第8話 悪役令嬢、転生王子に具申する
カロリーネの口から飛び出した、あまりにも直球すぎる要求。
「リリアナとかいう平民の女を、殿下のお力で、この学院から追放していただけませんこと?」
俺は完全にフリーズした。
え、マジで言ってる? この子、思った以上にヤバい奴かもしれん。
「な、なぜ……リリアナを追放なんて……そんなこと言うんだよ、カロリーネ」
俺はかろうじて言葉を絞り出した。
声が震えているのが自分でもわかる。
だって、リリアナは俺の生命線なんだぞ! 主人公なんだぞ! あいつが負けたら世界滅ぶんだぞ⁉
あいつがいなくなったら、俺の生存戦略は根底から崩壊する!
カロリーネは、そんな俺の動揺を微塵も意に介さず、断固とした口調で答えた。
「理由は明白ですわ、殿下。彼女は平民。我々貴族とは生まれも育ちも価値観も異なります。
その存在自体が、この由緒正しきレンデガルド学院の秩序を乱す要因となり得るのです」
「いや、でも、聖女だし……」
「聖女? ふふ、平民出の娘が、たまたま稀有な力を持っていたというだけのこと。それだけで、貴族社会の長年の慣習や秩序を軽んじて良い理由にはなりませんわ。
それに殿下。わたくしたち王侯貴族には、この学院、ひいてはこのレンデガルド王国を守るという、貴族としての義務と使命がございます」
カロリーネはすっと背筋を伸ばし、その紫の瞳に強い意志の光を宿らせた。
「リリアナさんのような、その義務と使命の埒外にいる存在は予測不能なリスクでしかありません。
有事の際に彼女がどのような行動を取るか、我々貴族と同じように国のために身を挺することができるのか……甚だ疑問ですわ。
わたくしは、そのリスクを排除する義務があると考えておりますの」
うわぁ……なんか、思ってたより根深い理由が出てきたぞ。
単なる嫉妬とか、平民への嫌悪感とか、そういうレベルじゃない。
こいつ、本気で国の安全保障とかいう視点でリリアナを危険視してやがる。
悪役令嬢っていうか、もはや過激派の政治家だろ、これ。
俺の脳内は、再びパニック会議に突入した。
(どうする⁉ どう切り返す⁉ ここでリリアナを庇えばカロリーネの協力は絶望的。最悪、敵対される可能性もある。
かといってカロリーネの要求を呑めば、リリアナは追放、俺の死亡フラグ確定! クソッ、また理不尽な二択かよ!)
「だから、ただ気に入らないってだけじゃない、と?」
俺は藁にもすがる思いで確認してみる。
「ええ、もちろんですわ。個人的な感情ではございません。全ては王国と殿下、貴方様をお守りするため。わたくしは、そのために非情になる覚悟もできております」
カロリーネの言葉は冷たいが、妙な説得力があった。
彼女なりの正義感と忠誠心。
それが、リリアナ排除という過激な結論に繋がっているらしい。
……ますますタチが悪いじゃん⁉
(でも、待てよ……? 王国を守るため? 俺を守るため? ……そこに付け入る隙があるんじゃないか?)
俺は一瞬考え、そして賭けに出ることにした。
「カロリーネ。お前の言う、国のリスクってのはわかった。だが、その考えは間違ってる」
俺はきっぱりと言い放った。
「……と、仰いますと?」
カロリーネが訝しげに眉をひそめる。
「いいか、カロリーネ。最大の国家リスクは、魔王の復活だ」
「魔王……? 殿下、本気で魔王が復活するとお考えなのですか? 100年前の伝説でしょう?」
「伝説じゃねえ。俺の勘……いや、確信だ。魔王は必ず復活する。
……その魔王を倒せる可能性があるのは、聖女の力だけだ。ゲーム……いや、古文書にもそう記されている」
俺はハッタリとゲーム知識を織り交ぜ、できるだけ真剣な表情で訴えた。
「だからリリアナを追放するのは、王国にとって自殺行為に等しい。
彼女は俺たちが魔王に打ち勝つための、最後の切り札なんだよ」
俺の言葉にカロリーネは黙り込んだ。
月光の下で彼女の銀髪が風に揺れている。紫の瞳が俺の真意を探るように揺れている。
(頼む、信じてくれ……! これが通じなきゃ、マジで詰む!)
しばらくの沈黙の後、カロリーネは静かに口を開いた。
「……もし、殿下のお言葉が真実であり、本当に魔王が復活するというのなら……聖女の力は必要になるのかもしれませんわね」
(おっ⁉ いけるか⁉)
「ですが」
カロリーネは続けた。
「お忘れなく、殿下。わたくしが本気で力を振るえば、聖女の力など不要になる可能性もございますわ。
わたくしの氷魔法は、魔王すら凍てつかせることができる自負がございます」
自信満々に言い放つカロリーネ。
そのプライドの高さは健在だが、俺はそこに勝機を見出した。
「ああ、そうだな。カロリーネ、お前の氷魔法は間違いなく強力だ。
だからこそリリアナと協力すれば、もっと強大な力になると思わないか?
