巻き込まれてる場合じゃない①
あの後、ヘレン達は無事帰路へと着くことが出来た。
今回の件に関してはヘレンが『誰にも言うな。あまりにもキナくさい。私達の方で探っておく』とのことだった。
イランが攫われる一件があってからタロンは活動を休止している。
兵士たちはそれぞれ『警備兵』や『魔獣狩』として従事している。
だがヘレンの一言があれば彼らは即座に行動へ移すだす。
彼らは現在の暮らしの合間を縫って今回の件について情報を得るため動きだしたのだった。
そしてイラン達はと言うと……いつも通りの学業へと取り組んでいた。
昼休憩、雑談を交わしながら食堂へと足を運ぶ3人。
『食事の作法が上手くいかない』というネプトに、親身になって教え込むクレア。後ろで交わされる二人の何気ない会話に平穏を感じながらイランは廊下を渡ってゆく。
そうしていると前から歩いてくる一人の男に声をかけられる。
「やぁ、イランくん。こんにちは」
シンプル、だが煌びやかなネックレスを首から下げている制服を着た男。
そのペンダントには王家を象徴する獅子の印が彫られている。
上品な出立で髪は金。その金は雷ではなく光の表れだ。
ネプトはその男にすぐさま反応しイランの前へ立ち塞がる。
「どなたでしょうか?イラン様への用件でしたら、私共を通してからにして頂けますか?」
だがクレアの表情は強張る。
「おや、これは失礼した。私は––––
「おい、ネプト。下がれ」
その言葉に驚きながらもイランの指示通り下がる。
イランとクレアが頭を下げたのを見て自らも傅く。
「失礼いたしました、アラリュート殿下。わたくしの教育不足です。どうかご無礼をお許しください」
『殿下』その言葉にネプトはより一層頭を深く落とし、不躾な態度を謝罪し始める。
『先ほどの非礼をお詫びいたします。大変申し訳ありませんでした』と。
「良い良い。ここは『王立魔術学園ヴァレリオ』。この学園内で権力の傘を着るなど、恥知らずな真似はできぬよ」
あくまで微笑みながら、優しく語りかける。
「多大なる恩情感謝いたします。……して、この私イラン・オルギアスに何かご用件が…?」
「通りがかったから挨拶をしただけ……と言いたいところだが、実は聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと…?」
微笑む顔。アラリュートは、その薄く閉じた瞼の隙間からギラついた瞳を覗かせた。
「君は、どこに属するつもりなのかな…?」
『どこに属する』
この質問は、今のイランにとって最も興味のない話だ。
貴族派だの王族派だの、王位継承権第何位だの、誰の元に着くかだのなんだのかんだの。
イランは詛戒の森であの隔絶した存在に出会ってから、そういったことがどうしてもちっぽけに思えてしまう。
公爵家の跡取りとしてはあり得てはいけない思考だが、本音がそうなのだから仕方がない。
あのとんでもないバケモノは、人の事など文字通り虫としか認識していない。
地面でちょろちょろしているアリンコなど気にもしないし、近くで虫が集り始めれば鬱陶しそうにそれを払いのけに行く。
人間の国など、アリの巣をスコップで無茶苦茶にする幼児のお遊び感覚で、簡単に荒野へと変えてしまうだろう。
だがそれをしないのは、人間に対してほんのり嫌悪感を持っているから。
自分の手で潰すのは汚いし蠢いてて気持ち悪いから出来ればあまり近づきたく無い。そんな感覚で人を見下している。
そんなバケモノにとってイランは少し珍しくて頑丈なカブトムシだった。
良い様におもちゃにされ、振り回された。
あんなものを見てしまった後で国の中の権力争いなどイランにとっては児戯に等しく思えてしまう。
イランは父親の力になれれば、あとはもうどうでもいいのだ。
そしてその父からは自分の好きなようにすればいいと言われている。
よって、アラリュートのこの質問には……億劫さしか感じなかった。
だが相手は王族。下手な真似をすれば父親に迷惑がかかる。好きにすればいいとは言われたが…いや、だからこそ迷惑はかけたく無いのだ。
少し考えて、イランは……
「私は父の意向に添います」
……その父親へと答えを丸投した。
「……つまり、君には私の元へ来る意思は無い…と?」
値踏みと品定めの視線共に送られた、あまりにも直球な質問
アラリュートの現在の王位継承権は第一位。王になる可能性の高い彼から恩恵を預かろうと、周りには媚び諂うものばかり集まる。
例え竜狩の称号を得て、『英雄』の称号に近い実力を持ち、数少ないエルフと、『迅雷の英雄』を受け継ぐ少女をそばに置いているイランでも、きっと自分には靡くだろう。
彼を手に入れれば、その下についている人間達も纏めて自分の元へ下る。
イランの存在は実に美味しいのだ。
そして、向こうにもメリットはある。王家の中でも高い地位にある自分との繋がりは彼にとっても悪くないはず。
アラリュートはそう考えていたが……
「そうですね、今のところは特に考えておりません。殿下の…敵にも味方にもなるつもりはございません。わたくし程度、どうか隅で縮こまる臆病な子猫だとでも思っていてください」
帰ってきた答えは彼の予想とは違ったものだった。
「……ふっ、子猫か。随分獰猛な子猫もいたものだね」
「要件は済みましたか?それでは失礼いたします」
彼の呟きにはあえて反応せず、別れの言葉を放ちイラン達は彼の元から去っていった。
