傍観してる場合じゃない②
「ご苦労、クレア、ネプト。ほら、お前達も座るといい」
戦闘のスイッチが抜け切れておらず少しだけ口調が昔を取り戻している。
だがその態度は親切そのものだ。
《黒鉄》で生成した浮遊する円盤を二人の腰の前へと移動させる。
自らもまた、黒鉄で生成したそれの上で足を組みながら悠々自適に座している。
「う、うーん。いいんですかね…?」
「うんぬぅうぉォオオオっ!このてぃどぅおおおおっ!」
「まぁ、でもやることないしなぁ」
「我の、きんっにくぅうウウッッ!ぬぅるぅぁああアアアッ!」
イランが乗ってるそれの下で平伏すように拘束されたまま、未だに筋肉筋肉と叫びながら必死の抵抗を試みるブラウンの姿。
「ぅおおおお今こそ力を合わせる時ぃイイッ!ジェファーッ!ライルッ!コルトッ!ぅユートぉおおっ我にちぃかぁラァをォオオオおッ!」
よくわからない名前を叫びながら筋肉を振るわせ続けている。
だがイランによって操作されているその檻は強力な力で固定されておりビクともしない。
試験官である彼が何かしらの判断を下さない限り他に行動を取るつもりもない3人。
気絶させてみては?という提案には、もう無抵抗みたいなものなのだから余計に外傷を負わせる必要はないだろう。と返した。
それを聞いたブラウンは誇りを傷つけられ、その汚名を今まさに挽回しようと抵抗を繰り返しているという訳である。
ブラウンには知る由もない話だが、そもそもイランは10メートル付近の魔獣四体を押さえつけてもなお余裕を残していた。
人間程度の筋肉ではそもそも歯が立つわけがない。
あまりにも相性が悪かった。
そもそもイランから感知できる魔力量は少なすぎた。そんな相手にまさか自分が力負けするとはつゆにも思ってなかったブラウン。あまりにも致命的な油断である。
ヌァおァアアあっ!という叫び声をBGMにしながら話をしていた3人、だが流石にそろそろ耳の限界が来る。
「なぁ筋肉のおっさん、そろそろ諦めたら?」
「確かに…流石にちょっとうるさいです」
「ていうかあの時も思ったけど。主様めっちゃ強くなってんよねぇ?守護の剣を自称した身としては中々凹むんだが。」
「クレアも、また役に立てませんでした。こんなのでちゃんと受かるのでしょうか?」
「その心配は無用だよ」
そんな彼らを見計らったように声がかかる。
パチパチパチ、と拍手をしながら白衣を着た眼鏡の男性。灰色の髪の毛はボサボサと広がり、目にもクマがあり。白衣の着方もだらしないし、頬も痩せこけガリガリだ。見るからに胡散臭い男である。
「いやぁすごいね。まさかブラウン先生を単純な力で封じ込めてしまう子供がいるとは。魔力量に似合わずとても馬力がある。しかもまだ余裕がありそうだ」
あまりにも胡散臭いその風貌にイランのスイッチが先程より深く入る
「誰だ貴様。突然現れておいて名も名乗らんとは。どこの不調法ものだ」
「おやおや、これは手厳しい。では名乗らせてもらうよ。どうも初めまして。私の名はネヒィム・ヴプネブマ。この学園で教師をしている。言いづらいだろうからネブマ先生と呼んでおくれ?」
軽薄な笑みを浮かべながら大袈裟に挨拶の所作を行う。
「……」
「おや、君たちは名乗ってくれないのかい?」
チラッと顔を少し上げながら問うて来る。それに反応して声を出そうとした二人を静止するイラン。
「怪しい男に名乗る名などない。」
教師なんだけどなぁ。と困ったように頬をかく。
「まぁ、書類を貰ってるから君たちのことは知ってるんだけどね?イランくん?」
「…気色の悪い奴め」
「そろそろ彼を解放してやってくれないか?」
「まだ試験は終わっていない、そうだろう?」
「いいや、終わりさ。君たちは合格。晴れてこの王立魔術学院ヴァレリオの生徒だ。残念ながら入学式は行えないけど、明日から名誉あるこの王立学院へ登校出来るよ。おめでとう」
これまた軽薄な動作で乾いた拍手の音を鳴らせる。
「この程度で終わりとはかの有名な王立魔術学園ヴァレリオにしては味気がない」
侮辱とも取れるような言葉をわざと使い煽る
「まぁそう言わないでやってくれ。我々教師、もとい試験官には君達子供相手に《強化魔術》の使用許可しか降りてないんだ」
