香茶と魔法の練習
来ていただいてありがとうございます!
「逃げなきゃ……!」
「落ち着け、ノーラ!!逃げるって、あてはあるのか?」
「無い……けど、あの人は王弟、国王様の弟なの。王家の人だからエルドレット殿下の味方なの!」
ヴァイスに説明しながら、私はベッドの下のカバンを取り出して、着替えと筆記用具、稼いだ僅かなお金と木の実を詰め込んだ。
「そうだ!本は持ち出せないから、一応レシピの書きつけも持っていこう」
「落ち着けって!町から転移門を使ってここへ戻ったことは知られてないんだ!」
あの時、ヴァイスが放った風の魔法がシルヴァンを足止めしてくれている間に、私達は別の出口から墓地へ行き転移門で森へ帰って来た。「転移門」という魔法は学園の授業でも習わなかったヴァイスのお師匠様のオリジナルの魔法だ。前世ではよく小説やアニメに出てきた魔法だったから、私にはなじみがあったけど。
「それに!ノーラは大事なことを忘れてるぞ!」
「大事なこと?」
「そうだ!ここは一体どこなんだ?」
「ここ、は森の中の小屋。森……魔の森」
「そうだ。別名「死の森」。毒の霧が阻むからここへはおいそれと人は立ち入ることができない」
私は荷物をまとめる手を止めた。ヴァイスが震えてる私の手の上にちょこんと座った。
「ましてやこの小屋がある場所は森の最深部にある。お師匠様は他人に煩わされるのが大嫌いで、わざわざここを選んだんだ」
「それで毒の霧の真ん中に……?ヴァイスのお師匠様って、その、変わった方なんだね」
他人に煩わされるのが嫌なら、普通の森とか、山の中とか、誰も来ないけど安全な場所は他にもあると思うけど。
「変わってるというか、変人なんだよ」
ヴァイスはため息をついた。
「それに何の説明もなしに私をこんな姿にする非道な方だ」
「ふふっ。それでもヴァイスはそのお師匠様が好きなんだね」
「どうしてそうなる?!」
「だって、きちんとお師匠様の言いつけを守ってこの小屋と木々を守ってるもの」
あ、ヴァイスが黙っちゃった。図星かな?ヴァイスの頬がほんのり赤い気がする。
「……私のことはいい。とにかく、その王弟……」
「シルヴァン……シルヴァン・ウィステリア・スフェーン様……」
「そのシルヴァンはここを見つけられないだろう。仮に森を探索したとしても、毒の霧がノーラを隠してくれる。だから大丈夫だ。一月もこもっていればさすがにそいつも諦めるだろう」
「そう、だね……。そうだよね」
「ただ、いざという時に逃げられるように、お師匠様が開発した魔法を習得しておこう。例えば隠形とか、簡単な攻撃魔法とか」
「……私にできるかな」
できたら役に立つし、心強いけど。
「大丈夫さ、今のノーラなら!」
「今の私?」
「ああ!この小屋の中で魔力を使って色んなものを作っただろう?ノーラの魔法のレベルはかなり上がってきているぞ!」
「魔法のレベル?!そんなのあるの?それに私魔力なんて使ってないよ?」
「何を言ってるんだ……」
ヴァイスの説明によると、この小屋で生活するのに私は魔力を使い続けていたらしい。明かりを灯すのも、本を読むのも、オーヴンに火を入れるのにも、木の実を使って料理をするのも全てに魔力が必要だったんだって……。
ヴァイスのお師匠様が残した本にも魔法がかけられていて、レベルが足りないと理解を阻害するようになっていたそう。だから時々よく意味が分からない記述があったんだ。単に私の知識が足りないんだと思ってた。
「ほら、最後まで実をつけなかった木があっただろう?あの木はノーラの魔力に反応して青い実をつけたんだ。ノーラの魔力の色と同じ色の実を。ノーラの魔力が大きいから、たくさんの実をつけたんだぞ。私の時はあそこまで数多くの実をつけることは無かった」
「私の魔力、の色?!」
やだ、この世界ってそんな設定あったんだ!あの木も魔力判定装置みたいな役割があったんだ!なんか、かっこいい!さっきまで物凄く不安で物凄く怖かったのに、気にならなくなってきちゃった。
「元気が出てきたな。じゃあ、取りあえず今日からはさっきも言った隠形の習得から始めて行こう」
「はい!師匠、よろしくお願いします!」
えへんと胸を張るヴァイスにほぼ土下座の姿勢で頼み込む私。なんだかおかしくて、思わず顔を見合わせて笑いあった。
私って単純だわ。でもやたらと不安がっているよりも、万が一のためにスキルを磨くのは大切なことだよね。うん。頑張ろう。もしこの森を出ることになっても一人でやっていけるように。
「じゃあ、訓練の一環としてまず香茶を淹れてくれ」
「それ、ヴァイスが飲みたいだけでしょ……。でも私も飲みたいな。お湯沸かすね」
緊張のせいか喉がカラカラだった。二人でお茶を飲んでお菓子と木の実をつまんでから、練習開始。夕方になる前には隠形を習得することができた。凄く集中しないと魔法が解けてしまうから、何度も練習するようにヴァイスに言われた。でも、これで次に見つかりそうになっても何とか自力で逃げることができる。その夜、私は安心して眠りにつくことができた。
でも、この時の私は失念していた。どうしてシルが隣国へ留学していたのかということを。
ここまでお読みいただいてありがとうございます!