傍観してる場合じゃない①
「褒美をやる。何が欲しい」
落ち着いた途端、恒例の問いかけがくる。
何かを乗り越えた時。何かを成した時。必ずゼイブルはイランに褒美を寄越す。
ぱっと思いつくものはない。生還して来たばかりなのだ、急にそんなことを言われても何も出てこなかった。
その様子を見てゼイブルは–––
「ならお前専用の別荘を建ててやろう」
突然とんでもないことを言い出す。
「……へっ?!べ、別荘?!」
あのゼイブルが建てるといった別荘。きっととんでもない豪邸が建てられることだろう。
「ゼブ、流石にそれはないんじゃないかしら?」
後ろから声が届く。開けっぱなしだった扉から、いつの間にかエフィが入室していた。
「……エフィ。息子の前で、私をその名で呼ぶな」
そんな言葉を無視していつも通り上品に、歩を進める。
先程のゼイブルと同様、イランを抱きしめる。
「あなたは……いつもいつも、心配をかけて」
まるでクロナのよう。そう呟きながらイランの顔を見つめる。記憶の中ある友の姿を、表情を重ね合わせる。
「少し、似て来たわね」
「……?」
「いいえ、なんでもないわ…坊ちゃん、よく帰って来ましたね」
「ごめん。ただいまエフィ」
イランを抱きしめたままゼイブルへと向き直る。
「…で、急に別荘を建てるなどと…何をお考えなのですか?」
「…イラン、これから『王立魔術学園』に通うのだろう?」
「え、えぇ、そこへ入学させてもらえればと思っています」
『王立魔術学園:ヴァレリオ』
王国レヴォラークが誇る名門校。
その名を表す通り、その学園は魔術に精通しており、一流の技術や知識を学べる。伝統たる歴史をもつ栄光あるその学園は、空前絶後の難関校として名を馳せている。入学者の殆どが15から16歳の貴族。だが実際は年齢、身分共に不問とされており、その門は常に才能あるものへと開いている。つまりこの時代には珍しい完全なる実力主義。表向きには貴族の派閥争いなども禁止されている。
『英雄』と謳われているゼイブルやヘレンはその学園の卒業生でもある。
「ならばその近くに別荘を建ててやれば通学もしやすくなる。」
「あそこは基本、寮での生活になると聞きいておりますよ」
「『基本』…なら特例があっても良いだろう」
「土地はどうするのですか、学園の周りに空いてる土地などありませんよ」
「……」
少し考えるそぶりをしてから、ゼイブルは答えを出す
「ならば学園に寄付という形で屋敷を贈呈する。イランと…複数の使用人、学友で使えばいい…あの学園には幾らか借りを作ってある。ここで返してもらうのも、悪くない」
あまりにも強引で頭の悪い回答に、エフィは深いため息を吐きながら頭を悩ませる。
「…貴方、気付いているの?」
「なにがだ」
「昔の悪い癖、出てるわよ」
そこでようやくハッと気付く。
信じられないといった様子で今のやり取りを聞いていたイラン。
普段寡黙で冷静な父親が、口数多く喋り、子供がわがままを言う様に自分の要望を強引に通そうと画策する。ここまで感情的とも言える姿を晒す父親に驚きを隠せない。
その呆然とした顔がゼイブルの目に映る。
「……忘れろ」
ふい、と顔を背ける。その耳は少し赤かった。
「隠しているけれど、貴方の父親は貴方に期待している以上に貴方を愛しているのよ」
不器用すぎるけれどね。と耳打ちで教えてくれた。
忙しなかった為、気付かなかったが書斎はいつになく荒れていた。地図や書類が散らかり本は直接地面に置かれ積み重なってる。
先程までのゼイブルの心境を表すかの様だった。
「…エフィ、息子に下らんことを吹き込むな」
鋭い眼光がエフィに突き刺さる。
慣れているのか、エフィは『はいはい』と、飄々とした態度でイランから手を上げて離す。
まさか自分の為に仕事を放棄してエフィを連れ、森の中を捜索し続けていたなどと、イランは夢には思わないだろう。
「わたしも…っ!」
部屋の外で待機していたクレアが大きな声で名乗りをあげる。
