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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
古いものは過ぎ去り全てが新しくなる
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逃げてる場合じゃない


あれからずっと安定した通学の日々が続いた。

『オルギアス公爵家の後継者(息子)』という意味でイランの存在が徐々に知れ渡っていった。いろんな人間がイランに近付こうと画策し始める。


好奇心で近づく者。媚を売る者。その立場にあやかろうとする者。ヘレン・ソルの妹を自称する者。喧嘩を売る者。ネプト目当ての者。助けを乞う者。恨みを持つ者。クレアに下賤な目を向ける者。

それぞれをクレアとネプトが『例外』を除く全てを悉く打ち払った。

最後の者はイランが直々に手を下した。どうなったかは誰も語りたがらない。



だが、その日は珍しく2人が偶然居ない日だった。 

『ご、ごごごめ〜ん主様、あ、明日ど、どうしてもプレムが……』

『あなたから友達になりたいって言ったんでしょ!たまには、い、い、一緒に…登校……するくらい良いじゃない!イランと一緒はダメよ!あなたイランがいれば付きっきりなるんだから!ふ、ふふふふ、ふ、2人きり……で登校するの!わかったっ?!』


ネプトはプレムとの登校。

あの生意気な女にネプトを付かせるのは複雑だが、当のネプトがなんだかんだ嬉しそうだ。敬愛と友愛は別物であり、共存することくらいイランにもわかる。本人が幸せなのなら、たまに貸すのも悪くない。




『お"、お"は"よ"ぅ"ご……ゴホッゴホッ…ご主人ざま"きょぅも"–––

『クレアさん、寝てないとダメって言いましたよね?なんで抜け出してるんですか?油断したからそうなるんです。己の弛みを戒めて今日は休んで下さい。』


クレアはどうやら風邪をひいた様だ。

例の如く、なぜルノがその事を早朝から把握してたのかはわからないが、正直助かった。


『病気になっても無理やり働かせる』

昔の自分の所業を思い出し苦しくなる。本当にあの頃の自分は何をやっていたのか。自分を責めてしまう。だからと言って彼女を拒めば今度は高い忠誠心を傷つけてしまう。ルノが強制的に連れいった時は正直『よくやってくれた!』と心の底から感謝した。




そんなわけで珍しく1人での登校となったイラン。教室に着くと、ネプトをいつもの席で待つ。

気に触るが、いつも授業を教えてくれるクレアの役目をプレムに頼み、今日はネプトとプレムの2人に教えて貰うことにしよう。


詫びとして一日ネプトを貸してやることで、きっと喜んで教えてくれることだろう。そんな事を考えながら授業の準備を始める。

その状況を周りの生徒達は見逃さない。

いつもいる鉄壁の2枚の盾が居ない。そのチャンスを逃すまいと様々な生徒が押しかけようとするが、それは新たな盾に阻まれる事となる。



いつも隅の席で神秘的な空気を纏いながら1人でに座る氷の様な少女が、なぜかイランの隣に降り立っていた。

幼い顔立ちをしているにも関わらず、静かな印象を与える姿。それに反比例して圧倒的な存在感を出す。それが誰も近づかせまいと他者を遠ざけた。


イランの腕にピリピリと違和感走る。

その違和感は最初見た時よりも強く腕に響く。近くにいるからだろうか。


「こんにちは。俺はイラン、イラン・オルギアスだ。俺に何かようかな?小さなお嬢さん(リトル・レディ)

腕の違和感と共にそれとは別の違和感。


謎の嫌悪感。

いや違う、これは恐怖だ。


何か怖い感じがする。思い起こせない記憶を、何か忘れているものを、無理やりこじ開けられそうになる様な謎の恐怖。



「よ、用がないなら、いつもの席へ戻ったらどうかな……?」

ダラダラと冷や汗をかきながら、それが表情に出ない様、外面向けの笑顔を貼り付けたまま逃げようとする。


だが彼女の銀色の瞳に身じろきできなくなる。凍ってしまった様に固まってるイランへ、彼女は小さくつぶやく。

「……その腕、変」

彼女の視線が左腕に行ってることに気付く。


「こ、これ?これはちょっと事情があってね。常に《属性佩帯(コンヴェスト)》をかけているんだ。じゃないと自壊してしまうんだよ。呪いみたいなものでね」

なんとか笑顔を作りながら口早に語る。口を早く動かしすぎて教授の様な喋り方になってしまう。



普段なら自分の内情(ウチガワ)を晒す様な真似はしない。だが彼女から一刻も早く離れたいという気持ちが強すぎて、さっさと要件を終わらせようと舌が動くのを抑えられない。


