ヘレンの懐古/イチャついてる場合じゃないPart2
「姉上、話がある」
「あらなぁに?かしこまっちゃって、真剣な顔なんかしちゃって。どちたんでちゅか〜?昔みたいにまたお漏らししちゃったんでちゅか〜?」
いつものようにおどけて妹を揶揄うエレノール。
「姉上、真面目に話を–––
「そういえば、あなた子供の頃、お漏らしした時に絶対バレたくないからってベッドにわざと水かけて誤魔化してたわよね。あれ母さんには普通にバレバレだっ–––
「その話はやめろぉおおおッ!」
ドン!と乱暴に強く机を叩きつけて話を遮る。
–––たし、そのシーツを見て、『あらあら可愛いわねぇ、もうレディのお年頃だもんね、恥ずかしいわよね』って一人でうんうんって納得してたわね。ウルカはオムツ卒業したばかりだから、まだお漏らし経験ないみたいだけれど、一体どうやって誤魔化すのかしら、今から楽しみ–––
「普通、一回止まるだろっ!続けないだろっ!おかしいだろどう考えてもっ!、どうなっているんだッ!」
「私をその辺のおちゃらけレディと一緒にしないで欲しいわね。私のおちゃらけクオリティはその辺のおちゃらけレディとは一線を画すわ。言うなればおちゃらけクイーン。私のおちゃらけパゥワ〜にかかればこの国全土を笑いで沸かせ、最後にはスタンディングオベーション。全ての人類が超絶沸騰、怒涛の長時間大爆笑による窒息死よ。……あんまり舐めてると笑い死にさせるわよ。」
『おちゃらけレディってなんなんだっ!』とツッコまずにはいられなかった。
「…ッ!姉上!私は!」
「出て行きたいんでしょ?いいわよ別に」
「……えっ?」
「大方やりたいことでも見つけたんでしょ、あの子も、まぁ、ちょびっと、大きくなってきたし。良いわよ」
「姉上……」
「なんて顔してんのよ。あなたの事なんて全部お見通しなんだから。あなたは私のものなの、わかって当然。少しは前向きになれたんでしょ?それに、寂しくなったらいつでも戻ってきたら良い。今度は夫も一緒に歓迎するわよ。まだ数回しか会わせてあげれてないしね」
「…姉上……ッ!ありがとう!」
「はいはい、どういたしましてっ。まったく、世話のかかる困った妹ね。理解のある姉がいて羨ましい限りだわ。一家に一台欲し〜い。あ、出ていくのは良いけど、一つ難関を突破しないとこの家から出ていけないわよ。あなたにとってはとても高い難関になるはずよ。あなたにはそれを超える覚悟がかしら。」
「難関……?はっ、なんのことかわからんが、超えてみせよう。私はヘレン!ヘレン・ソルだっ!かの大戦を生き抜いた英雄だッ!どんな難関だろうと超えてみせるッ!」
自信に溢れた瞳。
もう、あの頃の様な怯えた姿はそこにはなかった。
**
「やだやだやだやだやだやだやだぁ!うるかはおねぇぃさまと、ずっといっしょなのぉ!はなれちゃやなのぉ!やだやだやだやだやだぁ!」
「う、う、うぅぅ、ウルカぁ、離してくれ…私には……私にはやるべき事が……
「やだやだやだやだやだやだっ、どっかいっちゃ、やだーーーー!」
「英雄のヘレン・ソルさ〜ん。腰が抜けちゃってますよ〜」
「う、ウルカ、良い子だから、ね?い、一回、離してくれないか……?一旦話を、落ち着いて、話をし–––
「やぁーーーっ!だぁーーっ!」
「ど?ヘレンちゃん、越えられそ?」
「指で突いてないで…ッ、助けてくれっ、姉上っ」
「やぁーーーーーっ!」
「え〜、私ってば、子煩悩だからなぁ〜、娘第一、娘至上主義だからなぁ〜、娘の泣く姿なんて見たくないしなぁ〜、どうしよっかなぁ〜」
「ウ、ウルカぁ……あ、姉上〜っ」
「やだぁ〜〜〜〜〜〜〜!」
ヘレンの情けない声が家に広がる。
この日の難関は、ヘレンの人生の中で屈指に入るほど高い壁だったという。
そうしてヘレンが立ち上げたのが貴族平民関係なく受け入れる、育成機関タロン。
子を受け入れ、鍛える。
厳しい訓練を行なっている自覚はあった。それでも残り続けるものは徐々に増えてきた。
–––そしてあの日。
そこに現れたかつての戦友の血を継ぐ後継者。
その子の姿は、荒んでいた頃の自分とよく似ていた。わずか10歳で何を見て何を感じ何を経験したのか。
気にならないと言えば嘘ではある。だがそんなこと些細なことだ。
(イラン……お前は果たしてどこまでたどり着けるか)
どこまで育つか。どこまで育てられるか。
それが、それだけが、育成者としての楽しみであり、本懐であった。
• • • –––師範……?」
複雑そうな表情を見せるヘレンにカルロはつい声をかけてしまう
