エピローグ 乗り越えた先に
イランが気を失う前に放った黒の一閃。
あれは見事に魔炎竜ザラクフェードを打ち取った。あの竜を相手に、真っ向から打ち破ってみせた。彼はまた一つ試練を乗り越えたのだ。
そこには彼を抱く隻眼隻腕の姿。
軍服のような黒い制服に身を包み、優しい表情で彼を見つめる。
その片腕で、地面に座りながら彼の背を支える。
輝くような金の髪は風に揺れ、その度に陽の光を反射させキラキラと輝いていた。
右目の周辺から額まで覆うような眼帯をつけている。
服の左裾は空中を揺蕩い、風に吹かれ、小さな布音を立てながらゆっくり揺れ動く。
「お前は最初会った時からずっとそうだ。いつもいつも無茶ばかりしおって。その年になってまで、まだ私の制止が必要なのか……」
彼女は腕の中で眠る彼に1人で語る。
「……今度は、確かに救えたよ」
自分に向かって、語りかけていた。
**
あれからしばらくして目覚めたイラン。
地面に横たわっているにもかかわらず頭の下が柔らかい。
目を開けるとヘレンが上から覗き込んでいた。
優しく頭を撫でつけ、こちらへ安堵の微笑みを浮かべていた。
どうやら膝枕されていたらしい。
疑問と気恥ずかしさで、起き上がろうとしたが『隊長命令だ』と少しの間離してもらえなかった。
体の傷はあの魔力の影響で全て完治していた。なんとかそれ以上の影響は抑えられていた。
常日頃から常に左腕を意識していたおかげか、気を失いながらもその腕の封印を無意識に行なっていたらしい。
目が覚めたら頃にはすでに、左腕はいつも通りの黒で染まっていた。
イランはヘレンと共に先ほどの場所へと戻る。
その場所は、あの龍が最後に放った熱玉を中心に、かなりの範囲が燃え荒れていた。
その中に、2人の少女。
彼女達を囲っていた黒い鉄はほとんどが溶け落ちている。だが彼女達には火傷一つついていなかった。
少女達は必死に首と目を動かす。イランはどこにいるのか、どうなったのか。どうか無事でいてくれ。そう願いながら彼を探す。
そして、2人と目が合った。
「……ッ、いらんっ!」
「ね、姉様っ!?い、イランっ!」
少女達は涙を流しながら駆け出した。
「ヒ、ヒグッ、あ、あんた……ヒッグ…か、か、勝手なことしてんじゃ無いわよぉぉっ!ぅぁぁあっ…あぁあぁっ」
『生きててよかった』そう言いながら泣き喚くウルカを受け止める。
「あれだけ前線を張ったんだ、俺が最後に美味しいところを取っても––––おぶぅっ?!」
ファムナームはイランの顔面目掛けて飛び込んでいた。
「お……お前。それほど動けるならもっと早…
「ばかばかばかばかばがばかばか」
ポコポコと小さい拳で胸を叩かれる。力が弱く全然痛くない。だが、胸の内は少し痛んだ。
「勝手なことして悪かったよ」
「……もう、しちゃだめ…だよ?」
「……わかったよ」
「……わかってない」
『でも』と続けながら彼女は初めて微笑んだ。
「戻ってきたから、ゆるす」
その美しい微笑みに、イランはつい見惚れてしまった。
**
バチン。
と音が鳴った。
信じられないような顔をしながらウルカは左頬を押さえていた。
「お、お姉さ…
「あの魔術には手を出すな。何度もそう言ったはずだ」
「で、でもっ!」
「………」
「ま、またその顔…っ、やめて…っ!やめてよっ!そ、そんな顔させたくて頑張ってきたんじゃないの……っ!わ、私もお姉様の……ヘレン姉様の隣に立つ為にっ!!お姉様みたいに……っ!」
その表情を見る。憧れのその人の瞳を
「お前には私みたいになってほしく無いんだよ」
その瞳は、酷く黒ずんでいた。
「な、なんでそんな酷いこと言うの……?なんでそんな悲しそうな顔で、そんな……
褒めてもらえると思っていた。喜んでくれると思っていた。『流石は私の姪だ』と、誇ってくれると思っていた。
今度こそ、笑顔が観れると––––
……そんな、諦めたような顔で……いやだ、やだよ。やだぁ……やぁだぁぁ、ぁぁあぁっ、ぁああぁっ」
だが、彼女の表情は昔と何一つ変わらなかった。彼女の心は楔に囚われたままだ。
「………あんなことがあったすぐ後にすまない。イラン、ウルカを頼む」
泣きじゃくる少女を置いて、彼女は立ち去っていった。
**
一足先に、事態が解決したことを学園へ報告する。その帰りに2人と出会う
自分が強引に眠らせたあの2人と。
「ネプトとクレアか……何か言いたげだな。」
イランは無事だった。彼女が救った。それには感謝してもし足りない。
だがあれを無かったことには出来ない。
「いくら隊長でも許せねえよ」
「あれは私達の使命なんです。なんで邪魔をしたんですか」
その2人の表情は、いつも見せる親しみの顔とは程遠かった。
「ほぅ……童が言うようになったじゃないか。だが喚いているだけでは赤子の癇癪と変わらん。己の意思を通したければ、それだけの強さが必要……嫌ならせめて抵抗できるくらいにはなってみせろ。何もできない奴には強者へ文句を言う権利すらない」
「「……………」」
何も言い返せない。わかっている。自分達が力不足なことなど。守りたいと願うその対象は遥かに自分達より強い。
いつでも遠くへ離れていける……そして自分達はそれに追いつくことすら敵わないだろう。
それほどの差がある。
惨めに届かない手を伸ばすだけになる。
悔しさに歯を噛み締め、手を握り締める。
その滴る血では、己の無力を拭う事などできはしないのだ。
**
あれから無事、何事もなく森を脱出できた3人。すぐにネプトとクレアからの心配の抱擁が交わされる。
何度も心配させたことを謝り、無事を伝えた。
クレアとネプトはあの頃のように泣いたりはしなかった。その代わり深刻そうな顔をしていた。
許し難い、そういった表情だ。
ネプトとクレアの様子がおかしいことに気づいたイランは何か心当たりはないか、とヘレンの元へ行く。
ヘレンはあの2人とのやり取りを全てイランに説明した。
『やり過ぎではないか?』と問いかけると『己の悔恨や不甲斐なさはいい原動力となる。それに、あの場へ2人が向かってしまえば、ただでは済まなかっただろう。たとえ2人に嫌われたとしても、行かせるべきではないと判断した』とのことだった。
その後『お前にも言いたいことがある』と後回しにされていた説教を受けることとなった。
治療室へ行き、イランはルノに体を隅々まで調べてもらった。怪我や異常はないかと。
身体中を念入りに調べ上げられ、妙に接触も多く感じた。
結果は何も無かった。恐ろしいほどに全ての傷が癒えていた。
素直に安堵するにはあまりにも異質だった。
だが彼は無事だった。今はそれだけでよかった。
ルノはイランの背にへばりつき、『このまま生活するから』と暫くの間離してはくれなかった。
試練を乗り越えた彼は、悔恨を胸に抱く彼らは、これから確実に成長してゆくだろう。
その経験を糧に。
悔しさを動力に。
救いたい、追いつきたい、前に進みたい。
その背に手を伸ばし、ほんの指先でも届かせる為に。
彼らはまだまだ強くなる。
その為に、彼らはまた試練へと立ち向かうのだ。
己の意思を突き通す為に、立ち上がり続けるのだ。
二章これにて終了です。
次は三章になります。よかったら引き続きお願いいたします。
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