聖女の光と、お前の氷。相反するようで、実は最高の組み合わせになるかもしれん」
「平民と……わたくしが?」
カロリーネは眉をひそめたが、完全に否定はしなかった。
「そうだ。魔王を倒すためだ。国を守るためだ。そして……俺を守るためだろ?」
俺はダメ押しに、カロリーネの瞳を真っ直ぐ見つめて言った。
カロリーネはしばらく俺の顔をじっと見つめていたが、やがてふっと息を吐き、小さく頷いた。
「……わかりましたわ、殿下。貴方様のその熱意と……突拍子もない発想に免じて、一時的に協力関係を結んで差し上げましょう。
ただし、条件がございます」
「条件?」
「ええ。もし、聖女が不要であるとわたくしが判断した暁には、その時は速やかに、彼女を追放する手続きを取っていただきます。よろしいですわね?」
(うわ、まだ諦めてねえのかよ、こいつ……!)
シコリは残ったが、それでも予想外の協力関係が成立した。
「ああ、わかった。約束する」
俺は内心でガッツポーズをしながら頷き、カロリーネと固い握手を交わした。
ひんやりとした彼女の手の感触が、妙にリアルだった。
(クックックッ……! カロリーネを味方に引き込むとか、ゲームじゃ絶対ありえねえ展開だぜ! これぞ転生者の知略! 俺、マジで天才かもしれん!)
有頂天になっている俺の背後から、聞き慣れた声がした。
「お兄様! カロリーネ様! こんな夜更けに何をなさっているんですの?」
マリエッタだ。いつの間に来ていたのか。彼女は俺とカロリーネが握手しているのを見て、少しだけ不満そうな顔をした。
「マリエッタか。ちょうどいいところに。実はな……」
俺はマリエッタにも事情を説明した。
魔王復活の可能性、リリアナの重要性、そしてカロリーネとの一時的な協力関係。
マリエッタは話を聞き終えると、キラキラした笑顔で頷いた。
「まあ、大変! でもお兄様、ご安心くださいまし! このマリエッタがお兄様とカロリーネ様、そしてリリアナさんを全力でお守りいたしますわ!」
(お、おう。頼もしいじゃねえか。さすが俺の妹……俺の魂は他人だけどな!)
俺はマリエッタの頭を撫でようとしたが、彼女が頬を膨らませたのでやめた。
「もう、子供扱いしないでくださいまし!」
同い年の妹の扱い、めんどくせぇ。
「そうだ、マリエッタ。お前に一つ頼みがあるんだが」
俺は妹の利用方法を思いついた。
「なあに? お兄様のためなら、マリエッタ、何でもいたしますわ!」
「実はな、騎士団の連中に、それとなく噂を流してほしいんだ。『最近、森の奥で不穏な気配がする』とかなんとか流布させ、連中の警戒レベルを少し上げておきたい」
これは来るべき魔族襲撃への布石だ。
騎士団が完全に油断しているよりは、少しでも警戒してくれていた方が生存率は上がるはずだ。
「お安い御用ですわ! お兄様のお役に立てるなら、マリエッタ、頑張っちゃいます!」
マリエッタは目を輝かせて胸を張った。
その健気な姿に、俺は幼少期の記憶……元の王子がマリエッタと王宮の庭で泥遊びをしたという、朧げな記憶が蘇り、少しだけ胸がチクリとした。
(……まあ、利用できるものは何でも利用する。それが俺のやり方だ)
「よし、頼んだぞ、マリエッタ」
俺は感傷を振り払い妹の肩を叩いた。
「はいっ!」
元気よく返事をして、マリエッタは夜の闇へと駆け出して行った。まるで子犬のようだ。
俺はカロリーネと2人きりになり、改めて彼女に向き直った。
「さて、カロリーネ。協力、感謝するぜ。お前の氷魔法、頼りにしてる」
「殿下のため……いいえ、王国のためですわ。勘違いなさらないでくださいまし」
カロリーネはツンと顔を背けたが、その耳が微かに赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
(お、これは……もしかして、デレ始めたか? 設定だと王子の婚約者だもんな!)
魔法が使えない俺だからこそ、仲間の力が絶対に必要だ。頭脳と仲間。これがあれば、このクソゲーもクリアできるかもしれん。
俺は夜空を見上げた。
遠くの森から再び不気味な咆哮が微かに聞こえてくる。
戦いの足音は、確実に近づいていた。
「魔族襲撃、来るなら来てみやがれ。俺の頭脳と頼れる仲間たちで、返り討ちにしてやるぜ!」
俺は短剣の柄を握り締め、不敵な笑みを浮かべた。
窓の外では、森の黒い影が静かに蠢いていた。