盗賊団の姉御として成長
夜の帳が降りた砂漠は、日中の焼けつくような熱を嘘のように吸い込み、肌を刺すような冷気に包まれていた。微かに漂う土の匂いは、昼間の喧騒とは違う、静かで荒々しい砂漠の息吹を感じさせる。カグヤは、そんな砂漠の真ん中に立つ盗賊団の野営地で、焚き火の番をしていた。赤々と燃える炎が、彼女の顔を照らし、その瞳の奥には、故郷を追われた悲しみと、この場所で生き抜くという強い意志が揺らめいていた。
彼女がこの盗賊団に拾われたのは、ほんの数ヶ月前のことだ。ボロボロの衣服を身につけ、砂漠を彷徨っていたカグヤを見つけたのは、盗賊団の親分であるウーゴだった。ウーゴは、岩のように隆起した筋肉を誇る男で、見た目はまさに「筋肉ダルマ」という表現がぴったりだった。しかし、その豪胆な見た目に反して、彼は意外なほど情に厚く、カグヤを盗賊団の一員として迎え入れてくれた。
「おい、カグヤ!今日の飯はまだか!腹が減って力がでねぇ!」
ウーゴの野太い声が響く。カグヤは焚き火の上の鍋をかき混ぜながら、にやりと笑った。
「心配いらないよ、親分。今日はとっておきの新作さ。カグヤ特製、『黒焦げ風ウニ丼』!」
その言葉に、盗賊たちが一斉にざわめく。
「黒焦げ風だと?また姉御の奇妙な料理か……」
と、誰かが呟いた。バイが顔を青くして駆け寄ってくる。バイは元神官という異色の経歴を持つ下っ端盗賊で、その線の細い見た目とは裏腹に、なぜか「ロリババア萌え」という独特な性癖の持ち主だった。
「姉御!前回の『毒々しい緑のシチュー』で、親分が三日三晩、腹を下したのをお忘れですか!?もう勘弁してください!」
バイが必死に懇願するが、カグヤはどこ吹く風とばかりに鼻を鳴らした。
「うるさいね、バイ。芸術は爆発だ!料理だって同じさ。それに、あのシチューで親分は三日間も断食できたんだ。健康に良いじゃないか」
「そんな健康はごめんです!」
バイの悲鳴が砂漠の夜に響き渡る。しかし、ウーゴは豪快に笑い飛ばした。
「ガハハハハ!良いじゃないか、カグヤ!お前の料理はいつも度肝を抜かれるぜ!今回も期待してるぞ!」
その言葉に、カグヤは満面の笑みを浮かべた。彼女は親分からの信頼を得るために、料理だけでなく、持ち前の交渉術も駆使してきた。時には、他の盗賊団との縄張り争いを言葉巧みに収め、時には、街の商人を相手に破格の条件を引き出す。そのカリスマ性は、盗賊団の誰もが認めるところだった。
食事が終わり、焚き火を囲んで談笑していると、バイが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「姉御!とっておきの情報ですぜ!すぐ近くの火山に、とんでもないお宝が眠っているとか!」
カグヤの目がキラリと輝く。
「火山だと?そいつは面白い!ナイス、バイ!熱いところは爆発映えするんだよ!」
その言葉に、盗賊たちがどよめいた。ウーゴは腕を組み、ニヤリと笑う。
「ガハハハ!さすがはカグヤだ!血が騒ぐぜ!」
カグヤは立ち上がり、大きく伸びをした。夜空には満月が浮かび、砂漠の景色を幻想的に照らしている。漂う微かな土の匂いが、新たな冒険の予感を運んできた。彼女の心臓が、高鳴っていた。盗賊団の姉御として、この砂漠で、彼女はさらなる高みを目指すだろう。
カグヤの交渉術は、荒くれ者の集団である盗賊団の中でも抜きん出ていた。ある日のこと、近くの街で商談をまとめるため、カグヤとウーゴ、バイの三人は街へ繰り出した。街は石造りの建物がひしめき合い、乾燥した気候と相まって独特の土の匂いが漂っていた。人々は簡素な機械を使い、例えば水汲みは手動ポンプで行われており、その重労働は彼らの生活の厳しさを物語っていた。魔物の脅威も深刻で、街の至るところに魔物よけの護符が貼られ、人々の表情には疲労の色が濃かった。
