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悪虐してる場合じゃない!  作者: 人間になるには早すぎた
古いものは過ぎ去り全てが新しくなる
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待たせてる場合じゃない②


ふぅ、と一息つく。

今の戦闘である程度の感情(ストレス)を出し終えた彼は、先ほどよりも幾らか冷静さを取り戻していた。


それから後片付けを忘れていた、と言わんばかりに残りの白猿魔獣(シルバーバック)へと振り向く。


だがそれらはすでに生命活動を停止していた。

白猿達が拘束され、無防備を晒している間にその頭と心臓をカルロ達が潰して回っていたのだ。

それに少し驚き、その3人へと感謝を伝えに行こうとする。


『手伝ってくれてありがとう』と。そしてついでになにか衣服を借してくれないか?と頼み込もうとして気づく。彼らの服装は、昔自分も袖を通していた制服と同じ。



そこでようやく、タロンの兵士だと–––

二人と目が合う。


「「イ、…イラン?」坊ちゃん…?」


白髪の青年の顔を初めて正面から目にした二人はボソリと一人の名前を呟く。

ずっとずっと求めていた、その人の名を。



そう、彼はイラン。


幼い頃は使用人を痛ぶり続け

とある悪夢を境に恐怖に呑まれ

自らを改め

自らを鍛え上げ

いつしか恐怖に惹かれ

不運にも魔獣に連れ去られ

絶対絶命の窮地を嫌というほど味わい



そして………生命を勝ち取り、戻って来た。

イラン・オルギアスその人であった。



「ぅぅうぁあぁあっ、ぼ、坊ちゃん、ぼっちゃぁあああぁあんっ」 

「生きてたぁ…っ…やっぱり生きてたぁ、信じてたよぉぅっ、イラぁンんっ、ぁあぁああっ」


突然覆われる視界。どうやら左右から二人に抱きつかれているようだ。

そして急に泣き出しながら飛び込んできた二人を訳もわからず受け止める。



左から顔を目掛けて飛び込んで来た女性。

彼女の太ももの下へと左腕を回し、落ちない様に抱き支える。

右から胸へと飛び込んできた青年には、右手を背に回し優しくさする。


白い長髪の少年、イラン。

この四年間で彼は変わった。あまりにも変わっていた。

当然、身体能力も格段に成長している。

綿密に鍛え上げられているそれら。筋肉、感覚(センス)に加え、体幹などあらゆるものが卓越していた。

故に二人分の体当たり程度、食らったところで体の均等を崩すことはない。

その為自然と流れで彼女らを受け入れてしまった。


「……あ、あの??えぇと……?」

イランの頭は困惑したままである。


左の彼女は自分の顔を抱いて包み込んでいる。

大きくふくよかで柔らかい胸が視界の大半を埋めているし、

右の彼は自分が身に纏っている獣臭い皮に、自らの顔面とその穴から溢れる液体をひたすら擦り付けていた。



この状況は一体どういうことなのか。だが正直、彼女の胸の感触に関しては、なかなかどうして……悪くない。

いや、むしろ––––


「やぁ、イラン。久しぶりだな、本当に……本当に久しぶりだ」

邪な考えに没頭しかけていると、後からやって来た男性が物憂げな微笑みを浮かべながら声をかけてくる。

また一人増えた、と困惑したままその顔をまじまじと見つめる。



「……ぁあっ!カルロさぁんっ!?」

「あぁ、生きててよかったよ」

そう手を出される。感動し、ネプトの背に回していた手を差し出し握手を交わす。


二人に抱きつかれ、獣の皮を纏いながら筋骨隆々の男性と握手を交わすその姿なかなかにシュールだった。

その会話に、泣きついていた二人が勢いよくこちらに顔を近づけ、騒ぎ出す。



「「なランっ!なんでランかっ?!カルだよっはわかっよ!昔から一達にいただろ?アの顔は分からかしてですこと?!気付かんでるですかっ?!憎んの酷いですだ!嫌だっ!レアのことはいおくれなっち仲直たんでよぉぅっ?!〜っ!」」



