プレムの初恋
目を覚ますとそこは治療室のベッドの上だった。
(やっぱり……負けたわよね)
最後の渾身の一撃。あれを撃った後からの記憶がない。あるのは魔力の枯渇で憔悴し、ぼやける視界の中で見たこちらへ駆けるネプトの姿。
あの渾身の一撃を受け止め、尚もこちらへ向かってくる1人の男の姿だった。
静かに、プレムの頬から涙が落ちる。
正々堂々と戦い……そして
「負けるのって……悔しいのね」
「やっほ、起きた?」
突然、自分を負かしたその男の声が近くから聞こえてきた。
「なっ?!ななななな?!なんでいんのよっ!」
「いやーごめんごめん、この子達がさ〜」
という声と共にベッドの下からしたからひょこっと頭が二つ出てくる。
「姉様、無茶をしましたね。ノーは怒っていますよ」
「ねー様〜。もうマッサージしてあげないよ〜?」
「あ、あなた達っ!なんでいるのよ!」
「心配してたんだよ––––
『ね〜?』と口裏を合わせたかのように息ぴったりに3人で声を重ねる。
「な……なんか仲良くない…?」
「姉様が寝てる間によくしてくれました。」
「すんごい構ってもらった〜」
『ね〜?』とこれまた三重奏を奏でる
『あんまり知らない人と仲良くなっちゃいけません』と叱るプレム。『不審者扱いは流石に酷くない?』とネプトの心が何気なく折られる。
大事な話があるから部屋へ戻ってなさい、と彼女達を外させ、医務室の扉の前についていたクレアが2人を部屋へ送り届けに行った。
「……で、いつ行けばいいのよ」
屈辱に顔を歪めたプレムが問う。
「……何が?」
ネプトはその問いの意味がよく理解できていない。
「……あいつの夜伽をさせられるんでしょ。覚悟くらいできてるわよ」
「……ぶふぉっ」
コップから口に含んでだ水を噴き出す。
「……ベッド汚すんじゃないわよ」
「な、なんか誤解してない?うちの主様は純情派だから、そんな下衆な真似しないよ……?」
いまだにクレアの大きな胸に視線を奪われている現場を度々目撃していたことを思い出し『しないよね?』と確認するように自分の胸へと問いかける。
プレムはクレアほどじゃ無いにしろ、それなりに大きなものを抱えていた。
「じゃあどうすんのよ。言っとくけどお金なんてないからね。学園の費用にほとんど使っちゃったし」
「主様は『俺が勝ち取ったもの』だから、俺に任すって言ってくれたんだ」
「……じゃああんたの相手をすればいいのね」
そう言いながら迷いなく肌を曝け出しはじめるが……
「ストップストップストーーーーーッッップ!」
とネプトに勢いよく止められる
「なんでそんな覚悟ガンギマリなのっ?!もう少し自分を大切にしようっ?!妹さん達泣いちゃうよぅ?!」
必死に引き留めるネプト。これは流石にまずいと嫌な汗が滲み出す。
「……わかんないのよっ!私に出来ることなんて、差し出せるものなんてこれしかないのっ!」
荒れ出した彼女に優しく宥めるように語りかける。
「そんな悲しいこと言わないでさ……俺たち友達にろうよ。言ったじゃん?俺、可愛い子に求められるの嬉しいって。プレム様ってば可愛いお顔してるし。ぶっちゃけタイプ〜、みたいな?可愛くて凛々しめの太眉大好きっ!まずはお友達からどうですかっ?!……的な?」
ネプトはいつものお調子者な態度で冗談を交わす。
「……顔目当てってこと?最低ね……」
罵倒
だがその言葉にはいつものような強い覇気は感じられない。
ネプトの言葉が冗談なのはわかってる。自分が体を差し出そうとしても迷いなくすぐに止めてくれた。
声がいつもより震え、思ったように出ない。
心なしか顔が熱いことに違和感を感じる。
炎の熱とは……違う熱。
それに気付かないまま『そうなっちゃうか……そりゃそうか…』と自信なく狼狽えるネプトを無視して問いかける。
「……でもいいの?あなたには大切な主様がいるんじゃないの?私に構ってる暇なんてあるの?」
「う〜〜〜ん。まぁ、主様より優先しろって言われたらそりゃ無理だけど……」
『そうよね』と少し錆びそうな顔をする彼女に『でも、』とネプトは続ける。
「まぁ、う〜ん。んー、うん……!イランと同じくらいには–––
–––君を大切にするよ」
その言葉を聞いて、先ほどからクレアの胸の中で渦巻いている正体のわからない何かが弾けた。
淡くて、優しくて、熱い何かが。
「……何それ、まるで愛の告白じゃない」
「……へ?」
何もわかっていないネプトを見つめる。不思議そうな顔。
くすぐったそうな柔らかい前髪から覗く優しそうな瞳に。そして実際に優しくて、お調子者で、人柄が良くて、妹達とすぐに仲良くなってて、自分よりも強くて、努力もきっとたくさんしてて、人を大切にしている、彼の顔。
「……………」
「…………?」
沈黙が気まずくなりとりあえず微笑むネプト。
