エピローグ それぞれの決意
あれから、兵士たちは満身創痍なまま、タロンへ帰還した
ルノと他数人の治療術師による治癒が兵士たちへ施された。
特に酷かったのはネプト。
身体中の骨が折れ、内臓も傷つけていた。
ヘレンの《属性佩帯》による高速移動での搬送がなければ、命を落としていたかも知れないそんな危機的状況だった。
「これで…全員です、か?」
「あ、あぁ。ありがとうルノ。疲れただろう、もう今日は休みなさい」
「そ、そうなんですね…へへ、役に立てて、よかった、です。……い、いーくんは怪我、そんなに酷くなかったんだ…よ、よかった」
ふにゃりと笑むルノをみて、ヘレンは下唇を噛み締める。
「あ、あの。つ、疲れてるとは、お、思うんですけど…ま、待ってるって約束した…から、い、いーくんにあいたい、です。あ、お疲れ様って、…言うだけでも……。ど、ど、どこにいま…すか?」
部屋に尋ねても、いなくて。
当たり前のようにイランの存在を信じている……
そんなルノになんと返せばいいか、わからなくなる。
「ルノ……落ち着いて聞いておくれ」
片膝をつき、片腕しかないその手でルノの両手を祈るように包み込む。
傷だらけで、様々な経験が刻まれた掌が、幼い女の子の柔肌を包む。
これから溢れ出る、行き場のない彼女の感情を少しでも受け取めれるように。
イランに何が起こったか
イランが何を守ったか
丁寧に、丁寧に話した。
ルノの顔が絶望に染まっていくたび、心が苦しくなった。
「う、う、ううう、う、嘘、嘘!ですよね。お、お、お怒りますっ……怒りますよ…ッ!そんな、そんな笑えない冗談。へ、ヘレンさんでも、許さなー・・・
ヘレンの表情を見る。
ただ悔しそうな
申し訳なさそうな
自分を責めるような
その表情を見て、察してしまう。
「ぁ、ぁあ…」
–––本当はわかっていた、ヘレンがそんな冗談を言うはずはないと。
「ぁああぁああっうわぁあん、ぁ、ぁ、ぁあああああぁあぁあ」
–––認めたくなかった。
「だ、だって、帰ってくるって、また一緒に…ま、街に…連れて行ってくれるって…ぁ、ぁぃいやぁ…」
–––そんなはずないって、思いたかった。
「や、やだっ…やだやだっ、やだぁあああぁあ」
ヘレンが言えることは何も無く、ただ目の前で悲しみに溺れる彼女を抱きしめる他なかった。
大切な人を失ったこの子に寄り添うしかなかった。
ルノの鳴き声は一日中響き渡った。
その鳴き声を聴いた兵士たちは心に刻む。
もう負けないと。
人を守れる強い人間になると。
ネプトはあの時のことを思い出す。
霞む視界の中で見た、あの時のことを。
中型魔獣が自分を手放した時の、イランのあの、安心したような表情……
その光景がずっとこびりついて離れない。
「イラン……なんでっ…なんで俺なんかを……っ、なん、なんでだよぉ……俺がぁっ!、俺が、弱かったからぁ…俺がイランを…殺し–––
「それ以上は言うな。イランの行為を侮辱することになる。お前にできることは、ただ一つ。強くなり、イランを助けに行くことだ」
「助けるって、だってもう、あんなところじゃ…」
「あいつなら生きてる。そう簡単にやられるものか。あいつは……強い。だから、絶対に生きている……対策を立て、必ず助けに行く。お前はどうする?」
「…っ!俺も…俺も強くなる……イランを助けれるようになるくらいっ!イランを守れるくらいッ!強くなってみせるッ!」
兵士たちは各々(おのおの)、悔恨と戒めを胸に抱き、強くなることを決意する。
もう、失わない為に。
**
イランの訃報がオルギアス家へ届く。
それを受け取ったゼイブルは手をつけていた業務を全て放り投げ、すぐに支度を始める。
使用人に、しばらく留守にすると言い放ち、屋敷を後にしようとする。
長い付き合いのあるエフィにだけはその不穏な様子に気付かれる。
「待ちなさい、ゼブ」
「……その名で呼ばれるのは、13年前以来だな」
「何があったのか説明なさい」
「……イランの……訃報が届いた…」
「…ッ、そ、そんな…そんなはず…ッ」
「あぁ、私も信じていない。…我が息子がどこぞの森に入った程度でくたばるものか。…だが、少し奥まで行ってしまい、迷っているのだろう…たまには…迎えないってやるのも良い…」
「……私も連れていきなさい。」
イランの母親であり親友との忘形見。そして、我が子のように育てた愛しい子。
屋敷でじっとしておくなんて選択肢はなかった。
「わ、私も……
そんな二人の前に一人の少女が現れる。
「わたしも連れていってください!」
「クレアッ?あなた、何故ここに––––
「坊ちゃんが困ってるんですよね?助けを求めてるんですよね?だったら私もいきます。約束したんです。クレアがなんとかして見せるって。今度は、わたしが救うって誓ったんです」
「……今のお前に何ができる」
そんな彼女の覚悟と独白を引き裂くかのように静かに言い放つ。
「なんでもしますっ!…してみせますっ!だから……お願いですぅ…どうかぁ……っ!」
お願いします、と涙を流しながら深く、深く深く頭を下げる。
「私に、命を無駄にさせる趣味はない。お前に何かあったらイランが困る。どうしてもついて来たいなら………強くなって見せろ。…そのための道を用意するくらいならば……してやろう。そして…………私を認めさせてみろ」
「あ、あ、ありがとう、ありがとうございます。ありがとうございます。ぜ、絶対に、絶対に坊ちゃんを助けれる様に、救えるようになって見せます。絶対に……」
絶対に、と心に刻む様に何度も何度も呟くクレアを置いて、ゼイブルとエフィは詛戒の森へ歩みを始める。
かくして、それぞれの賽は振られた。
どの目が出るかは、まだ誰にもわからない。
いつ、出るかも、どう転ぶかも、誰にもわかりはしない。
だが祈るだけでは欲するものは手に入れられない。
失うのを止められない。
己を肯定できやしない。
願いを叶える為には、強い意志が伴わねばならない。
その目が出るまで、手を伸ばし続けるしかないのだ。
第一章これにて完結です。
これから第二章始まります。
よかったら楽しんでくださいね。
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