第14話 妹の正体
昼休みに、俺はマリエッタを人目につかない中庭の隅っこ……あの忌まわしい火花事件の現場でもある、古びた噴水の傍に呼び出した。
石畳が太陽の熱を吸っていてじんわりと暖かい。
噴水の水音がやけに静かに響いている。
水面に映る自分の顔が、緊張で引きつっているのがわかった。
やがてマリエッタが姿を現した。
金色のツインテールが風に揺れて碧色の瞳がキラキラと輝いている。
ふわふわのレースがたくさんついた、いかにもお姫様然としたドレス姿だ。
頬は微かにピンク色に染まっている。
「お兄様、どうかなさいましたの? わたくしにお話とは嬉しいです!」
彼女は無邪気な笑顔を浮かべ、俺に近づいてきた。
その完璧な『可愛い妹』ムーブに、俺は内心で激しく動揺した。
(こ、これで好感度ゼロ……? 嘘だろ⁉ 絶対にバグだ! こんなに可愛くて、俺に懐いてる妹が、好感度ゼロなわけない!)
俺はその屈託のない笑顔を見て、本気で好感度システムの表示エラーを疑った。演技だとしても、あまりにも自然すぎる。
「……マリエッタ」
俺は意を決して切り出した。
「お前さ、俺の可愛い妹……だよな?」
「もちろんですわ! お兄様は、マリエッタの世界で一番大切なお兄様ですもの!」
即答、満面の笑み、完璧な妹ムーブ。
だが、俺の脳内には『好感度0』の文字が点滅している。
怖ええええ!
「そ、そうか……なら話が早い。実はな、また魔族が来る気がするんだ。俺の勘がそう言ってる。
今度は、学院の裏庭あたりが危ねえかもしれん」
「まあ! 大変ですわ!」
マリエッタは心配そうに眉をひそめる。
これも演技か?
「そこでだ、マリエッタ。お前は剣の腕も立つし、魔法も使えるだろ? 俺と一緒に戦ってくれねえか? お前の力が必要なんだ」
俺がそう言って彼女の反応を窺うと、次の瞬間、マリエッタの表情が一変した。
さっきまでのキラキラした笑顔が嘘のように消え、碧色の瞳が氷のように冷たく、鋭い光を放って俺を睨みつけたのだ。
「……は?」
俺は思わず間抜けな声を漏らした。何だ、今の変わりようは?
「……おい。アンタさ」
マリエッタの声が、明らかに低くなっている。
口調も、さっきまでの猫なで声とは似ても似つかない、荒々しいものに変わっていた。
「マジで、何なの?」
「え? え?」
俺は完全に混乱して後ずさりしそうになる。
背筋に冷たいものが走り、全身の毛が逆立つような感覚。
「アンタさぁ」
マリエッタが一歩、俺に近づく。
その威圧感は、さっきまでの可憐な少女とはまるで別人だ。
「ゲームの知識、持ってんだろ? この世界が何なのか、わかってんだろ?」
「なっ……⁉」
「『レンデガルドの聖女と魔炎』。……知ってんだろ? このクソゲーのこと」
吐き捨てるようなマリエッタの言葉に、俺はもはや隠しきれない動揺で叫んでいた。
「お、おま……お前も……転生者なのか⁉ マジかよ!」
俺の声が中庭に響き、近くを歩いていた生徒が一瞬、怪訝な顔でこちらを振り返った。
だが、俺にそんなことを気にしている余裕はなかった。
目の前の妹の豹変ぶりに、俺のキャパシティは完全にオーバーしていた。
マリエッタが、フン、と鼻で笑った。その仕草は、どこか場慣れした不良のようだ。
「ったりめーだろ。あたいだって、前世でこのクソゲー、死ぬほどやり込んでたんだよ。
アンタ(アレクシス王子)が、一番のお気に入りキャラだったからな。
転生して、憧れの王子様に会えるって、最初はマジでテンション上がったぜ? ……でもさぁ」
マリエッタの碧眼が、俺を値踏みするように細められる。
「アンタ、中身、クズすぎねえ?」
「ぐっ……!」
俺は言葉に詰まり、喉がカラカラになった。否定できない自分が情けない。
マリエッタは、そんな俺を嘲笑うかのように続けた。
「この前の戦い聞いて確信したわ。アンタ、仲間を平気で囮にして、自分は安全な場所からコソコソ指示出してただけだろ?