「………いいわよ。友達になってやるわよ。そもそも決闘に負けた私に拒否権なんてないし。でも、今日は……もう帰る。あの子達と一緒にいたい」
そう言ってネプトを置いて治療室を後にした。
ネプトは友人となった実感もわからないまま、彼女への疑問と共に誰もいない治療室へと取り残された。
**
部屋に戻ったプレムは勢いよく自室のベッドへと身を投げ出す。
ぬいぐるみを抱く少女のように、大きい枕をぎゅぅっ、と両腕でしっかりとホールドしている。
彼の顔、そして言葉を思い出す。
『プレム様ってば可愛いお顔してるし。ぶっちゃけタイプ〜、みたいな?可愛くて凛々しめの太眉大好きっ!』
「……あんな言葉に…うかれてんじゃ、ないわよ……」
「どしたの〜」
「ぴゃっ?!ぴ、ピナっ?!いつから寝室にいたのっ?!」
「今さっきだけど〜、気づかなかったの〜?」
「姉様、なんか変ですね」
「へ、変じゃないわよ!ていうかピノもいたの?」
「「……………」」
2人が姉の顔を怪訝な顔でじ〜っ、と見つめる。
「……な、なによ……?」
「わ〜。ねー様、恋する乙女!みたいな、かおしてる〜」
「おんなのかお、ですね」
「……は、はぁっ?!そ、そんなわけないじゃないっ?!ませたこと言ってないで早く寝る支度をしなさいっ!!」
『きゃ〜〜』と2人揃って楽しそうに逃げていった。
プレムは動揺を隠したままいつも通り3人で一緒のベッドに就寝につく。
「姉様、姉様」
「なに?ピノ。早く寝なさい。寝る子は育つんだから。たくさん寝ていっぱい大きくなりなさい」
「ねー様は〜あの人のこと〜どう思ってるの〜?」
「べ、別になんとも思ってないわよ!だから、あなた達も不用意に近づいちゃダメ!」
2人揃って『なんでなんで〜』と駄々を捏ね始める
(なんでこんなに気に入られるのよ)
そんな疑問を持つのは当然だった。
だがプレムが知らない。自分が気を失って眠っている間に何が起こっていたかを
–––– • • •
決闘が終わった後。ネプトはすぐに彼女を抱き抱えその足で治療室へと向かった。
最後の一撃を受けプレムの魔石が砕けた。その瞬間彼女は気を失った。ダメージはバトルスーツが肩代わりしている。
だがプレムの身体に起こっていたのは体力と魔力の枯渇。その二つが限界に達した。
そんな彼女をネプトは倒れないように優しく抱き抱えそのまま治療室へ向かった。
その先にはイラン達と見慣れない2人の少女の姿。どうやらプレムの妹らしい。
どうやって入手したかわからないルノの『プレムさんには妹がお二人いますよ』という情報を得てクレアが先に連れてきていたらしい。
この時ネプトは、なんで学園にいるのか?という疑問より、関係のない人間の家族構成をなぜ把握してるのか?の疑問が勝っていた。
恐怖も少し混ざっていた。
ピナとピノは決闘の場にはいなかった為何が起こったかは理解をしていない。
なので急に現れたネプトの姿は、彼女達の瞳にこう映る、『まるで眠っている姉抱き抱える王子様だ』と。
ここからは早かった。ネプト従来の物腰の柔らかさや優しさ、ノリの良さ、面倒見の良さ、子供と相性のいいその性格がピナとピノとの距離を簡単に縮めた。
もうすっかり2人は彼の虜である。完全に『素敵なお兄さん』であり『最愛の姉の王子様』だった。
もうそれはそれは、彼の周りがキラキラと輝いており、本来の顔より5割増し美丈夫として映っていた。
• • •––––
そんなこんなで、ネプトを大変気に入ったピナとピノ。その2人からすれば、『是非くっついて欲しい』『あのかっこいい人をお兄様にして欲しい』そんな願いを叶えるために、姉に茶々を入れまくる『余計なお世話シスターズ』が結成されたのである。そしてプレムはそんな2人にいい様に動揺させられているのだ。
2人の言葉のせいでいつまで経っても動揺が落ち着かず、睡眠への入り口が隔たれる。
(は?は??だ、だだだだだだれが、恋する乙女よ……あ、あんなやつ……ちょっと優しくて、ちょっと強くて、ちょっと頼りになりそうで………)
『余計なお世話シスターズ』のチャチャ入れは恋愛経験の無いプレムには効果抜群だった。
彼女は顔を布団に埋めながら考える。この気持ちと、そのきっかけ、
そして、一つの感情が芽生える。自分には必要ないと切り捨てていた……もうずっと思い出すこともないだろうと思っていた……一つの感情が。
『俺たち友達にろうよ』
(友達じゃ、いや…………かも)
彼女にとってそれは
本当に、本当に久しぶりにできた、独り占めしたいもの。
彼女自身が欲しいと願い、手に入れたいと思えたもの。
妹達の為じゃない
彼女だけの
彼女の為だけの………
『君を大切にするよ』
(やっぱり、あいつのこと………本気で…欲しい……かも)
………わがままだった
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