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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
古いものは過ぎ去り全てが新しくなる
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焦がれてる場合じゃない


それは昔の夢


「おかぁさん、まだねてるの?」

外。

路地裏の隅で壁に寄りかかるようにそれが倒れている。そしてそれを弱く揺さぶる小さな子がいた。

それは穴の空いたボロボロの布に子と一緒にくるまっている。

そこに子。

肌は黒ずみ、汚れまみれ、およそ文化的な生活を送れているようには見えなかった。


––––日が登った。


『まだ寝てるのー?』


––––日が落ちてきた。


『おかぁさん?』


––––月が登った。


『おやすみ、おかぁさん』


その子は空腹の音を鳴らしながらも、母を呼ぶ。

母だったものに向かって、母と呼ぶ。


––––それはもう動かない。


『きょうはパンのみみあったよー!』


––––それはもう答えない


『ご、ごめんなさいおかぁさん、あのお店の人に、おこられちゃった。も、もうくるなって。き、汚いから、あさるなって』


––––それはもう………


『ごはん、たべないの?おか……


……ぁさん」



「……朝、だ」

クレアはオルギア家で働いていた名残から、日の光が入るとすぐに起きれる身体になっている。

スイッチの切り替えも早く、テキパキと支度を始める。

まるで夢など見ていなかったかのように。




女子寮を出て、男子寮の前で待つ。立っていると何人かの男子に話しかけられるが、視線が下にいっており、目が合わない。

すぐに下劣な欲で話しかけることがわかる。

いつも通り適当にあしらっていると、今回はなぜかしつこい。そうしてるうちに待ち人がやってくる。

彼はこちらを確認するやいなやいつのまにか目の前にいた。


「おはようクレア。いつも悪いな、待たせてしまって」

「む〜っんぐぐっん〜っ!」

イランは片手でその男の口を掌で覆うように顔面を掴み握りしめ、下へ下へて押し込んでゆけ。その力は万力のように少しずつ、確実に力強く内側へと掌が閉ざされてゆく。

そんな彼の苦しみの声など届いていないかのように自分の従者へ爽やかな挨拶を交わす。


「いえ!さっき来たばっかりです!なので大丈夫です!そうじゃなくてもご主人様を待つのがクレアの役目ですっ!」

「……いつも助かるよ。で、一応聞くがこれとは知り合いか?」

男へと視線を向け、表情を崩さず、あくまでにこにことした優しい表情で問いかける。

「いえっ!さっき来たばっかりなので!知らない人ですね!」

「……そうかそうか……」

それを聞き、イランの表情が一変する。

「次、俺の()()に対し、その腐った目で舐めまわし、その薄汚い手で触れようとでもしてみろ。貴様のこの先の人生から、光と手首から先の感触が失われると思え」

念を押すように『わかったか?』と問われ必死にうなづく男。

手を離すと悲鳴と共に逃げ出していった。



「……クレア、鬱陶しかったら自分でも払っていいんだぞ?相手が貴族だとか、俺の評価だの家への影響だのは気にしなくいい」

「………」

返事をしようとしたが、少し惜しい気持ちになり、なんとなく躊躇ってしまう。

今まであれだけ自分を律していたのに、最近はどうにも彼に対し甘い期待を寄せてしまう。

主人の手を煩わせるような、護衛として相応しくない感情だとしても葛藤してしまう。

そんな彼女の様子を見てイランは、仕方がないといった表情をする。

「……まぁ、俺が助けれるうちは助けてやる。だが本当にどうしようもない時は抵抗しろ。これは命令だ」

『助けてやる』その言葉が無性に嬉しくなってしまう。

「はいっ!よろしくお願いします!」

勢いよく頭を下げる。その顔はどこか嬉しそうだ。


「では行きましょうか!」

今日はネプトはプレムと一緒に登校する日。

護衛の役割を全うするものとしては、気を引き締めなければいけない…が、

1人の乙女としては……彼との2人きりでの登校にはどうしても心に甘さが広がってしまうのだ。




**




本日の授業も終わり、帰り支度をしている3人。最後の教師の言葉を思い出す。

「もうすぐ、討伐試験ですか……」

「3人でパーティを組んで臨むらしいな」

「んじゃ、俺たちはもう決まっちゃったなぁ」

「そうですね!3人でよかったです!」


『討伐試験』

魔獣が生息する森で行われる実施試験。

加工された魔石を嵌めたリングをつけ、魔獣を討伐してゆく。討伐された魔獣の魔力を一部吸い取り、ポイントとして換算される。

魔力の質を解析し、強さや大きさになどよってポイントが変動する。

また、魔石が破壊された時点で失格。つまり自ら破壊することでリタイアすることも可能。その時点で近くにいる教師がその生徒を回収する手筈になっている。

ちなみに生徒同士で争うのも可能。だがこれは難易度が高い。魔石を壊さず回収することでそのポイントを強奪出来るが、その途中に破壊されればポイントとして機能しなくなる。

