楽しんでる/恐れてる場合じゃない②
『グゥァァッ!ガァアッ!』
荒れ狂い叫び散らす大型魔獣相手にカルロが飛び出す。
大型魔獣が空気に漂う風の魔素を従え、形成された空気の爆弾が振り回される打ち付けられた拳とともに周囲で爆散する。
それをイランが引きつける。
複数の兵士がイランに続き魔獣の動きを翻弄、的を絞らせないよう、練度の高い連携で立ち回る。
引きつけ役は普段、カルロが受け持っている。だがイランがそれを肩代わりする事で、強大な破壊力を持つカルロが攻勢へと転じる。
自分の身長よりも長く、腰よりも太く、拳よりも分厚い、重く巨大な大剣。それに上から魔術を行使し、圧縮した土を纏わせ、更に巨大化させる。
「魔技、《属性佩帯》」
魔獣の腹に目掛けて飛び込み、空中でそれを馬鹿げた膂力で魔獣へと打ち付ける。
10tはありそうなその巨大な魔獣を強化魔術で吹き飛ばす。
膂力だけで言えばカルロは既にヘレンを超えていた。
手応えを感じ、追い討ちをかける。他の兵士とイランもそれに続く。
肌を貫けない者は目や口から剣を通そうと狙いを定める。イランはカルロに次ぐ馬鹿力を用いて魔獣を《黒鉄》で縛り、抑えつけ、動きを封じる。
「ケモノ…ッ!風情が…ッ!手を煩わせるなァアッ!」
より強く引っ張り、縛り付け、魔獣の自由を奪っていく。
卓越した連携はうまく作用し、魔獣の命を削り取ってゆく。片目を潰し、耳を落とし、肌には多数の出血。肋骨は折れ、骨の破片が内臓を傷つける
『ガァァアァアアァアァッ』
それでも気迫は衰えない。
両手を激しく広げると共に爆風を起こす。
兵士たちが吹き飛ばされ、イランが置き去りにされる。その勢いのままイランに巨大な拳が振り下ろされ–––
イランを庇うように大剣で拳を受けたカルロ。
「最後はくれてやる。いけッ!イランッ!」
もうそこにイランはいない。
「じゃあなエテ公……」
巨大な魔獣の更に上空から声が落ちる。
「これで終わりだッッ!」
イランの生成した巨大な黒い鉄鎚が脳天目掛けて勢いよく振り下ろされた。
肉と骨の潰れる鈍い音が鳴り、大型魔獣はバランスを失ったように……地面にひれ伏した。
**
いつもよりかなり早い討伐に兵士は皆、喜びの歓声をあげる。
「イランッ!お前ぇ!!大活躍じゃないかっ!」
一人の兵士が強引に肩に手を回して引き寄せる。
「おい、気軽に話しかけるな。俺は今、余韻に浸って気分が良いんだ。邪魔をするなら土に埋めるぞ」
ピタリ、と今まで騒いでいた歓声が止む。
しーんとした空気が流れる。
周りから凝視され、我にかえるようにハッとするイラン。
「…あっ!いやっ!違うんですこれは…ッ!あ、あの、そうっ!冗談っ!冗談ですっ!オルギアス家特産の冗談ッ!」
少し間を置いてから……兵士達からドッ!と大きな笑い声が上がる。
「なんだお前ぇ〜随分生意気じゃねえか!」
「え〜イランくんってば、裏ではドSなのぉ〜?おませんなのぉ〜?」
「な、なんか私、ゾクリと来ちゃった。強い男に責められるの、結構良いカモ……クセになりそぅ…」
「おいおい、もうお利口さんのフリはやめか?公爵家の坊ちゃんよぉ」
イランを囲みワイワイと盛り上がる。
みんなのこの態度は、タロンの兵士としてイランを認めている証だった。
そんなワイワイとした空気の中、一人険しい表情を浮かべる。
ヘレンは違和感を拭えないでいた。
何かがおかしい。順当に事が進みすぎている。
ヘレンの経験上、こういう時は大抵、後から何か良くないことが起きる。
「ほんとお前はすげえよイランっ!」
「つよつよだねぇ、大躍進だねぇ、将来有望だねぇ、ネプトくんも少しは–––
ネプト、という名前を聞き、ヘレンに戦慄が走る。
「ネプトォッ!!」
後ろを振り向く。ネプトがいた後方に姿はなく、
『キヒィッ、きひひっヒィ、フゥハァッ』
奇妙な鳴き声の方へ目を向けると中型魔獣が瀕死のネプトの足を掴み、逆さに持ち上げていた。
**
兵士達が大型魔獣と戦闘している間、ネプトは恐怖をぬぐい、立ちあがろうとしていた。
(俺も、俺だって…ッ!)
