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第11話 聖女の光と王子の評判

「皆様! まだ諦めてはなりませんわ!」


 凛とした声が戦場に響き渡った。

 声の主は、カロリーネ・フォン・グランツ!

 いつもの優雅なドレスではなく、動きやすそうな戦闘用のドレスに身を包み、銀髪を風に靡かせながら氷の杖を手に現れたのだ!

 彼女の周囲には、凍てつくような冷気が渦巻いている。


「やはり、殿下の懸念は本物でしたのね! このおぞましい気配……結界石の揺らぎと連動しているのは間違いありませんわ!

 わたくしの氷魔法、『氷嵐の刃(ブリザード・ブレード)』にて、道を切り開きます!」


 彼女の紫の瞳が鋭く光り、杖を掲げると周囲の空気が急速に凍てつく。

 そして無数の鋭い氷の刃が生成され、細身の魔族に向かって一斉に放たれた!

 

 ヒュンヒュンヒュン! と風を切る音と共に、氷の刃が魔族の体を貫き、黒い血飛沫を凍らせながら地面に突き刺さる!

 細身の魔族は甲高い悲鳴を上げ、動きを止められた。


「これが、貴族の力ですわ!」


 カロリーネの圧倒的な魔法が、戦場の空気を一変させた。


(おおおお! カロリーネ! ナイスタイミング! 助かった!)


 俺は心の中で、神様仏様カロリーネ様と拝み倒した。

 カロリーネの参戦で、戦局は少しだけ好転したかに見えた。

 ルシアンが再び回復魔法を使い、ガレスの傷を癒す。

 ヴィンスが冷静さを取り戻し、騎士団に的確な指示を飛ばし始めた。


「カロリーネ嬢の援護がある! 騎士団、陣形を立て直せ! 巨体を押し返すんだ!」


 だが、巨体の魔族はカロリーネの氷魔法にも怯むことなく、怒りのままに暴れ回る。

 その圧倒的なパワーは健在で、氷の刃を弾き飛ばして騎士団の盾をいとも簡単に砕く。


「くっ……!」


 カロリーネが杖を構え直し、さらに強力な魔法を放とうとした瞬間、巨体の魔族の拳が彼女を的確に狙って振り下ろされた!


「危ない!」


 俺は思わず叫んだ。しかし俺の声は届かない。

 カロリーネは咄嗟に氷の障壁を展開したが、巨体の拳はその障壁をも粉々に砕き、彼女の華奢な体を吹き飛ばした!


「きゃあああ!」


 カロリーネは短い悲鳴を上げて森の奥へと飛ばされ、古木の幹に激突して地面に崩れ落ちた。

 氷の杖が手から滑り落ち、カランと音を立てる。


(カロリーネまで……⁉ 嘘だろ⁉)


 頼みの綱だったカロリーネまでもが一撃で戦闘不能に。

 戦場の空気は再び絶望の色に染まった。

 騎士団の士気は地に落ち、ガレスもルシアンもヴィンスも、もはやなすすべなく魔族の猛攻に晒されている。


「殿下! 王子殿下はどこだ! 『炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント』を! 『炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント』さえあれば、こんな奴ら!」

「我らが頼みの綱は……!」

「殿下は、どこにおられるのですか!」


 騎士たちの悲痛な叫びが俺の耳に突き刺さる。

 俺は茂みの中で唇を噛み締めていた。

 冷や汗が止まらない。


(使えねえんだよ! そのクソ魔法は! ……でも、それを知られたら終わりだ。王子の権威も信頼も全て失うだろうな……)


 焦燥感が胸を締め付けて呼吸が苦しくなる。

 俺にできることなど何もない。

 出ていったら無駄死にするだけだ。


(逃げるか? いや、でも仲間を見捨てて……? くそっ、どうすりゃいいんだよ!)


 俺が絶望的な状況で頭を抱え、ただ震えるしかなかった、その時だ。


「皆さんを……私が、守ります……!」


 か細いが、どこか芯のある声が響いた。

 声の主はリリアナ!