そしてこの説明もイランにとって()()()()()()()()なのだ。安全地帯(セーフティーゾーン)から一歩はみ出ている。

自分を守る様にペラペラ語るイランとは裏腹に彼女の口数は少ない。あまりにも少なすぎる。


「……懐かしい…」

なにが??という気持ちでいっぱいだ。だがもう限界だ。

「そ、そうか。ならば是非そこでその懐旧(ノスタルジー)に浸っておいてくれ。レディに対し失礼だとは思うが、俺は席を外させてもらう。気を悪くしないでくれよ」


ネプト達と一緒に座れる良い席はないかと探しながら立とうとするが……

「奇遇ね!イラン・オルギアス!……あら、今日はあの2人がいないのね、なら今日は隣に座れるわね。遠慮なく失礼させてもらうわ!」


そう言い返事を待つこともせず隣に座るウルカ。イランは逃げ道を塞がれる。

是非とも遠慮してもらいたかったところだ。

だが雷の少女は氷の少女が出す存在感など無視してズカズカと強引にやってきた。




2人はそれぞれ好きな様に喋り始める。

「ところであんた、お姉様が開発した電撃魔術《エレク・ボルグ》なん…」

「……左腕……ふれたい…」

「お姉様ったら危険だからって全然私に…」

「………それ、といて……?…」

「だから、あんたに手伝って欲しいの、お姉様も、ゼイブル様と一緒に戦……」

「………だめ?…」

両耳から別々で捲し立てられる。

イランにとっては二度めの経験である。例の如く何も頭に入ってこない。


クールでありながらぽやっとした幼く可愛らしい声と。芯のある凛としたクリアな声。正反対な声、喋り方、印象、勢い、左右から流し込まれる情報過多。その反発と量、全てが脳をどんどんごちゃ混ぜにしてゆく。


