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第16話 好感度全員低いヒロインたち

 夕暮れは空が気味の悪い赤紫色に染まり、まるで世界が終わる前触れみたいで、俺のチキンな心臓がドクドクと嫌なリズムを刻んでいた。

 俺は裏庭の隅っこ、かつては風流な月見台だったらしい高台(今は雑草生え放題のただの石の塊だ)へと向かっていた。

 例の通信クリスタルを持ちながら。


「よし……こいつを特定の周波数に合わせて起動して、限定的な範囲にだけ、強力な偽の魔力信号を発信だ。

 ……単純な魔族どもなら『結界石の魔力反応が移動した⁉ 目標変更だ!』とかなんとか勘違いして混乱するはず。

 古典的だが、頭の悪い奴らには効果テキメンだろ」


 クリスタルを操作すると、一瞬、不吉な赤い光がチカチカと点滅して低いノイズ音を発した。

 俺はニヤリと、そこらの三流悪役も真っ青になりそうな、邪悪な笑みを唇に刻んだ。

 俺のセコくて陰湿な知略と、マリエッタへの、わずかながらも芽生え始めた期待感が、俺に奇妙な高揚感と、今にも折れそうなほど脆い根拠のない自信を与えていた。


 マリエッタも約束通り少し遅れて姿を現した。

 金色のツインテールを揺らしながら、手慣れた様子で近くの鬱蒼とした茂みに身を滑り込ませる。

 ……さすが、前世で修羅場をくぐり抜けてきた(っぽい)だけあるぜ。

 状況判断と隠密行動だけは、そこらの騎士より数段上かもしれん。


「いいか、マリエッタ。合図したら、このクリスタルで『結界石の魔力反応、裏庭の東側に強く確認! 急行せよ!』ってな感じで偽情報を流す。

 奴らがそれに釣られて右往左往した隙を狙って、お前が奴らの警戒が手薄になった背後から一気に奇襲をかけろ。

 お前の『疾風刃(ゲイル・ブレード)』でな。

 俺は別の場所にコソコソ仕掛けた音爆弾とか閃光玉とか、そういう効果的な罠で後方から援護する。

 これで勝てる。いや、勝つんだ! 俺たちの輝かしい未来、俺は安泰な老後、お前はイケメンハーレムのためにな!」


「……アンタを前面に出して無様に死なせるよりは、百万倍マシな作戦だけどよ」


 マリエッタは心底呆れ返った、という顔でクソでかいため息をついたが、その碧眼には前世の鬱憤を晴らすかのような闘志が燃えているようだった。


「とことん人任せで、自分の手は一切汚さないってところは、相変わらず反吐が出るほどクズな戦法だけどな、アンタは」


 そう言うなよ。俺に戦闘能力ないんだし。

 さてと他の戦力も、きちんと来てくれよ。

 カロリーネとリリアナ……あの好感度激低の2人も頼むから来てくれ!


 俺はここに到着する前の、直前の出来事を振り返った。


 ***


 夕闇が迫る学院の石畳の廊下を、焦る気持ちを抑えながら足早に歩く。すれ違う生徒たちの視線が痛い。


「あ、顔だけの卑怯者の王子様だ……」

炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント使わないで見殺しにされた人、可哀想……」


 そんな囁き声が聞こえてくる。

 俺の評判は完全に地に落ちている? そんなもん知るか! 生き残るためには、形振り構っていられるか! プライドなんて、腹の足しにもならねえんだよ!

 使えるものは、たとえ嫌われていようが何だろうが、骨の髄まで利用し尽くす!

 それが俺のジャスティスであり、唯一の生存戦略なのだ!


 幸いにも、というか様式美というべきか、2人はすぐに見つかった。

 荘厳な雰囲気(俺にはただ古臭いだけ)の図書室の入り口付近で、カロリーネがリリアナに、いつもの調子でネチネチと何か厳しく言い含めている場面に、俺は絶妙のタイミング(?)で遭遇したのだ。


 うわあ……カロリーネもそうだが、彼女の背後の取り巻きたちの存在も怖え。


「……よろしいですか、リリアナさん。貴女はその稀有な力で多くの者を救いましたが、同時にご自身の立場を弁えることも重要です。

 貴族社会には、長年培われてきた秩序と序列というものがございます。

 あまり図に乗って、その神聖な秩序を乱すような軽率な振る舞いは慎みなさいと、わたくしは貴女のためを思って忠告しているのですわ」

「は、はい……申し訳ありません、カロリーネ様。……私、もっと気をつけます……」


 リリアナが完全に萎縮しきって、小さな体をさらに縮こまらせて俯いている。

 栗色の髪が力なく彼女の顔を隠していた。

 いかにもな、乙女ゲーム的悪役令嬢と、それに虐げられる健気主人公の構図。

 やれやれ、こいつらも飽きねえな。


「よう、みんな。こんな薄暗いところで何やってんだ?

 秘密の女子会か?」


 俺がわざと軽薄な口調で声をかけると、カロリーネは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに完璧な淑女の仮面(ただし目は凍るように冷たい)を顔に貼り付けた。


 リリアナは俺の顔を見て、少しだけホッとしたような表情を浮かべたが、その瞳の奥には、拭いきれない不安と、俺に対するわずかな戸惑いの色が浮かんでいるように見えた。


(好感度:30【他人】……他人って、おい)


「まあ、アレクシス殿下。これはこれは奇遇ですわね」


 カロリーネの声は鈴を転がすように美しいが、温度は絶対零度だ。


(好感度:50【不信】……これでもまだマシな方か? 低すぎるけど!)


