楽しんでる/恐れてる場合じゃない③
「ネプトォッ!!」
ヘレンの声に賑わっていた兵士達の表情が一瞬で切り替わる。
中型魔獣を視認、その瞬間、既に三人の兵士が駆けている。三方向から同時に、魔獣へと剣戟が迫り来る。
その剣閃は全て空を切る。
『キィイッヒャァアッ』
猿のような鳴き声が何もない場所から聞こえてくる。
その声にどういう意図が込められているかはわからない。
だが愉しんでいることだけわかる。
ヘレンは空中に薄く漂う甘い匂いに気がつく。
「全員警戒ッ!敵は幻影術の類を使用しているッ!視覚、聴覚に頼るなッ!魔力探知を張り巡らせろッ!」
ヘレンの声に兵士たちに緊張感が走る。
ネプトをつれていかへるものか、と。
絶対に助ける、と。
強い気持ちで魔力を凝らす。
そんな誰も彼もがネプトを助けたい一心で魔獣を仕留めようとするが–––
イランだけは只管に憤っていた。
瞬間…
鎖
鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖鎖
先に枷のついた黒い鎖がイランを中心に、その場一体を埋め尽くさんと生成される。
「……おい、猿」
それらは兵士たちを器用に避け、何かを掴み取ろうと踠く掌のように空間を埋め尽くしていき……––カシャン、と音がする。
「誰の許可を得て、持ち去ろうとしている」
音のなった方へ…ゆっくりと…振り向く。
「それは俺のだ」
––その瞳には殺意。
「獣風情が薄汚い手で触れるな」
––その言葉にも
「……踏み潰すぞ、四つ足」
––殺意だった。
大型魔獣を相手にしてた時とは違う。高揚感などありはしない。殺意を示すその言葉には。純粋に、そのまま、ただただ殺意を表していた。
眼も、感情も、魔力も、全て殺意に満たされていた。
イランの全てが『お前を殺す』と明確に物語っていた。
その意思を実行するため、イランは動き出す。
魔獣を捉えた鎖を、有無を言わない膂力で引き込む。
それと同時に他の鎖を全て収束し巨大な物量となったそれを魔獣へとけしかける。
『ヒャァァアァッッ!』
中型魔獣が叫んだ瞬間、大型魔獣が覆い被さるように飛び込み、鎖を踏みつけ中型魔獣への道を遮る。
『グゥぉぁアアァッ!』
「……ッ?!まだ死んでいなかったのかッ!」
死んだふり。知性を持つ中型魔獣の指示。
危機管理を行い、予防線をこれでもかと張り巡らせる。その知性はまるで人間のそれを思わせる。
『ガァァッ』
空を舞う土埃を割くように巨大な腕を振り回す。集まった兵士を散らばらせるように大きく身体を振り回す。
だが、ダメージは残っている。大型魔獣の動きが鈍い。
その瞬間–––
ヘレンが呟く
「《属性佩帯》」
「離れろぉお!巻き込まれるぞぉおおおッ!」
ヘレンの帯電を感知したカルロは他の兵士に声をかける。
負傷の隙を逃さず退避していく兵士の合間を縫い、電撃を纏わせたヘレンが瞬間で接敵。
「くたばれッ、死に損ないッ!」
魔獣の反射神経を置き去りにした雷速の打撃が雷山と共に大型魔獣の腹へ食い込む。
その衝撃と電撃が、大型魔獣の背中へと突き抜ける。背中から破裂するように、焼け焦げた血肉と、行き場を失った電気が空中に撒き散ちった。
『……カッ…カ……』
今度こそ、その命が尽き、倒れる。
「イランッ!」
大型魔獣の絶命を確認したヘレンは着地と同時に振り向きながら叫ぶ。
**
大型魔獣が飛び込んできた。
そんな状況下でもイランはそれを無視し、そのまま捉えた中型魔獣を引っ張り続けていた。
大型魔獣さえ抑えつけたその剛力は、中型魔獣など軽々と牽引していく。
だが急に、ネプトを放り出し隙をつくように自らもイランへと駆け出す。
『ヒィイっハァアッ!』
イランの引き込む力を利用して高速で接近する。
「自分から来るとは殊勝な心がけ、だなぁッ!!」
射程圏内に入った瞬間、《黒鉄》の錐体が魔獣へと伸びる。
頭、首、心臓、肺、腕、足、人中。
全ての急所に狙いをすまし、穿つ。
ぐにゃり。
「…ッ?!」
引きつけられたそれは、物理法則を捻じ曲げるかのようにイランが生成した全ての黒金を身体を歪ませながら避ける。
「ぐにゃぐにゃとッ!鬱陶しいぞッ!」
即座に生成した鉄鎚で殴打するが、宙に浮く紙を叩くかの如く、身体をしならせ衝撃を全て空へと逃がす。その静物らしからぬ動作に、手応えが全く感じられない。
『イッヒィ』
魔獣はニヤつきながらを鉄鎚を握っているイランの両腕に、軟体動物のようにしならせた片腕を巻きつけ、動きを封じる。
すかさずもう片方の手で無防備なイランの口へ、淡紅色と紫の混合色の塊をぶち込んだ。
「んもぉが……ぐっ、グフぇ……ッ」
ドクン、と心臓が叫ぶように大きく跳ねる。
それは瘴気の塊。この魔獣がこねくりまわし、圧縮した劇物。
体内でイランの魔力と混じり合い拒絶反応をを引き起こす。