「いや、すまない、少し昔を懐かしんでいただけさ」
「師範は…その、戦争中、見たんですよね、あのエドー
瞬間、カルロの口は塞がれていた。
カルロは一切反応できなかった。気付いたら、口を塞がれていた。
パリパリッ、と電気の残滓を立ち上らせながらヘレンが口を開く
「その名を口にするな。あれはそう簡単に、口に出して良い名ではない」
コクコクッ、と口を塞がれたまま頷くカルロを見て、ゆっくりと手を離す。
「申し訳ございません。軽率でした」
「良い、私もお前の立場なら聞きたくもなる。だが、好奇心は時に虎をも殺す。禁忌に踏み入るのであれば、相応の覚悟を持つ事だ」
まぁ、出会わずいられるのならそれに越したことはないよ。と独り言の様に呟く。
それと、と続ける。
「良い加減、その呼び方、『マスター』呼びはやめないか?」
「いえッ!私にとって師範は師範でありますからッ!どうかこれだけはご容赦をッ!」
ビシッと系列しながら力強く答える。
「そ、そうか。そこまでして呼びたいなら、まぁ、好きにしろ。」
「ハッ!感謝致します!」
「カルロ、それとコナードとネイサン…あと、イラン、お前たちは今日は休暇を取れ、体を休めるのも鍛錬のうちだ、すまないが三人にも同じことを伝えておいてくれ。」
「ハッ!」
そう返事し、退室していく。
カルロはたまに、変なところで意固地になる。それ以外は優秀な男なので、呼び名くらいは自由にさせてやろう、そう思うのであった。
**
「い、いーくん、だだだだ、だぃじょぶ?」
「あぁ、助かった。もう痛みも引いたよ。早朝からごめんね」
「び、び、びっくり…した、けど、それだけだから……!ぜ、ぜんぜん!全然気にしないで、ね」
へ、へへへと照れながら笑みをこぼしながらイランの隣へ腰掛け、肩と肩が触れ合うほど近くに寄って来る。
いつしか、彼女は気にしてもいなかった髪型を整えるようになった。片目だけでも見えるように、と手入れするようになったルノ。
隠れていた黒く大きな瞳が顕になる。誰の為なのか、言うまでも無い。
日に日に距離が近くなるのを感じながら、満更でもないイランは何も言う事なくそれを甘んじて受け入れていた。
い、一応検査するね、け…検査これは検査だから……とぶつぶつ言いながらイランの体を撫で回す。
細く、柔らかい指がくすぐったく感じてしまう。
「それにしても、ルーちゃんはほんと凄いね」
自分の体を確かめる。30分前まではボコボコに腫れ、変形していた体が全て綺麗に元通りになっていた。
まだ10歳の、しかも闇属性の彼女が、ここまでの治療魔術を行使する。
世の医者が裸足で逃げ出すほどの才能だろう。正直嫉妬してまう。
「え、えへへ、えへへへへ。あ、あ、あんまり、褒めないでよぅ。……そんなに褒めても、私じゃ…ち、ちち、治療しか……してあげられない、から…えへ」
そんなイランの心理とは裏腹に喜びの感情を隠しきれないルノはずっとニヘニヘと表情がだらしなくなっていた。
そういえば!と思い出したかの様に続ける。
「く、クッキー………た、食べて、くれた…?」
首をこてん、とかしげながらこちらを覗き込む。最近ルノを異性として意識し始めたイランにとってはその行動はあまりにもあざとかった。
未だ10歳でこのあざとさ、成長したらどれほどのものになるのか。当然ながらまだ女性との交際経験のないイランには想像がつかない。
クッキーのことを思い出し、少し気まずそうに話始める
「あぁ、その……
「ご、ごごごめん。ま、まずかっ……た?それとも、き、ききき、ききもちわるかっ……た、かな…?ご、ご、ごめんね?あ、あ、あんなの、渡されてもこ、ここぉ、困っちゃう…よね……」
ルノの瞳に水分が溜まり始めうるうると光を反射させる。その姿を見て慌て否定する。
「違う違う!そうじゃなくて、あの、さっきの怪我からわかると思うんだけど、夜に稽古してもらって、食べ損ねちゃってるんだ。部屋に戻ったら頂くね?」
「あっあっ、ご、ごめん。急かしちゃって……ごめん。鬱陶しいよね。き、きき、気をつける、ね…….」
でも、という言葉と共に目の色が変わっていく。黒い瞳がより一層黒さを増す。
「稽古だとしても……あんなに怪我、させる必要ぉ、あったのかなぁ…?……ねぇ、いーくん、だれにぃ、…けいこぉ、…つけてもらった、のぉ…?」
やばいやばいやばい、これはやばいと冷や汗が背中からふきでる。
