プレムの懐古
ちょっと今回は文字数が多いです。
ツカツカツカツカッと靴音が響く。自分の機嫌の悪さを隠そうともせず、鋭い靴音を響かせながら歩く女性の姿。
「ふざっけんじゃないわよ、ほんっっと信じらない。普通、人の目ん玉に向かってフォークぶっ刺そうとする……ッ!女の子にあんなことするっ?!」
そう文句をぶつぶつ吐き捨てながら自分の部屋へと戻る。
「せっかく、せっかく行けると思ったのに……っ!遂にゴールできると思ったのにッ!」
彼女、プレム・フロガルテは憤っていた。
『あんなにクズだったなんて……』怒りを抑えきれないままそう呟く。
あの人でなしな振る舞いは彼女の嫌な記憶を想起させる。
自分の両親のこと。
そこから連なり、大切な2人の妹との出会いと日々を思い出す。
–––– • • •
彼女の生い立ちは悲惨なもので。貴族とは名ばかりの借金地獄の火の車、そんな貧乏子爵家の長女として生まれてきた。
理由は単純、両親が金にだらしがなく、汚く、『我慢』『節制』というような言葉が頭から抜け落ちてるかのような破天荒な生き方を続けているからである。
幼いながらに『この両親は碌でもない』と諦めた彼女は、たとえ1人になっても生きていけるように、と我流で自らを鍛え始めた。
両親への興味はすでになくなっていた。5歳の時点でいえば、その精神力は遥かにイランを凌駕していた。
たとえ貴族として没落しても、街の警備兵なり魔獣狩にでもなって生計を立てよう。そう思っていた。
屈強な精神力からくるその思考は5歳なのにも関わらず、その心から甘さを捨てさせ誰にも頼ることなく1人で生き抜くことを簡単に決意させた。
だが、そんなある日突然––––
『あんたこの子見てなさい、あの人には適当に誤魔化しといて』
『プレムちゃん、この子の面倒頼めるかな?お父さんは忙しくてね。あいつには友達の妹だとかなんだとか適当に言っておいてくれ。頼んだよ』
そのバカ両親が小さな子供を1人ずつ連れてきた。
それぞれがそれぞれで不倫をし、それぞれに知られないよう隠れて、それぞれの子供を連れてきたのだ。そしてその子達を自分に押し付けていった。
もちろんお互いに不倫のことは知らないだろう。だがあの両親がこの2人のことを気にすることはなかった。家に知らない子供がいても気にしない。多分認識すらしていない。興味がないのだろう。我が子を我が子に押し付け、自分の欲と快楽のため外出したまま帰ってこない日が多かった。
自分の服の裾を握りしめたまま何も言わない2人の少女。
5歳くらいだろうか?年齢さえ教えられていない。自分だってまだ12歳。これでは家から離れられない。強くなれない。お金を稼げない。
あの両親はとことんプレムを無自覚に無造作に追い詰めてゆく。当然だ。娘のことなど頭にないのだから。丁度いいから、頼んだだけ。
娘のことを……
人間のことをなんだと思っているのか。
怒りが込み上げる。
くいくいっ、と裾を引っ張られる。
「はぁ……はいはい、なーに、どうしたの?」
仕方ないといった風に、膝を折り曲げ顔の高さを合わせる。指を口に加えたまま、物言わぬ2人。何もわかっていない目をして無邪気にコチラを見つめる。そんな2人を抱き寄せ頭を撫でた。
甘さを捨てた。だがそれは自分の欲に対してのみ。自分の顔と……どこか似ている。どこか面影のある小さい彼女達を放置する事はプレムにはできやしなかった。
彼女達との生活が始まった。
「おねーさま、これ読んでー」
「だめぇ!今日はピノとお人形さんで遊ぶの!」
「はいはい、喧嘩しないの。絵本読みながらお人形さんで遊んであげるから」
「わーーい!」
「おねさまだいすきー!」
こんな日を何回も続けた。
毎日毎日鍛錬をして、ついに実戦にも手を出す。魔獣狩の資格を取り。討伐依頼を受ける。命のやり取りをこなしながら、家に帰っては妹達の面倒をみる。
昔だったら、こんな毎日にうんざりしただろう。実際、今だってクエストは嫌いだ。終わった後はボロボロだし。臭いし、髪も痛むし、体も痛い、その上子供の面倒なんて、そう思ってたが……
「おかえりー!」