「わたしも…ご主人様について行きたいです…っ!お金は……必ず返しますから…どうか、どうか費用をご援助していただけませんか…っ!」
『どうかお願いします』と頭を下げるクレア。使用人が仕える当主へと金の都合を頼み込む。しかもオルギア家の。
他の使用人からすれば自ら死地に赴く様なもの。どんな罰が返ってくるかわかりもしない。だがそれはクレアの覚悟の表れでもあった。
ゼイブルに目を向けたまま、イランはそんな彼女の前に立つ。
「父様、先程の褒美の話、決めました。クレアを俺のそばに置いてください。一緒にヴァレリオへ連れて行かせてください」
「…ご主人様…っ」
そんな二人に不思議そうな顔をする。
「…何を言っている。…お前のそば付きであるクレアを連れて行くのは当たり前だろう」
「……えっ?」
「あと、ディートリッヒ家の次男がお前の騎士に、と嘆願してきたぞ」
「……えっ?」
急にネプトの名を出され困惑する。
なぜ?どうして?初耳なんだが?そんなそぶり一切見せなかったのに?と頭が整理できなくなる。
「直接頼めと伝えたのだが……その様子だと聞かされないみたいだな。まぁ、無理もない」
ゼイブルはあの時のネプトの様子を思い出す。急に我が家へと乗り込み、必死に頭を下げ頼み込む姿。必ず連れ戻してくると。だからどうか、彼の剣として隣に居させてくれと。彼に降り掛かる厄災を、全霊を持って打ち払うことを誓うと。
その決意を表す様に彼は強くなった。
「……どうする…?」
「俺は……ネプトが騎士になってくれるのは、嬉しい…です」
「そうか…ならそうすると良い」
ゼイブルはふと思い出す。それはもっと昔の…10年以上前のこと–––– • • •
『おい、ちょっと付き合え。真面目なお坊ちゃんに平民なりの休日の楽しみ方ってやつを教えてやる』
『ゼブくん、また無茶したでしょ。え?喧嘩したの?あのバチバチしてる英雄さんと?流石にやりすぎじゃない?内臓まで損傷してるのだけど……もう大人なんだから、二人とも『手加減』とか、『おおらかな心』ってやつを身につけるべきだと思うわ』
『……今、あの女と私を比べましたね?……いい機会です。クロナに近づく蝿を焼き殺すいい機会だ。あの女との違い、この電撃を持ってその身に直接教えてさしあげましょう』
–––– • • • ……父様?」
我が子の問いかけに一時の追憶から引き戻される。
「……いい仲間を持ったな。イラン」
よくわからなかった。だが……
「はい。自慢で、大切な仲間達です」
こう答えるのは当然だ。イランにとって彼らは、掛け替えのない存在へとなったのだから。
**
『王立魔術学園:ヴァレリオ』
貴賤を問わず実力で物を決めるその校風。
逆を言えば実力がなければどれだけ身分が高かろうと門前払いということである。
つまり、入学するには試験が待ち構えているのだ。
「ここが王立魔術学園……流石に荘厳だな」
「ウヒョーすげ〜。イラ…じゃなかった。流石に緊張してるなぁ!主様よ」
「頑張りましょう!ご主人様!」
学園の前へ到着したイラン、ネプト、クレア。
彼らはイランとそのお付きの者として入学試験を受けに来たのだ。
時期も時期だ。入学シーズンを超えたこの時期では彼らの扱いは転入ということになっている。試験を受けに来たのは彼らと他数グループ数名のみだ。
かのヴァレリオに一体どんな難関が待っているのか。まだ見ぬ試練にイランは久しぶりにワクワクした。
「イラン様ご一行ですね?お待ちしておりました」
そんな3人の前に現れたのは一人の人物。
「こちらへどうぞ」
案内役の指示に従うまま学園内の会場まで進んでいく。
その光景は壮大なものだった。
大きく広い校舎が往々に立ち並んでいる。派手な装飾は施されておらず、清潔に保たれているそれらはシンプルゆえに重重とした威厳を感じる。
一つ一つの間には広い鋪装された道が続いている。校舎の中から様々な声。窓を通して術式反応特有の発光が漏れ出している。空には風魔術の使い手らしき人物達が上空を飛行していた。