イランの頭に快楽と苦痛が同時に押し寄せ、顔から液体がこぼれ出る。
「…ぁ、ぐっ……」
体に力が入らず倒れるイランを中型魔獣が嬉しそうに抱え込む。
「イランッ!」
その光景を見にしたヘレンに怒りが込み上げる。
「貴様ァッ」
電撃が放たれるが、煙が散るようにその姿が掻き消える。
『ヒッヒィヒハヒ、ヒャァアァッ』
勝鬨を上げるように魔獣の昂った声がそこら中から響き渡る。
「どこへ消えたァッ」
「探せ探せさがせッ!絶対見つけろッ!」
「イランくんッ…絶対助けるからッ」
兵士達が魔力探知に全力を注ぐ。
イランを抱えたまま既に姿を消した魔獣は樹海の麓でわざと姿を晒した。
「おいッ!あそこだッ!」
「うおおぉおぁぁああッ!」
「やめろッ!行くなッ!瘴気が濃すぎる…ッ、お前までやられるぞ」
「私が行くッ!」
そんなヘレンの声をかき消す様に、拡声魔石から伝来が鳴り響く
『敵の増援が来てます!距離、約1キロ。数は…大型魔獣、ご、5体ですッ!!撤退を推奨しますッ!』
その報告に兵士たちに戦慄が走る。この絶妙なタイミング、この魔獣が呼び寄せた可能性が高い。
どんどん状況が悪化していく。ヘレン一人ならなんとかなるが、兵士を庇っての戦いとなると難易度は跳ね上がる。
底無し沼に足を取られ、沈んでゆく。体の自由を奪いながら、賜りついてくる。
そんな彼らを嘲り笑うように、細い三日月のように目を細めながら瘴気が立ち込める森の中へと消えてゆく。
ヘレンは何も喋らない。
まだ残っている黒鉄の錐体を根本の部分を蹴り壊し、もぎ取る。
魔力を電気に変換しながらありったけをそれに注ぎ込む。
それは次第に斥力を生み出す。
ゆっくりと両手を黒鉄から離すと、残されたようにバチバチと音を立てながら電気を走らせて宙へ対空する。その矛先は指の指す方へ。
弓を引くように半身になりながら第二指、三指を束ね、狙いを覚ますように先へと伸ばす。
その横で大量の電流を蓄えた黒鉄がその指に従い向きを変えながら宙で待機している。
帯電する圧縮された魔力を前方に引き延ばし、磁力を発生させる。
強力な磁界を纏った目には見えない2本のレール指差した方向へと引き伸ばされてゆく。
狙うはあの魔獣が去っていったその先。
穿つはその命。
2本のレールに流れる電流と反応し、黒鉄が……
「《エレク・–––
発射され……
–––ボル……」
「ダメです師範ッ!」
カルロの怒号共に、前へ出した腕を掴まれ、強引に動きを止められる。接触したことでヘレンの纏う電撃がカルロへと流れ、身が焼ける。
だが、それを無視して続ける。
「それはダメです…被害がデカすぎる。他の魔獣が反応しかねません。どんな被害を生むか……。それに、当たったとしても、巻き込まれるイランが耐えられませんッ!」
構えたまま葛藤する。
ならばどうすれば良いのか。
この不甲斐ない結果をどう払拭すればいいのか。
私がついているから、と。
好きに暴れろ、と。
誰も殺させない、と。
そう言ったのに。
その結果がこの様だ。
見たことのない魔術……いや、魔術かすら怪しいあの幻影術。
支配下に置いているであろう大型の魔獣を囮に子供を狙う邪悪な嗜好
異常に次ぐ異常。
いや、そんなもの言い訳。
言い訳にすらならない。
「私はまた……」
昔を思い出す。あの血にまみれた戦争を。
仲間が次々と戦場に向かっては、帰らぬ人となる。
もうあんな光景を繰り返さないと……人を死なせないようにするために、子供達を強く厳しく鍛え上げると誓ったのに。
また……まただ。
また……
……「失敗したのか……」
次こそは、本物の『英雄』になれると思ったのに。
黒鉄は魔力を失い、カランと音を立てて地面に落ち、自らもまた膝から崩れ落ちた。
「隊長ッ!ネプトがっ!ネプトが危険な状態ですッ!早くルノちゃんのところへ!」
「行きましょう師範、あいつは、あいつなら……ッ!」
ただの気休めだ
確証などない
希望すら薄い
手を合わせる先すらいない
自分勝手な祈り。
「あいつはきっと生きてます。あれだけ強いんだ、きっとなんとかします。」
だから……
「だから、行きましょう、あいつが救った命を紡ぐために」
ヘレンは二度目の挫折を味わった。昔と同じ大きな傷を負った。それでも生きて、繋いでいかなければならない。
眩暈がするような虚な視界で、彼女は彼が残したその命を助ける為、自分の出せる最速で駆けて行く。
懺悔と戒めを胸に秘めて。
レールガンのようなものを書きましたが、かっこよさを優先して実際の原理とは異なるようなことを書いてると思います。
あと普通にあんまり深く理解できてない。
なので間違っててもそこはファンタジーとしてご理解ください。
ちゃんと知りたかったらネットで調べてみてね。
拝読ありがとうございます。
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