コテンパンにされてる場合じゃない
「ハァ……ハァ……」
あれからどれほどの時間が経っただろうか。
体感時間と実際の時間との差が開き、よくわからなくなっていた。
あの少年はいまだに部屋中を駆け回り飛び跳ね、こちらへ攻撃を仕掛けてくる。
それらを迎撃し、吹き飛ばし、叩きつけ、
またイランは駆け回る。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も。
何度ぶちのめしても即座に起き上がり迫ってくる。
イランはいつの間にか無意識に自分の体を黒鉄で覆っていた。
まだ習っていない属性付与の魔技《属性佩帯》である。
強化魔術で内側から、さらに属性佩帯で外側から、身体能力を底上げする。
身体の動かし方もどんどん歪になり、人間離れして行く。属性佩帯による黒鉄の操作で自分の体を外側から強制的に操ってる可能性がある。
その姿はもはや黒い獣。
垂涎ものとばかりに獲物に食らいつかんとする飢えた獣のような容貌。
「まったく…ッ!厄介にッ!育ってくれたものだ……なぁッ!!」
黒い獣を迎撃しながらカルロが吐き捨てる。
タロンの訓練をこなし日に日に肉体の強靭さが増している。
彼の無茶を叶えれる様に、無茶を無茶でなくする為に、耐久性も上がっていった。
属性佩帯により更に防御性能も上がっている。
しぶとさに磨きがかかる。
どうすれば長く戦闘を行えるかを求めた結果の姿。
鍛錬をこなしているうちにいつしかイランは自分の絶命までの距離を正確に測ることが出来ていた。
どこにどれほどのダメージを受ければ、身体のどの部分にどういう支障をきたすのか、
痛みを介さずとも命への影響を感覚で理解できた。
もはやイランにとって痛みはただの『痛み』でしかなかった。
そしてその痛みさえ、抑えつける。
痛みを拒む、それを捨て去り合理的に大丈夫な箇所を犠牲にしていく。
興奮と喜びで頭が痺れる。
脳内快楽をドプドプと吐き出し、快楽に浸されてゆく。
痛みを遠のかせていく。
地に足がついていないかのような全能感に支配される。
僅かに響く痛みが心地よい。
自分の首に死神の鎌がまとわりつくような
脊椎を凍った指で直接でなぞられるような
心臓を掌の上で弄ばれるような
絶対的な窮地。
それらに
(あぁ……)
どうしようもなく心酔してしまう。
(…きもちいぃ…)
**
窓から日が差し込み、朝を知らせるかのように小鳥の囀りが耳に届く。
「ハァ…….ハァ……カルロ…もう流石に…ハァ…いいだろ…?」
ゼェゼェと肩で息をしながらカルロに声をかける
あぁ、そうだな。と返事をしながらカルロは地面を這いつくばる少年を見下ろす。
打撲で顔がボコボコと腫れており体もアザと出血だらけ。
青と赤のみがキャンバスの上で混じり合うような、気色の悪い紫色を織り成していた。
肌を覆うように纏っていた黒鉄はすっかり剥がれ落ち、イランが生成したあちこちに聳える円柱や壁も維持することができず、分解され空気中の魔素へと還元されて行く。
カルロ達は宣言通り全力でイランを打ちのめした。
骨折もしているだろう。
もちろんヘレンの意思を汲み取り、急所は外していた……
と言うよりイランが勝手に避けていた。
その他にも体を動かすのに必要な箇所だけは死守していた。
そのおかげでここまで時間がかかった。
なんともしぶとい、まるで追い込まれた獣のようだった。
他の二人の息が整うのを確認し声をかける。
「イラン、稽古はここまでだ。これを糧に更に精進するように」
そう言い、切り上げようとするが、
足に絡みつく弱々しい指がその歩を止めさせる。
「ま、まだ……動けます。」
尋常じゃない震えを抑えることも出来ず、バランスもまともに取れない状態でなお立ちあがろうとするイラン。
カルロ達が何度も見てきた同じ光景。
「け、稽古の続きを……」
立ち上がることすら出来ていない、それでも続行を要求する。
何度も見てきたが、いざ当事者になると、理解できないという嫌悪感が…恐怖が泥のように肌にへばりつきゾワゾワと背筋を震わせる。
「イラン、いい加減に––––
「お前さぁ、いい加減にしてくんない?外見てみろ、もう朝、朝なの?!わかる?俺達もう疲れたのっ!魔獣の討伐依頼でもないのに、徹夜とかしたくないのっ!明日も鍛錬があるの!?もう勘弁してくんない?!」
我慢の限界だったのか、稽古を行なっていた一人がカルロの言葉を遮り、不満をぶつける。
更にもう一人がうんうん!と腕を組みながら何度も頷く。
普段であれば、そちらから始めておいて…と不満を漏らすところだが、今のイランはそれどころではない状況だ。
「お前正直やばいよ?そんなことしてたら本当にいつか死ぬぞ?ヘレン隊長もいつも程々にしとけって言ってんじゃん?あの隊長がストップかけるなんて相当だからな?!いい加減落ち着けって。どうしても戦いたいならご近所さんの詛戒の森でもなんでも行っちまえよ!!」
詛戒の森、という言葉に反応するカルロ
「おい!コナード!」
それに対し、やってしまったと言わんばかりに顔をこわばらせる。
「わ、悪い。少し熱くなっちまった」
頭を冷やしてくる。と謝罪と共に疲れ切った表情のまま訓練室を出て行く。
「カルロ、私も片付けをしてから部屋へ戻るよ。お前も休め」
そういい二人は訓練所から去っていった。
まだカルロの足を掴んだまま、まだ出来ます。まだ行けます、と呟きながら何度も震える腕を地面に押し付けては崩れ、額や頬を地面に打ちつける。
そんな姿を眺めているとため息が自然と溢れた。
本当になんなのだこいつは。と顔を顰める。
「お前は本当に仕方のない奴だ」
廃人のようにぶつぶつと唇を震わせ続けるのを無視してイランを強引に肩で抱える。
なんだかんだ面倒見の良いカルロはわざわざ親切にイランをルノのところへ送り届け。自室へ戻るのだった。
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