          ↓↓以下、訳

「なんでっ!なんでですかっ?!カルロさんはわかって、昔から一緒にいたクレアの顔は分からないんですかっ?!気付かないんですかっ?!そんなの酷いですっ!もうクレアのことはいらなくなっちゃったんですかっ?!」


「イランイランイラン、なんでだよっ!どうしてだよっ!俺たち友達だっただろ?友達だろ?もしかして本当は俺のこと恨んでるのか?嫌いなのか?憎んでいるのか?嫌だ嫌だっ!謝るから許しておくれぇ、仲直りしてくれよぉぅ〜っ!」

          ↑↑

         



二人同時に勢いよく捲し立てられ、何も聞き取れない。さらに脳が混乱を起こす。


やっとあの森から出れたのだ。正直、したいことが山ほどある。

家にも帰りたいし、父親や隊長にも生存の報告をして、心配をかけたことを謝りたい。

風呂にも入りたい。瘴気の含んだきったない液体で身体を拭うのはもうゴリゴリだ。

食事もまともなものを食べたい。瘴気を含んだ肉の味は毒のような甘さと虫の体液のようなえぐみが混ざった味がするし、食感は分厚いゴムでも噛んでるかのように筋張っていた。今後一歳、アレには口につけたくない。

ルノのクッキーもう一度食べたいなぁ、作ってくれるかなぁ。約束破ったこと、謝らなくちゃなぁ。



………ということなので、よくわからないこの状況を続けているわけにはいかない。なんとかカルロに納めてもらおうとしたが、ふと二人の言動をよくよく思い返し顔を上げる。


「クレア…ッ?とネプトかっ?!」

その言葉に彼女は涙を流したまま微笑む。

「もぅ、…気付くの遅いですよぅ……」

ネプトはまだわかる。だが戦闘など経験したことないクレアが…何故」    


気付いたら口から漏れていた。


そんなイランに、当たり前ですと言わんばかりに答える。

「言ったじゃないですか。…言ったんです。なんとかするって……今度はクレアがお救いするって……でも、坊ちゃん…いいえ、ご主人様はご自分で戻ってこられましたから、結局クレアには何もできなかったんですけどね…」

役立たずのままです。と悲しそうに笑む。



タロンの制服に身を包むクレア。

()()()()()()なのだろう。

きっと彼女は自分と同じ道を辿ったのだ。

血反吐を吐きながら歩み続けるその道を。



–––だから今度は、クレアがお救いします–––



「……いいや、そんなことない。お前がいたから、今の俺がいる。だからそう悲しそうな顔はしないでくれ。俺の帰りを、歓迎してくれるんだろ?」


「……ぅっ、うぅ、…はいぃ、イラン様ぁ……ず、ずっと。ずっと帰りを、…お待ちしておりましたぁ…っ」

ポロポロと涙を滴らせる彼女の頭を、慰めるように撫で付ける。



また、借りができてしまった。

恩を受け取ってしまった。

だがこれは幸せなことなのだろう。

自分の残りの人生を使って、彼女へ贖罪を。

そして恩を変えそう。

そっと、イランは自分の胸に秘めた。



「イラン、ごめんっ、ごめんなぁ……っ。ずっと、ずっと謝りたかったんだぁ……」

我慢ができず、今度はネプトがイランへと泣きつく。

「あの時俺が、俺が捕まったから……だからお前がっ…」


「おいおいネプト、俺たちは友達じゃなかったのか?友達を助けるのは当然だろ。こういう時は謝罪じゃなくて感謝を伝えるのが友達としての礼儀だよ。覚えておくと良い。」

それに、と続ける。


鍛錬中のだらしない姿が記憶に蘇る。

それでも、だいたい彼はいつもやりきっていた。嫌だ嫌だと言いながら、鍛錬を過ごしていた。だがそんな彼が、進んで、自らの意思でこんなところまでやって来た。ずっとここまでタロンに残り続けた。力を備え続けていたのだろう。

