ルノの懐古
「う、うぅぅぅうぅ嫌われたぁ…絶対嫌われたぁ。もうダメだぁぁあぁっ…!絶縁されるんだぁあっ」
「はいはい。大丈夫ですよ。ウルカさんはそんな人じゃないですよ」
治療室の一室、一人の大人の女性が15歳の少女の腰に抱きつき、慰められている光景が広がっていた。
椅子に座る少女に対し、地べたに足を広げ少女の腰に手を回しその少女の腹部に顔をなすりつけている。
「クレアとネプトにも、きっと嫌われたぁ〜〜もぅおわりだぁぁあ」
「皆さん、もうそんな子供じゃないんだから、そんな簡単に嫌いになりませんよ」
「るのおおおおおお」
「はいはいよしよし」
自分よりも一回りも年上の彼女を慰めている現状に、ルノはついため息が出てしまう。
初めて会ったときはあんなにかっこよかったのに。ヒーローみたいだったのに。今の姿は見る影もない。
(懐かしいなぁ……)
ヘレンに拾ってもらうまでは、彼女の人生に良い思い出では決して無い。辛いことばかりだった。思い出すと今でも辛い。
たった一つの温もりも失い、全てが暗闇に消えたあの過去。
でも、懐かしいと思えるくらいには時間が経った。
**
ルノはこの国、『レヴォラーク』の出身ではない。
『聖法国 ノーヴァテオラ』そこで生を受けた。
彼女にとってそれは不幸だった。聖法国は超がつく程の光属性至上主義。光属性を持つ両親から生まれたにも関わらず彼女に与えられたのは闇。
そんな彼女にとってその国、家族、世界、彼女を取り巻く全てが不幸だった。
だがそんな光のない世界でも、愛しいと思える闇はあった。暖かい闇があった。
彼女と同じ闇をその身に宿した兄の存在だ。
『ルノ、何があっても俺が守る、だから大丈夫だ』
『ほらこっちに来い。あったかいぞ』
『兄ちゃんが絶対ここからお前を逃す。だからそれまで諦めちゃダメだ』
親から振るわれる暴力と暴言。
存在ごと消そうとするかの様に、二人は暗闇へと押し込められた。
その暗闇は彼女達の髪の色と混じり合い、本当に溶けて消えてしまいそうだった。
それでも兄の存在だけが希望となっていた。そして彼にとっても妹だけが救いだった。
二人で身を寄せ合い、暖め合った。
暗闇に溶けてしまわぬ様に、お互いの輪郭を確かめ合う様に暖め合った。
それは光ではなくとも、暖かかった。
彼女の名前はルノ・アデュラン。
彼女にとってこの『アデュラン』は呪いでありながらも、その温もりと自分をつなぐ唯一の糸。
だがその温もりを失った今となっては、残ったのはただの呪い。
愛しいあの人にさえ、まだ名乗れていない呪いの楔。
『あいつら、俺たちを売る気だ……でも、チャンスだ……っ!こんなとこにいるよりかはチャンスがある』
『にいちゃんに任せろ。……絶対逃げ切るぞ』
夜、その人達は自分たちを怪しい男へ渡し、金銭を受け取ったあと、清々した様な顔で去っていった。
『やっと穢れを落とせた』
そんなことを言っていたような気がする。
その日は嵐が吹き荒れていた。空を覆うその大粒は、瞼を開けることすら許そうとせず、強く地へと降り注いだ。
激しく揺れ、自分たちが押し込められたその硬い床へと身を何度も打った。
『おいっ!もっと安全な道はなかったのかっ?!』
『仕方ねえだろっ!どこも監視網がキツいんだ!この道しかねえんだよっ!』
『なら、もう少し速度を……お、おいっ!お、落ちる…うぁぁあぁあっ?!』
『…ッ?!ルノッ!来るなッ!』
『おにいちゃん?!おにいちゃぁんっ!やだっ!やだぁぁあぁあっ』
その時のことは詳しくは覚えていない。
覚えているのは、強い衝撃、その後の自分を突き飛ばす兄の姿。
それだけが瞳に焼き付いた。
––––気付いた頃には闇の温もりは消えていた。
『隊長……全て捕縛完了しましたが……どうやら途中で事故があったようで……リストに載っていた殆どが消息不明です』
『……このクズどもは即刻衛兵に引き渡せ』
『隊長……この子はどうしますか…?』
『おにいちゃぁぁあぁあんっ、おにいちゃぁああぁん』
泣きじゃくる自分を見て、隻眼の彼女は優しく頭を撫でてくれた。
