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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
古いものは過ぎ去り全てが新しくなる
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イチャついてる場合じゃないPart3


イランはこの現状に困惑していた。


連続で弾けるような、電気特有の音を身体から鳴り響かせる少女。次の瞬間、指の先から落雷の様な低い衝撃音。その振動は内蔵まで伝わってくる。

「イラン!次よ!早く出して!」

自分の数メートル先でこちらに背を向けたままその雷の少女はまだまだかと次を急かす。その瞳は新しいおもちゃで遊んでいる無邪気な子供そのものだ。


その少女の他にもう1人……

「………どう?……」

旋毛(つむじ)が見えてしまうほど彼女との距離は近い。いや、もはや左腕にくっついてしまっている。

その旋毛が後ろへズレて、下から大きな瞳がこちらを覗く。身長差があり自然とあざとい角度(上目遣い)でイランの瞳に映る。


そんな事、気にもせず彼女はそれを続ける。

久しぶりに空気に触れた左腕。いつも纏わせている《黒鉄(クロガネ)》の代わりだと言わんばかりに、包み込むように身を添わせている氷の少女。

彼女の冷たくすべらかな指の感触が自分の指の隙間に入り込んだり、その小さな手で握りしめられたり、腕に頬ずりされたり、やられ放題だ。

ぷにぷにの肌と自分の肌が接触する。煩悩がイランを襲いかかるが左腕を覆う冷たさに集中して冷静さを装う。

正直これは、かなり助かっている。邪な気持ちからではなく、もっと実用的で生命線に関与するところで。


––––そんな3人の姿を少し後ろで、ドス黒い気配を放ちながら眺めている黒の少女。

「……いぃくん、嬉しそうぅ……だねぇ…?」

「何やってんのよ!つぎっ!つーぎっ!早く作っ(生成し)て!」

「………落ち着いて、きた?……」


(なぜこうなったんだ?どうなっているんだ?)