「…こんな有様でも?」
「そうだね。君には、その言葉通り味気なかったみたいだ。だが決まりは決まり。それにそこの彼の強化魔術は群を抜いている。そんな彼を正面から圧倒したんだ、誇ってもいい」
そこの二人も、とネプトとクレアにと不気味な目を配る
「素晴らしい動きだった。称賛しよう」
薄っぺらい網を貼り付けたその男を凝視する。
「……ふん」
不満気ではあるが一応納得したようだ。ブラウンを拘束していた黒鉄を解く。
いつの間にか静かになっていたブラウン。
「……ぅうううおおおおおおおっ!」
解放された途端また雄叫びを上げながら出入り口へと走っていき、入り口でピタッと止まり、こちらは指を刺しながら半身で振り向く。
「諸君っ!合格おめでとうっ!」
短く祝福の言葉を投げつけてからまた雄叫びを上げ去っていった。本当になんだったのだろうか。これは本当にあの王立魔術学園の試験だったのだろうか。
「それにしても…その左手、興味深いね。」
いつの間にかイランへと近づいていたネヒィム。イランの黒鉄で覆われた左腕へと手を伸ばした瞬間––––
それは二人の手に掴まれ阻まれる。
「おい、勝手に触るんじゃねえよ」
「…やっぱり敵なんですか?ぶっ飛ばしますよ?」
ネプトとクレアがネヒィムを阻むように手を掴んでいた。
「良かったな、骸骨男。二人が止めてなければ串刺しにして焼いて魔獣の餌にしていたところだ」
『食えるところは限られているようだがな』と嫌味たっぷりに言葉を吐き捨てる。
その怪しい男は直ぐに手を引っ込め、謝罪を行う。
「すまない、気になるとつい夢中になってしまうんだ。私の悪い癖でね。本当に昔から困っているんだ」
本当に。と気味の悪い口で呟いた。
「……もういいな?」
「あぁ、いいよ。勝手口はあちらだ。明日から寮での生活になる。準備を忘れないようにね、では………また会おう」
そう言い去っていった。
「合格…でいいんですよね?」
「みたいだね」
「……」
なぜかあの男が気にって仕方がない。イランの危機感知が妙に反応している。何故だかあいつを放置していては危険な感じがする。
だが見たところ戦闘能力は低く、脅威にはなり得ないだろう。
少なくとも今は。
「ご主人様、帰りましょう?」
「あぁ、そうだな」
「なーんか消化不良だなぁ〜もうちょっと体動かして腹を空かしたい。」
「なら俺が相手になろうか?」
「え?良いの?」
「ずるいです!クレアにも稽古をつけてください!」
「良いぞ。二人まとめて相手をしてやろう」
そんな話をしながら試験会場を出る。
校門付近の受付にて合格通知書の紙をそれぞれに渡された。
3人はそれを大事にしまい、帰路へとついたのだった。
**
あれから3人で一緒にオルギアス家へと向かった。
ネプトを連れての帰宅後、そのまま稽古をしてくるとエフィに伝える。オルギアス家が所有する領地、その中にある木々に囲われた広場へと集まっていた。
「……ハァッ……ハァッ、イラン強すぎ……」
「うぅ……全く歯が立ちません…」
「ていうかお前一歩も動いてないじゃんッ!?」
つい口調が昔のように砕けてしまうネプト。
「わ、私の四年間は……ご主人様にとっての……塵だった……ふふ、…私は塵……」
その差に心が折れナイーブになるクレア。
「いやいや、全然。そこまで卑下することはない。それだけ強ければ、並の魔術師では10、いや20人集まっても歯が立たんだろう」
「っていうか、あの手ずるいッ!あのおっきい手ッ!ずるすぎるッ!魔力量詐欺だぁっ!」
「あぁ、あれか。あれは至極簡単な原理だ」
「……?」
よくわかっていない二人に説明を始める
「あれらの中身は空洞だ。生成による魔力消費を極限まで抑えるようにするため質量を減らした」
「なるほどなるほど、確かに簡単だ。言うだけならねっ?!」
中が空と言うことは操作をする対象も少なくなると言うこと。
それらを操作するには相当な技術が要される。
紙で立体の手を形造りその紙を操って手の形を維持したまま動かすといった至難の業。それはもはや手を動かすと言う感覚ではないだろう。
