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使用人をいじめてる場合じゃない

「ほーら駄犬、拾ってこーい!!」

とある屋敷の一室、ニタニタといやらしい笑みを浮かべている黒髪の少年は、自室の仰々しい椅子に座り頬杖をつきながら丸めた紙屑を適当な方向へ投げ付ける。

その表情はまだ齢10才の少年とは思えないほど歪んでいた。

「う、うぅ、、はいぃ、、」

黒いロング丈のワンピースの上に白いエプロンをつけた、いわゆるメイド服を着た使用人、

侍女であるクレア・ターリマンが犬のように四つん這いで紙屑を追いかけ、主人に手渡しでそれを返す。

顔色は悪くほおも痩せこけ目にも大きなクマが出来ており、日頃からまともな生活ができてないことがわかる。


「おい、」

不満気に顔を歪めた少年は渡されたそれを乱暴に手で払い弾き飛ばす。


クレアは怯えた表情でひ、ひぃと小さな悲鳴でしか口に出せなかった。


「お前は今人ではなく犬なんだよ。手を使っていいなんて誰が言った?そんなこともわからないのか、愚昧な貴様には駄犬という名称すら過分だったか?このケダモノが」

侮蔑の視線を向けながら吐き捨てる。


この悪趣味な遊戯を堪能している少年の名はイラン・オルギアス。

公爵家当主、ゼイブル・オルギアスの長子である。


寄宿学校や当家での教育係から帝王学や貴族としての振る舞い、剣の振り方、組み手、魔法、あらゆる部門で厳しく躾けられて来たイラン。

自分の子供なら完璧にこなすだろう、というゼイブルのある種傲慢な期待からきているものだった。

その期待という名のプレッシャーに応えるべく、10歳にしてはあまりにも厳しすぎる鍛錬の日々をこなしていく。

その結果ものの見事に性格が歪み、捻くれ、強者には逆らわず従い、弱者は好んで痛めつけストレスを発散するという歪な処世術を会得していた。


そして幸か不幸か本人の才能と厳しい教育により能力だけは高くなってしまっていた。

高い能力、公爵家という地位、強者に媚びへつらい弱者を食い物にするそのやり方。

全ての要素が混ぜ合わさり、リヴェリオ家に従事する使用人達に酷虐をもたらす暴君と化す。


「おい、また躾を受けたいのか貴様。」

「ご、めんなさい!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!ちゃんとやります、いえやらせてくださいどうかご容赦を!それだけはどうかご勘弁を!お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします。」


躾、という言葉に過敏に反応し地面に両手と額を擦り付け縋るように謝罪を繰り返す。

その姿を見て満足そうに下卑た笑みを浮かべる。

さて次は何をして遊んでやろうか、などと思考していると---


「お戯はその辺にしていただけますか?」

叩き付けられたように乱暴に扉が開かれる。

返事を待つどころかノックすらせず、大きな音を立てながらの入室。野蛮ともとれるような品のない行いに今までの愉悦が不快へと変わるのがイランの表情で伝わる。


「メ、メイド長ぉ」

助けが来たとばかりに、救いを求めるような声がイランの口から声がこぼれる。


コツ、、コツ、、と上品な靴音を立てる。

その度に長く綺麗な黒髪のポニーテールが光を反射させながら揺れる。

その姿は先ほどの乱暴な振る舞いとは打って変わって気品に溢れていた。


クレアの元まで歩き、大丈夫ですか?と手を差し伸べる。

うぅ、と涙を拭いながらメイド長の手に捕まり震えが抜けない足でなんとか立ち上がる。


「おいおい、勝手な振る舞いが過ぎやしないか?入室も、手出しも、声を掛けることも、俺は許可した覚えはないぞ、エフィ??」

「こんなこともうおやめなさい。」

「相変わらず口の利き方がなってないなぁ、で、こんなこととは?」

挑発するような笑みを浮かべるイラン。

もちろん思い当たる節はある、むしろ節しかない。わかっていてわざととぼけている。

今回のような振る舞いはまだまだ氷山の一角である。


これまでの使用人に対する悪虐は日々絶えなかった。


暑い夏の日には日照りの強い庭で草刈りを行わせた。

わざと黒い服を着せ、水分を取ることも許可しなかった。

熱中症で倒れて初めて水分を与えられた。


極寒の冬には冷たい水を使わせる家事ばかりを行わせた。

時にはわざと池に物を投げ落とし、それを拾いに行かせた。

次の日その使用人が風邪を引いても休みをとらせなかった。


立場を利用し幾度となく大勢の尊厳を踏み荒らして来た。


使用人の人格を否定し生き方を弄ぶような悪虐の日々を過ごした。


死人が出ていないことだけが救いだった。

いや、イランのことだ、立場が悪くなるのを避ける為にギリギリでそのラインだけは守っていたのだろう。


この場にいるメイド長、エフィ・ストラスもその被害者の一人、否、最も被害を受けていた。

その理由は今回のように、メイド長として部下を庇い、盾となり守っていた為だ。


「坊っちゃん、あなたの振る舞いはあまりにもひど過ぎます。旦那様に顔向けできません。いい加減にまともな貴族の在り方というものを学びなさい。」

「使用人風情が随分ないい草だな。

メイド長だかゴミクズだか知らんが貴様程度の塵芥、いくらでも代わりがいると思え。

俺は使えない貴様に代わりその愚昧に教育を施してやってるんだ。

感謝こそすれ、不敬にも一介の使用人ごときがこの俺に苦言を呈するのはおかしいんじゃないか?

それともそれが貴様らウジ虫の生き方か?

我がオルギアス家の恩恵を貪るだけのウジどもが。

あまりブンブンブンブン羽音を立てるな、叩き潰したくなる。」

幼い少年がニコニコと微笑みながら捲し立てるように罵倒を吐くその姿は異様な光景だった。


ビクビクと震えるクレアを庇うように前に立つセレア。

幼い少年とは思ないほどの威圧感が二人に降りかかる。

幾度となくイランの悪行を阻止するため、立ちはだかってきたセレアでさえこの圧には未だ慣れず気圧されてしまう。

が----

「飽きた、興醒めだ」

その緊張感はポツリと切れた。

「さっさと出ていけ」

しっしと手で払う


今回はまだ機嫌が良かったのか解放されることとなった。

クレアは心底安堵し、失礼します、と頭を下げ出ていく。


不満げな表情で睨みつけるセレアに対し、まだ何か?と煽るようにイランが返す。

言いたいことがないわけではないが、またクレアを標的にされては元も子もない。

「いえ、何も。失礼します。」

と、なんとか溜飲を下げながら退室する。

何も解決してないのだ、当然と言えば当然である。また明日も酷遇の日々かと思うと、クレアのように安心することはできなかった。




だがクレアのこの悩みは杞憂となり、翌日には思いがけない事態になっているとは知る由もなかった。


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