皆が自由に魔術を行使し研鑽している。
そんな風景にイランは興奮が抑えられずいろんなところに目移りしながら足を進めていた。
「はぇ〜すっげぇ…!流石王立学園だ。田舎者の俺じゃ新鮮すぎて目がチカチカするや」
「ご主人様、ちゃんと前を見て歩いてくださいね。壁にぶつかって建物を破壊したら大変です」
「……クレアは俺のことをなんだと思ってるんだ…?」
『百戦錬磨の一騎当千で天下無双ぱーふぇくとご主人様ですっ!』という返しを聞いて、『数年見ないうちにほんの少しおバカになったかな?』と頭の心配をし始める。
そうしていると、『こちらです』と建物へと手を差し向け、イラン達の入場と共に案内役が去っていった。
その先へ進むと、待ち受けていたのは筋骨隆々の男。
その筋肉の多さからか上半身には何も身に纏っていない。カルロのような必要に箇所に必要な分だけ蓄えたわけではなく、まるで鎧でも着込むかのような重く鈍そうな、筋肉だるまと言った姿だ。
「ぬぅわはははははははっようこそ原石達よ!私の名はブぅラウン・テイロぉーッ!君たちの試験管ダァっ!」
豪快な笑い声でイラン達を歓迎し、
「それではっ!試験開始だぁ!かかってきなさいっ!」
唐突に試験の開始が宣告された。
が、その宣告が言い切られる前に既に駆け出していたクレアとネプト。
その二人から繰り出される斬撃と拳撃を
「ふぅんヌゥぁあっ!」
その分厚い筋肉で弾きかえす。
「ぬぅはぁ…流石タロンで削り磨かれた原石達よ……明朗!活発!まさに研ぎ澄まされた名刀!思い切りの良い踏み込みだっ!」
それに比べて、と一歩も動いていないイランを一瞥する。
「白髪の少年。君はもう少し、主張してもいいんじゃないかな?」
「しょ〜じき…」
そんな筋肉の男を無視してネプトが呟く。
「拍子抜けだなぁ、国立学園の教師っつっても、まぁ、こんなもんか。」
「ぬぅあにぃ?」
「気付いていないんですか?後ろ、チェックメイトですよ」
ブラウンが振り向くとその首元には地面から生えた黒い刃物が矛先を向けていた。
《黒鉄》の生成である。
「ぬふぅはは………ふははははぁっ!」
突如笑い出したかと思えばその黒鉄に向かって拳を振り抜き叩き砕く。
「この程度ォッ!我の屈強な筋肉の前では塵芥同然ヨォッ!さぁ来いッ!本番はここからダァあぁあっ!《強化魔術》ゥッ!」
筋肉がさらに盛り上がり硬化していく。
「ネプトくんッ!行きますよっ!」
「よっしゃっ!」
そう言いその筋肉の塊への攻撃を再開する。
そんな3人の戦闘をぼーっと眺めながらイランは思った。
(どうしよう……)
この四年間イランはひたすらあの森の中で魔獣との命のやり取りをしていた。思いっきりやっていい相手。命を賭けた戦いなのだから当然だ。その生活にすっかり染まってしまったイランには一つだけ出来ないことがあった。
手加減である。
イランの頭の中には力の調整を定めることでいっぱいだ。
つまり、ネプトの言った通り『拍子抜け』
もう試験に対して先ほど感じてたワクワクやドキドキは消え去り、無味な消化試合へと様変わりしてしまった。全然ビリビリ来ないし全然バチバチ来ないのである。
(そもそもなんなのだあれは、何故戦闘なのに素手なのだ)
クレアのように、腕部装甲を纏い、打撃とスピードに特化した戦闘をとっているのならばわかる。
だがあれはただ筋肉を必要以上に盛り上げ、その結果鈍重な体で力任せに腕を振るうだけ。その証拠に攻撃は防げていても二人の動きにはついていけてない。
興醒めである。
もはや『加減を誤って殺してしまったら大変だ…』と相手からすれば屈辱的なことを考える始末である。
もうあの白猿魔獣の時みたいに拘束して終わらすか
…と、めんどうそうに動き出すのであった。
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