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引きこもってる場合じゃない②

あの恐ろしい夢を見た日、意識を取り戻したあとイランはひどく恐怖していた。


周りの人間の言動に敏感になり、常に周囲を警戒していた。

誰が敵になりうるのか、死の要因になりうるか、少なくとも自分は今まで殺されても仕方のないような振る舞いを使用人へして来た。

そう考えると屋敷中の人間が自分の命を狙っていると言う馬鹿げた妄想すら本気で考えてしまう。

本当は逃げ出したかったが、バレて捕まるほうが怖った。

それに外には脅威がないとも言えなかった。

夢に出て来た人物達は誰なのか今では何もわからない。

そもそも実在しているのかすら。

わかることなど一つもなかった。

故に閉じこもることしか出来なかった。


誰も近づけさせないこと。拒絶と孤独だけが自己の防衛手段であり、安寧となっていた。


だだ部屋の片隅で布にくるまり、ガタガタと追い詰められたネズミのように震える日々。

夢だとわかっているのに何度もあの恐ろしい光景がフラッシュバックして恐怖は積もるばかりだった。


だがいつの日か僅かに扉の向こうから声がイランにも届くようになっていた。



『イラン坊ちゃん』



クレアの声だ。


それからようやく気付く。

毎日毎日、毎日毎日、自分のことを気にかける言葉をかけてくれていたことに。


『坊ちゃんこわくないですよ』


暗闇の中から差し伸べられた一筋の光のような。暖かな声だった


『大丈夫ですよ、大丈夫です』


安心感が自分を満たしていく。

その声が聞こえてる間は恐怖が少し和らいだ。



それから段々と違うことを考える余裕ができてきた。


このまま閉じこもっていても何も変わらない、むしろ死ぬ可能性を上げているのではないか?

死にたくなければ死なないように強くなるしかないのではないか?

勝てるようにとは言わないまでも、逃げれるようになるくらいには。

夢の中では抵抗できなかった。

あれがただの夢ではなく様々な未来の光景であるのならば、生半可な強さじゃ歯が立たない。

とことん自分を追い詰めるしかない、それこそーー



死の間際まで。



だが体が動かない、恐怖が足を竦ませる。

こんな弱い自分にそんなことができるのか。

そんなイランにクレアは今日も話しかける。


『坊ちゃん…覚えてますか……?いえ、きっと覚えてないですよね…。坊ちゃんにとっては、数多くのうちの1人ですもんね……。でも……でもわたしは、クレアは坊ちゃんに救ってもらったんです。


………だから今度は、クレアがお救いします。


何があったのか、馬鹿なわたしには何もわからないけれど、たくさんミスしてお叱りを受けた、わ、わたしじゃ、頼りないかも、しれないけれど……きっと、きっと何とかしてみますから………だから坊ちゃん……!出て来てください……!!す、姿をぉ、………見せて、くださいませんか……?』



その言葉はイランの心を動かした。


貴方の味方でいる、と。

救ってくれる、と。

一緒にいてくる、と。


言ってくれた。


イランの心の暗闇をその眩しいくらいの光で打ち払ってくれた。


「なぁ、クレアーー



気付けば勝手に口が動いていた。

声が出ていた。

扉をーーー開けていた。


そこにはぐしゃぐしゃの顔をしたクレア。

その姿はすぐに視界からはみ出る程近くになり、暖かな人の温もりに包まれた。

そこからしばらく解放されのに時間がかかったのだった。




そうして一歩踏み出すことができたイラン。

クレアやエフィの献身あって、体調は通常よりも早く回復していった。


部屋から出てきた当初はひどいものでその姿は、体から肉が落ち、痩せこけ、骨張っていた。

汚れもひどかった。

エフィとクレア二人係で無理やり風呂に入れられた。

1人で良いというイランの物申しは却下され、2人にいい様に身体を隅から隅まで洗われた。


もちろん稽古も学校も身体と心のことを考え、完治するまで復学など許されなかった。

二人が許さなかった。


そのほかにも食事の世話や着替えの世話、暫く2人が付き纏い、まるで赤ん坊でも相手にしてるかの様な過保護具合だった。


これには他の使用人も驚きが隠せず、クレアはともかくエフィもこの様なことになるとは想いもよらなかった。



イランが部屋から出た日、深夜にも関わらずクレアの嗚咽を聴き駆けつけたエフィ。

「坊ちゃんあなたは本当にいつもいつも……どれだけ、どれだけ心配をかければ……」


そう言い二人の頭を抱きしめ自分の胸に埋める。

クレアに続き2人目の抱擁であった。


普段はイランの暴挙に頭を悩ませ、警告や注意をし、対立してるかの様な振る舞いを行なって来た。

イランが引きこもり始めてからも、冷静さを保ち決して取り乱したりなどはしなかった。


だがその実、内心気が気では無かった。


もともとは小さい頃からイランの世話をして来たエフィ。

当然イランへの情も持ち合わせており、そんなエフィにとって今回の件は相当堪えた様子だった。


それが安堵で気が緩み、ダムが決壊した様に昔に抱いたイランへの愛情があふれ、その結果子供を甘やかすような態度へとなった。


以前のイランなら近づくな、という言葉と共にあらゆる罵詈雑言を付け加えて拒絶していたことだろう。


だがあの一件以降、以前のような暴虐的な振る舞いは無くなっていた。

その殊勝な態度は弱っている間だけのものかと思われたが、どうやら考え方、いや、生き方と言ってもいいほどに根本から変わっていた。


それを明確にしたのはとあるイランの行動だった。


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