「おねさまくちゃぃ〜」
……今ではそんな毎日が
「なんだと〜、おりゃ!抱きしめちゃうぞ〜うらうら〜捕まえるぞ〜」
「いや〜!にげろ〜!」
「きゃ〜ゃははは!」
……幸せだった。
**
「はぁ……はぁ…….くっそ。適当な依頼書…書いてんじゃ、ないわよ」
割りのいいクエストを見つけ、受諾。いざ現場に出ればこの有様だった。受けた依頼の内容が違い過ぎる。魔獣が巣を作りコロニー化している。1人で手に負える状況じゃない。
(帰ったら絶対に文句を言ってやる)
わざと怒りを昂らせ恐怖を紛らわせる。
空から絶え間なく降り続ける水滴が体の体温を奪ってゆく。
ここら一体を空気ごと囲うように生い茂る木々が湿気をより一層押し留める。体にまとわりつくじめっとした不快な感触を払えないまま何かを手繰るように進む。
「こんなところで死んでたまるか……っ!」
引きずる足を補うように、なんとか前へ前へと、まだ使える部分を総動員させ歩を進める。
獣の足音が聞こえてくる。それは遠吠えを繰り返し、仲間とコミュニケーションを取りながら、確実にプレムへと迫っていた。
「……ハァ、…ハァ……っんぐ、ハァ…帰るの、遅くなるわね。寂しがってるかしら……」
家で妹達が待ってるのだ。
あれからあの子達の顔をまともに見にこない両親。あんな2人に任せられるわけがない。
自分がなんとかせねばならない。死ぬわけにはいかない。歩を止めるわけにはいかない。
でも……あぁ、でも…
「…….眠たい」
ひどく眠たい。耐え難い睡魔が身体を地の底へ引き込むかのように身体の自由を奪ってゆく。力が抜け、視界が安定しない。瞼が重く、思った通りに視界が開かない。身体の震えが体温が下がっていることを伝えてくる。
(血を…流しすぎ………た……
意識が遠のく––––
………っぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!」
絶対に眠るな。絶対に眠るな。意識を手放すな。その意思を全うするために身体を動かす。
腕の傷口を指でかきむしり、突っ込み、抉り回す。痛みで意識を強制的に覚醒させる。途切れかけた魔力を振り絞り炎を纏い身体を活性化させる。
炎で体温を上げろ。魔力が切れたっていい。この森を出ればきっと助けが来る。
「こんなとこでっ……こんなとこで死ねるかぁぁああッ!」
ピナもピノも守る。私が守る。私が死んだら2人はどうなるかわからない。だから死ねない。2人の命が、2人を守るという意思が、自分の生命を何一つ諦めさせない。
あの両親はあの子達に名前をつけていなかった。誕生日さえ知らない。だからプレムが名前をつけた。自分の名の頭文字をとり、命を分け与えるように名付けた。あの子達の命は自分が背負っているのだ。
(私があの子達を–––
『おねさま、これあげるー』
『2人で作ったのー!』
小さな四つの手のひら、その上にあるのは拙くも綺麗な花飾り。
『あら、綺麗な花飾り。2人で作ったの?上手よ』
『ぇへへへ』
『嬉しーい?』
幸せそうな2人の笑顔
『えぇ、とっても嬉しいわ。ありがとうね。でも急にどうしたの?ここら辺に花なんて咲いてないし、集めるの大変だったでしょ』
『ぴなぁ、もってこよー?』
『うん、おねーさま、まっててー!』
『…?どこへ行くの?』
ヨタヨタとした足取りで2人揃って部屋の奥へ何かをとりに行く
『『おねさま、たんじょうび、おめでとー!』』
そこには小さなカットケーキ。
プレムが2人に渡している少ないお小遣い。3人で生きていくため、2人の生活費を賄いながらも、必死にお金を貯めた。そこから差し引いて残ったお金。
–––少しでも幸せを–––
そう願い彼女達のために渡していた。
自分の手元には何も残らない。それでもよかった。でも渡せるのは本当に少ない少ないお小遣い。
それを少しずつ少しずつ貯めて2人で買ってきたのだろう。2人が自分たちの『幸せ』を我慢して……いや、彼女達にとってはこれが『幸せ』だったのだろう。
小さな小さな四つの手のひらで大切そうにしっかりと掴む古びた皿の上に乗った、小さなイチゴのショートケーキ。
