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第9話 罠だらけの初陣戦

 カロリーネに協力関係を取り付け、さらに可愛い妹マリエッタに騎士団への情報操作を押し付けてから数日後。


 今日この日が俺の脳内、つまり前世でプレイしたあのクソゲーのデータベースによれば、最初の魔族襲撃イベントが発生する可能性が高い日だった。


 俺は朝から針の筵に座らされている気分で、落ち着きなんてものは遥か彼方に家出していた。

 授業? 古代ルーン文字の変遷とか、今の俺には石ころ以下の価値しかねえ。

 窓の外の例の黒々とした森が、やけに俺を嘲笑っているように見えて、腹立たしいやら怖いやらで複雑な気分だ。


(今日だ……ほぼ間違いなく、今日来る!

 そしてゲーム通りなら、聖女リリアナはまだレベル低くて戦力外で、俺の『炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント』が頼りの初陣戦だ。

 だが、俺の切り札はゴミ! 正面戦闘なんざ自殺行為!

 ならばやることは一つ! 奴らが学院に到達する前に、この森の入り口で叩き潰す!)


 昼休みになり、俺はヴィンスを人目につかない中庭の古びた噴水の裏へと呼び出した。

 最終確認という名の、念押しの時間だ。


「ヴィンス、例の件、準備はいいだろうな?

 図書館で調べ物をした後、お前に頼んでおいた件だ。

 騎士団の中でも、特に腕利きで口の堅そうな連中を数名選抜し、今夜、例の森の入り口近くの俺が指定したポイントに潜ませておけ。

 名目はあくまで『最近の不穏な噂を受け、自主的に警戒レベルを上げた』ってことにしろよ。

 絶対に俺の名前を出すな。後で貴族の連中に突っ込まれるのはゴメンだ」


 ヴィンスはメガネの奥にある、何を考えているかさっぱり読めない目を細め、胡散臭い笑みを浮かべた。


「御意にございます、殿下。

 貴方様が何やらお急ぎのご様子でしたので、手配は抜かりなく完了しております。

 貴方様の『鋭すぎる勘』とやら、このヴィンス、興味深く拝見させていただきましょう。

 ……まあ、もちろん、何も起こらず杞憂に終わるのが一番ですが」


 チッ、こいつ、俺のハッタリというか、切羽詰まった状況をどこまで見抜いてやがるんだか。

 ……まあいい。動いてくれるなら今はそれで良しとするしかねえ。

 利用できるものは徹底的に利用する。それが俺の生存戦略だ。


 夕暮れが迫り、空がまるで大量の血をぶちまけたみたいに、不気味な赤黒いグラデーションを描き始めた頃。

 俺は忠犬カイル……こいつだけは本当に裏切らなそうなのが救いだ……を伴い、運命の場所、森の入り口付近へと足を運んでいた。


 夕闇が迫る森は、昼間とは比較にならないほど禍々しいオーラを放っている。

 黒く変色した木々がゆらゆらと揺れ、地面からは薄気味悪い霧が這い上がってくる。

 湿った土の匂いに、何か……獣の死骸でも転がってそうな、甘ったるくて腐った嫌な臭いが混じって鼻腔を突き刺す。

 おまけに数日前の雨のせいで地面は最悪のぬかるみだ。

 俺の一丁前な王族仕様の革靴が、歩くたびにズブリ、ズブリと沈み込み、その度にイライラが募る。


「アレクシス様、本当に……このような場所に魔族が……?

 しかも、ヴィンス殿に騎士団の一部動員まで依頼されるとは……先日、図書館でお調べになっていたことと関係が?

 失礼ながら、ただの勘とは到底思えません。何か根拠がおありなのでは……?」


 隣を歩くカイルが、隠しきれない不安と、わずかな疑念を声に滲ませて尋ねてくる。

 こいつ、妙に鋭いんだよな。俺の焦りが伝わってるのか?


(来るんだよ! クソゲーのシナリオがそう告げてんだよ! 俺の生存本能っていうか、死にたくないセンサーが危険信号を鳴らしまくってんだよ!

 お前には、まだ俺が転生者だなんて言えねえし、ゲーム知識が根拠だなんて信じてもらえねえだろうから黙ってるだけだ! 頼むから察してくれ!)


 俺は内心で絶叫したい衝動をゴリッと抑え込み、あくまで平静を装って、少し呆れたような声色で答えた。


「まあ、ただの俺の悪い予感だって言ってるだろ。気にしすぎなんだよ、カイルは。

 だがな、備えあれば憂いなし、とも言うだろ? 何も起きなきゃ、それはそれでラッキーだ。

 でも万が一、本当に何か起きた時に、何も準備してませんでした、じゃ王子として、いや、人として話にならんだろ? ヴィンスへの依頼も、そのための保険だ、保険」


 本当は勘でも保険でもない。

 これは、俺の『絶対に死にたくない!』という、生命への強烈な執着に基づいた、泥臭くて必死な生存戦略そのものなのだ。


(ゲーム通りなら、この場所から斥候が数体現れるはずだ!