口数が少ないはずの銀髪の少女の言葉は絶妙なタイミングで放たれ、一言一言がウルカの言葉よりも優先的に耳へ入る。


だがウルカの話もそれはそれで興味を(そそ)られる。父の名やヘレンが誇る一撃必殺の魔術の話に吸い込まれる。

耳が右へ左へと傾く。結果両方とも、話の要領を得ない。



二兎追う者は一兎も得ず。だがその二兎は遠慮なくこちらをしばき回し、窓を絞らせない様に撹乱してくる。溜まったものじゃない。

その結果––––


「あぁ!わかった!だが今からすぐ授業が始まる!また時間がある時にしよう!」

内容もわからないまま、めちゃくちゃ適当な答えを出す事となった。

座学を受けた後の脳死イランがここで顔を出してしまった。

だがこれは悪手。このことを後悔することになる。



「……ていうか、そいつ誰よ」

「…確かに、名を聞いてなかったな。」

今更?というツッコミをしてくれる人物は今ここにはいないようだ。

いつもなら名を名乗らない無礼を叱責し、追い返すところだがイランの脳は混乱している。素直に疑問を口に出してしまう。

「………ファムナーム・ルヴ・スノーク」

『ルヴ』

そのミドルネームを聞いた瞬間イランが過剰反応する



「ギィャァアアあぁァアァアアぁあァッッッ!!」

突然、体を震わせながら、悲鳴をあげ、白い泡を口からぶくぶくと垂らしながらぶっ倒れた。



「…は?へ?ちょ、ちょっと!あんた、だい––––

「いーくんっ!大丈夫っ?!」

「うわぁっ!?あんた誰ぇっ?!どこから現れたのよっ?!」

いつの間にいたのか、ルノがイランの肩を担ぎ運び出してゆく。

訳がわからないウルカはそれを眺めていることしかできなかった。

急に現れた黒髪の女性。その女性が教室を出て行く前にこちらに向けた目は、酷く黒く濁り自分達へ何かしらの負の感情を伝えてきてる事だけはわかった。



「……あんた、なんかしたの?」

身に覚えのないウルカはファムナームと名乗る女性へと問いかける。

「………やくそく…できた……成功……」

その少女は素っ頓狂な答えと共に誰に向けてるかもわからないピースをしていた。

その視線の先は虚空である。


「………?変な奴ね、あいつ大丈夫かな…?」

ウルカはこのわからない少女のことを考えるのは諦めて、イランの心配をするのだった。



あれからイランはしばらくネプトとクレアを近くに置き、『あの女を絶対近付けるな!』と二つの盾を手放そうとしなかった。


––––だがその悪夢はまた再来する。




**



「今日の授業は座学だけですね。一緒に頑張りましょうご主人様!」

「俺らがサポートするから一緒に頑張ろうぜっ!」

「わ、私にも教えなさいよ?ネプト……」

「……プレム様はネプトくんよりも成績がいいですよね……?」

「はぁ、憂鬱だ」



いつの間にかネプトに付属する形で一緒に登校する事となったプレム。

いつもの3人の席の両隣は埋まっていた。彼女は仕方なく離れた席へと向かった。

イラン達はいつも利用している空いた三つのへと向かい。いつもの並びで座ろうとするが……

「はぁ……そういえばネプ––––

「………やほ…」


例の少女がネプトの席を奪っていた。

先ほどまで確実に空いていた席がいつの間にか埋められている。だがイランにとって、今はそれどころじゃない。



「お、おい。席を変える……」

だが他の席はほとんど埋められており、所々で一席ずつしか空いていない。

ネプトとクレア、2人が隣にいないと座学についていける自信がないイラン。これ以上授業に遅れるわけには行かない。ただでさえ難しい内容なのだ。


実技の試験のみでこの学校に合格したイランはこの学園の知識レベルにはまだまだ追いついていない。いくら努力家だと言っても追いつくには相当の時間がいる。そして授業は待ってくれない。どんどん進む。

だからこの席は離れられない。ただでさえ2人居ないと厳しいのに、1人だけで授業を受けるなど考えられない。


でもこの少女の隣は嫌だ。イランにとっては最悪の二者一択である。



そんな焦りを無視してそのジトッとした目でこちらを見つめ続けるファムナーム。

庇うように前に出たクレアの後ろへとイランが即座に避難する。

その姿は情けないの一言に尽きる。

だがクレアにそんなこと関係ない。愛する主人を守るため盾としての役割を全うし始める。



「そこはネプトくんの席です。どいてくれますか?いつもの席へお帰りください。」

「………自由…」

「はぁ?ちゃんと喋る気がないなら黙ってさっさと違う席へ移動してください」

「……だいじょうぶ…だった…?」

「ひぇっ?!」


圧を出すクレアを完全に無視して奥のイランへと問いかけるが当のイランは恐怖で情けない声を出す始末。


「ご主人様はあなたに許可を与えていません。声をかける許可を。用があるなら私を通してください」

盾としての役割を果たす為、一人称と口調を正しながら威圧する。


そんな中ネプトはというと『もう授業始まるんだから私の隣の席に座ればいいわよ』とプレムに無理矢理連れて行かれた。


その光景を見てクレアは、『ネプトには説教』『プレムには()()()()()』必要があると心に留めて、今はファムナームに向き合う。



「………やくそく…今日……?」

「何が言いたいのか分かりませんが、ご主人様があなたに付き添う必要性は何一つありません。あなたの約束だとか、意思だとか、ご主人様にとっては知ったことではありません」

「……やぶるの……?


『人間って…その程度……?』


なんだ…」

その言葉に無意識に封じ込めていた記憶の一片が頭に流れ込む。




––––面白いと思ったのにぃ……まさか本当にその程度〜?もう立ち上がれない感じぃ?面白いのは最初だけ〜?面白いおもちゃって壊れんのはぇ〜〜〜、なはははぬひはははははっ。い、いっぱつやじゃ〜ん。……いっぱつやの使い方合ってるっけ?まぁ、でも………


『人間はやっぱその程度』


かぁ––––




一片とは言え、あの時の記憶がここまで鮮明に思い出されたのは、森を抜けて以来初めての事だった。

そしてその記憶に触発されて、その時の激しい自分が思い出され、表に出る。


「どいつもこいつも……この俺を舐め腐りやがって……」

「ご、ご主人様…?」

「いいだろう……やってやるよ…ッ!あぁッ!やってやるよッ!俺ができないとでも思ってるのか……?何でもやってやるよ乗り越えてやるよ。踏み倒してやるよッ!」

敵意に反応した時の傲慢な態度ではない。

荒れ狂う様に、どこか投げやりで、無茶苦茶で、勢い任せだ。



「え、えぇ?!大丈夫なんですかご主人様…?」

急変した態度に不安になるクレア。

どこか不安定で危なげなその雰囲気に、つい彼の決定に口出しをしてしまう。

それに対し、今の叫びで少し落ち着きを取り戻したイランは鬱陶しいと言わんばかりに呟く。


「良い、何度も来られたらそれこそおかしくなる。さっさとケリを付けて、安寧を取り戻す」


正直、1人の少女相手に何を大袈裟なことを言ってるのか。しかも内容は肌に直接触れたいとかそう言った類のもの。少女からの軽いスキンシップとも捉えられる可愛らしい『お約束』あまりにも大袈裟だ。


だがそもそもイランはその約束の内容をまともに把握できていない。何を頼まれるのか、何が起こるのかわからない。

故に生半可な覚悟でOKはできなかった。

腕も記憶も彼女と関わる事を拒絶している。できれば逃げたい。



それも先ほどまでのこと。吹っ切れたイランは危険分子を取り除く方向へと切り替え(シフトし)


拝読ありがとうございます。


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