自分の誕生日すら知らない幼い2人からの祝福。
それは幸せと愛そのものだった。
「……あっ……」
そっか、と気付く。
自分が2人を自分が守ってあげていると、救ってあげるんだと思っていた。
でも違った。
救われてたのは自分の方だった。守られてるのは自分の方だった。
いつしかクエストから早く帰ることを意識しだしていた。
あの子達の顔が待ち遠しくなっていた。
臨時収入があれば何を買ってあげようかと楽しくなっていた。
あの子達のために何かすることが自分の人生に彩りを与えた。
あの幸せそうな顔、それを見るためなら……
「っ、負けんじゃないわよぉおおおッ!!プレム・フロガルテぇえええええっ!」
こんなクソみたいな世界で、全てに絶望していた自分に『楽しい』も『嬉しい』も『幸せ』も『愛しさ』も、全部全部思い出させてくれた。教えてくれた。
仄暗く鈍く重い『諦め』に浸された自分をそこから引っ張り上げてくれた。
『ゥウウォオオオオオオオオオオウゥッッ』
魔獣の遠吠えがすぐ近くで聞こえてくる。
(クソッ……見つかった……)
すぐに魔獣達は集まってくる。自分を囲う魔獣達が増えてゆく。
覚悟を決めたように次々集まる魔獣を睨め付ける。
「かかってきなさいよ……っ…お前ら全員…っ、クエストの追加報酬に、してやるわよぉっ!」
(それで、それであの子達にケーキを買って帰ろう……誕生日にくれたケーキ。あれだって、結局……あの子達があんまりにもキラキラした目でケーキを見るものだから、3人で分けちゃったんだっけ……今度は2人に一つずつ……)
失血量が多い。魔力ももうじき切れる。眠気が身体を再び襲いにくる。
体が震えるのは、寒さからか、恐怖からか、それとも……
…悲しみからか。
涙で霞む視界を埋め尽くすように獣が喉笛を噛みちぎらんとこちらへ飛び込んでくる。
(あぁ……ごめんなさい、ピナ、ピノ。不甲斐ない姉で、ごめんなさい。どうか、どうか幸せになって–––
血飛沫
魔獣達の強烈な悲鳴と共に降り注ぐ雨に血が混り赤く染め上げてゆく。
「……よく生きていた。」
静かな男の声。
生成された黒い金属の鋒が獣全てを穿ち、抵抗する間もなくその命を刈り取っていた。
一瞬。
一瞬でプレムを取り囲っていた数多の魔獣達の頭を寸分違わず狙い打ち、全てを刈り取っていた。
技術、正確性、魔力、質、生成速度、全てが異常だった。
「なに……それ……っ?!やば……す…ぎ……」
彼女の意識は途絶えた。
**
その後なんとか一命を取り留めた。
受付からは謝罪として保証金が支払われた。
そのお金でケーキを買った。
体に包帯を撒き、ボロボの姿で帰ると2人が泣きながら抱きしめてくれた。
もう危ない事はしてほしくないから自分たちがお金を稼ぐ!とわんわん泣きながら真剣に訴えてくる姿は、不謹慎だが可愛くて笑いが溢れた。
2人にケーキを見せると、あの日と同じキラキラとした目で感動していた。
『おねーさまのは?』と聞かれて、ケガを理由に適当に誤魔化した。
すると、2人が半分に切ったケーキをくれた。
それは下手くそで、形がボロボロになってしまっていた。
だけど今までで食べてきた何よりも一番美味しくて甘かった。
自分が諦めずにすんだのは2人のおかげだろう。2人の存在と、2人の愛情に感謝をしながらその日は3人でひっつきながらドロのように眠った。
後日、あの時助けてくれた男は誰なのかとギルドの受付に聞いたら、公爵閣下、オルギアス家のご当主様だと知った。
この辺のギルドなどの金回りや査定、不正がないかの確認なども彼の業務の一環らしい。たまたまギルドに顔を出していたゼイブル。無理をせずいつも速く帰ってくるはずのプレムが戻っていないと言う話が彼の耳に入り、違和感を覚えたゼイブルが助けに来てくれた。そういう話だった。
話を聞けば聞くほど素敵に思えた。
質実剛健で、不正を嫌う。真面目で素朴で金にも女にも娯楽にも……欲に靡かない。まさにプレムの理想の男性像。
その時、今の現状を打破する方法を一つ思いついた。
金持ちの男をモノにして嫁いでしまえばいいのではないか?
