揶揄っている場合じゃない②
まだ休憩時間に余裕のあるイランは教室に向かう。その先に見慣れた黒髪の少女と目が合う
「あ、いーくん。お疲れ様。お昼休憩?」
「あぁ、ルノか。今、食事を終えたところなんだ。教室へ戻るところだ」
「そ、そうなんだ。ゆっくり休んでね」
「あぁ、ありがとう」
軽い雑談を交わし通りすぎる。
「……………?」
違和感。
「……っ?!」
すぐにその正体に気付いた。
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと待ってくれ、ルノ??」
イランは即座に振り返りルノを捕まえる。
「……っへぇ?!」
掴んだ肩を向き合うようにこちらへ回す。
「わ。ど、どうしたのいーくん。こ、こんなところで、は、恥ずかしいよ……んっ…!」
そう言いながらもぎゅぅっ、と目を瞑り身長差のあるイランへ届くように、と必死に爪先で自分を上へ押し上げ唇を差し出す。
「な、ななななんでここに?!」
可愛らしい乙女の振る舞い。
だが驚きでそれどころでは無いイランはその所作に反応する余裕はなかった。頭に浮かんだ質問をそのまま投げかけてしまう。
『あ、そっち?』と少し残念そうな顔をしたルノは名残惜しそうに『ここじゃなんだから』と研究室のようなとこへ案内した。その部屋の椅子へと座らせたイランへ飲み物を渡す。
「ありがとう。……それで、なんでルノが王立学園に?」
「え、えっと。ヘレンさんが、ここで教師をすることになったから。一緒に…って。身寄りのない私もって、ついて来させてもらったの……。そしたら、な、なんか私の《治療魔術》とか《感知魔術》とかを、研究したいっていってくれた人がいて……ヴプネブマって言う人なんだけど。い、今は研究のお手伝い、とか、してて……」
『ヴプネブマ』
その名にイランは反応する。
「……そいつに何もされなかったか?……いや、何もされてなくとも警戒しておけ。あいつとは2人きりで会うな。2人きりになりそうな時はヘレンさんを、ヘレンさんが忙しいなら俺を呼べ。いいな?」
「え、え?え?え、…い、いーくんは…私が男の人と2人きりで会うの……嫌…?」
何か淡い期待を抱くような恋する乙女の質問。
だがイランの頭は、これまたそれどころでは無い。あの怪しい男をルノに近づけさせたくないことで頭がいっぱいである。
その結果、本来なら照れ隠しや誤魔化しで本心をうまく隠していたところをはずのイランが今回は見事にど真ん中をぶち抜いてしまう。
「あぁっ!嫌だっ!お前を俺の預かり知らぬところで誰かと2人きりにさせたくない。お前に何かあったら俺はどうにかなってしまう。だから何かあったら俺を呼べ。何を差し置いてでも絶対に助けに行く」
「…へ、へぇっ?!え、え、そ、そんな。そんなまっすぐぅ……えぇ……っ?!…………」
『そっかぁ、そっかぁ…!』と何か納得するように1人でに頷く。
だが、
「…………でもぉ」
何かを思い出したかのように様子が豹変する。
空気が重く冷たくなるのを肌で感じるイラン。心なしか、空間が歪んでいるようにさえ思える。
久々のルノのアレが襲いかかる。
「今日のお昼……誰かと、お食事ぃ、してたよねぇ?だれかなぁ?体格、歩き方、声の振動……女性だと思うんだけど…私も…まだここでご飯、一緒に食べたことないのに……クレアさんじゃ…なかった、よねぇ?あんな、高そうな、お店でぇ…随分かっこよく、エスコート…してたよねぇ?ねぇ、だぁれぇ?」
「あ、いや、あの、あれはえーと。」
冷や汗が止まらないイランはなんとか言葉を紡ごうと必死に頭を回転させる、経験上、言い訳がましいのは逆効果だと知っている。何か言葉を……!その時、一つの疑問が浮かぶ。
「なんで……知ってるんだ?」
重々しくジメジメしたその空気ごとピタッ止まり、動かなくなるルノ。イランからそのまま移されたかのように冷や汗をかき始める。
「えっと、あの……べ、別に《感知魔術》でずっといーくんの周りを探ったとかそんな訳じゃなくて全然そんないーくんのあれやこれやを全てを知りたいと思ってないしただの練習の一環でいーくんって感知できる魔力量も低いからいい練習になるなって思ったからであって決して毎日毎日いーくんの周りに魔力を凝らして全部全部動きを把握しようとしてたとかじゃ全然全くこれっぽっちも無いからね。」
「……ルノ…」
この国には今の所、特定の個人の感情で人を追いかけ回したり相手の個人情報を掴もうとする行為を罪として捉える法律は残念ながらない。そもそもルノレベルで広範囲に詳細な情報を収集できる技術を持つ人間は早々いないだろう。例外を除けば、もしかしたらこの世界にルノ1人だけかもしれない。