その為、魔獣を狙う方が効率的だ。



「……?」

「ど、どうしたんですか、ご主人様…?」

「いや……俺はお前たちとは組まないぞ?」

「………っ?!!?」

「………ほへぇぁ?」

あまりにも想定していない答えにクレアは絶句しネプトは壊れた。

「お前ら2人はプレムとでも組んでやればいい」

「な、ななななな、なんでですかぁっ?!急になんでですか!き、き、気に障ることでもしちゃいましたかぁっ!?」

「なんでだよなんでだよっ!そうだよっ!おかしいよっ!俺たちじゃ頼りないってことかヨォ〜〜っ!?」


「俺とお前たちで勝負だ」

そのイランの言葉にピタッと2人が止まる。

「俺に勝てば、一つなんでも言うことを聞いてやろう」

『なんでも』 と言う言葉に思わず生唾を飲み込む2人。


もちろん、イランもこの2人が常識のないことを願うとは思っていない。それ故のこの強気の言葉である。

これは2人のやる気を焚き付けるためだ。普段自分に遠慮しがちな2人のやる気を出させる。

彼らはきっとこの褒美、そして自分の実力を見せる(アピール)ために全力を尽くすだろう。イランはそれを狙っている。


「本気で、やって、いいんですね?」

「俺、ガチっちゃうよ?」

いつにもなく真剣な表情で自分の主人へと問いかける。

「当たり前だ、そうでなければ意味がない、こ

の俺にお前達の力を見せてろ」


「やりますよっ!ネプトくん!修行ですっ!今日から鍛錬鍛錬、鍛っ錬っですっ!」

やる気を漲らせるクレア

「待って待って姐さんっ!逸る気持ちはわかるけど!とりあえずプレムッ!プレムを捕まえようっ!あの子はできる子ッ!魔獣討伐の名人だからッ!」

始まるのはまだ先なのにもう焦り始めているネプト

「そ、そこまで言うなら組んであげてもいいけど?」

いつの間にか後ろで話を聞いていたプレム

試験2週間前。この時点で一つのチームが決まった。


やる気に満ち溢れる三人は去っていった。

それはもう試験のことで頭がいっぱいだ。イランを置き去りにしてることにすら気付いていない。

護衛としてあるまじき行為だが、今回に限ってそれは好都合。自分も誰と組むかと教室を見渡し始める。誰に声をかけるか…?

そんな中、3人に聞き耳を立てていた生徒達が一斉にイランへと集まる。




イランはこの学園に来てプレム以外からも何度か決闘を叩きつけられた。最初のうちはクレアやネプトが代理として出場していたが、途中から鬱陶しくなり、一度だけ、自分の実力を誇示する為に自ら出場した。


それはもう一方的な結末となった。

小さな小さな黒鉄の玉。

それを生成したかと思えば、高速で操作し、相手の顎を打ち抜き意識を刈り取った。

ほんの一瞬の出来事。

その一撃で相手の魔石は破裂。一体あの小さな玉にどれほどの威力がこもっていたのか。

遠くから見ていた殆どの観客は何が起こったかわからない。急に相手が倒れて魔石が破裂。


ここは国立魔術学園ヴァレリオ。

差はあれど、皆一様に何かしらの期待と実力を認められている。

それを相手にあの一方的な結果。

一度の決闘で上級生にすら畏怖と畏敬を与えた。

あの強気なプレムでさえ、『ネプトが相手で良かったと』『なんて恐ろしい相手に喧嘩を売ってしまったのか』と安堵と恐怖で身慄いした。




そんな彼に、生徒達が試験のためにあやかろうとするのは当然な事だった。

自分の周りを取り囲みあれやこれや語りかけてくる。自分の実力がどうだとか貴方のためにどうするだとかメリットがこうだとか必ず役に立つだとか損はさせないだとか……ため息が出てしまう。