 寮にいても落ち着かず、強まる邪悪な気配と胸騒ぎに突き動かされるように森へと駆けてきた彼女は、戦場の惨状と仲間の危機を目の当たりにし、恐怖に震えながらも必死に両手を前に突き出していた。


「『聖光の癒し(ホーリー・ヒール)』!」


 彼女の小さな体から眩いほどの淡い光が溢れ出した。

 その光は暖かく、戦場全体を包み込むように広がる。

 光に触れた、まだ息のある騎士や仲間たちの傷が、みるみるうちに癒えていくのが見えた。


 ガレスの肩の傷も、ルシアンの疲労も、カロリーネが倒れた場所にも光が届き、彼女がゆっくりと身を起こすのが見えた。


 さらに、その聖なる光は魔族たちにとっても脅威だった。

 光を浴びた魔族たちの動きが明らかに鈍り、特に巨体の魔族は鱗が白く焼けるように煙を上げ、苦悶の声を漏らしている。 

 細身の魔族は光によろめき、その隙を突いて立ち直った騎士たちが槍で貫いてとどめを刺した。


 巨体の魔族も、聖光によって弱体化し、ガレスの渾身の一撃がついに硬い鱗を破り、大剣が深々と突き刺さった!

 ヴィンスの指示で、生き残った騎士たちが一斉に槍を突き立て、ついに巨体は最後の咆哮を上げて崩れ落ちた。


「……やった……のか?」


 あっけない幕切れだった。

 絶望的な状況を覆したのは、聖女リリアナの、たった一つの光魔法だったのだ。


(すげえ……これが聖女の力か……! ゲーム序盤でここまでの威力とは! クソゲーと違い頼りになるじゃねえか⁉)


 俺は驚愕しつつも、勝利の事実に安堵した。


「リリアナ! みんな! やるじゃねえか! よくやった! 助かったぞ!」


 俺はここぞとばかりに茂みから飛び出し、息を切らしながら(演技)、勝利を喜び合おうと仲間たちに駆け寄った。


 だが次の瞬間、俺に向けられたのは称賛や感謝の言葉ではなかった。


 突き刺さるような冷ややかな視線と、抑えきれない怒りを滲ませた非難の声。


「……王子。貴方は、今までどこに隠れておられたのですか」

「我々が命懸けで戦っている間、物陰に潜んでいたと?」

「魔法の一つもお使いにならず……! これが王族の戦い方だとでも⁉」

「騎士の誇りを……我々の覚悟を踏みにじったも同然だ!」

「王子が魔法を使ってくだされば、犠牲者など出なかったはず……!」


 血と泥にまみれた騎士たちの言葉が、重く俺にのしかかる。

 カロリーネも、ガレスも、ヴィンスも、ルシアンも、複雑な表情で俺を見つめている。

 リリアナだけが心配そうにオロオロしていた。

 カイルも茂みから出てきて俺の隣に立ったが、その表情は硬く、何か言いたげに口を開きかけては閉じるのを繰り返している。


 森全体が重苦しい沈黙に包まれる。俺は彼らの視線から逃れるように俯き、苦渋の表情で呟くしかなかった。


「……皆を、無事に生還させるために……俺なりに、最善を尽くしたつもりだったんだ……」


 言い訳がましいその言葉は、誰の心にも響かなかった。


 戦場は勝利したとはいえ、あまりにも凄惨だった。

 地面には倒れた騎士たちの亡骸が転がり、魔族の黒い血と人間の赤い血が混じり合い、毒の煙と死臭が漂っている。

 夕闇に包まれた森は、死と血の匂いで満たされていた。


 俺は生き残った安堵感よりも、仲間たちの冷たい視線と、目の前の凄惨な光景に対する罪悪感で胸が締め付けられるのを感じていた。


「……クソッ……」


 呟き、思わず目を背けた。

 だが、すぐに顔を上げて無理やり自分を納得させる。


(……それでも、生き残った。……主要キャラは誰も死んでいない。俺も死んでいない。そうだ、結果が全てだ。勝ちは勝ちなんだ……!)


 そう自分に言い聞かせながらも、俺の心には重い鉛のような後悔が沈殿していくのを感じていた。

 この初陣は、俺の評判を地に落とすには十分すぎる出来事となったのだった。

 

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