だが流石にここまでやられるとなんだか恐ろしいものを感じてしまう。未知の犯罪なのでは?と思ってしまう。
そしてそんなことのために培われてゆく高度な技術。どこから感知していたのかはわからないが、魔力の流れや動き、振る舞い…さらには空気の震えまで感知し、声の特徴を掴んでいる。会話の内容まで把握している言動もあった。
一体この子はどこまで行くのか。
「ご、ごごごこめん。……引いた……よね…?」
イランは少し考え込むが……
「いや……良い。ルノなら、良い」
ルノには甘いイランがその程度を咎めるわけがなかった。いよいよヘレンのことを言えなくなってきた。
**
「プレムさん、かぁ……色んな人からよく話を聞くよ?」
「話?」
「うん。なんか…なんて言えば良いのかな……ちょっと言い方悪いんだけど、色んな男子生徒に声をかけてると言うか、言い寄ってるみたいで、それも……
–––身分の高い人ばかり」
「……なるほど」
プレムの言動を思い出す。
『食事の作法とか……上手じゃなくて……』
『私、こんな高いところ……は、払えませんっ!』
金銭に関してならまだわかるが、子爵家といえども貴族なのだ。基本的な礼儀作法は修めているのが普通だ。だが彼女はそうじゃなかった。教育が行き届いていない。環境の悪さが窺える。わかりやすくいってしまえば、貧乏なのだろう。
それを巻き返すため貴族が多く集まるこの学園に入学。玉の輿を狙い男に粉を駆け回り、奔走している。イランからすれば男に媚態を晒す品位の無い女だ。
だがここは『王立魔術学園:ヴァレリオ』
王国レヴォラークが誇る実力主義の名門校。ここに入学できている…そしてイランの目にすら留まった。若干微弱ではあるが、彼の危機感知のに反応するほどの実力を持っている。
ある程度思考がまとまり納得した頃、また疑問が一つ浮かび始める。
「『色んな人』から聞いた?」
「え?……う、うん」
なんでそんなことが気になるのだろう?といった表情でルノは続ける。
「ここも、怪我する人…そこそこいるから、治療のお手伝いしてるの…えへ」
人の役に立つのが好きなルノにとってそれは嬉しいことだった。
「その時にね、お話聞かせてくれる人が、何人かいて。た…たまに男の人から、食事に誘われたりもするんだけど……」
その瞬間イランが口をつけようとしたカップが砕け散る。いや、砕いてしまった。
『わ、だ、大丈夫?』とルノが慌ててタオルを持ってくる。
「悪い、壊してしまった。弁償するよ。」
「け、怪我ない?」
そんな彼女の心配をあえて無視してイランは尋ねる。どうしてもこれだけは譲れないのだ。至って真剣な顔つきで問う。
「……その男と……行ったのか?」
沈黙
「い、いや悪い。変なことを聞いた」
「………行ったら、いーくんは、いや?」
まさかの問いに、伏せていた顔をあげると彼女の顔が目の前にあった。
こちらを見つめる大きい瞳。
鮮やかな漆黒。光源を受け取りキラキラと光を反射させている。いつからかしっかりとこちらを見つめてくれるようになったその瞳は、吸い込まれそうなほど黒く輝いている。垂れ下がっている目尻は見た者に優しい印象を与え、癒やしてくれる。目を瞑るたび黒いまつ毛が下へと流れる。
黒く綺麗な長い髪。
前髪の分け目の先を片方だけ耳にかけ、弛んだ髪には束からはぐ逸れたように何本かの細く柔らかい髪が下へと伸びている。反射する光がその髪艶を出している。
まるで人形のような綺麗な顔立ち。
頬白い肌が、少し紅く染まっている頬と少し厚い唇の紅を強調させる。
昔から可愛いとは思っていたが、今ではすっかり綺麗になった。これだけ魅力的なのだ、そりゃ突然…‥モテる。
生還してから慌ただしい毎日を送っていたイラン。彼女の顔をここまでしっかり見据えるのは実に久方ぶりだ。
つい……彼女に見惚れてしまう。
––––見惚れたまま、イランは答える。
「嫌……デス」
「……そっか」
その呟きと共に近づけていた顔を離す。
『んへへへ、ふへへ』と笑いながら上機嫌に割れた食器を片付け始める。
「あの、質問の答えは……?」
そんな彼女にイランはお預けを食らった犬のような顔で返答を求める。
「……どっちだと思う?」
その顔は実に幼くて、悪戯っぽくて、愉しそうで……そしてなんとも可愛かった。
「る、ル–––
「『ルーちゃん』」
自分の名前を呼ぼうとした彼の唇を、人差し指で塞ぎながら彼女はつぶやいた。
「昔みたいに、『ルーちゃん』って呼んでくれたら、教えてあげる」
その姿はまるで、可愛い悪魔のようだった。
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