黒、金、銀、3人の少女に問い詰められながらイランは少し前を遡る。




**




その日の授業が終わった後、氷の少女に連れられ中庭へとやってきた。クレアはネプトとプレムを連れて『お説教してきます』と席を外した。


今の立ち直ったイランなら1人にしても大丈夫、と判断したらしい。

そもそも彼女は、戦闘面で圧倒的な強さを誇る彼に自分が物理的に守れる部分はないと、そう思っている。自分の主人がその辺の人間に負けるなどとは到底思えもしない。

故にイランの精神面を補うために盾として作用しているが、イランの精神が安定しているのであれば自分程度が心配することすら烏滸がましい。

それでも一応、万が一何かあったら困る為、治療術を行えるルノに見張りを頼み去っていったのだ。


「……で?何をすればいい」

「……ないの?……」

要領を得ない返答だが何を言いたいかはなんとなくわかる。

「すまんがそもそもお前の話をまともに聞けていない。よって内容も知らん。さっさと教えろ。すぐに終わらせる。」

「……それ……」

とイランの左腕を指しながら続ける。

「外して?」

何か言おうとしてイランは黙る。言いたいことがない訳でもない……が。

葛藤の末……決意を固める。


「いいだろう。だが、何を見ても(おのの)くなよ……」

そう言い、服をはだけさせ左肩から指の先まで全て晒す。横に伸ばした左腕から、纏わせている黒鉄が剥がれるように魔素へと溶けてゆく。

「……ッグゥッ」

痛みに慣れているイランでさえ、声を漏らしてしまうほどの激痛が生じる。

剥がれた部分から血肉がボトボトと地面へ落ちゆく。そのそばから再生が始まる。

肉片を受け止めた草木が急激に成長し木樹を伸ばしたかと思えば、すぐに枯れ萎れてゆく。

ぼごぼこと沸騰するように泡立ちながら破壊と再生を繰り返す左腕。

地へ落ちる肉の音は止む気配がない。


「いーくんっ?!大丈夫ッッ?!!」

その様子を見たルノがすぐ駆けつけようとするが、

「来るなッ!」

制止と共に放たれた大声に驚き、ルノの動きが止まる」

「大丈夫だ。るーちゃんは何か起こった時のため、そこで見守っててくれ」

「で、でもッ!!」

「るーちゃんなら……何があっても俺を助けてくれるだろ?」

その強い信頼を宿した笑顔に、ルノはつい何も言えなくなってしまう。



イランは常に、左腕の魔力が身体へと流れ込まないよう、蓋をするように自分の魔力で押さえ込んでいる。

そして外側からは自壊する腕を無理やり保つために黒鉄を纏っているのだ。

()()()からずっと、そうしている。

そうしておかなければきっと、自分の在り方(種族)を書き換えられてしまうだろう。

自分の魔力とそれの魔力が左腕と体の境界線で絶え間なくぶつかり、中和され、消費されてゆく。

自分の魔力の殆どをそれに充てている為、普段の戦闘で使える魔力はほんの少し。

これが呪いでなくなんというのか。


そんな腕に、ファムナームは自分の手を添える。

「おいっ?!お前ッ!」

「………大丈夫」

そうすると、不思議なことに左腕の中で荒れ狂っていた魔力が落ち着いてゆき、痛みが引いていく。

訳がわからないイランを置いて彼女は語る。

「…これ、エルフ?………んーん、エンシェントエルフ………」

『エンシェントエルフ』という単語にまた発狂しかけるが、なんとか抑える。

発狂している場合ではない。聞きたいことが山ほどある。

「お前っ?!何者だッ?!」

「ファムナーム・ルヴ・スノーク」

「『ルヴ』?!お前まさか……?」

彼女は向かい合ったイランに見えるように、左手で銀の髪をかきあげ、人間とは違うその尖った耳を見せる。

「……うん、エルフ、だよ〜ん……」

抑揚のない言葉のまま、また虚空に向かってピースを放つ彼女の姿を見て、真剣なのかふざけてるのか問いただしたくなる。

彼女のペースに呑まれっぱなしだ。



『エルフ』

魔力の扱いに優れた魔術の達人(エキスパート)の集まり。寿命は長く人間の約10倍。個体数も少なく滅多に姿を現さない。故に謎が多い種族とされている。

そして、当然だがエンシェントエルフともゆかりのある。

その親和性と技術力を持って、イランの左腕の魔力を制御し、整えてゆく。



「……2回目…」

どうやら『自己紹介をするのは2回目なのに覚えてないのか?』ということを伝えたいらしい。

()()の存在に関与することはできるだけ記憶の奥の方へすぐさま封印する事になっているイランがそんなことを覚えている訳がなかった。


魔力の流れが安定していき、左腕の感覚が蘇ってゆく。

イランはずっと、左腕を動かしてはいなかった。それを覆っている黒鉄を操作することで腕を外側から操作していた。

この技術を応用して巨大な黒手を扱吊る(すべ)を身につけていた。


「これは……完全に治るのか?」

「……むり、定期的に、しないと……ダメ…」

そう言いながら、自分の左腕に両手を添え、魔力の荒ぶりをひたすら鎮めてくれるファムナームの横顔。

真剣そのものだ。

「……頼まれて、くれるのか?」

「……いいよ、その代わり………」

もちろん、なんの対価もなく自分を助けてもらえるなどとは思っていない。

彼女のこれはイランにとっては、高い対価を払う価値のある替えが効かないもの。仲間や家族以外なら、なんでも差し出そう……と覚悟を決めるが、返ってきたのは––––


「……お菓子…と紅茶…」

『高いやつ』とちゃっかり付け足す。


「………っふ、あは、あははははっ、ははっくははははっ」

実に久方ぶりに大きく笑った。こんなに、こんなに素直に愉快な気持ちで笑えたのはいつぶりだろうか。

この国では甘味や紅茶などはまだまだ高級で、平民にはなかなか手の出せない貴族の嗜好品だ。

だが公爵家の息子であるイランにとってそんなもの些細なことだ。

「……ふぅ、いいだろう、茶菓子程度、いくらでも買ってやる」

「………ん、成立」



(今度クレアやネプト、ルノ、まぁ、ついでにプレムとその妹2人……皆んなを茶会にでも誘おうか、あの3人がいた方がネプトも喜ぶだろう)

