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第1話 転生王子、詰む

 レンデガルド王立学院の壮麗な正門に、いかにも『ファンタジー世界の貴族が乗ってまーす』感満載の、やたら装飾過多な馬車が到着した時、俺は退屈そうに窓の外を眺めていた。

 分厚いガラス(魔法製か?)越しに見えるのは、絵に描いたような中世ヨーロッパ風の石畳の道。

 朝日にキラリと光る騎士団員の鎧。

 その金属音と、風に乗って聞こえてくる……なんかキャッキャウフフしてる生徒たちの笑い声。


「ちっ、青春かよ。こちとら生存がかかってんだぞ」


 思わず悪態が漏れる。

 隣には俺の双子の妹のマリエッタも座っている。

 こいつも今日から俺と同じく、このクソッタレな学院に入学だ。

 金髪をふわふわのツインテールにし、俺とお揃いの碧色の瞳をキラキラさせて、今は俺の腕に遠慮がちに抱きつきながら、窓の外の景色に無邪気に目を輝かせている。

 いかにもな『可憐な王女様』『可愛い妹キャラ』ってやつだ。

 まあ、顔は一級品なんだが、ゲームじゃ重度のブラコンで、俺(元の王子)にべったりだ。

 それが原因で厄介事を引き起こすこともあったはずだ。

 ……くそ、厄介キャラ多すぎんだろ、このゲーム。


 視線を上げれば、ゴシック建築とかいうやつか? やたら尖った塔が朝日を浴びて荘厳な雰囲気を醸し出している。

 塔のてっぺんには、これ見よがしにデカい宝石……じゃなくて、結界石ってやつがキラキラ輝いていた。

 空気にはそこはかとなく草木の香りが混じり、遠くから剣を打ち合う音……あれ、練習か? いや、マジの斬り合いだったらどうしよう。

 治安悪すぎだろ、この世界。


 馬車の中から、この物語の……って言っても誰も知らねえだろうが、メイン攻略キャラ(仮)である俺は、学院の中央に見える一際でかい塔……魔力炉ってやつに目を向けた。


「あれがドカンと爆発して全滅エンドもあったよな……ほんと、しょうもないクソゲーだわ、これ作ったやつマジで呪ってやる」


 俺は小さく鼻で笑い、この世界に存在しないはずのゲームライターを心の中で罵倒する。

 

 いや、マジで。何で俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ。

 前世じゃしがないバイト暮らしの、友達ゼロ、彼女なし、趣味はソシャゲとネトゲっていう、絵に描いたようなクソザコ陰キャだったってのに。

 トラックに轢かれたと思ったらこれだよ。

 隣で「お兄様? 何か面白いことでもありましたの?」なんて無邪気に聞いてくる妹もセットで付いてくるとか、聞いてねえぞ。


(はぁ……ここが俺の戦場、ね。酷え話だぜ、まったく)


 この麗しい顔に騙されるなよ。俺の名はアレクシス・レオンハルト。

 この国、レンデガルド王国の由緒正しき第一王子。

 巷じゃ金髪の貴公子とか呼ばれてチヤホヤされてるイケメンキャラだ。……いや、キャラだった、と言い直そう。

 今の俺は、そのイケメン王子(設定上)の身体に、前世のクソザコ陰キャの魂がすっぽり収まっちゃった、残念な転生者なのだから。

 隣の妹も見た目は完璧なプリンセスだが、中身の俺から見れば将来の不安要素でしかない。


「はぁ……」


 何度目かのため息をつきながら馬車を降りると、誂えの良い革靴が石畳にコツンと上品な音を立てた。

 くそ、足音までイケメン仕様かよ。

 続いて、マリエッタも侍女にエスコートされながら、ふわりとした豪奢なドレスの裾を揺らして降りてくる。


「お兄様、お待ちくださいませ!」


 甲高い声で俺を呼び止め、小走りで駆け寄ってきて、また俺の腕にひっつこうとする。

 ったく、お前は侍女と行動しろよ……と言いたいが、今は波風立てたくない。とりあえず、そのままにしておく。


 背後から、俺の忠実なる側近、カイル・アシュトンが山のような荷物(俺とマリエッタの分だ、たぶん)を抱えて続く。

 茶色の髪に、灰色のチュニックと革ベルトっていう、いかにも従者ですって感じの質素な装い。

 ゲームだと、ただ王子に付き従うキャラだが、今は俺にとって数少ない(というか唯一の)気心の知れた相手だ。


「アレクシス様、マリエッタ姫殿下、お荷物は私が部屋までお運びします。まずは学長へのご挨拶をどうぞ」


 カイルの妙に明るい声が響く。

 こいつ、性格も設定通りなら底抜けに人が良くて忠実なんだよな。まあ、利用させてもらうけど。

 俺は軽くカイルの肩を叩き、「ああ、そうするか。頼んだぜ、カイル」と、王子らしからぬ砕けた口調で答えた。


 カイルは一瞬きょとんとしたが、「はい、アレクシス様!」と元気に返事をした。

 こいつ、チョロいな。隣でマリエッタも「カイル、わたくしたちのためにありがとう!」とか言ってる。


 明日は、ここレンデガルド王立学院の入学式。

 王子である俺も、王女であるマリエッタも、他の貴族の子弟と同様、この学院の寮で寝泊まりしなくてはならない。

 めんどくせえ。王宮から通わせろよ。


「さて、と……その前に、最重要事項の確認だ。アレが使えなきゃ、入学式どころか明日をも知れぬ我が身だからな……」


 学長へのクソつまらん挨拶(ほぼカイルが話し、俺は適当に相槌、マリエッタはお人形さんみたいに完璧な笑顔で座ってた)を適当に済ませた後、俺はカイルに「ちょっと1人になりたい」と嘘をつき、マリエッタには「侍女と一緒に先に部屋を見てきな」と適当に指示を出した。

