憧れてる場合じゃない②
少しグロテスクな表現をしているかもしれません。お気をつけください。
「…っ、ハァ…ハァ、随分と野蛮ね。教養とかないの?……っ、…それともこれが…ハァ…ングッ…薄汚い賊徒流の挨拶ってやつなのかしら?…フゥ…フゥ……随分とお上品なお作法ね」
「こ……コイツ…ッ!」
「ガキのくせになんで頑丈な体してやがる。こっちの拳がイカれちまいそうだ。」
薄暗い一室。
そこでは大勢のならず者達が椅子に縛りつけた一人の少女に向かって暴行を行っている。
だが彼女の体は頑丈で、歯も折れず目立った腫れによる変形もなかった。
だが痛みはある。常に大の男に身体のあちこちに拳を叩き込まれている。
それでも彼女の瞳には光が灯っており、心が折れていないことをその眼差しが物語っていた。
「な、なぁ…いいだろ?もういいだろう…ッ?ヤっちまおうぜぇっ!」
先ほど片手を吹き飛ばされた男が、汚く息を荒げながら言葉を吐く。
その傷口には雑に包帯が巻かれており、最低限の止血しか行えていない。
「あいつ、あんな目にあったのに懲りねえな」
「痛みと興奮でぶっ飛んでんだろ」
「もう勝手にしろ。俺達は庇ってやらねえからな」
その言葉に、彼を繋ぎ止めていた細い糸が遂に途切れた。
彼は脚衣に手をかけながらウルカへと近づく。
「く、口だけ……っ!口だけならバレやしねぇ…っ!」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟きながら近づいてゆく。快感を味わいたい。彼にとっての快感とは刺激だけではなく彼女のような高潔な女性を屈服させることにある。
そんな男にとってウルカの態度は実に欲が唆られる格好の餌食だった。
嫌悪感に顔を歪ませながらも彼女は強気な態度を見せる。
「やってみなさいよ……噛みちぎってやるから…っ!」
「ひ、ひへへ、強気な女ってなんでこうも唆るんだろうなぁ〜?」
その手がウルカの頭へ––––
コンコン
男の手を止めるようにノックが響いた。
賊達はウルカの口を再び塞ぎ、物音を消す。目線を交わし、視線で合図を送り合う。
このタイミングでのノック、警戒しないわけがない。大柄の男二人が扉の前へ行き、少しだけ扉を開け、確認する。
「あっ、突然すみません。道に迷ってしまって。どちらに向かえば街に行けるか教えて下さいませんか?」
そこにいたのはローブを着た可愛らしい少女。だがその身体つきは彼らの食指を動かした。
あどけない表情。だが体付きは良い。この女にあの片腕の男の相手をさせて落ちつかせよう。
そんな下卑た考えと己の劣情を理由に彼女を迎え入れる。
「そうだったのかい、大変だったねお嬢ちゃん。もうじきここも暗くなる。中に入って休んでいくといい」
その汚い欲望を顔に滲ませながら彼女を迎え入れる。
男達の警戒心が薄れ、その子が一歩部屋に入った瞬間––––
鉄拳がその男の腹へと沈み込んでいた。
「がほぉあッ?!」
そのまま勢いよくウルカの後ろにある壁まで叩き付けられる。血を撒き散らしながら吹き飛んでいった。
彼女の腕にはその可愛らしい容姿とは不釣り合いな荒々しい見た目の腕部装甲。
色は黒。魔力で生成された黒の金属。
「テメ––––
急な出来事に固まっていたもう一人の男が、我に返り彼女へと襲い掛かろうとするがすぐに動きを止めた。
頭部は落ち、その男の身体は地面へと倒れた。
彼女の後ろには、風を纏いふわふわと身体を浮かせた男が剣を振り抜いていた。
何が起こっているのか頭が追いついてない賊達を無視して、二人の後ろから問いかける。
「おい、下賤。何に指を伸ばしている。それは……
動けずにウルカへと伸ばしたままのその手は、弾け飛んだ。
……俺のモノだ」
**
「ァアァアアッ?!俺の…ッ!?俺の腕ぇええええッ!?」
「喚くな鬱陶しい」
次の瞬間頭が弾け飛び、その叫び声は掻き消えた。
クレア、ネプト、イラン。
ウルカを助ける為に馳せ参じた3人は残りの賊達を睨み付ける。
クレアとネプトの目は酷く黒ずんでいた。
イランのドス黒い感情をそのまま伝播させ受け取っている。
我が主人の気分を害し、不興を買った。
主人の大切なモノを今、目の前で穢そうとした。
二人にとってそれは万死に値する行為だ。
「てめぇらぁっ?!何も…
「ひぃやぁあっ?!」
「な、なんだこりゃぁっ?!」
薄暗い故か、賊達は扉の前に立っていた二人の男の惨状にやっと気づく。