ゆっくりと抱きしめて、失った温もりを埋めるかの様に自分へと与えてくれた。
悲しみに暮れ、何も喋らず、何もできない自分の面倒を根気強く見てくれた。
おいしくて暖かいご飯も、優しい声も、皺のよっていない穏やかなその表情も……
自分を取り巻く全てに、光を与えてくれた。
そして自分を拾い、救ってくれた彼女……ヘレン・ソル。その女性はキラキラと輝いて見えた。
自分とは正反対の光を反射させる金色の髪、鋭い眼差し、己の意思を押し通すその強さ。
全てがカッコよかった。
• • • ––––のだが……
「るのぉおおおおおおっ、わ、私はどうすればどうすればいいんだぁぁあっ」
「はいはい、よしよし。もうすぐいーくん来るからね。相談してみましょうね」
今ではこの有様だ。仕方がない、そんな表情で彼女を慰める。
そうしているうちにタイミングよくノックが響く。
扉の向こうからイランの声が聞こえ、『空いてるから入って』と返事をする。
いつもは扉を開け、迎え入れてくれていたルノが今日は声のみ。少し違和感を覚えながらイランは入室する。
「るーちゃん、何かあったの……」
違和感を確かめるために、本人に問いかけながらその光景に目をやる。
「………っ?」
イランは絶句した。
英雄の称号を欲しいままにし、厳格で、強さの体現者とも言える実力を持っている、『迅雷』と呼ばれた彼女が、自分と同い年の少女の腹部にまとわりつき情けない姿を晒している。
「………あ、あの…これはどういう…?」
「い、い、いらぁぁあん」
「……お、おわぁっ?!」
その彼女が今度は自分へと縋り付く。
「へ、ヘレンさん。大丈夫……
「いらぁん、わたしはぁ…っ!」
……じゃ、なさそうですね」
イランは考える。どうするべきか。
気まずい終わり方をした彼女、彼等の間を取り持つにはどうするべきか。
「イランは……私のこと嫌いにならないか……?」
「………」
必死に案を練っているのに、そんなうるうるとした目で見ないでくれ。いつもは強気な美人にそんな表情で迫られると頭が混乱してしまう。
そういった思考にどんどん毒されてゆき考えが纏まらなくなるイラン。
「え、えぇ。当たり前…じゃないですか」
動揺を隠すためになんとか踏ん張り返答をする。
「あ、あんなに叱ったのに?私のこと嫌じゃないか?」
「俺のために言ってくれてることくらいわかりますよ」
『ほんと?』と、しつこく確認してくるヘレンを見て、『やっぱり似てるなぁ』と、関係のないことを考えて、このよろしくない動機から目を逸らす。
それを見て何かを察したルノがイランへと責め立てる。
「いーくんって……年上好きなの?」
こういう時の彼女は、上部の言葉を引き剥がし聞きたいことを直接聞いてくる。
「な、なんでそう思った…?」
「……別に」
「そ、そうか」
可愛らしく頬を膨らませる少女。微笑ましい光景。
それとは裏腹にまとわりつくじめっとした空気が、イランへと身の危険を感じさせる。
先程とはまた違う動悸が起こるがそれもなんとか押さえ込む。
ヒヤヒヤしながら思考を巡らす
そして彼はついに、一つ思いつく。
彼にとってはこれ以上ない素晴らしい発想
だが今の彼は正常ではない。あくまで今の彼の中での最適解なのだ。
「ヘレンさん、ルノ。全部俺に任せておけ。俺がなんとかしよう」
「ほ、ほんとか?ほんとにほんと?なんとかなるのか?」
「えぇ。なので、そろそろ引っ付くのをやめて頂けると……」
「………」
やっと冷静になり、自分のしていることに気が付くヘレン。
「ん"、ん"ん"っ……済まないな、恥ずかしいところを見せた。許せ」
咳払いで誤魔化そうとするがとっくにそんな領域を超えている。
「い、いえ。気にしないで下さい」
「……私はちょっと気にして欲しいかも」
不満気なルノの言葉が部屋に響いた。
だがそんなに悪くはない。いつもかっこいいあの人が見せる数少ない素の姿。
心を許してくれているという実感がどうしても自分を嬉しくさせてしまうのだ。
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