 マリエッタは「まあ! 一緒に行きたいですわ!」と少し不満そうだったが、「先に準備しておけ」とかなんとか言って丸め込み、侍女に連れて行かせた。

 よし、これで1人だ。


 俺は中庭の隅っこにある、見るからに古びた噴水の傍へと移動した。

 苔むした石からは濁った水がチョロチョロと流れ、水面には枯れ葉がプカプカ浮いている。

 湿った土の匂いと、なんかジメッとした薄暗い空気。


 いかにも『ここでヤバいことが起こります』的な雰囲気の、静かな空間だ。

 よし、ここで試そう。


 俺は深呼吸して、意識を集中した。

 ゲームでのアレクシス王子は、強力な炎の魔法使いだった。

 その力の源は、体内に宿る『属性核』ってやつだ。

 俺のキャラ……じゃなくて、この身体の属性核は『炎』。

 胸の奥で微かに、ほんと微かにだが、熱のようなものが蠢いている気がする。

 手のひらに意識を向けると、力が集まってくるような……気がしないでもない。


「よし……いけるか? ゲームじゃボタン一発だったけどな……」


 俺は気合を入れ直し、中二病全開の詠唱を思い出す。

 くそっ、こんなの口に出すとか罰ゲームかよ! でも、背に腹は代えられぬ!


「炎よ! 我が魔力を喰らいて顕現せよ! 食らい尽くせ! 焼き払え! 『炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント!』」


 渾身の力を込めて叫んだ!

 手のひらに全神経を集中させる!

 ゲームで見た、敵を一瞬で灰にする圧倒的な炎の奔流が、今、ここに!


 ……パチッ。


 手のひらから、ちっっっっっっさな火花が、本当に申し訳程度に弾けた。

 それはまるで静電気かライターの火花レベル。

 赤い光が一瞬だけ、本当に一瞬だけ閃いて、風に吹かれて……消えた。


「……は?」


 俺は自分の手のひらを見つめたまま、固まった。

 え、嘘だろ? 今の、マジ?


「いやいやいや、待て待て待て。何かの間違いだろ? 集中力が足りなかったとか? 詠唱がヘタだったとか?」


 もう一度だ! 今度こそ!


「炎よ! 来い! 来いってんだ! 『インフェルノ・ジャッジメントぉぉぉぉぉ!』」


 パチッ。パチパチッ。


 さっきよりは数が増えた気もするが結果は同じ。

 数粒の、本当に涙ぐましいほどの火花が虚空に弾けて、儚く散るだけ。

 ……なんだこれ。線香花火の最後の悪あがきかよ。


 俺は自分の手のひらを睨みつけ、額にじっとりと冷や汗が滲むのを感じた。

 心臓がバクバクと嫌な音を立てて暴れ出す。

 膝がガクガク震えだし、立っているのがやっとだ。


「ふ、ふざけんな……マジかよ! これが俺の……アレクシス王子の切り札だってのに! ゲームじゃザコキャラワンパンだった超火力魔法が、このザマかよ!」


 恐怖が全身を包み込み、俺は噴水の縁にへなへなと腰を下ろして頭を抱えてしまった。

 胸の奥で微かに感じる熱は確かにある。

 でも手に現れるのは、この情けなくて、貧弱で、ハッキリ言ってゴミ以下の火花だけ。

 なんだこのオチ。転生特典どこいったんだよ!


「何だよこれ……転生バグか? 仕様変更か? それとも、俺の魂がクソザコすぎて、王子の器に耐えられてねえってことか?」


 ゲームの設定を必死に思い出す。

 属性核は魂と肉体の調和によってその力を発揮する。

 アレクシスというキャラクターは、間違いなく強力な炎の使い手だった。

 だが、今の俺は前世の冴えないクソザコの魂が、王子の肉体を無理やり動かしている状態だ。


「魂と肉体がズレてんのか? そりゃそうか。前世じゃ火なんてライターでしか扱ったことねえもんな。

 ……そんなクソザコが、いきなり最強魔法ぶっ放せるわけねえか」


 舌打ちして自嘲する。自分の魂が原因だと薄々気づいていたが、認めたくなかった。


「ゲームじゃあんなに簡単に『炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント』ぶっ放してたのによぉ……現実はシビアすぎんだろ、クソが!」


 視界がぐらぐら揺れて、喉がカラカラに渇く。

 絶望感が全身を襲い、俺はこのまま詰んでしまうのではないかという恐怖に襲われた。


「『炎獄の裁きインフェルノ・ジャッジメント』がねえと、最初の魔族襲撃イベントで死ぬじゃねえか!

 騎士団の連中だって、いざとなったら俺の魔法頼みなんだよ設定上は! どうすんだよ、俺! 死ぬ! 絶対死ぬ!」


 そう、ここが重要なんだ。この一見すると華やかで平和そうな学院も、ゲームのシナリオ通りだともうすぐ戦火に包まれる。

 魔族が本格的に侵攻してきて、人も街も容赦なく破壊される。

 さらに、このゲームは死んだキャラが生き返るような甘っちょろい仕様じゃない。

 リアルな死が待っている、正真正銘の死にゲーなのだ。


 俺に残された道は戦いから逃亡して、どこかでコソコソとしばしの間を生き延びるか、あるいは数日後に始まる最初の戦闘で、あっけなく死ぬかの二択しかないように思えた。

 絶望が全身を支配し、俺はただ噴水の縁で頭を抱え続けるしかなかった。

 

次回本日15時公開!

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