振り払うため、言葉を発そうとし……


「……どいて」


小さく、でも威圧感のある冷たい声が教室に静かに広がった。

氷の少女から放たれる冷徹な魔力がイランを取り巻く生徒達へ降り注ぐ。彼らは声を発することもできず微動だにしない。

彼女が一歩進めばモーセのように人盛りが割れ、イランへの道を拓かせた。

彼女が進むたびに彼らはその道を広げてゆき、最後には蜘蛛の子のように散っていった。


「助かったよ。礼を言おう」

「……どいたまどいたま」

『どういたしまして』そう言いたいらしい。

『で、』とイランが用件を聞こうとする前に彼女は先に口を動かす。

「組もう?」

「………」

「……だめ?」

「まぁ、いいだろう」

『勝負』そう言ったのだから手を抜く必要はない。それはあの2人に失礼だ。

いくら彼女がエルフで、魔術の達人で、魔力量も尋常じゃなく、実力も計り知れない……といえど、頼もしい味方が向こうからやってきてくれた。わざわざ拒絶する必要もない。あの2人には本気で相手をする。そうでなければ、意味がない。


その少女が右手を差し出す。チームを組む為の契り。イランも彼女へと右手を差し出し拍手を交わ––––

「おいっ?!なんでそうなるッ!!」

––––そうとしたら急に指を絡め始めた。

「……にぎにぎ」

「やめろッ!離せッ!」

強化魔術(リィンホース)でもかけてるのか、その手はびくともしない。こちらも対抗しようと魔術を展開するが……

「……きもち、いいね……?」

その言葉に動揺してしまい、不発へと終わる。

(こいつ……っ!?狙ってやってるのか?それとも天然か?)

どちらにしても恐ろしい。彼女の読めない行動に戦慄していると……


「イランッ!いたわねッ!」


また厄介な少女が紛れ込む。

「……ウルカ……試験、俺たちと組もうか」

このタイミング。何を言いにきたのかもうわかる。これ以上彼女達に手綱を握らせない為にあえて自分から切り込む。

だがその程度の抵抗など意味を為さないことを知る。

「……ほんとにほんと?……うれしいっ!あたしから誘おうと思ったに!イランから誘ってくれるなんて!とっても嬉しいわっ!えへっ」

「………」

なんでこの娘はここまで自分の感情に素直なんだ。なぜその年になってまでそこまであどけない顔ができるのだ。まさに天真爛漫の申し子。



逆境続きで未だ女性との交際経験のないイラン。そんな彼にとって彼女の仕草は、彼の心の奥にしまい込んである隠された部屋に、とんでもない大きなノックを響かせる。

周りに魅力的な女性が集まりつつある彼にとってその扉は最終防壁(ボーダーライン)。そこを突破されてしまえば自分でもどうになるかわからない。

抑えが聞かなくなるかもしれない。


あの氷の少女もそうだ。

自分(イラン)が女性とのそういういった接触に不慣れなことをわかっているのかわかっていないのか……妙に艶かしいスキンシップが多すぎる。

既にガタガタな扉の隙間からヌルヌルと指を伸ばし、内側から鍵を外そうとしてくる。


約一名。あの黒い少女がすでに扉の隙間から片足を入れ始め、そろそろ半身まで侵入を許してそうだが……イランはそれに見て見ぬ振りを続けている。

その手達はもうすぐそこまで差し迫っている。


そしてもう1人は––––




そのあと『……よろしく』『今度一緒に作戦会議ねっ!』と言いながら2人は去っていった。

(試験……大丈夫だろうか…?)

不安が襲いかかる。実力としては申し分ない2人と組めた。だが自分の心が持つのか。痛みには強いが、柔らかい何かしらへの抵抗力はほぼ皆無なままだ。


去っていく前に、ウルカとも握手を交わそうしたイラン。

横から『こういう時の握手は指を絡めるのがマナー』というわけのわからない情報をファムナが刷り込み、『そうなんだ』とウルカが素直に従おうとするので必死に訂正しておいた。




**




暗い部屋の一室。そこには2人の影。

「や、やっと僕のモノになってくれるんだね……っ!クレアさんっ!!」

下卑た笑みを浮かべながら、その少女へと1人でに語り続ける1人の生徒。

語りかけられているその少女は、何も抵抗できず椅子に縛りつけられていた。

(申し訳ございません、ご主人様。クレアはまた、ドジをしてしまいました……心配、してくれるでしょうか……いえ、この程度の相手に不覚を許すとは……失望、されるでしょうね)


彼女は諦めるように静かに目を瞑った。


拝読ありがとうございます。


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