 俺の貧弱火花じゃ、正面戦闘は論外!

 頼れるのは事前に仕掛けた罠!

 俺の前世の悪知恵! そして俺の代わりに血反吐を吐きながら戦ってくれるであろう、頼れる仲間(主にガレス)だけだ!)


 俺はこの数日間、強引にカイルを言いくるめて、この森の入り口付近に前世でネットサーフィンして漁った胡散臭いサバイバル知識と、ネトゲで培った対人トラップのえげつないノウハウ(俺の性格の悪さの集大成だ)を総動員した、我ながら引くレベルの陰湿極まりない罠を、これでもかと仕掛けさせていたのだ。

 

 カイルは最初、明らかに(殿下、正気ですか……?)みたいな顔でドン引きしていたが、俺が有無を言わさず命じると、最終的には渋々ながらも手伝ってくれた。

 ……あいつの忠誠心には、本当に頭が上がらないぜ。悪いとは思ってる、少しだけな!


 日陰になってジメジメと湿った地面には、手頃な太さの木の枝をナイフで一本一本丁寧に削って作った、まさに悪意の塊としか言いようのない落とし穴が複数設置されている。

 枯れ葉や湿った泥を被せて、匠の技(自画自賛)で巧妙にカモフラージュ済みだ。

 落とし穴の底には、さらに先端を鋭く尖らせた木の杭を、獲物を八つ裂きにするための牙のように、逆さに突き立ててある。


 近くの鬱蒼とした茂みの間には、足を引っ掛けて派手に転倒させることを目的とした丈夫な麻のロープを、これまた周囲の草木に紛れるよう細心の注意を払って張り巡らせた。

 高さも微妙に変えてある嫌がらせ仕様だ。


 ぬかるんで足元の覚束ない地面の至る所に、わざと砕いて鋭利にした石ころや、伐採した木の枝を折って尖らせたものを無数に埋め込んである。


「アレクシス様……やはりこれは……少々やり方が陰湿すぎやしませんか……?

 先日も申し上げましたが、万が一、魔族ではなく、森に迷い込んだ村人などが引っかかってしまったら、本当に大怪我では済みません」


 善良すぎる俺の従者カイルが、俺の設置した極悪トラップ群を改めて目の当たりにして、青ざめた顔で眉をひそめて訴えてくる。

 こいつの人の良さは美徳だが、今はそれどころではない。


「心配すんなって。前にも言ったろ? この辺りは古い祠があって不吉だとかで、昔から気味悪がって人が寄り付かない場所だ。

 それにマリエッタが流した噂と、ヴィンスの裏工作のおかげで、騎士団の正規の巡回ルートは森の奥の方に集中してるはずだ。

 こっちの入り口付近の警戒は、かなり手薄になってる。……はずだ。たぶん。

 だから、一般人が迷い込む可能性は限りなく低い……と信じたい」


 俺は内心の不安を押し殺し、カイルを安心させるように(半分は自分に言い聞かせるように)言った。

 リスクはゼロじゃない。だが、やらなきゃ俺たちが死ぬんだ。


 さらにダメ押しとして、少し離れた罠地帯へと誘導したいルート上に、見え見えの陽動として偽の荷物(中身はただの重い石ころ)と、数日前に屠殺場からこっそり拝借してきた新鮮な動物の血を、これ見よがしにぶちまけておいた。

 強烈な血の匂いで、嗅覚の鋭い魔族を罠密集地帯におびき寄せるための、古典的だが効果は期待できるはずの作戦だ。

 地面に飛び散った生々しい血糊が、沈みゆく夕陽に照らされて、妙に禍々しく輝いていた。


 ……我ながら、性格の悪さが隠しきれてねえな、この光景。


(よし、セッティングは完了だ。ヴィンスが手配した『自主的な警戒』中の騎士団も、合図を送るポイントの近くに息を潜めて待機しているはず。

 あとは、このクソゲーのシナリオ通りに、哀れな獲物である魔族どもが、のこのことこのデスゾーンに足を踏み入れてくれるのを待つだけだ……!)


「いいか、カイル。絶対にここから出るなよ。何があっても、俺の合図があるまでは、死んだふりでもして息を潜めてろ。

 俺がお前を守る。だから、俺の指示に従え。わかったな?」


 俺はカイルの腕を掴んで近くの深い茂みの中に引きずり込むと、有無を言わさぬ強い口調で念を押した。

 カイルは不安と緊張で顔を引きつらせながらも、俺の必死な目を見て、こくりと力強く頷いた。


 茂みの奥深く、俺たちは息を殺した。

 夕闇が急速に森を支配して風の音と、遠くで鳴く鳥の声だけが聞こえる。


 そして徐々に茂みを掻き分ける音と、低い唸り声のようなものが近づいてくるのが聞こえた。


(……来たか!)


 俺は腰の短剣の柄を、汗ばんだ手で強く握りしめた。

 いよいよ俺の生存を賭けた、最初の戦いが始まる。

 

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