第13話 発見! 好感度システム!
(さて、と……俺もさっさと寮に戻るか……)
俺の周りでは、まだ「魔法を使わない卑怯な王子」「騎士団を見殺しにした臆病者」といった囁き声と、好奇と侮蔑の入り混じった視線が飛び交っている。
居心地が悪すぎるぜ。
自室に戻った俺は、ベッドに倒れ込み、乱暴に短剣を枕元に放り投げた。
「クソッ! クソクソクソッ! 魔法が使えねえってバレたら終わりだ! 今後どうすりゃいいんだよ⁉
次の魔族襲撃が来たら、もう誰も俺の言うことなんか聞かねえかもしれんぞ!」
焦燥感が胸を締め付けて呼吸が浅くなる。
俺は放り投げた短剣を再び手に取り、その冷たい感触に僅かな安堵を求めた。
刃に映る金髪の貴公子の顔が、屈辱と焦りで歪んで見える。
ただ、リリアナが見せたあの純粋な光に触れた瞬間に感じた、微かな温かさ。マリエッタの無邪気な信頼。カロリーネの複雑な表情。
それらが妙に心の片隅に引っかかっていた。
「……何だよ、あの聖女の可愛さ……カロリーネも近くで見るとやっぱ美人だし……マリエッタも妹だけど魂は兄妹じゃねえし、アリだよな?
……いやいやいや! 集中しろ俺! 今は生存戦略だ! 色恋沙汰にうつつを抜かしてる場合じゃねえ!」
俺は自分を叱咤して無理やり瞼を閉じた。疲労困憊だ。今日はもう寝よう。
……と、思ったのだが。ふと、あることを思い出した。
「そういや、このゲーム……『レンデガルドの聖女と魔炎』には、たしか好感度システムがあったよな……?」
ゲームでは、攻略対象や仲間たちの好感度を上げることで、特別なイベントが発生したり、戦闘での連携が強化されたり、最終的にはエンディング分岐にも関わる重要な要素だったはずだ。
「この現実のような世界でも、もしかして好感度って見れたりするのか……?
ゲームならステータス画面で確認できたけど……ていうか、主人公であるリリアナしか見れねえオチかもなあ」
俺は試しに目を閉じたまま、ゲームのステータス画面を開くような感覚で、意識を集中させてみた。
属性核に意識を向けるように、『好感度』という概念を強く念じてみる。
すると胸の奥で微かな熱が蠢き……頭の中に、ぼんやりとだが、いくつかの名前と数字が浮かび上がってきたのだ!
(おおっ⁉ マジか! 見えるぞ! よっしゃ! これで仲間たちの俺への評価が丸わかりだぜ! さてさて、俺様への好感度はどんなもんかな~?)
俺はウキウキしながら、浮かび上がった数字を確認していく。
カロリーネ: 50【不信】
リリアナ: 30【他人】
カイル: 50【不安】
ヴィンス: 45【疑念】
ガレス: 35【呆れ】
ルシアン: 30【失望】
「……は?」
俺は思わず飛び起きた。ベッドのスプリングがギシリと軋む。
(ひっく! 全員ひっく! カイルですら50ってどういうことだよ! 俺、あいつに命預けてるレベルで信頼されてると思ってたのに!
ヴィンスとかガレスとかルシアンに至っては、もうちょいで嫌悪レベルじゃねえか! あの戦いで評価ダダ下がりかよ!)
予想外の低さに愕然とする。
これじゃあ、まともな連携なんて期待できない。
下手したら、いざという時に見捨てられる可能性すらあるぞ!
だが、本当の衝撃は、最後に表示された名前にあった。
マリエッタ: 0【憎悪】
「……はあああああああああああああ⁉」
俺はベッドから転げ落ち、床に額をガンッ! と強かに打ちつけた。
冷や汗が滝のように流れ落ちる。
「ゼ、ゼロ⁉ ゼロってなんだよ! マリエッタ! 俺の可愛い妹が! 好感度ゼロってどういうことだよ!
憎悪って何⁉ 俺なんかした⁉ いや、したけどさ! ゲームだと仲良しこよしの理想的な兄妹だったのにぃぃぃぃぃぃぃ!
おい、マジかよ! バグか⁉ バグだと言ってくれぇぇぇぇぇ!」
膝がガクガクと震えて恐怖と混乱で目の前が真っ暗になりそうだ。昨日……いや、ついさっきまで「お兄様!」「お兄様の味方ですわ!」とか言って抱きついてきたマリエッタの笑顔が脳裏に浮かぶ。
だが、脳内に表示された好感度0という冷酷な数字が、その全てが嘘偽りであった可能性を突きつけてくる。
俺は床に転がった短剣を握り潰さんばかりの力で掴み、震える声で呟いた。
「クソが……この世界、本気で俺を殺しに来やがってるのか……?」
窓の外では不気味な風が木々を揺らし、遠くの森から、またしても魔族の咆哮が聞こえてきた気がした。
俺の心臓は恐怖で破裂しそうなほど激しく暴れ出し、俺は再びベッドに崩れ落ちた。
「マリエッタがゼロ……? いや、待てよ、落ち着け。何か見間違いとか、システムの不具合とかかもしれねえだろ?
