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第3話 悪役令嬢と聖女と残念王子

 さて、俺の目の前には絵に描いたような悪役令嬢、カロリーネ・フォン・グランツ様(様付けしとかないと後が怖い)がいらっしゃる。

 銀髪サラサラ、紫の瞳キラキラ、完璧なカーテシー(貴族女性の挨拶らしい)を披露中。

 その姿は俺の貧弱な語彙力では表現しきれないほど優雅で、気品に満ち溢れていた。

 

 ゲームの立ち絵より数倍美人じゃねえか、おい。

 前世の記憶にある、王宮の舞踏会で俺(元の王子)に微笑みかけていた彼女の姿がフラッシュバックして、ちょっとだけドキッとしてしまった。

 

 いかんいかん、こいつは利用対象だ。

 俺の背後で控えるカイルも、わずかに息を呑んだ気配がした。

 まあ、わかる。このオーラは只者じゃねえ。


「アレクシス殿下、マリエッタ姫殿下。このレンデガルド学院にて再びお目にかかれ、このカロリーネ、心より嬉しく存じますわ。

 殿下のその頼もしいお姿に、わたくし、いつも心を寄せておりますのよ、うふふ」


 丁寧すぎるその口調には、隠しきれない貴族特有のプライドが滲み出ている。

 最後の「うふふ」が若干怖い。この圧倒的な格上感、これぞ上級貴族か。


(こいつは氷魔法の使い手で、戦闘でもそこそこ役に立つ。しかも設定上は俺であるアレクシス王子にベタ惚れのはず。

 その好意をうまく利用して、魔族との戦いで盾……いや、貴重な戦力として協力してもらわねえとな。

 リリアナへの嫉妬心は厄介だが、そこもコントロールすれば……)


 なんて内心で黒い笑みを浮かべ、俺も王子らしく優雅に振る舞おうとした。

 ……が、鏡を見なくてもわかる。

 今の俺の顔、絶対ニヤついてる。


(っていうかそもそも、俺に向けられた好意じゃねえんだよな、これ。

 あくまで『アレクシス王子』に対してであって、中身のクソザコ陰キャの俺に対してじゃねえ。

 でも今の俺なんだよな……なんか複雑だぜ。

 こいつら貴族の考える「王子らしさ」ってのが、まだ全然掴めねえし。ゲームだと、主人公目線でしか王子の姿を見てねえしなあ)


 その戸惑いと、前世からの染み付いた雑な性格が見事に言葉遣いに現れた。


「おう、カロリーネ嬢か。息災そうで何よりだ。ま、お前も今日から同級生ってわけだ。よろしく頼むぜ」


 ……しまった。完全にいつもの調子で喋っちまった。

 どう考えても、王国の第一王子が公爵令嬢に対して使うべき口調ではない。

 完全にそこら辺のチンピラ、いや、バイト先の後輩に対するノリだ。

 カイルが背後で息を呑んだのが聞こえた気がする。


「……え?」


 カロリーネが一瞬、紫の瞳をぱちくりさせた。

 完璧な微笑みが、ほんの僅かに引きつった気がする。


「……殿下に、そのように気さくにお声がけいただき、光栄の極みですわ」


 カロリーネが笑顔を取り繕ってそう言った直後、俺たちの会話を遮るように、広場の隅から1人の少女がおずおずと現れた。


 栗色の髪が少しボサボサで、着ている服も明らかに他の生徒たちとは違う、安っぽい生地の……いわゆる平民服ってやつだ。

 手には古びた鞄を抱え、緊張した様子でキョロキョロと周囲を見回している。

 ……来たな、主人公(死亡フラグ付き)。


 カロリーネの眉がピクリと動いた。

 完璧な貴族令嬢スマイルが一瞬で消え、冷ややかな視線がその少女に向けられる。

 空気が一瞬で凍った。


「あら……? 何でございましょう、あのようなみすぼらしい格好の者は。この由緒正しきレンデガルド学院に相応しくない方が紛れ込んでいるようですわね。……殿下?」


 カロリーネの言葉には侮蔑と嫌悪がはっきりと滲んでいた。

 身分制度が絶対のこの世界じゃ、こういう反応が普通なのかもしれん。

 取り巻きの令嬢たちも、扇子で口元を隠しながらクスクスと笑っている。

 うわぁ、悪役令嬢ムーブ全開だぜ。これが貴族社会の洗礼ってやつか。


 だが俺は内心ほくそ笑んでいた。


(よし、イベント発生! ここで俺が颯爽とリリアナを助ければ、彼女の好感度ゲットだ! ゲーム通りなら、これが王道ルートの第一歩のはず!)