……きっと自分(イラン)のために。



「あれだけ鍛錬を嫌がってたお前が、わざわざここまで迎えに来てくれたんだろう?それだけで俺にとっては十分だよ」

「イランンンンっ!」

再度、ネプトはぐちょぐちょの顔で抱きついてくる。

『今度は絶対俺が助けるから』と涙ぐんだ声で顔を埋めながら宣言する。

『全く仕方がない』と言ったふうに、自分へと体を預けるネプトの背を優しく叩いてやるのだった。




**




「皆……さん。イラン・オルギアス、ただいま帰還、しました」

声の主を見つめる

そこには、何度も夢見たその人の姿があった。

昔とはあまりにも違う風貌。

でも確かに、その人だった。



焦がれて、焦がれて焦がれて求めたあの人の姿。

「ぁあ……っ!」

気付けばルノはイランへと向かって走っていた。

「ぉ、お、おそいぃ……おそいよぉばかぁっ!ずっと、ずっとずっとずっと、待ってぁ……っ、まってたぁよぉぅ…ぅあぁぁあぁあぁっ!」

「ごめん、ただいまルノ」



抱きしめた。彼を目一杯抱きしめた。

捕まえるように、失わないように、力を込めて。

何度何度も反芻していた、心の支えだった、彼が目の前にいる。

形も、匂いも、体温もある。

その表情も、頬をかく仕草も、その声も。

今自分の目の前に、間違いなく存在している。


イランの手のひらが頭に触れる。

何度も何度も触れてくれた優しい手のひら。

髪を少しだけ抑えつける、控えめで優しい、いつもの愛情表現。



「う、うぅぁあっ」

泣いた。張り詰めていたものが途切れたように。

泣いた。子供のように。

泣いた。今までの想いを吐き出すように。

()き止めることができずにひたすらと泣いた。


「ごめん、ごめんなルノ」

ごめん、そう言い続けるしかなかった。


気が遠くなるほど時が経った。


たくさん心配をかけたことだろう

たくさん泣かせたことだろう

たくさん悲しませたことだろう


でも、ちゃんと帰って来た。帰ってこれたのだ。


大切な大切な二人の約束は四年という時を経て守られたのだ。




ルノの鳴き声を聞きながら、彼女を優しく包む彼へとヘレンはゆっくり近付いてゆく。

その存在を確かめるようにイランの頬を手のひらで包んだ。


「ヘレン隊長も、ごめんなさい。心配かけました」

あの時よりも逞しくなった身体と、大人びた表情。

確かにイランは、目の前で生き(実在し)ている。


「良い、良いんだ。お前は何も悪くない。私が不甲斐なかったんだ。もっとしっかりしていれば、お前をあんな目に合わせることなど無かった」



あの悔恨は消えない。

あの時味わった不甲斐なさや、やるせなさは晴れやしないのだ。


「でも、隊長が鍛えくれたおかげで、強くしてくれたおかげで生き延びれたんです」

『ありがとうございます』という感謝の言葉。



ヘレンはイランに聞こえないほど小さな声でつぶやく。

それ(感謝)を受け取る資格は私には無い』と。


何か言いましたか?と聞かれたが、なんでも無いよ、と誤魔化した。

「……なんでも無いんだ。イラン、お前が生きていてくれて、戻って来てくれて本当に良かった。こちらこそりがとう」


自分の背を越えるほど、大きくなったイラン。

初めて会った頃はあんなに小さかったのに。四年前とは見比べるまでもなく、立派に成長した。


彼の首に片腕を回し、再会の抱擁を交わす。

ルノごと包み込む様に、片腕で身体を覆う。

そしてイランの頭を優しく撫でた。

……そんな資格が自分にあるのかわからないまま。



彼はくすぐったそうに、少し照れくさそうに、

でも嬉しそうに微笑んだ。



彼女の心はまだ(きつ)く戒められたままだ。


拝読ありがとうございます。


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