気を抜いてる場合じゃない①
あれから、あの男を拘束した後、学園の教師へと引き渡した。その男はそのまま退学となり、その上牢獄へ囚われることとなった。
ペリオンは本来警備兵やその関係者以外は所持が許されていない。どうやら闇市で入手したらしい。
違法物の所持と使用、拉致監禁。さらに強姦未遂。これらの犯罪行為に言い逃れはできず、その男は学園から追放された。
取り調べなどが終わり、2人は帰路へついた。だが地面を踏み締めているのは2本の足のみ。
「ご、ご主人様……クレアは、あ、歩けます。怪我はしておりませんので……」
「ダメだ。却下する。お前の部屋の前まで送り届ける」
イランはクレアを抱き上げていた。
あの日、四年ぶりに再開したあの時のように。今度は自らの意思で抱き上げている。
彼女の尻の下に自分の左腕を敷き、座らせるように抱き抱えている。
そこからおろしてもらえる気配はなさそうだ。
「い、いや。でも……流石にこの歳になって恥ずかしいと言いますか……」
クレアは生い立ちが生い立ちなので、自分の詳しい生年月日は知らない。だがイランと5歳の頃から出会っているクレアには彼は2〜3歳年下のように感じている。
少なくとも自分が年上で間違いはないだろうと判断していた。
年下と思われる相手……いや、それを差し置いても自分の主人に抱き上げられながら連れ歩かれているこの状況。まだ逆の方がクレアは納得できる。
だが彼に何をどう抗議しても『ダメだ』『却下する』しか返ってこない。意思は固そうだ。
一体どういうつもりで言っているのか……自分のものを守りたいという心配は当然あるだろう。
だがそれ以外にも、何かあると思わざるを得ない。所有欲や支配欲からきているのか、それとも……
「ご主人様こそ、どこか怪我とか、変なところはないですか?」
「見ていただろう?あの程度、大したことなど何一つない」
「……こんな自分が不甲斐ないばかりです」
脅威はないと下していた相手に不覚を取り、その上主人に手を煩わせた。あまりにもやるせ無い。つい顔を両手で隠してしまう。
身体能力、筋力などには自信があった。なのに魔力を禁じられた程度で慌てふためき相手に隙を晒してしまった。
主人はあんなにも勇敢な姿を見せたというのに……。
「……い、一応右手を見せてもらえませんか……?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。それに、右手はあいつを触った手だ。お前を汚してしまう」
「そんなことありません」
そう言いながら強引に彼の右腕を自分の元へと寄せるクレア。
「お、おい…!落ちるぞ…っ!」
そんな彼の心配をよそに、彼女はその右の手のひらを、自分の頬へと当てる。
「この手は、クレアを救ってくれた……優しくて、大切な手です……
……今も、あの時も」
そう優しく微笑んだ。
「…………」
愛おしそうに、自分の右の手のひらに頬をそわせる彼女の姿を見つめる。
「……ど、どうしたんですか?そ、そんなに見られると恥ずかしいです……」
そっと、頬を優しく撫でながら彼は口を開く。
「クレア、これからはできるだけ俺の近くにいろ。もう俺はお前から離れない。これは命令だ、これから先ずっと俺のそばにいろ」
「…………」
少しの沈黙。
クレアは内容を飲み込むのに時間を要する。
「……っ?!へ、へぇっ?!えっ?えっ?ど、どど、どういうことですかっ?!どういう意味ですかっ?!えっ?!」
暴走したイランの言葉に、先ほどまでの出来事が全て吹っ飛んだクレア。悲しみや不甲斐なさに頭を悩ませている場合では無くなった。
愛の告白どころか、生涯の誓いとも取れる言葉、いや彼女からすればそれ以外の受け取り方がわからなかった。
主人と従者の関係を優に超えるような強い意志のこもった言葉。
「朝ももう迎えにこなくていい。俺が女子寮の前までお前を迎えに行く」
「だ、ダメですっ!それは私の役目ですっ!ご主人様にそんなことさせるなんて……クレアにはできませんっ!」
「………なら、お前の部屋の隣に移住させてもら……いや…お前の部屋に俺が住めばいいのか…っ!」
『何年も解けなかった謎が今解けたっ!』そんな真面目な顔をしながらとんでもないことを言い始める主人にクレアはどうすればいいのかわからなくなる。
「待ってください!それはダメですっ!さ、流石に同じ部屋は……」
「……嫌か?」
不安そうな目で自分を見つめる主人。
イランより年上と自認しているクレア。年下だと思われる彼から放たれた何かが、彼女の心に突き刺さる。
「うぅ……いや…!クレアが嫌ってわけじゃ…ないんですけど……。む、むしろ…………。じゃなくてっ!だ、男子生徒が女子寮の部屋へっていうのは……流石に問題が……」
「そうか……ならばどうするか…」
『できるだけ近くにいろ』これはクレアが思っているよりも常々を要求されていることに気付く。
イランの言動から発生したよくない欲望を体現した悪魔。それが囁く誘惑にクレアの理性は揺さぶられ始める。
(い、一緒の部屋っ?!ど、どど同室同棲ってことですかっ?!い、一緒に寝たり……するって、こと?ゼイブル様が別荘を褒美にって…それを提案……ダメダメッ!そうじゃない、そうじゃなくてっ!ここはご主人様の従僕として品のある提案を……そ、そう!また変な男に何かされるかもしれないから、夜伽を誘って、すぐにご主人様のモノに……でも無くてっ!そんな事しなくてもクレアはご主人様のモノなんだから……。あ、でもモノって、配下と女としてじゃ、やっぱり違いますよね……?……あ、あれ?さっきから同じようなことしか、考えられて、ない……?)