アラリュートはしつこくしても意味はない、と特に何も言わず、そのまま道を通した。
彼を手に入れる為、画策をし始めるのであった。
**
「イラン様。お久しゅうございますね」
授業が終わった帰り際、とある女性から声がかかる。
金色の髪、ネックレスの先にある獅子のペンダント。
まさかの二人目。
二人を手で制し、3人で膝をつく。またイランが直々に返答する。
「様などおやめくださいアンネル殿下。どうか昔の様にイランとお呼び下さい」
「貴方こそ、そんなに畏まらなくてもいいのに。頭を上げてくださいな」
確かに態度は畏っているが頭の中は全然畏っていない。『さっさと解放してくれ、めんどくさい』と悪態をついている。
彼女に対しては特にそう思ってしまう。
彼女の許可も降り、立ち上がる3人。
「じゃあ、お久しぶりということで……えいっ!」
そう言い彼女は急にイランの腕に抱きついた。
「「…っ?!」」
クレアとネプトはまさかの出来事に絶句する。
当のイランは遠くを眺めながら彼女を嗜める
「……お戯は程々に、殿下。いくら学園といえど……王家の者がその様に男に擦り寄っては、はしたのうございますよ」
だが彼女はイランの言葉に反発するように身を寄せながらクネクネと体をよじらせる。
「んもう〜。爺やみたいなことおっしゃるのね。連れないヒ、ト。わたくし〜、イランのこと〜、前からずーっと、狙ってたのになぁ〜?ちょっと見ない間にこ〜んなに立派になられて?私の目に狂いはなかったッ!てことですね?」
昔から少しわんぱくだった彼女。よく悪戯をして周りを困らせていた。
社交界などでは、彼女から誘いがあれば『公爵家の人間としてお相手して差し上げろ』とゼイブルから仰せつかっていた。
なぜかその頃から気に入られていたイラン。それからは顔を合わせるたびに彼女には手を焼かされているが……しばらく見ないうちにわんぱくに磨きがかかっている。
「……」
イランは何も答えない。数年会わないうちに厄介さが増していて対処の仕方が追いついていない。
揶揄われていることだけはわかる。
イランの配下である二人もどうすればいいか内心慌てふためいている。
そんな三人に気付いていないのか彼女はどんどん一人で話を進める。
「ん〜。反応、微妙ですねぇ〜?やっぱりあれほどの美女を何人も侍らせてたら、色仕掛けは効果薄め?私これでも王女なんですけどねぇ?もしかして……私のこと……タイプじゃ、無い…ッ?!」
「殿下…申し訳ございませんが、この後予定がございまして。失礼かと存じますが、用件があるのであれば手短にお願いしたいのです」
もう付き合ってられないとばかりに、虚構の予定を咄嗟に作り出し煙に巻こうとする。
「あら、貴方が最近よく開いているお茶会かしら?私、まだ招待されておりませんわ?」
ルノやファムナームなどを集めて定期的に開いているお茶会。あくまで身内で飲みの会。
変に目立てば何が起こるかわからない為、人目につかない様こっそりと開かれていた。
なぜ彼女がそれを知っているのか謎だが、急にそんなことを言い出した。
可愛らしく頬を膨らませ拗ねた態度でイランをジトっと見つめる。
「……ご容赦ください。殿下をお誘いなど…恐れ多くてとても…」
「私とイランの仲なのにですかぁ〜?ぶーぶー、ケチケチ〜」
少し悪態をついてから、ある程度満足したのかあっさりと『まぁそう言うことなら仕方ないですね』と手を離す。
「要件は特にないんです。久しぶりに顔を見れたから構って欲しくなっちゃいました」
その答えにイランは拍子抜けだった。
きっとアラリュートと似た様な要件だと踏んでいたのだが、そんなことはなかったらしい。
お茶目な顔で『ごめんなさいね?』とイランを見つめた後、彼女は立ち去っていった。
その顔はなんとも可愛らしかった。
「ご主人様……アンネル様、中々すごいお人でしたね」
「あれで動揺しない主様やっぱすげえよ」
「一体なんだったんだ…」
嵐が過ぎ去った後の様にイランに疲労がどっと押し寄せた。
**
『お前様よ。あの男の匂いとんでもない。とんでもなく臭いぞ。吾輩、鼻がひん曲がるかと思ったぞ』
その声は彼女の影から響き渡る。
だが響いているのは彼女の頭の中だけだ。
(人目につくところでは話しかけるな、と言ったはずです)
『かぁ〜ッッ!連れないッ!連れないねぇ〜ッ。お前様よ、もう少しパートナーとして血の通った関係を作っていきたいと思わんのかえ?』
ふざけた様に大袈裟に反応しているのが声からでも伝わる。
その声とは裏腹に彼女の返答には温度は感じれない。
(思いません。あなたが欲っするものを私が与え、あなたは私の命令を遵守する。それだけの関係のはずです)
『相変わらず冷たいねぇ。冷血だねぇ。それでも王家の血筋かい?……ただ、このお願いだけは聞いて欲しいぞ。あの混血にはこれからあまり近付かないでおくれ?あの匂いには血の気が引いてしまう』
(………)
『…お前様?』
(あなたが苦しむと言うのなら…悪くありませんね。彼に近づけば一石二鳥ということですね。良いことを知れました。ありがとうございます)
『お前様には血も涙もねぇのかいッ?!』
誰にも聞かれるはずのないやり取りをしながら、彼女は自室へと戻って行くのだった。
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