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第三話 仮死ってる場合じゃない

「いやぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああああぁぁあぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁああああぁぁあぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ」


その悲鳴を聞き真っ先に駆けたのはエフィだった。


この声はクレア?!クレアに何かが?!まさか坊っちゃんがついに一線を。何があった、早く速く疾く!!!!!

頭の中が警告を鳴らし、呼吸が速くなる。はやく向かえ、と。


普段は屋敷内での魔法や魔技の行使は原則禁止されている。

だがそんなこと言ってられないとばかりに強化術を施しイランの部屋まで駆け付ける。



開きっぱなしの扉。

その先にはーーー


「ふっふっふっふっ!!」

必死の形相で白髪の少年に心配蘇生を行うクレアの姿だった。

その少年の口元からはぶくぶくと白い泡が垂れ流れ、目は虚としていた。

そんなこと気にも留めず必死に人工呼吸と心臓マッサージを繰り返す。


そしてやっと気づく、その白髪の少年がイランだと言うことに。


「クレア、これは一体………なにがあったのですか?!」

声をかけられて初めてエフィの存在を認識したクレア。

我慢ができずにボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

「メイド長ぉ……坊っちゃんが坊っちゃんが息をしてないんです…!!お医者様を!早くお医者様を!!お願いします!」

縋りつくような声だった。


「すぐに医者を呼んで!誰でも良い!すぐに来れる者を呼んできて!早く!他の者は警戒を!襲われた可能性もあります。誰もここに近づけさせてはなりません!」

エフィの後に続々と集まってきた使用人達に通達し、使用人達は即座に動き出す。


超人的な実力を誇るゼイブルがいれば安心できたがこの日は外出となっていた。

否、もし賊が襲うとすればこのタイミングだからこそと言う可能性が高い。

屋敷中に緊張が迸り、警戒度は最高にまで達していた。



「クレア、ミハイル、坊ちゃんの体を抑えてててください。魔法で心臓に電撃を撃ち込みます。」

クレアとミハイル、と呼ばれたガタイの良い男性の使用人に呼びかける。

「だ、大丈夫なのですか?!お医者様の指示なしでそんなことを………?!」

「安心しなさい、とは言えません。ですが電撃での蘇生は何度か経験があります。時間がありません。責任は全て私が取ります。」

昔の感覚を呼び覚ますように、意識の水の中へ深く潜るように、集中を研ぎ澄ます。


まだハイハイもできないような稚児の頃の可愛らしいイランの表情、少し成長して初めて言葉を発したあの日、まだ幼いにも関わらず鍛錬で顔を腫らして戻ってきあの時、いつから間違えたのか自分達に八つ当たりのようにキツく当たるようになったあの頃、イランとの様々な日々が頭をよぎり雑念が混じる。集中が乱れそうになる。

だがすぐにそれを払拭する。


その瞳からは堅い覚悟が見えた。


イランの胸にエフィの手が添えられる

「行きます!」


その号令と共に2人が構える。


バチン、と発光とともに音が鳴る。


反動でイランの体が飛び跳ねるのを二人で抑え込む。

心に重荷がのしかかり、必要以上に体力が削がれるのを感じる。

尋常ではない汗がそれを物語っていた。

精神を削り取りながら繰り返し電撃が放たれる。

尽力の甲斐あって、ようやくーーー



イランが息を吹き返した。



「坊ちゃん大丈夫ですか!?坊ちゃん!!坊ちゃん!!」

意識は戻らなかったが、安定して息を立ててるいるのを確認したクレアは安堵感でまた泣き出した。

エフィはへたり込み、ミハイルはよかったぁ、と力無く呟いた。

程なくして医者が到着し、イランが起きるまで、身体の診察が行われた。




「なにかわかりましたか?先生」

恐る恐るクレアが尋ねる。

「そうですね、身体には異常はございませんでした。そこだけは安心してください。ですが………」

「あれは一体、どう言うことなのですか?それに、お髪の色も………」

エフィが割って尋ねるのも無理はなかった。


目を覚ましたイランの状態は酷いものだった。

周りの人間全てにひどく恐怖し、死にたくない死にたくない、とぶつぶつ連呼しながら部屋に閉じこもりだした。

今は誰も顔を合わせることなく拒絶をし続けている。

その姿には今までの覇気は見る影もなくなり、まるで廃人のようだった。


「そうですね今までの症例で言うと、魔領に踏み入って戻ってきた者達や戦争帰りの患者に見られました。」

つまり、と続ける

「あの精神状態も、髪の毛の色素が抜けたのも、全て過大なストレスによるものかと。」

「で、でも!私が見た時は息もしてなくて、脈も………毒などではないのですか?」

「大きなストレスが一度に襲い掛かったのでしょう…ショック死、というやつですな。」


その言葉に理解を示すのはクレアにもエフィにも他の使用人にも度し難いものだった。


そもそも彼らの知ってるイランはちょっとやそっとのことで心が折れる少年ではなかった。

まだ幼い年齢でありながら毎日のように顔を腫らし、掌は血豆だらけ、魔力が枯渇するまで鍛錬し続けるような日々を続けていた。


人を虐め抜く悪辣な性格をしているが、反面、努力を惜しまない強固な精神性を有していた。


そんな彼が、いや彼でなくてもたった一晩でこんな有様になる出来事とは一体なんなのか?

謎は深まるばかりだった。



自分が死に続ける夢を見たから、なんて夢にも思わないだろう。



だがそんなことを今気にしていても仕方がない、まずはイランになんとか回復してもらう他なかった。

医者からの指示は、優しく声をかけ続けることと、気休め程度の薬が処方されただけだった。



それからはひたすら閉じこもるイランに対し、声をかけ続ける日々が続いた。

イランの療養は難航した。

まともに食事も取らない、水分だけはなんとかとってくれているようだが、心配は絶えなかった。


父親であるゼイブルにも伝えはしたが帰ってきたのはーーー



『立ち直れないのならそれまでだ、だが立ち直ることができたのであれば、褒美をとらそう』



返ってきた言葉はのはこれだけであった。

呼び掛けにすらこない。


ただただ厳しく接する。

それだけが、ゼイブルが父親として子に対する唯一の教育だった。

それしか知らないのだ。

今までずっとそうしてきており、その期待をイランは一度も裏切ってこなかった。

故に今回も裏切ることはないだろう、ということらしい。


つまるところ、現状父親であるゼイブルはなんの頼りにもならなかった。


だが、使用人達にとっては悪いことだけではなかった。

不謹慎ではあるが、自分たちを苦しめていた当人が閉じこもっているのだ。

ストレスのない日々を過ごせることには違いなかった。


そのおかげで顔色の悪かった使用人達に生気が宿っていく

痩せこけた頬は膨らみを戻し、目のクマはとれ、怪我もしなくなった。

日に日に元気を取り戻していったーーー



イランが引き取った者たちを除いて。


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