理想はゼイブル。だからゼイブルのような男を探そう。と情報を得る為に動き出す。
そのうち同い年の後継者がいることを知った。その子は自分と同じく5歳の頃から鍛錬に身を費やし、ひたすらに努力を続けていると。親近感が持てた。
社交界でも評価が高く人格者という言葉が届いてくる。
皮肉なものである。
彼女にとって何も役に立っていない『貴族』というレッテルが、イランの情報統制の対象として働き、裏では酷い悪虐非道を行っているという情報から彼女を遠ざけたのだ。
そんなこと梅雨知らず、まだ見ぬ彼へと想いを馳せる。
彼ならきっと国立魔術学園へ通い始めるだろう。その為だけにこの学園へ来た。
(彼なら、きっと私のことを認めてくれるはずっ。妹達のことも、きっと受け入れてくれるはず……。なんとしてでも気に入ってもらわないとね。階級の高い貴族なら、もっと可憐で儚い感じの方がいいかしら?気の強い女って好まれないわよね……?)
伝わってくる噂に好印象を抱き、淡い期待が募っていった。
その結果が–––– • • •
「…っあ"あ"あ"っ!もうむかつくっ!」
別窓の上に身体を放り投げ、叫び声を遮るように枕に顔を埋める。
「姉様?どうしました?」
「ねーさまぁ、また上手くいかなかった〜?」
ピナとピノが声をかけてくる。
学園側に『この2人も寮の同じ部屋で生活させてもらえないか?』と聞いたら、意外にも二つ返事で快諾してもらえた。
実力主義。それは彼女が想像している以上のものだった。実力があれば、ある程度のわがままを通してくれる。裏返せば、プレムはそれだけの実力を認められているということだ。
「うわぁ〜んピナァ〜ピノォ〜また失恋したよぉぅ〜」
あんな打算だらけの感情が果たして恋愛感情かと言われれば怪しいところである。
しかも彼女は貪欲でイランという第一志望を掲げながらも、ちゃっかり他にも候補を探し回っていたのだ。だが結果は大体の生徒が『失格』。彼女からすれば頼りない男が多すぎた。
「ナーは別にそんなになってまで、いいとこの家に行かなくてもいいよ?ねー様がいればそれでいいし〜」
「ノーも別にいいです。むしろ姉様が幸せになれないならやめて欲しいまであります。」
「ダメっ!あなた達には幸せになって欲しいのっ!知ってる?この世には見たことない美味しいケーキもっ!美味しいご飯もっ!美味しいジュースもあるのっ!大丈夫っ!お姉ちゃんに任せない!またいい男を見つけたからっ!」
『口に入れるものばっかりです…….』という言葉を無視して思考に耽るプレム。
頭に浮かんでいるのはイランの護衛をしていた薄緑髪の男。ネプト・ディートリッヒだ。
ゼイブルの周辺を調べている時に得た情報収集能力が火を吹いていた。イランの存在を他の生徒よりも早く察知したのもこれのおかげだ。そこから芋づる式にネプトへと辿り着く。
「見てなさいよ。絶対なんとかして見せるんだから!そして、こんなクソの役に立たない家名もすぐ捨てるのっ!」
『えいっ、えいっ、おーっ!』と1人で盛り上がる姉をやれやれ、と2人の妹が眺めるのだった。
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