(クレアを俺の部屋へ移すのはどうか…?いや男子寮はダメだ。どこに下衆がいるかわからない)
何かを悩み始めた彼女を置いて、彼は着々と思考を巡らせてゆく。どうすれば彼女のそばで、彼女に降りかかる火の粉を払えるか。
その感情は、もはや立場が逆転しているようなものだった。
彼女の存在はもうとっくに……彼の心の奥底にに住まわっていたのだった。
**
「あぁっ!もうッ!なんで狙った方向へまっすぐ飛ばないのよ!」
「レールの伸ばし方にまだ欠陥があるんじゃないか?それとも電流がうまく働いていない…か?」
「…………」
「……ファムナも、何か気付いたらアドバイスしてやってくれ」
「……不均等」
「……は?不均等って、何が?」
「……………」
ウルカの問いに顔を背けるファムナーム。
「んガァアアッ!ムカつくムカつくムカつくーーーッ!!なんなのよっ!なんなのこいつっ!いつになったらまともに会話できんのよっ!?」
口数が少なすぎる上にあまり協力的でないファムナーム。そんな態度に感情をそのまま態度で表すウルカ。
閑静と喧騒。静と動。銀と金。
どうやら2人は相性が悪いようだ。
ここ最近のイランは、そんな2人の様子に頭を悩ませ続けている。
このままで本当に大丈夫なのか?と。
魔獣を狩ること自体に心配はない。彼女達はかなりの実力を持っており、その辺の魔獣に遅れをとることはないだろう。心配なのは仲間割れをしないかどうかだ。
(互いに互いの魔石を破壊し合う……なんて事はやめてくれよ本当に)
イラン、ウルカ、ファムナーム。
この三人は最近試験に向けて、授業が終わったあと試験の対策のために集まっている。
先日の件もあり、クレア達のメンバーの近くで訓練を行いたいと相談したら、ウルカに『あんた、流石にキモいわよ』と言い放たれた。
当のクレアからはとういと、『気持ちは嬉しいのですが、流石にそこまでしてもらうのはクレアも申し訳ないですし』とほんのり断られた。
ウルカの『キモイ』という単語が脳にへばりついているイランにとっては『これは気を遣われているだけで内心キモいと思われているのか……?』と疑心暗鬼になり強く言えなくなってしまった。
自分ではどうにもできないと知り、自衛してもらう為に三人に『危ない目に遭わないように警戒を怠らないでくれ』と強く嘆願することでなんとか無理やり溜飲を下げた。
そして現在はこのように、試験を受けるメンバーで練度や相互理解を高めるために、こうやって集まるのが日課となっている。
だが、連携といっても三人は合って日が浅く、この少女達の我はかなり強い。
ならば変に連携に手を出すよりも個々の力を伸ばすほうが得策と踏んだ三人。
ファムナームはすでに魔術の完成度は高い。なのでイランの左腕を安定させるために魔力の整流を行なってもらっている。
そうすれば試験当日、戦闘に回せる魔力が増え、かなり有利に試験を進められるだろう。
そしてウルカは《エレク・ボルグ》の完成に注力……しているわけだが––––
「あ"ぁ"ぁ"あ"っ!もうっ!なんで上手くいかないのよっ!」
あまり状況は芳しくないようだ。
「………ふっ」
にも関わらず、場を荒らすようにファムナームがウルカを煽る。
そんなこともわからないのか?と言いたげなせせら笑うその表情に、遂にウルカの我慢の限界が訪れる。
「……ふふっ、あはははっ……いいわよ……やってやるわよ……売ってんでしょうぉ…っ?…喧嘩ぁ……っ!」
ぶつぶつと呟き出すウルカに『壊れちゃったの?』と煽りを重ねるファムナ。
ウルカの周りから、その身に宿す怒りを表した電流が吹き荒れる。
「買ってやるわよぉっ!かかってきなさいよっ!」
臨戦体制に入るウルカを見てファムナームも応戦するように魔力を巡らせる。
「………あなた…いなくていい」
冷えた魔力を吐き出しそれを直に受けた草木に霜が降り始める。
右側はピリピリと肌が刺激され、左側は肌が霜焼けてゆく。
弾ける電流。漂う冷気。
二つの魔力の境界線でイランは……。
「いい加減にしろお前ら」
怒気の含まれた圧の強い言葉に2人は思わずたじろいてしまう。