そんなことを考えているとタイミングよくルノから声がかかる。

「い、いーくん、私も、甘いお菓子、食べたい…」

ファムナームの技術に興味があるのか、いつの間にか側まで寄ってきていたルノ。『お菓子』と聞いてつい声をかけてしまう。

甘えるような目つきでイランの裾を控えめに引く。実にあざとい。


普段ならちょうどいい!となるところだが、イランはすぐさま悲しみに支配される。

「……なんでもっと、早く言ってくれなかったんだっ、ルーちゃん……っ!いやっ!違う…俺が………そうさせている俺が悪いのか……っ!くそっ!もっと早く気づいていれば……そしたらっ、そしたらすぐに最高級のものを取り寄せて……お茶会でもなんでも……ッ!」


ルノの可愛らしいわがまま。普通ならニコニコとしながら二つ返事で許諾するところだが、イランの心は今、悲しみに暮れていた。

遠慮させ、ずっと我慢させていたと思うと、なんと情けないことか。

なんて不甲斐ない男なのだと自分を叱責し始める。

大切な女性に我慢をさせるなど、どこまで男として程度が低いのか。



日に日にルノ……というより自分の周りの人間に甘くなってゆくイラン。どうやらヘレンと共通した要素を持っているみたいだ。

ルノやウルカを甘やかす彼女の行いをとやかく言う資格は、もう彼にはとっくに無くなっていた。




そんな2人を見てファムナームは呟く。

「……真面目にやって」

それを言う資格はお前には無い、と返答を叩きつけようとしたところでまた一つ災難が降りかかる。


「あーーーっっ!イラン・オルギアスっ!こんなとこにいたーーっ!」

ウルカ・ソルのご登場である。


文句を言いたげな顔でこちら近付く。それはもう近くに。鼻先触れそうになほど。

「お、おい近いぞっ!」

離れようとするが……

「……だめ」

まだ動くな、とファムナームが阻む。随分と安定し、血が流れなくなった腕をしっかりと両腕で抱きしめる。


そんなイランの状況を察してルノがウルカの気を引き始める。

「こんにちはウルカさん」

「あら、あんたはこの前の……もしかしてヘレン姉様が拾った……」

ルノの存在がウルカを引きつけ、一時的にイランへの興味が削がれる。

「えぇ、そうです。ルノって言います。よろしくお願いします。」

ヘレン経由で互いの存在を知っていた2人。ヘレンの話に花を咲かせ始める。



(よくやったっ!ルーちゃん!)

今のうちだっ!と言わんばかりにファムナームに頼み込む

「ウルカがルノに気を取られている間に終わらせてくれ!」

「………?まだまだ、かかる…」

淡い期待は冷たい一言により氷のように砕かれた。



ルノがウルカを引きつけ、粘っているがすぐに限界が来くる。

「そうなんだね。ヘレンさん、ウルカさんのこと大好きだから。」

「それは嬉しいんだけど、何でもかんでも話しちゃうのは流石に––––じゃなくてっ!」

「あっ」

「イラン!あんたっ!あたしとの約束は?!なんでそいつを優先してるのよっ!」

「これには事情があってだな」

あの時、約束の内容など何も頭に入ってなかったイランだが、正直ウルカの頼み事には察しがついてる。


ヘレン考案の《エレク・ボルグ》と、父の名。

きっとその魔術を習得する為に練習に付き合え、そう言うことなのだろう。

それに付き合うのはイランとしてもやぶさかではない。あの魔術を目の前で観れるかもしれないし、自分が憧憬し敬愛している父とヘレンの跡を辿る行為はイランの心を昂らせる。