それをあんなに器用に動かし、形さえ次々と変えてみせる。超一流の至難の操作技術だ。
へたり込んだまま、生徒のようにはいはいっ!と手をあげるクレア。
「じゃあなんで、あんなに強い力が出せるんですか?」
「あー、それは魔力の質だな。《詛戒》の森の中にいる間、色々あって……濃度、と言うか密度が上がった。だからお前達が俺と同じ量を使用しても俺の方が遥かに作用する力は大きい。だがこれは特殊な条件で偶然開花したものだ。お前達には真似できんだろう。」
「じゃあ森の中でなにが––––もごぉっ」
四年間何があったか、ネプトがそれを聞こうとした瞬間ルノが直ぐに口を塞ぐ。
「…どうした?」
イランが疑問浮かべる
「いえなんでもありません。ちょっと向こうに行ってきますね。すみません直ぐ戻ります。」
ネプトさんちょっと!、と小声でネプトを呼びつける。
イランに声が届かない場所まで来たところでクレアがネプトを叱り始める。お説教タイムの始まりだ。
「四年の間、何があったかを直接的に聞くのは禁止って決まったでしょっ!なんで直ぐ忘れちゃうんですかっ!」
「ご、ごめんよぅ。つい、気が抜けちゃって……」
「またイランさんがああなったらどうするんですかっ!タダでさえ昔もお心を傷つけられたって言うのに……」
もぉーーっ!と怒る。
イランが帰ってきた次の日、ルノがイランに何があったのか、どうやって過ごしたのか。その腕はなんなのか。そういった至極当然な疑問をイランへと問いかける。するとイランは急に口から泡を吹き出し、気絶した。
ルノはひどく自分を責めた。イランが目を覚ましたあと、そのことを謝った時。
『え?なんかあったか?あれ?どれくらい寝てた?』とその記憶ごと消し去っていた。
よほど辛い目にあったのだろう。脳が自己を防衛するための拒絶反応。ストレスから精神を守るための記憶の忘却。それを想起させるような出来事には意識の強制終了という手を無意識に使っていた。
いったい何を見て何を経験したと言うのか。謎は深まるばかりだった。
「ごめんよぅ、気をつけるよぅ」
「ほんっっとうに!気をつけてくださいね!」
「…ごめんなさぁいぃぃ〜」
「はぁ、まったく」
「なんの話をしてるんだ?」
そんな会話をしているとイランが顔を出す。
「あ、ご主人様…。あ、いや、えと、これは、その……ですね、そう!ネプトくんが!急に女の子の下着が見たいと言ってきて!」
「ちょちょちょちょちょちょっ?!待ってくれ姐さんっ?!流石にそれは聞き捨てならんよっ!?」
「ネプト……お前……」
「そんな目で見ないでくれよイランン〜!軽蔑はやめてくれェ〜っ」
わかったわかった、とネプトを宥める。このやりとりもなんだか懐かしい。
「で、」
今度は『なんとかなった』と安心しているクレアへと標的を変える。
「……どうしましたか?」
「お前は……その、見せた…のか?」
イランの顔は少し赤かった。
「……へぇぁっ?!」
「その…ネプトに下着を見せるため、こんな暗がりまで、きた……のか?」
クレアの顔も赤くなった。
「そ、そそそそそそ、そそんなわけ……そんなわけないじゃないですかぁ〜っ!」
大きな声が響いた。それはもう大きな大きな声だ。
「そ、そんなことしませんよ!クレアはそんなはしたない子じゃないですっ!頼みこまれても、絶対絶対ぜーーったい見せませんっ!まだご主人様にも見せたことないのにっ!そ、そんな……え、え、えっちなことできませんッ!クレアはオルギアス家に使える立派な淑女ですっ!そんな品位に欠けること……ご主人様にしかしませんよぉ〜〜〜っ!」
ハァ、ハァ、と息を切らしながら肩で呼吸をするクレア。
「わぁ〜お。すっごい。イランってば愛されてるぅ〜」
ちゃかすネプト。
「……??」
必死すぎて自分が何を口走ったか自覚していないクレア
「……聞かなかったことにするよ」
身体ごと顔を背けるイラン。
「ご、ご主人様?どうしたんですか?お耳が赤いですよ?大丈夫ですか?お身体が悪いんですか?」
無自覚って怖い。イランはそう心から思うのだった。
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