憧れてる場合じゃない③
「あひゃひゃひゃひゃぁ〜ぁ、どうしたどうしたぁっ?!『英雄』のヘレンさぁ〜ん」
「…ッ!相変わらずやりにくい…ッ!」
森の奥で、光と音が交錯する。
その光は周囲を瞬間的に照らし、木々の影を色濃く映し出しては、すぐに暗闇へと溶ける。
ヘレンはその男に攻めあぐねいていた。
この男と激闘を繰り広げるのは二度目。
一度目は、帝国アンヴァスとの『ハグネス戦争』中に会敵した。
その時は、死闘の末ヘレンが彼を討ち取った……はずだった。
だが今目の前で自分へ敵意と魔術を振り翳している。
あの時と同じ、いやそれ以上の技術を持って襲いかかって来る。
**
彼の名は『ビルフェン・モンド』
かの帝国で名を馳せた英傑の一人。帝国での『英雄』だった。
扱う魔術は風。
空気を操る……つまり空気に魔力を馴染まさせることに長けているのだ。
それは単純に風を発生させるだけにとどまらない。
空間に真空を作ったり、魔力を馴染ませ自分の存在を希薄にしたりなど、練度を上げれば様々な技術を習得できる自由度の高い属性。
故に《感知魔術》などを掻い潜ることも可能。
空気に浸透させた魔力で探知を妨害するのだ。
ルノの感知魔術すら潜り抜けウルカに異変があるまで気付かせなかった。
だが、ビルフェンもルノの情報は知らない。
知らされていなかった
故に、油断した。
イランを出し抜き、ウルカをあの小屋へと監禁すれば見つけられるはずないと踏んでいた。
だがルノの《感知魔術》の範囲と技術は常人のそれを凌駕している。
小さな森程度、ルノにとってその全貌を網羅することなど容易い。
ビルフェンさえ離れてしまえば、ウルカの魔力を手繰ることなど造作もないのだ。
クレアとルノを背負ったネプトがイランに追いついた後、あの男について情報を整理していた。
最初にビルフェンの違和感に気付いたのは同じ属性を持ったネプト。
『あれは自分と同じかそれ以上の技術を持っている』と、遠くからその男の姿を見ていた彼は語った。
故にウルカでは抵抗ができないと。
プレムとの決闘。
ネプトは自分の周りを覆う空気の層とさらに上から真空の層を維持していた。
それ以外にも空気の圧や流れを操作して炎をうまく避けていた。
そしてそれは雷にも有効だ。電気は真空を伝う。高い技術を持っているのであればきっと電撃魔術は全て逸らされる。
考えうる限り最悪の相性。
その話を聞いたイランは、必死にルノに頼み込む。『ウルカを見つけてくれ』と。
その顔は逼迫そのものだった。
『ウルカさんはいーくんの大切な人だもんね』少し複雑そうな顔をして呟いた。だがそれはほんの一瞬。
愛しの彼のためにかつて無いほどに探知の網を細かく広げてゆく。
そしてようやくウルカの発見に至ったのだ。
イランからの指示で、ルノはその膨大な範囲を利用し、専用の通信魔石でプレムへと連絡を取る。
プレムにルノを回収してもらい、安全な場所へと移動してもらった。
今からすることをルノにだけは見られたくなかった。
結果的に言えば、ルノの存在はヨルフェンにとって不確定要素だったのだ。
そしてその情報の欠陥は致命的な結果へとつながる。
**
「ほぉらほぉら、そろそろ当てちゃうヨォ〜」
圧縮された空気の弾丸がヘレンを襲う。
彼女はその雷速を持って避けようとするが進行方向が定まらず、空気の弾丸が命中してしまう
「あぁあはぁ、当たっちゃったァッ!?」
「…ッ!くそがぁっ!」
即座に電撃を放つが、それもずらされる。
ヘレンの一挙手一投足が邪魔される。
逆に男から放たれる空気の魔弾は、一方的にヘレンへと襲いかかる。
圧縮されたそれは、物体に衝突した瞬間、その衝撃で内包されていた空気と魔力をもろとも発散させ、空気の爆弾として周りを吹き飛ばす。
ビルフェンは空気の操作により、真空を発生させヘレンの雷撃の進行方向を全て掌握している。
体に纏う雷にさえ影響を及ぼす。