かの大戦で帝国相手に大打撃を与えたあの超遠距離電砲狙撃魔術の再現に一枚噛める。

なかなかに魅力的だ。

だが………


……あまりにもタイミングが悪い。


「わ、悪い。忘れていたわけじゃないんだ。タイミングがだな……今も、見ての通り手が離せない。また後日ではダメか…?」

忘れるどころか内容すら正確に把握できていなかったが、それを気取られまいとなんとか誤魔化そうと画策する。


だが、イランは知らない。

ウルカがこれまで、ヘレンにどれほど甘やかされてきたか。父親と母親にどれほど可愛がられてきたかを。


「ふ、ふぅーん。そうなんだー。先に出会ったあたしより、そいつ優先するんだー。ふーん。」

いじけていた。

それはもう幼子のようにいじけまくっていた。

顔を背け、可愛く唇を尖らせ、人差し指同士をモジモジとくるくるくるくる回していた。

『別にいいもーん、1人でやるもーん』とこちらをチラチラ見ながら、わざとゆっくりと準備を始める。


「…………」

「ど、どれくらいかかりそうなんだ?ファムナーム…?」

「……ファムナでいい」

「そ、そうか」

「いーくん、今してもらってるのって治療行為だよね?なんでそんなにデレデレしてるのかな?くっつかれてるからかな…?」

「い、いやっ?!してないがっ?!全くこれっぽっちもしてないがっ?!」

「……そうなの?…….残念」



そんな3人に対してウルカは、体ごと顔をそっぽへ向けながらも、靴底を地面に擦ったまま一歩一歩短く地道に少しずつ近づいてくる。

「…………」

手の届く範囲に来たところで、イランの右の袖を指二本で摘み控えめにアピールする。

それに気付いたイランはウルカへと問いかける。

「ど、どうした…?ウルカ……?」


「……あたし、のこと…きらい…?」


もうダメだった。

なんなのだこの放って置けない少女は。

バレてないとでも思っているのか、移動しながらずっとこちらを確認するようにチラチラ見ていたし、

声をかけてきたと思ったら不安そうな顔でこちらをうるうるとした瞳で見つめてくる。

その顔は少し拗ねているような表情をしており、今にも泣き出しそうだ。


イランの庇護欲が掻き立てられる。

幼少期、タロンで一緒に過ごした2人のことを思い出す。

ルノとネプト。2人の時と一緒だ。なぜか放って置けない。

イランも、これでなかなか面倒見の良いところがある。そこにこの少女の行動と仕草………我慢の限界だった。


「……こ、このままで、いいなら……手伝おう」

「ほんとっ?!何よあんたわかってるじゃないっ!やったやったー!」

先程とは正反対にぴょんぴょん跳ねながら喜びを表現する。

なんとも感情表現豊かな少女だった。




**




そのあとはもう本当に大変だった。

ファムナは『触れてる箇所が多い方がやりやすい』と言い放ち好き放題やり始める。指をねぶろうとした時は流石にルノが止めた。


ファムナのスキンシップに動揺してイランが生成している黒鉄の形に不備が起こる。

『ちょっとあんた!これ、形、ヘニャヘニャじゃない!こんなのじゃまっすぐ飛ばないでしょ!ちゃんと槍の形にしてよ!』とイランの気も知らないで責めつける。


ルノはそんな3人を見て黒い気配をひたすらこちらに向けていた。なぜか2人の少女は全く気にしておらずイランだけが冷や冷やしていた。


我慢の限界が来たルノが、空いている右腕に抱きつき始めいよいよ生成の精度が落ち始める。

グニョングニョンな槍を見て『やっぱり、あたしのこと、きらいなんだ……』と拗ね始め、それはもう無茶苦茶だった。


そんなこんなでなんとか一日が終わった。

だが安心している暇など無い。

イランに降り注ぐ次の試練。



死の関門がやってくる。


拝読ありがとうございます。


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