第7話 フラグ建築士アレクシス
図書館を出て中庭に向かうと、ちょうど良いところにリリアナがいた。
真新しい学院の制服に身を包み、中庭の隅っこで、1人で光の魔法の練習をしているようだ。
(ん? あの制服……結局どうしたんだ? マリエッタの申し出は断ってたはずだが……まあ、学院から支給されたんだろうな。特待生だしな)
小さな光が彼女の手のひらから溢れ、ふわっと宙に浮かんで消えた。
……うん、俺の火花よりはマシだな。
少し離れた場所で、カイルが(また殿下はこの娘に……何を企んでおられるんだ?)とでも言いたげな、複雑な表情で俺たちを見守っている。
「よう、リリアナ。頑張ってるじゃねえか」
俺が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせて振り向いた。相変わらずビビりだな。
「あ、ア、アレクシス様! は、はい! 光魔法をもっと上手く使えるようになりたくて……でも、まだこんな弱い光しか出せないんです……」
俯きがちに言うリリアナの純粋で健気な姿に、俺は思わず目を細めた。
(よしよし、庇護欲をそそる感じ、悪くない。利用しやすい)
「いやいや、大したもんだぜ。その光、結構明るいじゃねえか。これなら実戦でも十分使えるかもしれんぞ。
もっと練習して出力を上げるんだな。騎士団の連中が怪我した時に、お前のその光で癒してくれたら俺も助かる」
言いつつ、打算丸出しだなあ、俺の言葉と自嘲してしまう。
だが、リリアナはそれを額面通りに受け取ったのか、ぱあっと顔を輝かせて力強く頷いた。
「は、はい! アレクシス様! 皆さんをお守りするために、私、もっともっと頑張ります!」
そのキラキラした、まっすぐな瞳で見つめられると、さすがの俺も一瞬だけ、ほんの一瞬だけ胸がチクリとした。
(……まあ、こいつが死んだら俺も終わりだしな。
利用するだけじゃなくて、ちゃんと守ってやらんとな……可愛いし)
俺のそんな内心の揺らぎを、カイルがどう見ているかは知らん。
「おう。何か困ったことがあったら、遠慮なく俺を頼れよ。俺たちはもう仲間なんだからな」
俺がそう言ってニッと笑うと、リリアナは満面の笑みを浮かべた。
「はいっ! アレクシス様!」
うん、可愛い。
(よし、王子ルートのフラグ、少しは立ったか? 好感度ちょっとは上がっただろ、これで)
俺は内心でほくそ笑んだ。
***
その夜。俺は教室で罠の設計図(という名の落書き)を描いていた。
ここは男子寮の狭い自室と違って、広々と使えるからな。
昼間のカイルの心配そうな顔が少しだけ頭をよぎったが、今はそれどころではない。
すると廊下で聞き覚えのある声がした。
扉を開けると、そこにはカロリーネが立っていた。
月光を浴びて彼女の銀髪が幻想的に輝いている。
紫の瞳が、夜の闇の中で鋭く光っていた。
「殿下。このような夜更けに、廊下でお会いするとは奇遇ですわね」
彼女の冷ややかだけれど、どこか艶のある声に俺は一瞬ドキッとした。いかんいかん、こいつは悪役令嬢だ。
「よう、カロリーネ。お前こそ、こんな時間にどうしたんだ? 夜遊びか?」
俺はわざと軽口を叩いてみると、カロリーネは少し眉を寄せた。
「いいえ。少し……胸騒ぎがいたしました。気のせいかとは思ったのですけれど、どうにも気になってしまって、少し外の空気を吸いに……」
意外にも、彼女の表情には微かな不安の色が浮かんでいた。俺はそこに、一縷の希望を見出した。
(ほう? こいつ、魔力の才能だけなら俺(本来の王子)に次ぐレベルのはずだ。魔族の気配を敏感に感じ取っているのかもしれん。これは使える!)
ゲームの知識を思い出す。魔族がこの学院を狙う最大の理由は、あの結界石だ。
あれはただのバリアじゃなく、封印された魔王の力を抑える重要な役割を持っている。
そして、いずれ魔王を復活させるための鍵にもなる代物だ。
この事実はゲームのキャラたちは終盤まで知らない極秘情報のはずだ。
(さすがはカロリーネ。優秀な悪役令嬢は、勘も鋭いってわけか)
ならば、と俺はカマをかけてみることにした。
「胸騒ぎか。実は俺もだ。さっき、結界石が一瞬揺らいだのを見た気がするんだ。
それに、森の方から妙な咆哮も聞こえた。
……もしかしたら、魔族が現れる兆候かもしれねえぜ」
俺がそう言うと、カロリーネは目を見開いた。
「やはり! わたくしも結界石の魔力が不安定になっているのを感じておりました。殿下も既にお気づきだったとは……さすが、アレクシス殿下でございます」
彼女の声には、驚きと少しだけど尊敬の念が混じっているように聞こえた。
(よし、食いついた!)
俺はここぞとばかりに畳み掛ける。カロリーネの両手をガシッと掴んだ。
(うわ、手ぇちっちゃ! しかも冷たい!)
「カロリーネ! お前の力が必要だ! お前の氷魔法『氷嵐の刃』なら、不安定になった結界を一時的に補強できるかもしれねえ! 協力してくれねえか?」
突然手を握られて、カロリーネは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの冷ややかな微笑みに戻った。
「まあ、殿下がそこまでおっしゃるなら、協力しないわけにはいきませんわね。
……ただし、わたくしにもそれ相応のメリットがなければ、お断りさせていただきますわ」
(出たよ、打算的な悪役令嬢ムーブ! だが、そこがいい! 交渉の余地があるってことだからな!)
「メリット? なんだ? 俺にできることなら、何でも言ってくれ。金か? 地位か? それとも……(ちゃんと結婚して愛してください、とか?)」
俺が内心で、歪んだ笑みとイケない妄想を浮かべながら尋ねると、カロリーネは氷のように冷たい視線を俺に向け、予想だにしなかった要求を突きつけてきた。
「では、殿下にお願いがございます。リリアナとかいう平民の女を、殿下のお力で、この学院から追放していただけませんこと?」
カロリーネの紫の瞳が、俺を射抜くように見つめている。
「な、な、な、なんでえええええ⁉」
俺は完全に素っ頓狂な声を上げてしまった。
間抜けな顔で、震える声で、俺はそう尋ねるしかなかったのだ。
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