 俺はカロリーネの言葉を無視して、栗色の髪の少女……リリアナに近づき、できるだけ優しそうな声色(当社比)で話しかけた。

 王子スマイルも忘れずに添えてやるぜ。


「やあ、どうしたのかな? 道に迷ったのかい?」


 少女はビクッと肩を震わせ、慌てて俺に深々と頭を下げた。顔が真っ赤になっている。


「あ、あの……! は、初めまして! わ、私、リリアナと申します! 今日からこちらでお世話になります! よ、よろしくお願いします!」


 声が裏返ってるし、ガチガチに緊張してるな。

 まあ、無理もないか。平民がいきなり王子(見た目だけは二重丸)に話しかけられたんだから。


「おお、君が例の! 特待生の聖女リリアナ君だね! 話は聞いているよ。俺はアレクシス・レオンハルト。よろしく頼む」


 ゲームで知ってるくせに、俺は大仰に両手を広げて歓迎のポーズをとってみせた。

 我ながらわざとらしいが、こういうのが効くタイプだろ、こいつは。


「ア、アレクシス……⁉ ま、まさか、アレクシス王子様でいらっしゃいますか⁉ し、知らなかったとはいえ、大変なご無礼を! も、申し訳ございません!」


 リリアナは顔面蒼白になり、今にも土下座しそうな勢いで恐縮している。

 うんうん、良い反応だ。平民と王族の身分差ってのは、こういう反応を生むわけだな。


「よせよせ、そんなに畏まらなくていい。明日からは同じ学び舎で机を並べる仲間じゃないか。困ったことがあったらいつでも俺を頼ってくれよ。な?」


 俺は爽やかさを意識して(できてるかは不明)、リリアナの肩をポンと叩いた。


 ちなみに内心はこれである。


(こいつはこのクソゲーの主人公にして、唯一無二の聖女だ。こいつの聖光魔法がなけりゃ、中盤以降の魔族戦は詰む。

 最悪の場合、魔王復活を止められずに世界ごと滅亡エンド。つまり、こいつが死んだら俺も即死確定だ。絶対に死守しなければならない最重要保護対象!

 俺の生存のために馬車馬のように働いてもらわねば!)


 だから、打算100%で優しく接しているのだ。

 我ながらクズだと思うが、死にたくないんだから仕方ない。


 だが、そんな俺の下心を知ってか知らずか、横から冷や水を浴びせる声が飛んできた。


「まあ、あなたが噂の聖女様ですの。殿下にお会いできて随分と喜んでいらっしゃるようですけれど。その汚らしいお召し物で聖女気取りとは……片腹痛いですわ。

 そもそも、目上の方に対する礼儀作法、いえ、貴族社会における最低限の嗜みすらご存じないようですね」


 カロリーネだ。丁寧な言葉遣いとは裏腹に、その声は氷のように冷たく、貴族特有の傲慢さが隠しきれていない。

 取り巻きたちも再び嘲笑の声を上げている。

 リリアナは完全に萎縮してしまい、俯いて小さな声で何かを呟いた。


「わ、私は……皆を守るために、ここに……」


 彼女の瞳には悔しさが滲んでいる。聖女としての使命感と、平民であることへのコンプレックス。ゲームでも描かれていた彼女の葛藤だ。

 この屈辱に耐えてこそ聖女、みたいな悲劇のヒロイン思考も持ってるんだよな、こいつ。めんどくせえ。


 俺は頭の中でゲームの進行を思い出した。


(よし、ここだ! プロローグのハイライトシーン! 颯爽と現れた王子様が、悪役令嬢に虐げられる健気な聖女を優しく庇って守り抜く!