「い、いや、あれは俺が悪いんだ。俺が怪我してもしつこくお願いしたから、だからそんなに怒らなくて大丈夫だ!あ、ありがとな!心配してくれて!ごめんな!いつも無理しちゃって!」
焦りに身を任せなんとか誤魔化そうと言葉を捲し立てる。
この状態のルノをイランは以前にも目にした事がある––– • • •
電撃の怪我を残し気絶したイランが治療室へ運ばれる。
そんな日があまりにも毎日続いたからか、ただでさえ日々イランへの心配を募らせるルノについに限界がやって来る。溜まりに溜まった不満が爆発しそのままヘレンへと直談判しに行く。
どうやらヘレンはルノ…と言うより、自分が面倒を見てる少女に甘い傾向があり、本気で怒られると、逆らう事ができなかった。
ウルカの時もそうだった、『きらい!』と言われただけで、しょんぼりと叱られた猫のように縮小した姿を晒すのだ。
だがここはタロン。威厳を保つ為、情けない姿は晒せない。
『だ、だがルノ!これは大切なことであってだな…』
と抗議するが
『言い訳なんて、聞きたくありません。反省しないなら、わたしはヘレンさんのことを、嫌いになりますから』
と拒絶され、慌てふためき謝罪をし続けた。
ルノがここまで怒ったのは初めてらしく、10歳の女の子に正座をさせられ小さく背を丸まるヘレンの姿は隊員達に衝撃を与えた。
いつも自信溢れる姿で胸を張り、背を正す。
威風堂々と構え、力強い立ち姿で自分たちを見守る。
『対戦の英雄』で『最高の隊長』
そんな姿が一瞬で崩れ去る。
皆それぞれ思考が停止、現状の理解を拒んで混乱していた。
目を覚ましたイランがすぐに駆けつけ、なんとか宥め、悪いのは自分だと懇切丁寧に説明した。
真っ黒に染まった瞳を向けられ背筋が凍る。生と死の狭間を彷徨ってる時とは全く別の緊張感。
こちらを見つめたまま動かないルノ。
時間の流れが遅く感じる。
何時間も経ったかのように疲弊する。
誰も声が出せない。
ようやく、ゆっくりとルノがこちらへ歩み始める。一歩、また一歩と静まり返った部屋に靴音を響かせながら、歩みを進める。
その歩はイランの目の前で停止する。
かなり近い距離。
温度を失ったかのような冷たい手がイランの頬を覆う。少し背伸びをし、ルノが顔を首筋に近づける。
耳元で小さく…
『……無理わぁ、しちゃ、ダメだよぉ』
と言い残し自室へ帰っていった。
まるで嵐が去って行った後のような惨状だった。
• • • –––あれからルノを怒らせるのは絶対やめようと誓った……
「ふぅーん……?」
…はずなのにすでに危うい状況である。
あの日と同様の冷たい声が耳にまとわり付く。
この状態のルノは相手への遠慮や気恥ずかしさが失せているのか、いつもよスラスラと言葉を発する。
そんな緊張が張り詰める中、コンコンと、ノックが響く。治療室の主であるルノが扉を開け迎え入れる。
「あ、か、カルロさん、こんにちは。ど、どうされました?」
「こんにちは、ルノ嬢。イランはいるかな?」
こちらです、とイランの前へ案内される。
カルロの声が聞こえ冷や汗の量が追加される。先ほどの怪我を負わせた張本人の一人がこの場に突撃してきた。
なんでこのタイミングやって来るんだっ!とタイミングの悪さに心の中で悪態をつく。
だがイランの心配は杞憂に終わる。
ヘレンからの今日は休め、と言う伝言をイランにも回し、スムーズに要件を終え、カルロは自室へ戻って行った。
「きょ、今日はお休みなんだ、よ、よよよかったね、いーくん…?」
にへっと笑いかけながら、先ほどの位置へと戻って来る。良かった、と胸を撫で下ろす。
どうやらカルロの来訪でルノの状態はリセットされたみたいだ。
緊張がほぐれ、急に疲労感が体を襲う。
「い、いーくん?」
強烈な眠気に抵抗できず、ルノにもたれかかるように体を預け、すぐに夢の世界へ旅立った。
「ね、寝ちゃった、の?」
返事はない。
「ふへへ、お、お疲れ様…だね。」
自分の肩でスースーと寝息を立てるイランが愛しくなる。
ちゅっ、……と控えめに、小さく、唇の触れた音が鳴る。
「ほ、ほっぺに、ち、ち、ちぅ……し、し、ししし、しちゃった……ッ!」
イランが起きてる時には絶対できない友情を超えたスキンシップ
その気恥ずかしさに体を抑えきれず静かに足をバタバタとさせる。
「も、も、もうちょっと、このままでも……い、い、いいかな、いい……よね……?」
そうして、治療室で甘い少年少女の静かな時間が過ぎ去っていくのであった。
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