何度も死地を飛び越えてきたイラン。こと、威圧においては群を抜いていた。敵を怯ませるための手段は兼ね備えてきた。故に2人が彼の気迫に押され、動きを止めてしまうのは仕方がなかった。
「わ、悪かったわよ」
「……ごめん、なさい」
なんとか冷静さを取り戻したらしい2人を見てイランは大きくため息をつく。
「2人とも謝る相手が違うだろう」
「…………」
「…………」
しばらく互いに見つめ合う2人。何も言葉を発しない。子供がいじけている時のそれと同じである。
「お前ら……」
言わないとわからないのか?というような態度だ。幼児の面倒見る躾役にでもなった気分だ。
「ファムナ」
名前を呼ばれ体を一瞬震わせる。だがイランはそれを無視して続ける。
「お前は一々ウルカを煽るな。仲良くしろとは言わないが、これから共に試験に臨む仲間なんだ。人並みのことしか言えんが、もう少し協調性をもて」
今度は、後ろで『そうよそうよ!その通りよ!』と拳を掲げるウルカへと矛先が向く。
「ウルカ」
調子に乗っていたウルカは急に名を呼ばれ『ひゃいっ』と驚きながら情けない声で返事をする。
「お前はもう少し落ち着きを持て。あと物の頼み方が強引すぎる。もう少し礼節を持って応対しろ」
イランの説教に納得したのか、しおらしい態度を見せ、素直に謝ろうとするが……
「そ、そうよね。ごめ––––…ッ!あんたねぇっ!」
振り返るとそこには、目元に指を当て舌を出しているファムナームの顔。
まるで幼い次女と末っ子の姉妹喧嘩だ。いつまで経っても話が進まない。
(今日はもう……帰るか……)
イランの心はすでに折れていた。
だがこんな呑気なことを考えていられるのも今だけだ。
彼は思い知る。
あの厄災とも言える隔絶した存在と関わってしまったことの意味を。
己の運命が既に呪われてしまっていることを。
それは突然、そこへ降り立つ。
**
深い深い森の奥。
そこは人の世界かと疑うほどの摩訶不思議な空間を形造り、人の想像する理を全て反転しているかのような人外魔境を映し出していた。
それは呟く
「んー、なんか左腕、違和感あるなぁ〜〜〜ん〜〜〜なぁあんでだろう?」
人どころか、生き物すらいるのかわからないそこで呟く
「なぁんかぁ〜〜?…なぁんかなんかっ、なぁんかなんかっ、…忘れてる気がするなぁ〜〜?」
周囲の景色の色を反転させ、胡座を描いたまま周りに浮いてる何かと一緒に、くるくると宙で回転しながら呟く
「ん〜〜っ!こういうときはっ!んオリャッ!!ん、ん"ォ"オ"オ"オ"っ!ぉ〜おほほほぉぅっ!キタキタキタァァッ!冴えっ、渡ってっ、きぃいたぁあァアッ!どこじゃどこじゃおりゃおりゃおっっりゃぁ〜〜っ!」
自分の目に指を突っ込み、奥にある髄をその穴から激しく掻き出しながら呟く。
「ん"ぉ"…っ!ぉ"あ"っ"た"!……ふぅ、そうだそうだ、そうだった!最近、左腕生え直ししたんだった。……そうだっ、あれだっ。あの〜、一発屋名人のあれだっ!……そう言えば最近構ってなかったや。そろそろ新ネタできたかな〜〜?収穫しちゃっていいかな〜〜?いいともしてくれるかなぁ〜〜?」
それは支離滅裂に呟く
「ほんじゃまっ!師匠っぽい立場としてっ!全がちょいと育成してやりますかっ!なんかあったっけ〜〜?!」
それは、突如現れた黒い穴に、手を突っ込みながら呟く
「ぉっ!これいいじゃんっ?これにしよう〜〜っ!君にっ!決めたァッ!イケイケゴーゴー!君は育成素材だっ、!進化素材だ〜〜っ!ぶっっっ飛ばせぇ〜〜いっ!」
その瞬間、それの眼前に亀裂が入る。その亀裂を片手でこじ開け、黒い穴から引き抜いた何かを押し込み、満足そうに笑んだ。
「うんうんっ!よしよしっ!師匠ムーブ完璧完了っ!よくやったぞ〜〜っ!全っ!レベルアップ、究極進化間違いなしっ!!人間の次はエルフで〜〜?そん次は遂にっ!エンシェントエルフだっ!!ようこそ永遠の世界へっ!んなっ、んなっ、んなぁ〜〜ぁはっぁはっぁはっぁはっぁはっ!」
それは1人でに高らかと笑った。
何も考えず何も意識せず何も思わず、あまりにも無作為に1人の少年へと簡単に厄災を降り注いだ。
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