相手を無礼(ナメ)てる場合じゃない
その広場にはそこそこの人が集り賑わいの声が聞こえてくる。それぞれが各々の評価意見、予想を語り合いどうなるのかと刺激を求め厚い視線をおくっている。
中心の広場を囲い込むように円描いた壁が聳え立ちつ。それを囲うように座席が広がり、中心へと向くように設置されている。
『決闘』
それはそれなりに大きなイベントとして捉えられている。己の譲れない何かを賭けて、己が欲する何かを賭けて。お互いの信念と欲望をぶつけ合う。1人と1人、互いの意思を突き通すための戦い。
対戦表は男子生徒と女子生徒。
ネプト・ディートリッヒ。
タロンの序列3位の実力を持ち、今ではオルギアス公爵家の御曹司(肝心の本人の顔がまだ広まっていない)の騎士であり護衛。その評価は高く、それなりの期待をされており、注目を集めている。
プレム・フロガルテ
こちらはあまり名を聞かない。いや、ある意味名を馳せている。男に寄り付いては離れていく、性の悪い女。それ以上でもそれ以下でもない。
評価の配当率は偏っている。
こういった評価を下している生徒達からすれば、ネプトの圧倒的有利は間違いなく、一方的な結末になるはず。殆どの生徒は、『彼女には無謀だろう』と。『馬鹿な女だ』と。そう思っている。
**
「ふんっ、よく来たじゃない。」
戦闘広場の入り口の先、彼女は腕を組み、足を広げ、ふんぞり返る。自信満々といった態度で真ん中で待ち構えていた。
「うわぁ〜やる気満々だぁ〜」
正反対に、少し怠そうな態度で入場してゆくネプト。
「私のものになる覚悟はできたかしら?」
「可愛い子に求めらるのは悪くないけど、戻る鞘はもう決めてるんでね」
「ならその鞘ごと奪ってやるわよ」
「……主様はああ見えて結構倍率高いよ?」
「そ、そういう意味じゃないわよっ!もうあいつは良いの。人で無しなんてこっちから願い下げよ」
「……後学のために聞いておきたいんすけど……うちの主様何やっちゃったの……?」
普段ならイランへの罵倒に思うことがあるネプトだが、彼女の態度で何かしらを察したらしく、質問を投げかける。
「……私の目にフォークぶッ刺そうとしたのよ」
「……プレムお嬢様は何かやっちゃったの?」
「はぁ?なんもしてないわよ!そりゃちょっと…猫被った態度はとっちゃったかもしれないけど……っ。それが、気に障っちゃったらしいけど……。それにしたってやりすぎでしょうがッ!」
「〜〜〜っ!…」
その言葉にあちゃ〜と額に手をつけ体をのけ反らすネプト。
「そりゃ流石に……やりすぎだ。俺からも謝るわ。ごめんっ!何かしら別の形で詫びるからさ、やっぱやめとかない?これ」
「………何?今更怖気づいてんの?」
挑発しながら炎を立ちのぼらせ、戦闘態勢に入る。
長い髪が熱気で浮かび上がる。ゆらめく炎のように。
「いやぁ〜、可愛らしいお嬢さんに剣を向けるのは本望じゃないんでね」
それに呼応するようにネプトもまた剣を抜いた。
『決闘広場』
この広場は薄い魔障壁が張り巡らされいる。
その障壁とリンクされた特殊な戦闘装束を着た人間が中にいることで効果を発揮する。
その装束は装着者のダメージを肩代わりをしてくれる。
これは治療魔術と結界魔術の合成魔術で作り上げられたものだ。戦闘装束を介して受けたダメージの吸収と治療が施される。
