分が攫われた日。自分の目の前で人を殺めた彼の姿を思い出す。


『……あんた、きっと頑張りすぎなのよ。…少し休みなさいよ……』その心配と労いに対してイランは何も返せなかった。




クレアとネプトは何も言わなかった。

イランの思考に染められてしまっている彼らは、止めるつもりなど毛頭なかった。むしろ自分たちが主人の代わりに手を染めるべきだと考えている。


「クレア、ネプト。もう良い……何もしなくて良い。俺は……少し休むよ。ウルカに言われた通りかもしれん……お前達も戻って良い」

「かしこまりました」

「了解」


そんな2人に楔をさしてから自室へと戻った。




**




決闘開始前、『シーファをあの男から離してやってくれないか』という頼みをクレアから受けていたイラン。


決闘に勝った後、宣告通りロンの元から彼女の身柄を預かった。

彼女には、オルギアス家で働くか他の行き先を紹介すると提案する。


生徒としてではなくロンの侍女として学園で付き添いをしていたシーファ。彼女はロンの元を離れるならどこかで働がなければいけない。


だが未だイランからの悪虐の恐怖を拭えないでいる彼女。オルギアス家に戻れる訳はなく、別の働き口を選んだ。



最後の最後まで彼女に対し、『何かあったら言って欲しい。力にならせてくれ』と頭を下げ続けた。


その態度に感化された彼女は、彼の評価をほんの少しだけ修正した。



彼の贖罪は、ほんの少しでも彼女に届いた。


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