商談の相手は、街で一番の商会長を務める男だった。太鼓腹に豪華な衣装をまとった男は、カグヤたちを見るなり、ふんぞり返って言った。
「おや、盗賊のお出ましとは。一体何の用かね?」
ウーゴが今にも殴りかかりそうな勢いで睨みつけるが、カグヤは涼しい顔で前に出た。
「商会長殿、ご機嫌よう。我々は、お宅の商売に協力しに来たのですよ」
カグヤはそう言って、今回の目的を説明した。それは、盗賊団が手に入れた希少な鉱物を、通常の半額で商会長に卸すというものだった。商会長は、カグヤの言葉に半信半疑といった表情を浮かべた。
「ほう?盗賊が商売とはね。信用できるとでも?」
カグヤは、ふっと笑みを浮かべた。
「信用するかどうかは、商会長殿の判断次第。ですが、この鉱物がどれほどの価値を持つか、ご存知のはず。そして、我々が他の誰よりも迅速に、そして確実にそれを手に入れられることも」
彼女の言葉には、有無を言わせぬ迫力があった。商会長は、カグヤの目力に気圧されたように、ごくりと唾を飲み込んだ。カグヤは畳みかけるように続けた。
「それに、最近街を荒らしているグリフォンは、我々が始末しましょう。その代わり、この鉱物の取引を独占させてほしい。どうです?悪い話ではないでしょう?」
商会長の顔に、驚きの色が浮かんだ。グリフォンは街の人々を大いに苦しめており、討伐隊を出しても歯が立たなかったのだ。
「グリフォンを……だと?」
カグヤは自信満々に頷いた。
「ええ。我々盗賊団は、見た目以上に腕が立つ。それに、グリフォンの素材は、そちらで高く買い取ってくださいますよね?」
カグヤの言葉の端々に、挑発的な響きと、ユーモラスかつ辛辣な表現が入り混じっていた。商会長は、カグヤの常識破りの提案に、口をあんぐりと開けていた。その交渉の巧妙さに、バイは内心舌を巻いていた。彼女の頭の中では、新しいスキルの習得と仲間の協力について思考が巡っていた。カグヤの交渉術は、まさに試行錯誤の賜物であり、盗賊団の未来を切り開く術でもあった。
結局、商会長はカグヤの提案を受け入れた。鉱物の取引は成立し、グリフォンの討伐も請け負うことになった。街の人々が魔物によってどれだけ苦しめられているか、その具体的な被害の様子が会話から垣間見え、カグヤの表情は一層引き締まった。
街を後にする道すがら、ウーゴが感嘆の声を上げた。
「さすがだな、カグヤ!あんたの口車にかかれば、どんな頑固な商人でもイチコロだ!」
バイも興奮冷めやらぬ様子で続いた。
「姉御の交渉術はまさに芸術ですぜ!元神官の私でも、姉御の言葉には引き込まれてしまいます!」
カグヤは満足げに笑った。
「あたりまえだろ?言葉は最高の武器なんだ。時には剣よりも鋭く、時には盾よりも強固に、相手の心を操ることができる」
彼女の言葉には、過去の経験が現在の行動にどう影響しているかという、深い洞察が込められていた。盗賊団の一員として、そして姉御として、カグヤは常に成長し続けている。彼女の内面的な葛藤や、故郷を追われた経験が、彼女をより強く、より賢く、そしてより魅力的な存在へと変貌させていた。
「さあ、次はグリフォン退治だ。派手にいこうじゃないか!」
カグヤの言葉に、ウーゴとバイも雄叫びを上げた。夜空には満月が輝き、砂漠の冷たい風が、彼らの新たな冒険の始まりを告げるように吹き抜けていった。