しかも、最強魔法の『炎獄の裁き』すら使えねえヘタレ。
……大好きだったアレクシス王子が、こんな卑怯で使えないクソザコ野郎になってるとか、マジで萎えるんだけど。
その魂、とっとと消えて、元の王子様に身体返してくんねえかな?」
冷淡で容赦のない言葉。
それは俺の心の最も痛い部分を的確に抉ってきた。
俺は必死に反論した。
「ま、待て待て待て、マリエッタ! たしかに俺は卑怯かもしれねえ! クソザコかもしれねえ! でも、それは生き残るためなんだよ!
お前も転生者ならわかるだろ⁉ このゲーム、マジで死にゲーなんだぞ! ちょっと油断したら即ゲームオーバーなんだよ!」
俺の必死の訴えに、マリエッタは黙って俺を見つめている。
少しは響いたか? 俺は畳み掛けるように続けた。
「こうなったら、俺たち転生者同士、協力してこのクソゲーを攻略しようぜ! な? お前だって、この世界でやりたいことあんだろ?
ゲームの男キャラが好きだったって言ってたじゃねえか! ヴィンスとか! ガレスとか! ルシアンとか! あいつらとイチャイチャしたり、結婚したりしたいんだろ⁉
生き残らなきゃ、それも全部無理なんだぞ!」
俺がそう言うと、マリエッタの目がほんの少しだけ揺らいだ気がした。
「……ヴィンス様……ガレス様……ルシアン様……」
彼女が、うっとりとした表情でイケメンたちの名前を呟く。
(よし! 食いついた! こいつ、やっぱりイケメン好きか!)
マリエッタは少し考え込むように顎に手を当て、やがて口を開いた。
「……たしかに、あいつらと結ばれるってんなら、アンタと協力するのも……まあ、アリっちゃアリ、か。
あたいのために頑張ってくれるイケメンたちに囲まれるハーレム……最高だもんな……じゅるり」
おい、最後なんか変な音したぞ。
「だろ⁉ だろ⁉ 俺とお前が組めば、魔族なんて楽勝だ!
俺が知略でサポートして、お前が前線で暴れる! 完璧なコンビだ!
生き残って、俺は王位を継いで安泰な老後を送り、お前はイケメンハーレムを築く! Win-Winじゃねえか!」
俺は満面の笑みで彼女の肩に軽く手を置いた。
頼む、協力してくれ!
マリエッタは、まだ少し不満そうな顔をしていたが、やがて渋々といった感じで頷いた。
「……はぁ。わかったよ。協力してやる。どうせクソゲーだし、生き残らなきゃ意味ねえもんな。……ただし」
「ただし?」
「これからは、2人きりの時は素の『あたい』でいくからな。人前じゃ、これまで通り『お兄様大好き♥』な『わたくし』で完璧に演じてやるけどよ。
アンタも、あたいの前では王子様ぶるなよ。キモいから」
「お、おう……りょ、了解……」
キモいって言われた……
「よし、決まりだ! さすが俺の妹(魂はヤンキー)! これで俺の生存確率も少しは上がったぜ!」
俺は無理やり笑顔を作り、マリエッタの頭を……撫でようとして、彼女の鋭い視線に気づいて慌てて手を引っ込めた。
(……でも、油断はできねえ。好感度ゼロのヤンキー転生者とか、いつ裏切られてもおかしくねえ。
なんとかして、こいつの好感度も上げねえと……俺、いつか背中から刺されるんじゃねえか……?)
俺は内心で冷や汗を流しながら、目の前の、変わり果てた妹(?)との奇妙で危険な協力関係の始まりを、複雑な思いで受け入れるしかなかった。