張り詰めた風船に針で穴を開け空気を抜くように、体に溜まる電気を外へと放電させ無力化させてゆく。
戦争時より格段に技術が上がっている。故に一方的にじわじわと削られてゆく。
だが、そんな中ヘレンは一つ違和感に気づく。
(おかしい…先程から電波を一切感じない)
人が体を動かす際に送る信号。そこから発せられる微弱な電波が一切感じられない。
「こぉんなもんかぁ〜?まぁ、良〜ぃいかぁ。それならそれでさぁっさと、愛しの姪っ子ちゃんとこに連れてってあげるよぉ〜?」
『そして目の前で穢してあげよぉう』そう言いながら我慢の限界と言わんばかりに涎を振り撒く。
自分の手で彼女をボロボロの姿に仕上げてゆく愉悦に浸りながら、彼は嬉しそうに顔をニヤつかせる。
その男の軽口を無視して彼女は問う
「……あの時に確実に殺したはずなんだ……やはりおかしい…貴様……ッ!まさか死者か…ッ!?」
「さぁすが、へれぇぇん。お目がたかぁい。実にめざとぉい。気付いてくれてうれしぃいよぉ」
高揚しているのか、実に嬉しそうに楽しそうに彼は語る。悦に浸りながら
「とあるお方がぁ、目をつけてくださぁったんだぁ〜?おかげで生まれ変わった気分さぁ〜あ?」
「……チッ、悍ましい」
『死術』
死体とその魂を弄び死者を使役し操る、忌まわしき術。
(だが……それにしてもおかしい…ッ)
死術はあくまで死体を操る魔術。蘇りなどでは決して無い。それには知性は愚か、魔術を使用することなど出来やしない。
だがヨルフェンの姿は生前そのもの。いや、それ以上だ。技術、魔力量、そしてその性格も、あの戦争で戦った時よりも高まっている。
憤怒に呑まれたあの時よりも実に高揚している風に見える。
こんなモノを何度も行使できるのであれば、それこそ一人で国を作れる。
「死者の国……想像するだけで身の毛がよだつ…ッ!」
「デェトの為に、おめかししたんだぁ〜。気に入ってくれてうれしぃ〜よぉおおッ!」
「…チッ、気色の悪いッ!」
頬を紅潮させながら風の弾丸を振り撒き、彼は続ける。
「なんてったってぇ、君のための特注さぁ?この身体は痛みも感じないしぃ?電撃にも耐性があぁる」
ヘレンはその男の話を聞きながら思考を巡らす。勝手に気持ちよく己の手の内を曝け出してくれるのならその間に対策を練るまでだ。
だがこの状況…望みは薄い。
《強化魔術》のみで勝てるほど甘い敵ではない。
その気になれば空も飛べるだろう。近接とは相性が悪すぎる。
電撃を封じられているのであれば、頭に思い浮かぶのは一つのみ。
《エレク・ボルグ》
だがあれは本来、遠くの敵を穿つ魔術。
溜めに要する時間を稼ぐ方法も、狙いを定める方法も、思いつかない。
だがなんとかするしかないのだ。ウルカの命が掛かっている。この程度で諦めては『英雄』の名が……『憧れ』の姿が廃れてしまう。
……この程度、あの時の恐怖と悔恨に比べればなんでもないのだ。
「やることは変わらん……ッ、貴様を堕としてウルカを救う…ッ!」
「あぁぁぁ〜その瞳ぃ、溜まんないなぁ〜〜ッッ!やめておくれぇ、我慢がデェキナクナルゥウウァアッッ」
ヘレンの体から雷が立ち昇り、ヨルフェンの周りが吹き荒れる。
二人の死闘は激化を辿る。そう……思われた。
落雷。
ヨルフェンの頭上から強烈な光が爆撃の重音と共に降り注いだ。
警戒の外側から放たれたそれは、抵抗する間もなくヨルフェンの体を焼き焦がした。
「……なんで…ッ」
––––狙いを定めるように第一指をヨルフェンへ向けたまま空にいる少女。
「なんで来た…ッ!ウルカァッ!」
––––その少女は『憧れ』のその人の元へ馳せ落ち、地に電流を迸らせた。
「ヘレンお姉様を助ける為に…ッ!……
––––ヘレン・ソルの姪であり、『大切』であり
……あたしの『大切』を守る為に来たのッ!」
––––『迅雷』を受け継ぐ少女の姿がそこにあった。
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