乗り越えるしか道はない④
《エレク・ボルグ》
ウルカ・ソル。彼女から放たれたそれは、発生させた磁界を纏う2本のレール、そこに流す電気力により、物体の超高速での発射を可能とした。
磁力と電力による引力と斥力、それらが生み出す爆発的な加速。それは空気の膜をやぶり周囲の空間を圧迫、衝撃波を生み出す。
鳴らす爆音。
それを悠々と置き去りにするその速度はもはや目で追うことなどできず………故に、気付いた時にはその竜の腹を貫いていた。
**
魔炎竜の表面を覆っていた氷は砕け散り、未だに宙を舞い光を眩く反射させていた。
とても幻想的で……それらは勝利した彼らを祝うように彼らを照らす。
地面には、鱗に覆われた巨体。
腹を貫かれ、その穴から血を吹き出したまま、魔炎竜ザラクフェードが地に伏していた。
「……ハァ、ハァ、……やった……ッ!」
歯を食いしばり、手に汗を握る。
喜びに打ち震え……
「できたぁぁぁあぁあっっ!」
……雄叫びを上げた。
ファムナームは体力の限界が来たのか、五体投地のままだ。返事をするようにピースサインを作った手を挙げていた。
「やったやったやったーーッ!見てたでしょ〜?これがウルカ・ソルの実力よぉうッッ!」
「わ、わかった。落ち着いてくれ」
興奮したウルカは喜びのあまりイランの顔を胸
で抱きしめぴょんぴょん飛び回っている。
近いし……触れてる箇所が多すぎる。
彼女の鍛えあげれ、絞られた細い腰、くびれや太もも、スレンダーな体型が感触越しに浮き彫りになってゆく。
「んふっ!んふふふっ!褒めてもいいのよっ!ほれほれ〜っ!褒めてもいいんだからね〜〜っ!」
『褒めて使わせさせてあげてもいいんだからねっ!』とよくわからない語法を用いてその感情を表してくる。
少し前に体験した言葉と光景。金の髪に包まれた頭をこちらへぐりぐりと押してくる。つむじが迫り来る。
流石にここまでの結果を出されればイランも追い返せない。
「……あぁ、お前はすごい。天才だよ」
そう言い、彼女の頭を撫でる。
「んふふふ〜……なんか、あんた撫でんの上手ね?」
「そ、そうか?」
ルノの頭を撫でていた日々がここで功をなしていた。いや、イランにとって、この行動に対してのこの評価は、功をなしていると言っていいのかはわからないが。
「……ずるい」
いつの間にか復活していたファムナームが『ん』
と2回目のアタックを試みる。
「ファムナも助かった、ありがとう」
「……ん、褒めて使わす」
『褒めてるのは俺じゃないのか?』と思わなくもないが本人が満足ならそれでよしとする。
「1人でやっていたら確実に2週間はかかっていた」
「……は、はぁっ?!あんた…本気で1人でやる気だったの?!」
「………まじぱねぇ」
緊張がほぐれ、和気藹々とした彼ら。
もうこれで厄災は終わった………
そう思いたかった。
「……ッ?!」
3人が感じたのは先ほどの高熱の籠った魔力。
振り返るとそこには、腹の穴から血肉を漏らしながらも翼を羽ばたかせ、熱風を巻き上げ空へと浮かぶ魔炎竜の姿があった。
「お前ら……逃げろ」
「むり……体力限界」
「あたしは魔力すっからかんよ」
彼女達はこの現状に現実感が湧かず、その姿を呆然と眺めていた。
だが彼だけはその瞳に闘志を宿す。
その彼は、堰き止めていた、左腕の魔力を身体へ受け入れた。
次の瞬間には彼の毛は伸び、浮かび、薄く発光する。耳の形が変わり始める。
存在の在り方が、流れてくる魔力とともにどんどん書き換えられて行く。
自分の魔力とその左腕の魔力が混ぜ合わさり、体の中で拒絶反応を起こしながら膨大な量を噴き出してゆく。
左腕は血と肉を地へと落とし、草木が伸びては枯れて行く。
「あ、あんたそれ……なにを–––
「…ダメッ!か、変わっちゃ–––
彼女達は彼に言葉を伝え切ることはできなかった。
生成された黒鉄により隔たれた。彼女達の周りの空間ごと全てを包み込む。
今のイランの魔力は量、質、ともに人外の域に達している。彼女達2人には、このあまりにも頑丈すぎる黒鉄を破ることなどできやしなかった。
そしてその頑丈さは、彼女達を必ず守るというイランの意志の表れでもあった。
『イランッ?!ちょっとっ?!どういうつもりよッ!』
『だめっ!…もどってきてっ!だめっ!』
その黒の向こう側からの声は、黒鉄を振動させ、イランへと伝える。
