待たせてる場合じゃない①
「お疲れ様でした。あとはこちらでやっておきます。」
魔獣の死体の後始末のため、偵察部隊の砦へと立ち寄っていたヘレン達は、無事に死体を届け終える。
「最後に入り口付近の巡回をするか」
最後の確認のため、詛戒の森へと向かおうとするが、
思い出したかのように立ち止まりルノへと振り向く。
「ルノはここに残ってゆっくりしておきなさい…私たちが戻ってきたら一緒に帰ろう」
ヘレンが頭を撫でながらルノへと優しく語りかける。
「も、もう!子供扱いは、や、やめてください!」
それなりに年頃なルノ。
そんな彼女にとってその行為はなかなかに恥ずかしいものがあり、つい拒んでしまう。
そんな態度に膝を抱え込みすぐさま小さくなってしまう。
「そうか、そうだよな。ごめんな、嫌だよな…」
未だに、いやむしろ昔よりもルノの機微に過敏に反応するようになったヘレン。
ちょっとした叱責にもこのように大袈裟に落ち込む。
「あ、あぁっ!もうっ…!嫌いじゃないですからっ!感謝してますっ!大好きですーっ!」
投げやりに好意を伝えるルノに『ほんと?』と涙目になりながら捨てられた子犬のようにルノを見つめる。
「ヘレン隊長は相変わらずルノちゃんに弱いですねぇ」
「あぁ、まるでウルカ嬢とのやり取りを見ているかのようだ」
ルノに縋りつき『はいはいごめんなさいね』と慰められているヘレンの姿を微笑ましく見守りながら話し込んでいると––––
––––急にルノ表情が深刻なそれへと変わる。
「……ルノ?」
「……魔獣の接近反応を感知、しました…っ」
慌てて、体勢を整え始める。
だがそんな彼らを無視して彼女は続ける。深刻な表情で、続ける。
「入り口から5キロ先、五体……3.5メートル、8メートル二体、10メートル、12メートル一体ずつ……特徴は……
…『白猿魔獣』と一致します」
その瞬間、彼らの中に度し難い激情が駆け巡る。
あの時の中型・大型魔獣は後に『シルバーバック』と命名されていた。その名が今、ルノの口から放たれた。あの時の魔獣、そしてイランの顔が想起される。
「『属性佩––––
即座にヘレンが駆け出そうとするのを
「待ってください!」
カルロが引き止める。
「報告の魔獣があの時の個体と同一の場合、また、ここが狙わねかねません。私とネプト、クレアの3人で迎え撃ちます師範達はここの皆をお守りください」
「……だがっ!」
納得いかない、と言ったヘレンをネプトが宥める。
「隊長、さっき言ったでしょ。隊長は後ろでドンっ!と構えててくださいって、俺たちにドーンっ!と任せちゃってくださいって。大丈夫、大丈夫です。俺が、俺たちが必ず雪辱を晴らします。」
「だが、しかし……」
「……絶対に捉える絶対に逃さない絶対に潰す絶対に取り戻す」
クレアの頭の中には未だ激情が充満おり、その感情が口から溢れ出る。
「ヘレン隊長はここで雰囲気作りでもして待ってて下さいよ…。必ず、姫様の元へ白髪の王子様を連れてきますから。その暁には感動の再会といきましょうや」
軽口とは裏腹にその瞳には強い意志が宿っていた。
**
3人は詛戒の森へ前へ前へとネプトが発生させている風に押されながら進んで行く。
ネプトは《属性佩帯》を発動すると同時に、他二人の身体をに風を纏わせる様に押し出す。擬似的な風の属性佩帯を再現していた。
重力が半減したような身軽な動きで素早く草原を駆け抜ける。
目的地が見えてくる。見計らったかの様に『通信魔石』からルノの声が響く。
『敵、入り口付近から約1キロ。…お、おかしい……。何かを追いかけるようにこちらへと急接近しています。』
何かを追いかけるように……ルノには白猿魔獣達以外の反応を探知できていない。様子がおかしい。奇妙な違和感を覚え始めるが……
『気をつけてください…っ!何か変で–––
『ゥヴォォオオオオァアアアッ』
魔石からの声が遠くから樹海の中きら放たれた魔獣の声にかき消される。
そして突如、瘴気が立ち込める樹木の合間から、人らしき姿が背を向けたままこちらへ飛び出してきた。
「「「…ッ!?」」」
すぐに囲い込む様に構える3人の兵士。
警戒する様にそれぞれがそれを凝視する。
(どこから現れたッ?!)
自分たちの感知をすり抜け、突然自分たちの目の前に現れた不穏な存在。
身体ごと覆位隠す程の長い長い白い髪の毛は、顔の殆どを隠しており反応が窺えない。
人かすら怪しい。まさか白猿の仲間?
