楽しんでる/恐れてる場合じゃない
自分が書きたいところにどんどん近づいてきて、楽しくなってきました。
皆さんにも楽しんでもらえると嬉しいです。
兵士達の前に現れた二体の魔獣。
大型魔獣、そう呼ばれる獣は上背10メートルはあり、体表は白銀に覆われている。フーッフーッと興奮しているかのように荒く息を涎と共に漏らしている。
骨格は人に近い。だが足が短くそれに比べて胸から肩、腕にかけて太く大きい。上半身を起こしながらでも両腕が地面に届く程不恰好アンバランスで巨大な腕をもつ。それを胸に何度も叩きつけ、金属音のような音を混じらせた打撃音が地面と空気を震わせる。
腹から胸にかけては体毛がなく、その代わり黒い鱗のようなもので覆われている。
顔の肌は黒く涎を垂らしている口から巨大な牙を覗かせる。
対照的にもう一体、中型魔獣呼ばれるそれは大型魔獣と毛や肌の色はよく似ているが、比較的細身で上背は3メートル程。
細い体付き、あまりにも差があるため別種の可能性を考えたが、共に行動しているところを見ると同種の可能性が高い。
森の麓の樹海の入り口で木の後ろに隠れこちらを伺っている。怯えている、というよりかはこちらを品定めをしているかのような奇妙な目線。
非力そうに見えるが気味の悪い笑みを浮かべるその表情には邪悪な知性を感じる。
現にそいつは瘴気の中に包まれたまま、いつでも距離を離せるようなところで構えている。こちらが瘴気の中へ飛び込めないことを知っており、いつでも身を隠せるように気にまとわりついている。人間を相手にすることに慣れている個体。大型よりも地位が高いように思われる。
分断をするか、このまま大型から狩るか、兵士たちが迷っている内に
『ほぅっフゥ、ヒィハぁあっ、ひはぁ』
中型魔獣が何かを呟き、こちらを指差した。
その瞬間、大型魔獣が動き出した。
「構えろッ!来るぞッ!」
『グゥぉオオァァアアァ』
ヘレンの吠える声に大型魔獣の咆哮が重なる。
兵士たちは一斉に強化魔術を施し、身体能力を底上げする。
大型魔獣が腕と足を順に地面に叩きつけ、地鳴りを起こしながらの助走。その勢いのまま高く飛び立ち、構える兵士達へと飛び込む。
誰かの『離れろっ!』という言葉を合図に着地地点から離れ––––
人影。
イランが迎え撃つように、そこで構えていた。
「…ッ?!、バカなッ…」
カルロがその姿を目に映し、引き返すように回収へと向かうが、巨大な地響きと共に視界が埃にかき消される。
圧倒的な物量を持った魔獣が、その巨大な体重を重力に任せイランの立ち位置へと地面ごと踏み潰す。風が吹き荒れ煙が舞いがる。
兵士達がその場を囲い、様子を伺う。
「イランッ!無事かッ!」
土埃の向こう側へ問いかける。風に吹かれ視界が晴れたその先に–––
「…かっ、てぇなァ……」
先の尖った《黒鉄》がイランの足元から大型魔獣の腹部を貫かんと生成されていた。だがそれは鱗に阻まれ、鋒が欠けている。
踏み潰されないよう、器用に合間を縫って、魔獣の足元、至近距離で向かえ撃ったイラン。
次の瞬間裏拳の大振りが襲いかかる。
それを正面から受け止める。
「…ッてぇなぁっ、殺すぞぉエテ公ぉオッ!」
あの頃のように口調が悪くなる。
–––それとは裏腹に頭の中は愉悦で満たされていた。
命の奪い合い、駆け引き、ぶつかり合い、その全てが楽しい。–––
体に纏った黒鉄からさらに下に向けて二本生成、地面に突き刺す。魔獣が飛び込んだ瞬間から吹き飛ばされないように体を固定していた。
–––もちろん、イランにとって死ぬことは今でも恐ろしい。その為に強くなり、その為にここまで生き方が変わってしまった。–––
繰り出された拳の威力を受け止めきれず、地面に4本の線を残しながら後ろへ飛ばされる。距離を離されながらもワイヤー状の黒鉄を生成、魔獣の体へと巻き付け行動を阻害する。
–––なら何故楽しめるのか、それは… –––
人差し指と中指を魔獣へ向け、充電を済ませたヘレンがその隙を逃さず魔獣を狙う。
「お前ごと打つッ!耐えられるなッ!」
「はいッ!」
二人は口角を上げながら叫んだ。
–––自分を痛めつけ、追い込み、何度も死線を越える度、あらゆる事柄の危険度の把握能力を会得していた–––
その瞬間、魔獣とイランへ電撃が降り注ぐ。
イランは身体を完全に黒鉄で覆い、そのまま地面に突き刺した黒鉄を伝い、できるだけ電撃を地面へ逃す。
–––そしてイランが下した判断は、『こいつでは自分の命に手が届かない』それが殺し合いを愉しまたしまってる理由だ–––
強烈な電撃に襲われた魔獣。
『…カッ……カフッ…グゥァアッ』
体を痺らせながらも、まだ動く。
「…チッ、皮膚が厚いな。それにあの体毛……魔術の通りが悪い。」
だが、と呟く頃には他の兵士が一斉に魔獣へと飛び掛かる。
「魔術の効きが悪いなら物理で殺すまでだ。
悪いな、うちの奴らはお前と同じくらい……
尋常じゃない魔力を身に纏わせた兵士達が魔獣へ剣撃を打ち込む
……脳筋だ」
**
(な、なんだよこれなんだよこれなんだよコレェッ)
恐怖に体が強張り足が震える。
大型魔獣の咆哮に足をすくませ無様に尻餅をつく。ネプトは後方で一人、恐怖に呑まれ竦んでいた。ガタガタと体を震わせ、仰向けのまま上半身を支える腕を後ろへ動かし踵で地面を蹴りながら後退していく。
タロンの兵士達があの巨大な獣へと勇敢に立ち向かう。その姿を写した瞳から涙が流れる。
自分だけ、情けない…どうしてこんなにも…怖い怖い怖い、恐ろしい…と。
なぜみんなは、イランは、あんな化け物へ立ち向かえるのだ。なぜこうも違うのだ。同じ年なのに、同じように鍛錬をしたのに。
確かに何度も鍛錬から逃げようとした。
でもそんな、そんな簡単なもので測れない絶対的な差がある。
強敵に立ち向かう心だ。
それを、今、ネプトは自覚した。
自分は弱いのだと。心が、脆いのだと。
身体じゃない、魔力じゃない、技術じゃない
その精神に、差があるのだと。
ヘレンはネプトの弱さをよく知っていた。心の弱さを。
それをあぶり出し、自覚させる為に連れてきた。この恐怖を乗り越えれば、きっとイランにも負けない強い存在へとなるだろう。
そう確信し、強引に連れてきた。
だがそれは間違いだったと後にヘレンは後悔することになる。
まさかこれが原因で、イランにあんな事が起こるなど。
………後悔を語る事になる。
拝読ありがとうございます。
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