 これでリリアナの好感度は爆上がりし、王子ルートへのフラグが確定する!

 まずはゲーム通りに進めて、リリアナを俺ルートに引きずり込む! これが生存への第一歩!)


 ここは王子がリリアナを優しく励まし、カロリーネの非礼を毅然と窘めるべき場面だ。


(……ただ、問題もある。ゲームだと、このイベントがきっかけでカロリーネのリリアナに対する嫉妬と憎悪が爆発し、本格的ないじめが始まるんだよな。

 そのせいで、カロリーネは完全に孤立して悪役令嬢として破滅フラグを突き進む。

 結果、対魔族戦で重要な戦力であるカロリーネを、プレイヤーが自由にパーティーに加えられなくなる。

 それは困る。俺の生存確率がガクッと下がるだけだ)


 リリアナを庇えばカロリーネとの関係が悪化し、戦力ダウン。

 カロリーネに同調すれば、リリアナの好感度ダウン&死亡リスク上昇、さらにゲームのシナリオから逸脱して何が起こるか予測不能になる。

 まさに究極の選択。死にゲー特有の理不尽な二択だ。


(いや、待てよ……? 第三の選択肢はねえのか? リリアナを庇いつつ、カロリーネの機嫌も損ねない……そんな都合の良い方法が……)


 俺は一瞬考え込み、そして閃いた。そうだ、あいつを使えばいい!


 俺は一呼吸置いて、リリアナとカロリーネを交互に見つめ、俺の背後に隠れるようにしていた人物に声をかけた。


「おい、マリエッタ」


 俺が呼んだのは俺の双子の妹、マリエッタ・レオンハルト。

 金色の髪をツインテールにし、碧色の瞳をキラキラさせた、いかにも『可愛い妹キャラ』然とした少女だ。

 ゲームでは重度のブラコンで、兄である俺にべったりなキャラだったはず。


「は、はいっ! なんでしょう、お兄様っ⁉」


 マリエッタは、俺に呼ばれたのが嬉しいのか、パッと顔を輝かせて前に出てきた。

 きょとんとした顔で俺を見上げている。


 俺はそんな妹に、ニヤリと笑いながら告げた。


「マリエッタ。リリアナを着替えさせてやれ。うちの侍女に言って、この学院の制服を用意させろ。今すぐだ」


「え……?」


 マリエッタは一瞬戸惑いを見せたが、次の瞬間には「はいっ!」と元気よく返事をした。

 大好きな兄からの頼みごとだ、断る理由がない、というところか。


 背後で控えるカイルが、(アレクシス様? 姫殿下にそのような雑用を?)と内心で焦っている気配が伝わってくる。

 うるせえ、こちとら生きるか死ぬかなんだよ。


「わかりましたわ、お兄様! さあ、リリアナさん、どうぞこちらへ。わたくしがお部屋までご案内しますわ。素敵な制服を選んで差し上げます」


 マリエッタは完璧なプリンセススマイルを浮かべ、リリアナに優雅に手を差し伸べた。


 俺は内心、邪悪な笑みをこれでもかと浮かべていた。


(クックックッ……どうだ! これぞ俺の知略! ゲームだと、リリアナとマリエッタはイベントを進めると親友になる。相性は最高のはずだ!

 ならば最初からリリアナをマリエッタに預けてしまえばいい! 王女であるマリエッタの庇護下に入れば、いくらカロリーネでもそう簡単には手出しできまい!

 これでいじめイベントは回避! カロリーネの戦力も確保! リリアナの安全も確保! まさに一石三鳥!

 俺、天才じゃね⁉ 頼んだぞ、可愛い妹よ! 大好きな兄を死なせないように、聖女様をしっかり護衛するんだぞ!)


 ゲーム知識を応用した、完璧なる人任せ作戦である。

 俺は自分の閃きに酔いしれていた。


 ……だが、そんな上手い話が、このクソゲーで通用するわけがなかった。

 

次回本日17時公開!

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