イランの勇姿にあてられ、力を振り絞る。
まだ弱い自分では戦闘には力になれないかもしれない。役に立たないかもしれない。それでも、自分にできることをッ!
『ヒィッハァッポゥッホゥっ』
魔獣の声に反応して振り返ると、そこには樹海の中にいたはずの中型魔獣がいた。
樹海へと目を向ける。
そこには相変わらず、ニタニタと笑いながら戦うタロンの兵士たちを見つめている中型魔獣の姿がある。
こいつはなんだ?もう一体いたのか?突然現れた?目の前にいるっ、どうすればいい?
恐怖に呑まれそうになる思考を振り切り、ゆっくりと剣を構える。
仲間を呼ぼうとして–––
『分断しろ』『各個撃破だ』『時間を稼ぎ』『臨機応変に』『無理はするな』『油断する事ないように』
–––ヘレンの指示が頭の中を走る。
得体がわからない相手。
合流されたら向こうの戦況がどうなるかわからない。
時間、時間だ、時間時間時間ッ、時間を稼げッ!皆んなならすぐに大型魔獣を討伐する。それまで時間を稼げ、引きつけろ。
魔獣を睨め付けながら構える。
覚悟を決めるネプト。
対照的に魔獣はふざけた態度をとる。交互に片足ずつで跳ねながら、テンポ良く頭の上で拍手をしている。嘲るような態度だ。こちらをまったく脅威と見做していないようだった。
好都合、と言わんばかりにふぅーっ、と深呼吸、強化魔術を発動する。
こちらから仕掛けなくても良い。
相手をよく観察していると、魔獣が身体を跳ねさせ体毛を揺らすたび、そこから薄い瘴気が漏れ出ていた。
不確定要素が次々と出てくる。
警戒し、不穏な動きを見逃さ–––
突如、左頬に衝撃。
「……ゲフゥッ?!」
なにもないところからの打撃。
意識外からの強烈な一撃に為すすべなく吹き飛ばされる。
揺れる視界の中、そこにいなかったはずの魔獣の姿を捉える。
その魔獣は未だ、巫山戯た態度を崩さない。
「……ハッ、ハッ…」
よろけながら起き上がる。
完全に打撃が顎に入ってしまい視界がぐらつく。身体に力が入らず立つのがやっとだ。
「…ンッ、ぐぅぉお…ッ!」
それでも構える。
余計に仲間を呼べなくなった。こいつをあっちに向かわせてはいけない。
ネプトは無意識下で仲間を庇う選択肢を選んでいた。
少し前の死の恐怖は失せ、代わりに仲間を失う恐怖が生じる。
顔が浮かぶ。面倒を見てくれた先輩たちの顔が。
『頑張ったネプトくんに、お姉さんからのご褒美だぞ〜』と頭を撫でてくれた。
『少しはやるようになっじゃないか、その調子だ』といつも厳しい先輩が少しだけ認めてくれた。
『うんうん、そうだね。辛いよね、わかるよ。じゃあ鍛錬しよっか』と悩みがあれば、頭からそれが抜け落ち、没頭するまで付き合ってくれた。
ロクでもない場所だと思っていたここは、いつしか居心地の良い場所になっていた。そんな場所を、あの人達を、失いたくない。
そんな気持ちがネプトを奮い立たせる。
理解の及ばない攻撃。それをひたすら受け続ける。
魔獣に向かって剣を振るが、それは空を割くだけだった。
幻影、幻覚。
五感に作用するような技を、この魔獣は使用していた。
『ヒィッヒ『ハァッホゥ『フヒフヒ『ヒャァアッ』
不快で甲高い声が重なり、あらゆるところから複数同時に聞こえ始める。いつのまにか魔獣の姿は増え、ネプトを囲み、痛ぶり続ける。
「…ッ、グゥッ、ンッ、カハァッ…」
蹲るように身を固め、ひたすら耐える。
そして、
「……ッ!グゥ……捕まえた…ッ」
自分の腹に拳が入った瞬間、それをボロボロの手で力強く握り込む。
逃がさない。絶対逃さない、と左腕に力が籠る。
「…ツアァッ!」
そのまま一閃、魔獣に向かって、剣を凪ぐ。
が、
『キヒィ…?』
「…あ、」
それはたった二本の指で摘むように挟まれ。止められてしまう。
「…グッ、クッソ––––
そのままネプトの意識は刈り取られてしまうのだった。
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