そういった彼らの警戒など気にも留めず、それはキョロキョロと周りを見渡す。カルロ達にも、一人一人視線を向け、首を動かす。
視線を動かすのを止め、急に空気を目一杯吸い込みながら、解放された様に叫び出す。
「……外だぁァアァあアぁあァッ!」
その大きい歓喜の声は天へと昇る様に響き渡る。
やっと、ついに出れたぁ……長かった。とぶつぶつと独りでに呟く。
人の言葉を発している、ということは少なくと白猿の同種ではない。
ふと、思い出す。
–––何かを追いかけるようにこちらへと急接近してきます––––
ルノの報告。これがそうなのか?これを追ってきたのか?思考を交錯させながらそれに目を凝らす。
それは片腕が黒く、垂れかかる白い髪がその黒さを一層際立たせている。左の肩から先の全てが黒く染められているのだ。
服など着ておらず、はぎ取った獣の皮の様な物をそのまま巻き付け、身に纏っている。およそ文化とは程遠い野人の格好。
そして気づく。なぜ存在を感知できなかったのか。
感知できなかったのではない、魔力量が少なすぎる。
まるで小動物を前にしているかの様な微弱な魔力。異様な気配を発しているあの黒い左腕
それらが異質な雰囲気を醸し出していた。
『ヴォゥ、グゥォァアアッ』
『ホォォアッ、ァッ、ヒィイイャァッ』
魔獣達の声と足音が近づいてくる。
「敵、来ますっ!」
「ど、どうしますかカルロさんっ?!」
二人が構えながらカルロへと問う。
こちらに目も当てず呟き続ける謎の人物。不足な事態に理解が追いつかない。だがこの状況で彼を助けないなどという判断は兵士としてあり得ない。
「このまま迎え撃つっ!彼を守れっ!」
「「ハイッ!!」」
接敵。
その姿を目に映した瞬間、歯を食いしばり、体に力が入る。仇敵との再会が思考ごと体を熱くさせる。
「《強化魔術》ッ!」
「《属性佩帯》ッ!」
「油断はするなよ…ッ!」
『キィィヤァッ!』
『『『『ヴォァアアッ』』』』
こちらを認識したシルバーバックの長が叫び、配下の魔獣達が地面を揺らす程の咆哮を重ねる。その巨大な足で土を蹴飛ばし跳躍する。
だが次の瞬間、
「しつこいぞ猿ども」
それが呟き、およそ信じ難い光景が広がる。
「俺の欣快の邪魔をするな」
『ヴォアァアっ、……ガァッ?!』
その大型の白猿達は、突如出現した巨大な黒い掌に阻まれる。
複数の黒い巨椀は白猿達を握ったまま空中から地面へと叩きつけ、上から体を拘束する。それぞれ呻き声を発しながら体を持ち上げようと抵抗を試みるがびくともせず押さえつけられたままだ。
そんな想像を絶する光景に、カルロ達は驚きを隠せず体が硬直する。
それは、彼らを無視したまま、白猿達の返答など期待などしておらず、一人で悠々と魔獣達へと語り始める。
「……だが感謝するよ。お前らとの下らない追いかけっこがまさか……まさかこんなッ!……有卦に入るとはまさにこのこと…ッ!………だなァッ!」
また一つ、黒い腕が出現し何も空を掴む。
『キヒェッァッ?!』
驚いきの声と共に長《ボス猿》が姿を現す。先ほどの位置に佇む幻影が霧散してゆく。
カルロ達には一切感知できなかったそれに、ただ一人気付き、捕縛していた。
その黒い手は即座にその魔獣を地面に叩きつけ、上から握り込む様に押さえ付ける。抵抗する間もなくそれは形を変える。
あちこちから何本もの長細い線を伸ばし、魔獣の体を絡めとりそのまま固定。歪な形をした黒い檻が、その魔獣を逃すものかと拘束していた。
余裕の笑みを浮かべたまま、ゆっくりと、一歩一歩、足の裏で土を踏んでいく。
「お前達、クソカスには本当に世話になったよ。何を血迷ったか、何度も何度もお門違いにこの俺を付け狙いやがって。血縁だか仲間だか知らんが、あれの仇討ちだとでも言わんばかりに………。その筋違いなしつこさにはホトホト辟易したよ。薄汚い獣の分際で人間の真似事とは恐れ入る……。一々、一々、相手にするのもうんざりだ……」
不機嫌を隠そうともせず歯を噛み締め、眉間に皺を寄せる。
「だが……ッ!…だが………ッ!この懐かしい景色ッ!瘴気の晴れた清々しい青空ッ!澄んだ空気ッ!……肌を照らす日光ッ!……」
態度を一般させ、大袈裟に、大きく、体を広げなら天を仰ぎ、その喜びを表現する。
気分は喜劇の舞台に立つ役者か。
はたまた平和な世に君臨した恐怖の魔王か。
くるっと振り返り、ニヤつきながら捉えた白猿の長を見下す。
「今では、お前ら野猿程度にすら景仰の念を感じるよ、だから……
生成したその黒い塊は、形を安定させずボコボコと波打ちながら右の掌の上で宙に浮いている。
……これは俺からの、囁かなお礼だ……
動きを封じられた魔獣の口を無理やり開かせ、それをそっと口の中へと捩じ込む。
……受け取ってくれるだろう?」
『キ、キィャッ…モゴォ……ギャァッ、ァアッ?!』
次の瞬間、悲鳴をあげたかと思えば吹き出した血と共に声が途切れる。
魔獣の体内から夥しい数の赤黒い針が飛び出す。
胸、腹、頭、口、様々な箇所から突き出したそれは、ポタポタと血を滴らせていた。
その光景を満足そうに眺めながら呟く。
「気に入ってもらえた様で、何よりだよ」
その言葉と共にその白猿魔獣は事切れた。
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