そうだ、きっとそうだ!」
必死に自分を納得させようとするが、好感度0の衝撃はあまりにも大きい。
もはや、誰を信じていいのかわからない。
俺は短剣を手に握り直し、その冷たい刃に映る自分の青ざめた顔を睨みつけた。
「魔法なし、騎士団からの信頼ゼロ、親父には勘当寸前、仲間たちの好感度は軒並み低空飛行。
そして……身内であるはずの妹からの好感度は、まさかのゼロ……か」
俺はフッと乾いた笑いを漏らすしかなかった。現実逃避だ。
「いや、無理ゲーだろ、これ! これでどうやって生き残れってんだよ! 教えてくれよ、神様!」
俺は顔面蒼白のまま、誰もいない部屋で絶叫した。
その声は夜の静寂の中に虚しく響き渡るだけだった。
***
魔族襲撃事件から一夜明けて、俺は自室の窓辺に腰かけ、死んだ魚のような目で外を眺めていた。
窓枠に刻まれた小さな傷(昨日、額を打ち付けた跡だ)が、差し込む朝日の中で妙にリアルだ。
外では相変わらず、生徒たちの能天気な笑い声や剣戟の音が響いている。
あんなことあったのに平和ボケかよ、くそったれ。
部屋の中はシンと静まり返っている。
木製の安っぽい机の上には、昨日転がしたままの短剣が朝日を鈍く反射していた。
俺はその短剣を手に取り、意味もなく刃を指で軽く弾きながら、今後のイベントについて頭を悩ませていた。
「ゲームの記憶だと、次は学院の裏庭で前回よりデカい魔族が複数体襲来するはずだ。
時期は……これも数日以内。ヤバい、マジで準備が間に合わねえ……」
そして、俺の頭の中には、あの忌々しい『好感度システム』の数字がチラついている。
カロリーネ50、リリアナ30、カイル50、ヴィンス45、ガレス35、ルシアン30……マリエッタ0。
(全体的に低すぎる! 特にリリアナがこれじゃあ、恋愛イベントどころか生存フラグすら怪しい!
カロリーネの50だって、本来なら俺にベタ惚れ設定のはずなのにこの低さだぞ! 初日のやらかしが響いてるのか……?)
俺はため息をつき、各キャラの数値を改めて分析する。
(カイル50……忠犬のはずなのに、これも低いな。俺の卑怯な戦いぶりにドン引きしたか?
ヴィンス45、ガレス35、ルシアン30……こいつらは元々、俺(王子)に対して複雑な感情を持ってる設定だったから、まあこんなもんか? いや、低すぎる! これじゃ連携なんて期待できん!)
(リリアナ30……昨日のあれで、王子(俺)がヘタレだとバレたか? 恋愛イベントも完全に無視してたし、まあ仕方ねえか……って、納得してる場合じゃねえ!)
俺は頭を抱えた。
(全員こんな低い好感度じゃ、マジで詰むぞ! 最後の魔王戦なんて、仲間との絆パワーが必須なんだ!
リリアナからの好感度が低けりゃ、聖女の真の力も解放できないかもしれん! カロリーネも男どもも、このままじゃマズい!)
冷や汗が背中をツーッと伝う。
最後の魔王戦に、俺がいない(既にお星様になってる)光景が脳裏に浮かぶ。
俺はいてもたってもいられなくなり、部屋の中をウロウロと歩き始めた。
足元の安っぽい絨毯が、フカフカと頼りない感触を伝えてくる。
「好感度を上げねえと! とにかく上げねえとヤバい! でも、どうやって⁉ 俺にそんなコミュ力ねえぞ! 前世じゃ友達ゼロだったんだぞ!」
俺は再びベッドに突っ伏して頭を抱えて呻いた。
短剣が手から滑り落ち、床にカランと軽い音を立てて転がる。
「……それにしても、マリエッタのゼロだよな。マジで何なんだ? 俺の卑怯さに幻滅した?
でも、昨日はあんなに『お兄様の味方ですわ!』とか言って喜んでたじゃねえか。
……あれ、全部演技だったってことか? 怖すぎるだろ、あいつ……」
呟きながら、俺は天井のシミ(王子部屋なのにシミがあるのかよ)をぼんやりと見つめた。
「……いや、待て。好感度ゼロだとしても、あいつは俺の妹だ。
次の裏庭襲撃イベントは、ゲームだとマリエッタがキーパーソンになる場面もあったはず。
あいつは見た目に反して戦闘能力はかなり高い。
剣も魔法も使える万能キャラだ。好感度ゼロだろうがなんだろうが、協力してもらわなきゃ、俺が死ぬ!」
そうだ、今は感傷に浸っている場合じゃない。
俺は決意を固めてベッドから跳ね起きた。
短剣を拾い上げて腰の鞘に納める。
まずは、マリエッタの真意を確かめて無理やりにでも協力させる! それしかない!