だがイランは質問を無視して自分の頼みを押し付ける。
「ファムナ、まだ魔力は残っているだろ。この黒鉄のさらに外側に氷を張れ。絶対に熱を通すな。……ウルカのこと頼んだぞ」
『まってっ!』
何かを訴える声。だがもうそこから離れたイランには聞こえやしない。
すでにその目は竜を見据えていた。
「賞賛しよう。……致命傷を受けても尚、牙を向けるその姿勢……。命に届く一撃を受けても尚一切お劣らぬその気迫……。お前はトカゲなどではなかった、訂正しよう」
再生を行いながらも自戒するその腕。そこから落ちる血肉。中に含む鉄を操作し、その血肉ごと圧縮して行く。
「最強種…魔炎竜…その名に違わぬ、実に気高い竜だった。」
『エドラ・ルヴ・アーフィリア』に植え付けられた、禍の左腕。そこから爛れ落ちる血肉で形作る赤黒い槍。その血肉に宿る魔力はとことん異質で異常。それらを丸ごと槍へと押し固めてゆく。
「それらに敬意を表し、引導を渡してやる」
左腕を抑えることをやめたイランの魔力は膨大で、それら全てで《属性佩滞》を施して行く。
体がボコボコと反応するのを無理やり抑え込むかのように、肌が黒で覆い尽くされてゆく。
その姿は、銀の長髪を持つ黒い獣だ。
「ザラクフェード……俺の命を賭して、お前の命を終わらせよう」
**
その竜は、己がもう終わることを自覚している。
命が途絶えることを自覚している。
だがこのまま終わることは竜として生を受けた己には許されない。
いいように扱われ、その先で人間如きに下される。そんなことあってはならない。
だから、このまま終わらせはしない。
せめて彼らを己の死の手向として道連れにする。
終わるまでを待たずして、自ら死に向かってでも彼らを滅ぼす。己が炎で焼き尽くす。
その為に、全身全霊、必死の一撃を繰り出す。
**
標準を合わせるかのように、左腕を前へと伸ばす。あの竜の命を掴むように。
––––––––
その閉ざされた口の中で、魔力を圧縮し熱へと変換して行く。
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右手に握り込まれたその槍は、エンシェントエルフの血肉で象られている。
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その紅玉は口内にある酸素を吸い付くし、今にも爆発しようと荒ぶっている。
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纏った黒と、体内の混ざり合った魔力、培った筋力全てをシンクロさせ、莫大な膂力を発揮する。
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その口内でそれは、生き物のように酸素を求める。それでも竜は魔力を込め続けて熱を上げてゆく。
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そしてそれは、竜へと放たれた。
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そしてそれは、空へと放たれる。
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その強烈な投擲は、空へ黒い閃を残し竜の逆燐を貫いた。
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外気に触れたその紅玉は、急速に周りの空気を暴食する。その熱を一気に拡大させ、周囲一体を紅い光と共に、灰すら残さぬ高熱で覆い尽くした。
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イランは倒れる。身体に起こる異常に限界が来た。
その紅い光が、熱とともに倒れるイランを焼き殺さんと包もうとし––––
その瞬間、一筋の雷光がイランごと地をかけた。
その速度は尋常ではなく、紅の熱と光をいとも簡単に置き去った。
「お前は本当に、世話の焼ける」
ヘレン・ソル
イランを優しく抱える『迅雷』の姿がそこにあった。
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