指名手配、裏社会へ
町の一帯が吹き飛び、焦げ付いた土の匂いが立ち込める中、カグヤはゆっくりと意識を取り戻した。全身を駆け巡る激しい疲労感に、ずきずきと頭が痛む。目の前には、あの「禁呪書:アナヒメの心臓」が開かれたまま、静かに横たわっていた。
「ったく……やりすぎたな、アタシ」
彼女の口から漏れたのは、呆れと、どこか自嘲にも似た呟きだった。横を見ると、気を失っていたナナとカズマが、そのあまりの破壊の光景に呆然と立ち尽くしている。彼らの顔は青ざめ、その瞳には恐怖の色が浮かんでいた。
「姉御……今の、一体……」
ナナが震える声で尋ねた。カズマも、先ほどの軽薄な態度はどこへやら、引きつった顔でカグヤを見つめている。カグヤは、自身の中に眠る、もう一つの「何か」の存在をはっきりと自覚していた。あれが、アナヒメ……。それは、彼女の奥底に潜む、制御不能な混沌の力。しかし、同時に、彼女を追い詰める者たちへの、最強の切り札となり得る存在でもあった。彼女の内面的な葛藤が、その表情に深く刻まれる。
その時だった。空を切り裂くような轟音が響き渡る。白い光の筋が降り注ぎ、無数の戦闘艇が地上に降り立つのが見えた。
「神政軍だ……!」
ナナが顔色を変えて呟いた。神政軍の兵士たちは、純白の装甲に身を包み、この異世界アーク・ディストピアにおいて、絶対的な秩序の番人として君臨している。彼らは、破壊された都市の一帯を目の当たりにし、その場で迅速に状況を分析し始めた。
「大規模な魔力反応、都市の一区画が完全に消滅……これは、禁呪使用によるものと断定!世界秩序を乱す存在を確認!」
拡声器を通したような声が響き渡り、空に巨大な映像が投影される。そこに映し出されたのは、カグヤの顔だった。
「指名手配:カグヤ。世界秩序を乱す危険人物。発見次第、捕縛、あるいは討伐を許可する」
その言葉に、カグヤは思わず苦笑した。
「まじかよ。盛大にやらかしたな、アタシ」
しかし、その瞳の奥には、恐怖よりも、むしろ挑戦的な光が宿っていた。追われる身となることは、彼女にとって初めてのことではない。故郷を追われ、盗賊団の姉御として成り上がった彼女には、逆境を跳ね返すだけの経験と、強靭な精神力があった。
「姐御、どうするんですか!このままだと捕まりますぜ!」
カズマが慌てて叫んだ。ナナも、冷静ながらも焦りの表情を見せている。
カグヤは、ふと、この都市の裏通りを思い出した。マフィアを平定し、住民たちから「爆裂姐御」と崇められたあの場所。秩序の外にこそ、自由がある。そう、直感的に悟った。
「決まってるだろ。こんな表舞台で踊らされるのは性に合わない。アタシは、アタシのやり方でこの世界を『しつける』。行くぞ、お前ら!」
彼女はそう言って、破壊された都市の奥、光が届かない闇へと続く細い路地を指差した。そこは、この異世界アーク・ディストピアにおける、真の裏社会の入り口だった。
漂う微かな土の匂いと、下水道から立ち上る淀んだ水の匂いが混じり合った、独特の湿った空気が肌を包む。路地の奥へと進むにつれて、人々のざわめきは遠ざかり、代わりに、怪しげな酒場の喧騒や、薬物の匂い、そして裏取引を行う者の囁きが聞こえてくる。壁には、この世界の裏社会特有の記号や落書きがびっしりと描かれ、それが闇に生きる人々の生活習慣や文化を物語っていた。
「ここが……裏社会の奥か」
ナナが呟いた。その声には、微かな緊張と、新たな環境への好奇心が入り混じっていた。カズマは、バラの花束を握りしめながら、周囲をきょろきょろと見回している。
カグヤは、そんな二人の様子をちらりと見た。彼女は、この異世界で出会った、大切な仲間たちだ。彼らと共に、秩序の外で生きる。その決意が、カグヤの心に新たな炎を灯した。
「ここからが、本番だ。アタシたちの自由は、誰にも邪魔させない」
闇の奥へと足を踏み入れたカグヤの背中に、彼女の「自由」への強い執着と、社会の矛盾を打ち破ろうとする決意が滲み出ていた。