神政軍の追跡、アナヒメの覚醒
崩れかけた廃ビルが立ち並ぶ地区で、カグヤたちはギャング団と対峙していた。彼らは以前カグヤが平定したマフィアとは異なり、より凶暴で、より組織だった動きを見せていた。金属が打ち合う激しい音、銃声、そして魔法の詠唱が飛び交い、戦闘は瞬く間に苛烈を極めた。
「ったく、しつこい連中だな!」
カグヤは叫びながら、次々とギャングたちを吹き飛ばしていく。彼女の爆裂魔法は健在で、当たった場所は瞬く間にクレーターと化す。しかし、ギャングの数は多く、次から次へと襲いかかってくる。
ナナは、その俊敏な動きで敵の懐に潜り込み、手にした短剣に毒を塗って、正確に急所を突いていた。彼女の動きは洗練されており、無駄がない。
「っ、この程度で私を止められるとでも!?」
ナナは、教会に裏切られた過去を持つ暗殺聖女としての、研ぎ澄まされた能力を遺憾なく発揮していた。彼女の瞳には、かつての聖女としての清らかさと、暗殺者としての冷酷さが複雑に混じり合っていた。
一方、カズマは、相変わらずナンパを試みながらも、意外なほど器用に敵をいなしていた。
「お嬢ちゃんたち、こんなところで何してるの?僕と一緒にお茶でもどうかな?」
彼の軽薄なセリフは、ギャングたちの怒りを買い、集中砲火を浴びる原因となっていたが、持ち前の素早さと、どこか幸運に恵まれたような身のこなしで、攻撃をかわし続けていた。
しかし、戦いは予想以上に長引いた。疲労が蓄積し、カグヤの魔法の威力も徐々に落ち始める。その時、一人のギャングが、背後からナナに襲いかかった。
「ナナ!」
カグヤは叫び、間一髪で爆裂魔法を放とうとしたが、間に合わない。ギャングの振り上げた鈍器が、ナナの頭上へと振り下ろされる。その瞬間、カグヤの“心”が強く揺れた。大切な仲間を守れないかもしれないという、焦燥と絶望にも似た感情が、彼女の心臓を締め付けた。
その時だった。カグヤの全身から、漆黒のオーラが噴き出した。それは、あの「禁呪書:アナヒメの心臓」から感じた禍々しいオーラと瓜二つだ。彼女の瞳は、まるで深淵のような闇を湛え、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
「混沌に祝福されしこの身…貴様らの自由、私が破壊してやろう」
その声は、カグヤの声とは似て非なる、冷たく、そして威圧的な響きを持っていた。それは、彼女の中に眠っていた第二の人格、アナヒメの覚醒だった。
アナヒメは、手を天に掲げた。すると、都市の空気が歪み始め、巨大な魔力の渦が彼女の掌に集まっていく。ウーゴとバイがいない中で、ナナとカズマは、その圧倒的な力にただ呆然とするしかなかった。
「な、なんだこれは……!?」
ナナが息を呑んだ。カズマも、その軽薄な表情から色が消え失せ、恐怖に顔を引きつらせている。
「ぐっ……一体何が起きた!?」
アナヒメの咆哮と共に、集められた魔力が解き放たれた。それは、カグヤの爆裂魔法とは比較にならない、まさに「町一帯」を吹き飛ばすほどの、規格外の破壊力だった。轟音と閃光が、この都市を揺るがし、ギャングたちはもちろん、その場にあったビル群すらも、瞬く間に瓦礫の山と化した。
焦げ付いた土の匂いが、新たな、そしてより大規模な破壊の痕跡を残していた。クレーターとなった都市の一角には、ただアナヒメが悠然と立っている。
その頃、異世界アーク・ディストピアの遥か上空に浮かぶ、白銀の艦隊がその異変を察知した。それは、この世界の秩序を司る絶対的な存在、神政軍の艦隊だった。
「報告!アーク・ディストピアの都市部にて、大規模な魔力反応を確認!これは……禁呪の兆候か!?」
「直ちに部隊を出動させよ!何者か知らんが、これ以上の秩序の破壊は許さん!」
神政軍の司令官の声が響き渡り、無数の戦闘艇が、光の軌跡を残しながら、この異世界の地上へと降下していく。