プロローグ 死にまくってる場合じゃない
「……い…………ろ…!」
どこからか聞いたことのない男の声がする
「……い!……きろ!!」
なんだ、うるさいな、と、睡眠の邪魔をされ腹を立てるが、眠気が抜け切らず意識がはっきりしない。
「おい!!!!起きろ!!このクズ!!!」
「?!?!」
急に声が鮮明に届き、耳をから脳へと荒ぶった声がこれでもかと響く。
勢いよく目を覚ますとそこには見たことのない男たちが佇んでおり、怒りの形相を浮かべていた。
「だ、誰だ貴様ら!!こ、ここはどこだ!
俺がリヴェリエ家だと知っての狼藉か!?」
見知らぬ男達に囲まれている異常な風景に頭が混乱している。
「はっ、誰だ、だと今更になってとぼけるつもりか貴様」
反射的に体を動かそうとして、初めて自分が手錠や足枷で身動きを封じられていることに気づく。
更に違和感、、、いつもより自分の体が大きいことに気付く。
10歳にしては体が大きすぎる。
身体が成長しているなぜ拘束されているこいつらは誰だ、ここは一体、使用人たちはどこへ
あらゆる疑問が浮かび上がってはまた次の疑問に塗りつぶされていき、頭がまとまらない。
理解のできない情報が多く舞い込んできて一向に現状が把握できないでいる中ーー
「貴様にはこれまでの所業をその命を持って償ってもらう」
そんなことなどよそに、次々と剣を抜いて構える男達。
「ま、まて、どういうことだ?!刺客か?!誰に雇われた?!」
その光景に強い焦りを覚えたのか、なんとかこの場を凌ごうと言葉を紡いでいくが、
「もういい、貴様の息は死臭が酷過ぎる。ここで息の根を止めさせてもらう」
話など聞いてもらえる状況ではなかった。
どうにもならない、もう全てが済んでおりこの最終場面だけが残された状況だった。
「ま、まて!!話を--
じんわりと、腹部が熱を持ち始めそれはすぐに強烈な熱に変わり、味わったことのない激痛が走る。
確かめるように自分の体を見下ろす。
強すぎる力で握られているのか、手は小刻みに震えておりその剣の刃先は自分の体に埋もれていた。
そこでやっと自分の腹に剣を突き立てられていることをまともに認識した。
脳がこれでもかと警告を出している。
このままでは命が終わる、と。
「ぁ、、ぁぐぅ、、ぅぇ、ぶぇ、、ぅぐ、」
鉄の味が、、匂いが、、口内に充満する。
身体から命が抜けていくようにどろっした液体が口と腹の傷口からあふれおちる。
体温が下がり、今度は急激に身体が冷える。
「己の所業を悔いながら死ね」
「いや、だ、、死にたく、、な、、--
い…………そう言い切る前に首にも刃が刺さり何もわからないままイランは絶命した。
頭部に冷たい衝撃が走り目を覚ます、
「、、、は??」
ポタポタと自分の髪から水が滴る
街の広場の中心、民衆が多く集まりその視線は全て自分に降り注がれていた。
頭手首が固定され、視界が制限されているが、どうやら自分は断頭台に固定されていくことだけはわかった。
「こんな状況でうたた寝とは余裕だな、未だにどうにかなると思っているのか。」
赤髪の女性から冷たい視線が刺さる。
だがすぐにその視線は大勢の民衆へと向けられる。
「今!!この時より悪の一族、リヴェリオ家は滅びる!」
女性の大きく、力強い宣告に民衆達は熱狂する。
さっさと殺せ、くたばれクズ貴族、など様々なヤジと共に石や瓦礫などが飛んでくる。
頬を掠り、できた切り傷から血が出る。
先程かけられた冷水と混じり、ポタポタと地面に滴る。その感覚と景色が現実味を帯びさせていく。
投げかけられたそれらひとつひとつがイランを心底憎んでいることを表していた。
まただ、また訳のわからない状況に放り込まれた。
先ほど死んだのは夢?でもあの痛みは夢ではなかった、じゃあこれは?悪??我が公爵家が?また殺されるのか?また何もわからないまま死が迫ってくる。
あらゆる疑問が先ほどと同じように頭の中を侵食していっては、そのすぐ後を追いかけるように恐怖が込み上げた。
「イラン・オルギアス、最後に何か言うことは?」
風が吹き荒れ、赤い髪が逆立つ。
燃える様に、荒ぶるように。
まるで、紅蓮の炎のように。
イランの瞳に映ったその姿はもはや死の炎を纏った死神。身の毛がよだち、背筋が凍る。
「お、俺が何をした、殺されなければいけないような事をしたのか、何故だ?!」
「この後に及んで貴様は、、最後まで救いようのない、、」
軽蔑するように、侮蔑するように、、そしてどこか悲しそうに、言葉を吐いた。
「なにも言い残すことがないのならもう良い、執行人」
くい、と顎で指示を出す
「い、いやだ!!やめろぉおおおおおおおおお!!!!!」
一人の男の絶叫は鋭い金属音と鈍い音により途絶えた。
それから何度も夢を見た。何度も何度も何度も何度も何度も、幾度となく。
ひたすらに自分が死ぬ夢を。
時には拷問され、時には囮にされ、時には謀殺された。中には自分と一緒に心中をする女性や部活らしき人物もいた。当然イランにはそれが誰かなどわかりもしなかった。
知ってるような顔つきの人間もいたが、舞台は決まって数年後。
人物の特定はできなかった、というか余裕がなかった。
何度か魔法や武力で抵抗を試みたこともあった。
だが訪れるのは決まって死だった。
あらゆる痛みと恐怖が襲ってくる。
心が壊れかけていた。
それでも容赦なく降り注ぐ死に段々と抵抗する気力も失せていく。
恐怖の感情だけが色濃くこびりつき、ひたすらされるがままに死に続けていた。
早くこの夢が現実かもわからない地獄に終わりが来ることだけを祈って。