クレアの打撃を受け、吹き飛ばされた男。
クレアの拳撃はその呼吸法と共に踏みしだく地から得られる抵抗力に魔力を混ぜ込み撃ち放つ。
その衝撃は内部で爆散する。
その衝撃を受けた男は、口から内臓を逆流させ、吐き出し、みたこともない悲惨な状況で事切れていた。
ネプトが斬った男は、開いた口をそのまま横に両断されている。その流麗な剣筋から放たれる高速の一閃。その切り口は、断面が綺麗に平されており、美しい直線から血を吹き出していた。
人の血で手を染めたことのない二人。
それでもその強い感情は、あまりにも簡単に敵の命を奪わせた。あまりにも自然に手を振るわせた。
二人はそのことに何も感じない。その心は揺さぶれることはなく、只々敵の排除だけを考えていた。
今、それを実行しようとするが……
「待て」
イランに片手で制される。
賊達は現状の不理解と恐怖で動けない。
ネプトとクレアもイランの指示により黙ったまま動かない。イランも動かない。
動いているのは……
「あんた達……」
ただ一人。
「よくも散々やってくれわねぇッッ!」
雷鳴を纏うその少女ただ一人だった。
「《エルブス》ッッ!」
彼女がそう叫んだ瞬間、その薄暗い一室は光に呑まれる。
気味の悪い暗闇を打ち払うかのように稲光が周囲に走った。
イランはすでに自分を含めた3人の前に《黒鉄》の壁を生成し、飛び散る稲妻を受け止めていた。
光が落ち着く。
賊達からは煙と共に肉の焦げる匂いが立ち昇る。ウルカは一撃で全てを制圧してみせた。
3つの死体に目を向けながらこちらへと歩を進めるウルカ。
「言いたいことがない訳じゃないけど……助けてくれてありがと」
イランは男の黒鉄で頭を貫いた時、それを操作しそのままウルカの手枷を破壊していた。
「当然のことだ。お前は何も気にすることはない。むしろ俺が……いや、なんでもない」
何かを言おうとしたが、ウルカの鋭い目つきに遮れた。
「…あいつ、お姉様のこと知ってた。多分お姉様が狙い。……あたしは人質じゃなくて…餌だ。お姉様が危ない…ッ!あたしが行かなくちゃ……だから…」
「待て、これを持って行け」
イランはそれを投げ渡す。ウルカが受け取打たのを確認したのと同時に続ける。
「あと、ヘレンさんの居場所だが––––
「良い、わかる。あたしはお姉様の『大切』で、お姉様はあたしの『憧れ』だから……わかるの。……だからもう行く」
「あぁ、わかった。行ってこい」
その答えに少し以外そうな顔をして、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「……イラン、あんたも良い男よ。だから……ううん、
なんでもない。世話かけたわね」
そう言い、彼女は光と共に姿を消した。
「主様、一人で行かせて大丈夫だったのか?」
「大丈夫だ…それに、あれはあいつのモノだ。あいつがやるべきことだ。俺たちが横取りして良いモノではない」
そして部屋の中へと視線を戻す。
「ざけんじゃねぇぞガキィイ…ッ!」
大勢の賊達がそれぞれが何かぶつぶつ言いながら立ち上がる。
「思ったより魔術への耐性があるな。流石は低俗。荒事には一日の長があるとでも言いたげたな」
クレアとネプトが構え始めるのをイランが止める。
「お前達は外で見張りをしろ。逃すわけがないが……ネズミが逃げんよう見張っておいてくれ」
「……かしこまりました」
「……わかったよ」
そう良い二人を部屋から出す。
「一人で俺たちを相手にしようってか
ッ?!舐めんじゃねえぞクソガキがァッ!」
イランは答えない。
イランの中では黒い感情がトグロを巻いている。
試験の時に送られてきた死の窮地。
今回の…二度目の…失う恐怖。
イランの精神負荷は最高潮に達していた。
何か雄叫びを上げながらこちらへ向かってくるそれらを、次々に血肉へと変えてゆく。
『怖いね』
何かが聞こえたような気がした。だがイランの耳には届かない。
向かってくる敵を拒絶するかのようにひたすらに潰してゆく。
これは発散ではない。恐怖の芽を潰すための虐殺だ。
雄叫びが阿鼻叫喚へと変わる。それでも手は止まらない。叫び声と共に飛び散る血を体で受けながら芽を潰してゆく。
誰も気付くはずない。
その時だけ、髪が少し黒髪に戻っていた。
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