被撃した魔術や衝撃を魔力へと変換し吸収する。その魔力はリンクされた魔石へ送られる。一定の量が蓄積された時点で破壊、勝負ありとなる。
王立学園に集結された技術をふんだんに使われた豪華な装置。
要はダメージを肩代わりしてくれる特殊な空間を発生させてくれるということだ。
戦闘装束に身を包んだ2人が構える、そして–––
「俺は紳士なんでね、先手はどうぞお嬢さん」
「ふん、負けた時言い訳しても聞いてあげないからっ!」
決闘が始まった。
**
「ほらほらっ!逃げ回ってるだけじゃ勝てないわよぉっ!」
《強化魔術》を施したネプトが襲いかかる炎から逃げるように駆け回る。
普段なら《属性佩帯》で機動力を上げる。だが相手との属性が悪い。風を纏えばその分炎を巻き込み自分の身を焼く自殺行為となりかねない。
故に強化魔術を施した足でシンプルに駆ける。
そんな中ネプトは思った。
(火の粉を打ち払うとはいったけど、こんなでっかい炎とは聞いてないぃいいっ)
プレムの戦い方は至って単純だった。この戦場目一杯に炎を蒔く。一気にケリを付ける。
相手はあのタロンで序列3位まで登った男。何かやられる前に、勢いのまま相手を倒す。まさに烈火の如く。
彼女の持論だが、勝負は得意を押し付けた方が勝つ。
炎の魔術は一度生成されれば酸素さえあればそれを貪りながら残り続ける。質量を持たない火属性の特性。
それを利用して戦場を自分の炎で埋め尽くして相手を無力化する。それがプレムのやり方。
心なしか性格もいつもより激しい。炎が大きくなるにつれて激しさを持つように彼女の心もまた、時間とともに燃え上がってゆく。
**
広場を超えて外は外へ広がろうとする炎が魔障壁で弾かれる。
守られているとは言っても、その炎の威力は見るからに明らかで、こちらは届かないとわかっていながらも生徒達へ恐れをいだかせる。
ひたすら紅。
その燃え盛る炎が、勝手な見解で下していた低い評価を変える。彼女をみくびっていたと……知る。
これだけの面積を埋める炎。それらを可能にする魔力量。その紅の深さは込められた魔力の密度を表し、触れれば身が灰となることを容易に想像させた。
2人の姿を包み込み、あたり一面紅く染め上げる。
そんな景色を見ながらクレアは問いかける。
「ご主人様ぁ……あんな様子で大丈夫なんですかね?」
「……まぁ、大丈夫だろう。あの女はどうやら魔術特化型……接近すればどうということもない。遊んでるようにも見える。だが油断しやすいのはネプトの悪い癖だな。わざわざ先手を譲るとは……」
「女の子に甘いですよねぇ……」
「まぁ、逆に言えばそれだけ余裕なんだろう……ルノ「ルーちゃん」………ルーちゃんはどう思う?」
『ルノ』と聞いて即座に訂正を話の途中にねじ込んだルノ。『それでよろしい』と満足しながら答える。
「…うーん、なんか全然、勝負になってないと、おもう、けど……。ネプトくん……女の子と遊びたいだけじゃない…?」
「やっぱりそう思………ルノちゃん…?!」
あまりにも自然にルノが混ざっており、ずっと気付いてなかったクレアはイランと同じようなやり取りをルノとも交わした。
**
プレムは困惑していた。これだけ炎を振り撒き続け、この戦場を埋め切ったはず。なのに––––
(なんで魔石が割れてないのよっ!)
