支度をしてる場合じゃない
早朝、誰よりも早く目覚め、他の使用人達が起床する前に身支度を済ませる。
作業場へ向かい、今日の作業の確認や割り当てを確認し、伝えるべくことを確認する。
メイド長であるエフィはいつものようにルーティンをこなす。
そうこうしてるうちにコンコン、とノックが響き、どうぞ。と返す。
「お、おはようございます。メイド長。いつもお早いですね」
「あなたも十分早いじゃない、クレア。」
「わ、わたしはイラン坊っちゃんのお付きですし、、早く行かないとまたお叱りを受けますから」
無理やり作ったような苦笑を見て、何か言いたげな表情を見せるエフィ。
「……………」
「ど、どうしましたか…?」
「………やめたいとは、思わないの……?」
まさかの質問にクレアは驚きの表情を浮かべる。
その表情に気付きハッとする。
「ごめんなさい、愚問だったわね。忘れてちょうだい」
エフィは準備に戻り、クレアは毎朝提供してる、イランの為の軽食を用意し始める。
少し気まずい雰囲気が漂うい、時計の針の音だけが部屋にこだます。
「………昔……」
そのしんとした空気に小さな波紋が広がるようにクレアの呟きが耳に伝わる。
「昔、坊っちゃんに救って頂いたんです。
私と……母を………。」
朝日がさす窓を眺めながら、懐かしむように、少し悲しそうに、少し嬉しそうに、彼女は語る。
その時の記憶がポツリポツリと思い出されていく。
––––おい、お前そこで何をしてる––––
「道端で何もできずただ泣き喚いて……ただ途方に暮れるはずだった私に………朽ちてもなお蔑みの目に晒されている母に……人間としての尊厳を、終わりを与えてくださったんです。」
––––うるさい、黙れ、我が領内でこんな状況、放置しておけるか––––
……それがたとえ最低限であっても…坊っちゃんにとってはただの気まぐれでも……私達を救ってくれたのは……」
––––何をやってる、その子娘も亡骸も両方連れていくんだ、ぐずぐずするな木偶の坊どもが、うざったい、もういい俺が連れていく––––
他の誰でもない、坊っちゃんだけでした。……だから」
––––おい、まだ生きてたいのならついてこい、お前の足は動くんだろう?なら自分でここまで来い––––
「…だから……!」
––––この俺に無関係の死者を冒涜する趣味はない、丁重に葬ってやるさ。
せいぜいアンデット化しないように、欠かさず墓参りでもしてやるんだな––––
まだまだ小さな背中、発せられる言葉もどこか舌足らず、だがクレアにとっては紛うことないただ一人の救い主であった。
くるっと振り返りいつもの笑顔で答える。
日々の苦労をおくびにもださず笑う。
「これは恩返しなんです。返しても返しきれないほどの、恩があるんです。だから坊っちゃんが満足してくれるまで、わたし、頑張るんでーーわぷっ」
話を聞いていたエフィはたまらずクレアを抱きしめる。
優しく、慈しむような抱擁。
その瞳は濡れていて、今にも溢れそうになっていた。
「ごめんなさい、本当に愚問だったわ。
そうよね、あなたも拾われの身だったものね。」
このオルギアス家に従事する使用人達、その三割ほどはイラン直々に拾われてきた孤児や行く当てのないならず者達で構成されていた。
なぜそのような手間のかかるもの達を拾ってわざわざ従事させているのか。
ただの気まぐれか、恩赦という楔で縛るためか、はたまたは単に扱いやすいだけか、その理由はイランのみぞ知ることであった。
ただ一つだけわかることは、拾われの者達はイランに強い感謝の念を抱いてることだけだった。
酷い扱いをされてもめげずに、むしろ役に立とうとさらに努力している。そんな彼らを嘲笑うかのように、イラン本人は嫌ならいつでもやめていい、と吐き捨てるのである。
期待も何もしてないと言うようなその物言いは彼らの気持ちを考えるとなんとも残酷なものであり、きつい労働や叱咤よりも苦しくさせた。
そんな現状に対し、正規で雇用されているエフィ達には口出しできることは何もなかった。
本人達の強い希望でそうしているのだから何もできるはずがなかった。
ムームー!とエフィの胸の中から聞こえてくる声に気付き慌てて抱擁を解く。
「ごめんなさいね、力、強かったわよね。」
エフィは鼻をすすりながら、目に浮かんだ水分を人差し指で拭う。
「いえ……なんだかいい匂いがしました。あ、ありがとうございました(?)」
クレアの頬は少し赤みがかかっていた。
「そ、そう………それはよかったわ。どういたしまして(?)」
照れているのか、二人ともうまく目が合わせられないでいた。
さっきとはまた違う絶妙な気まずさが二人の間に漂う。
「あ!そ、そろそろ時間なので行きますね!」
「え、えぇ…気を付けてね、何かあったらいつでも言ってちょうだい」
「はい!ありがとうございます!」
軽く手を振りながら、颯爽と去っていくクレアを見送るとエフィの口から大きなため息がこぼれ出る。
「何をやってるのよ私は………!」
みっともない、と自分を責める。
メイド長ともあろうものが、まさかあんなにも取り乱すとは。
これはからはもっと気を引き締めようと決意する。
いくら彼らがイランに恩があるからといって今の現状をエフィは良しとしなかった。
なんとかしないと、と頭の片隅に置きながら、集まってきた他の使用人達と本日の業務について軽くミーティングを始めた。
それは粛々と行われ、何事もなく終える。
いつものようにそれぞれの配置に着こうとしたその時だった。
「いやぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁああああぁぁあぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁあああぁぁぁぁああああぁぁあぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁぁぁ ︎!!」
絶叫が屋敷中に響いた。
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