「ちょうど、リリアナさんに貴族社会における最低限の嗜みと、ご自身の立場について、少しばかりご指導差し上げていたところですのよ。

 殿下には何の関係もないことですわ。それとも、また何か、我々を巻き込むような厄介事でもお考えで?」


「そ、そうなんですか、王子様……?」


 リリアナが不安げに俺の顔色を窺う。

 その声には前回のような無条件の信頼の色は薄れていた。


(よし! 主人公の聖女と悪役令嬢、2人まとめて確保! こいつらを戦力として動員しない手はない!

 特にリリアナの広範囲回復と、あの忌々しい魔族特攻効果は、今回の作戦の成否を分けるレベルで必須だ!

 カロリーネの氷魔法の火力も、マリエッタだけじゃ手が回らないであろう敵の足止めには必要不可欠!)


 俺は内心で汚いガッツポーズを決め、2人にクソ真面目な(そして内心は必死な)表情を向けた。


「カロリーネ、リリアナ。……緊急事態だ。戯れ言を言っている場合じゃない。話がある。

 今夜、この学院の裏庭に、前回よりも強力で、おそらく複数体の魔族が襲来する可能性が極めて高い。

 これはただの勘じゃない。前回の戦闘で奴らが残した魔力の残滓が、裏庭周辺に異常な濃度で集まっているのを俺は感知した。

 それに、カイルからの極秘報告によれば、裏庭に面した森の様子も尋常ではないらしい。

 ……これは王家の血が告げる、確かな予兆だ」


 俺はハッタリと、わずかな事実(カイルが心配そうに裏庭の様子を報告してきたのは本当だ)を織り交ぜ、畳み掛けるように言った。


「2人とも、俺に協力してほしい。これは個人的な頼みじゃない。この学院を、いや、王国を守るためだ。そして何より、俺たち自身が生き残るために!」


 俺の突然の芝居がかった言葉に、カロリーネもリリアナも驚いたように目を丸くした。

 背後でカロリーネの取り巻きたちが、遠慮のないヒソヒソ声で囁き合っているのが聞こえる。


「また殿下の根拠のない勘ですって?」

「魔力の残滓? そんなものを感知できるのなら、ご自身の魔法で解決すればよろしいのに……」

「この前の失態で多くの騎士が亡くなったというのに、今度は我々まで盾にするおつもりかしら……」


 などと、散々な言い草だ。

 うるせえ! 泣きたくなるからやめろ!


「……殿下」


 カロリーネが冷ややかに口を開いた。


「貴方様のお言葉、俄には信じ難いですわね。前回の戦闘での貴方様の『ご活躍』は、我々の記憶にも新しいところです。

 その上で、今度はどのような『作戦』で、我々を都合よく利用なさるおつもりですか?」


 その紫の瞳には、侮蔑と強い不信の色が浮かんでいる。


「だ、だから、今回は違う! ちゃんと作戦がある! マリエッタも協力してくれることになっている!」


 俺は必死に訴えるが、カロリーネの表情は変わらない。

 リリアナも困ったように眉を下げ、視線を彷徨わせている。


(クソッ、やっぱり信用されてねえ! ハッタリも権威も通用しねえ! このままじゃ協力は得られない……!

 そしたら次の戦いで、俺は……死ぬ! 絶対に死ぬ!

 死にたくない! 死にたくないんだよ! プライド? そんなもん食えるか! 地面にキスして泥水すする方が、あのグロい魔族に内臓ぶちまけて死ぬより、百万倍マシだ!)


 俺はギリッと奥歯を噛み締め、次の瞬間、カロリーネとリリアナ……彼女たちの後ろで嘲笑を浮かべる取り巻きたちの前で、床に膝をつくような勢いで深々と頭を下げた。

 誂えの良い革靴の爪先が、冷たい石畳にコツンと音を立てる。金色の前髪が、無様に顔にかかった。


「頼む! 俺に力を貸してくれ! この通りだ! 俺たちの……いや、この学院にいる全員の命がかかってるんだ!

 俺の力じゃどうにもならない! だから……頼む!」


 絞り出すような情けない声だった。

 王子の威厳なんて欠片もない。ただ、生き残りたい一心で、必死に懇願する哀れな男の声だ。


 図書室前の廊下に、気まずい沈黙が流れる。

 カロリーネもリリアナも取り巻きたちも、予想外の俺の行動に完全に呆気に取られ、言葉を失っているようだった。


 その様子を、廊下の少し離れた柱の陰から息を殺して見守る影があった。

 マリエッタだ。

 

(……マジかよ、アイツ。そこまですんのかよ。

 ガチで土下座じゃねえか……うわ、キッッッッツ、キッッッッモ……見てるこっちが恥ずかしくなるわ。

 でも……そうするぐらい、マジでヤバい状況なのは確かだわ……)

 

 マリエッタはドン引きしつつも、アレクシスのなりふり構わぬ必死さに、ほんの少しだけ見直したのだった。


 図書室の大きなステンドグラス窓の外では、空が血を流したかのように不吉な赤黒い色に染まりきっていた。

 風が一層強く吹き荒れ、古い窓枠をガタガタと、まるで何かの断末魔のように不気味に揺らしている。


 俺はゴクリと生唾を飲み込み、顔を上げることなく、ただひたすら返事を待った。

 これから始まるであろう、新たな死闘に向けて内心で恐怖に震える足を叱咤し、無理やり覚悟を決めた。


 絶対に、絶対に、こんなクソみたいな世界の、こんな序盤で死んでたまるか! 俺は生き残るんだ! 何としてでも!

 

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