ネプトとリンクされている魔石にはヒビすら入ってない。
おかしい。このまま待てば勝てると思っていたプレムが焦り出す。時間がかかり過ぎてい
る。ダメージも入っていない。まずい。このままだと––––
「……っは、っは、っは……」
––––炎が空気を全て食い尽くしてしまう。
苦しそうに手で胸を押さえる。過呼吸のように浅い空気しか吸えない。十分な酸素を取り込めない。苦しみが込み上げ、体に異常が起こる。
途端。
「––––やっほ、ご機嫌いかが?」
「なっ?!」
ネプトがプレムの前に急に現れ、プレムの腹に木剣が食い込んでいた。
プレムの魔石にヒビが入る。
ネプトはその木剣を振り抜き、そのまま慣性の法則に従いプレムが燃える地面に体を打ちつけながら転がり続ける。
「こんっ……のぉっ!」
受け身を取り体を起こすと同時に炎の球が放たれる。振り撒いた炎よりも圧縮された炎の球がネプトへ襲いかる。
魔力を燃料に燃えているそれは空気の量など関係なしに高温を維持して突き進む。
が……炎に紛れ、姿を消すネプトに当てることなどできなかった。自分が生成した炎が燃え盛り魔力感知がうまく働かない。本来有利へと働くこのフィールドを逆に相手に利用されている。
「チッ……仕方ない」
何よりこのままでは酸素不足により自分が先にダウンしてしまう。
生成から操作へと魔術の意識を切り替える。手を上に掲げ、伸ばした第一指にフィールドの炎が集まり圧縮されていく。
が–––
「…っ?!また…っ!」
タイミングを待ってたかのようにその引き込まれる炎に紛れプレムへと剣撃を繰り出す。
反射的に腕でガードしてしまい、また一つプレムの魔石にヒビが入る。
「うーん……やっぱ、女の子痛めつけるの嫌な気持ちだなぁ〜」
掴んでいる木剣を確かめるように眺めながら呟く。
「……はぁ、…はぁ、随分余裕じゃない」
また違和感。
視界が悪ことを差し引いても相手の動きに反応できていない。
単純な速さじゃない。ゆらゆらと空中に漂う綿毛のように動きがつかめない。その特殊な移動術のせいで気付いたら接近を許している。
わからないことが多すぎる。相手の情報が何も掴めない。ヘレンの授業を思い出す。
––––相手の情報を知り自分の情報を隠す、これだけでもだいぶ違う––––
(全く……私もまだまだってことね)
「まぁ……相手が悪かったよね、普通に」
ニコッと笑うネプト。今までの印象は優男だった。なのにこの笑顔には何故か急に恐怖感じる。
だがその程度で怖気付くほど彼女の信念は脆くない。
––––思い浮かんだのは2人の妹の顔。
『姉様、頑張ってくださいね。程々に』
『負けたら慰めるからさ〜無茶だけはやめてよね〜』
––––心配はしているが、自分達の姉が負けるなどと毛ほども思っていない信頼の厚い瞳。
「……ふぅーっ、」
息を大きく吐き、立ち上がる。
「改めて……認めるわ。あなた、やっぱり強いじゃない」
「お褒めに授かり光栄だね」
「だから……とっておきをやる!」
人差し指をネプトに向ける。その指先には先ほど集めた、この場一帯を埋め尽くしていた炎を全て凝縮させた熱の塊。紅く紅く真紅色の玉。
「宣言しちゃって大丈夫?そういうのって隙をついてやるもんじゃない?」
あくまで余裕を見せながら、ネプトは問いかける。
「……私からのとっておき受け取ってくれないのかしら?」
「……ずるいねぇ〜っ、その言い方。そう言ったら俺が受けちゃうのわかって言ってるでしょ?」
「私たち、どうやら相性がいいみたいね」
そう言い、いつも通り不敵な笑みを浮かべながら指先の炎へありったけの魔力を込めてゆく。
指輪にはめられた魔導石が紅く煌めく。
「俺は紳士なんでね。お嬢様からのお誘いは……
––––タロンの女性先輩たちを思い出す。
『ほーらほーら、頑張れ少年〜。負けるなぁ〜。ほれほれほれ〜遅れてきてるぞ〜。身体にあたっちゃうぞ〜』
『私言ったよ?他の人にかまい過ぎたら怒っちゃうって、言ったよねっ!?言ったよねっ!?』
『反応遅いっ、剣だけを追うなっ、目を瞑るなっ、構えが崩れてるぞっ!』
––––毎日毎日容赦のないしごきを受けたあの日々を。
……できるだけ断らないようにしてるよ」
「やっぱりあなた素敵ね。もっと欲しくなっちゃった……絶対に私のモノにしてみせるっ!」
こんな状況ながらネプトは思った。
何故自分の周りにはこうも勝気で強引な女性が多いのか。
自分の主といい…この女性といい……何故いつもモノ扱いされるのか。
「はぁ〜。モテる男は辛いねぇ〜っ」
大きくため息をつくネプトを無視して彼女は吠える。
「私からの気持ち…….受け取りなさいッ!!《プロメテウス》ッ!」
ネプトを包むほど巨大な熱線が放たれ、その場一面に広がる眩い光が視界を白一色へと染め上げた。
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