第2話 転生王子の生存戦略
絶望の淵で頭を抱え、迫りくる死の恐怖に打ち震えていた俺だったが……
「……でもよ、待てよ……」
俺は混乱する頭を必死に働かせた。
「俺が魔法使えないクソザコだってのは確定した。だが、前世の経験が完全にゼロってわけじゃねえだろ」
俺は目を閉じて、前世の冴えない日々を記憶の底から掘り返した。
バイト先でクレーマーに絡まれた時、適当な言い訳と愛想笑いでその場を切り抜けた小賢しさ。
ネトゲで格上の相手に負けそうになった時、ルール無視のバグ技や裏技を駆使して逆転勝利した姑息さ。
友達ゼロだったから、1人で延々と攻略サイトを読み漁り、効率プレイを追求した知識欲。
「……クックックッ」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
「魔法が使えねえなら、頭脳で補うしかねえよなあ!」
混乱の中で思考が急速に整理されていく。
そうだ、俺には転生者ならではの武器がある。
それは、この世界が『レンデガルドの聖女と魔炎』という名のクソゲーであることを知っているという、圧倒的な情報アドバンテージだ!
俺は顔を上げ、噴水の濁った水面に映る自分の顔……いや、アレクシス王子のイケメンフェイスで歪んだ笑みを浮かべた。
「転生者ならではの知識で勝つ。それが俺のやり方だ。
魔法なんかいらねえ。俺の前世のクソザコ陰キャの生き様で、この死にゲーを攻略してやるぜ!」
俺は噴水の縁からよろよろと立ち上がった。
着慣れない豪奢な王子の服は動きにくいったらないぜ。
ふと腰に手をやると硬い感触があった。
ああ、そういや護身用とかいう名目の、やたらキラキラした短剣が差さってたっけ。
王族の嗜みかなんか知らねえが、こんなもん、飾りだと思ってたが……俺はその装飾過多な短剣の柄を、今はただ、自分の決意を固めるようにギュッと握りしめた。
膝の震えはまだ少し残っているが、心には新たな……いや、前世から持っていた、どす黒い闘志が燃え始めていた。
とりあえず情報収集だ。今後の展開、特に魔族襲撃の時期と場所を正確に把握しないと対策の立てようがない。
俺はカイルの元へ戻り、何食わぬ顔で尋ねた。
なお、カイルは俺が指示した場所で律儀に待っていた。ほんと忠犬だな、こいつ。
「なあ、カイル。この学院の周りの森とかって、普段どんな感じなんだ? なんか変な噂とか、物騒な話とかねえの?」
カイルは少し首を傾げ、明るく答えた。
「えっと、特に何も変わったことはありません。森はいつも通り静かですよ。
騎士団の方々がたまに巡回されているくらいです。
アレクシス様、何か気になることでもおありですか?」
「ふーん、そうか。ま、別にいいけどな。ただの好奇心だよ」
俺は平静を装いつつ、内心で盛大に舌打ちした。
(やっぱり誰も気づいてねえ! ゲームの知識じゃ、マジで近日中に魔族がうじゃうじゃ湧いてくるってのに! この平和ボケどもめ!)
最強技が使えない以上、俺が頼れるのは前世で培ったゲーム知識と、死にたくないという強烈な執着心と、前世のセコくてズル賢い知恵だけだ。
「よし、カイル。学院の中を少し歩くぞ。案内しろ」
俺はそう言って歩き出した。
カイルは「は、はい!」と慌ててついてくる。
少し歩いていると、廊下の向こうから侍女と一緒に戻ってきたマリエッタが駆け寄ってきた。
「あ、お兄様! カイルも! お部屋、とっても素敵でしたわ! さすが学院の寮室ですわね!」
満面の笑みで報告してくる妹。
タイミング悪ぃな、と思ったが、まあ仕方ない。
「そうか。じゃあ、これから中央広場の方へ行くぞ。お前も来るか?」
「はいっ! 参ります!」
マリエッタは嬉しそうに頷き、再び俺の隣にぴとっとくっついた。
カイルは俺とマリエッタの一歩後ろを、静かに従ってくる。
中央広場に足を踏み入れると、そこは活気に満ち溢れていた。
大理石でできた立派な噴水が勢いよく水を噴き上げ、周囲の花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが漂ってくる。
生徒たちは、いかにも金持ちそうな貴族らしい制服(これもクソ高いんだろうな)を身にまとい、魔法の練習に励んだり、談笑したりしている。
俺の隣では、マリエッタが「わぁ、綺麗ですわ! さすがは王立学院ですわね!」と目を輝かせている。
うるせえな、と思いつつも、俺の意識は別の方向に向いていた。
俺にとってはこの華やかな場所も、新たな生死を賭けた戦いの舞台であり、俺の策略を巡らせるためのチェス盤でしかないのだ。
(さて、まずは情報収集と……それから、使える駒……いや、仲間を探さないとな。俺1人じゃ、いくら知識があっても限界がある)
そんなことを考えていると、ふと視界の隅に、見覚えのある……いや、ゲームで散々見たキャラクターの姿が映った気がした。
1人は陽の光を反射してキラキラ輝く銀色の髪の令嬢。
取り巻きを従え、見るからに高慢そうなオーラを放っている。
間違いない、悪役令嬢カロリーネ・フォン・グランツだ。
その圧倒的な威圧感に、さっきまで俺の隣ではしゃいでいたはずのマリエッタが、いつの間にか俺の背後にサッと隠れた。
おいおい、兄を盾にするなよ。まあいいけど。こいつ、こういう危機察知能力だけは妙に高いんだよな。
もう1人はカロリーネとは対照的に、広場の隅っこでオドオドしている地味な栗色の髪の少女だ。
質素な服を着ていて、明らかに場違いな雰囲気を醸し出している。
こいつがこのゲームの主人公、聖女リリアナか。
(うわ、もう揃ってんのかよ……しかも、見るからに面倒くさそうな組み合わせじゃねえか。
……背後にはビビってる妹もいるしよぉ……)
俺は内心で悪態をつきながらも、口元に王子スマイル(練習中)を貼り付けた。
(さあて、ゲーム開始、といくか。世紀のクソゲー、『レンデガルドの聖女と魔炎』……俺の生存戦略の幕開けだぜ!)
これから始まるであろう面倒ごとと死亡フラグの数々に、俺は内心で盛大にため息をつきつつ、一歩踏み出したのだった。
背後で妹がドレスの裾をぎゅっと握っている気配を感じながら。
次回本日16時公開!