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串焼きの誘惑

来ていただいてありがとうございます!



「みんな喜んでくれて良かったな、ノーラ」

「うん。それに……!」

「ああ。凄いじゃないか!」

「やったー!!町のお菓子屋さんに商品を卸せることになりました!!」

「誰に向かって言ってるんだ?」

(そら)!」


町の外れにある孤児院へ昨日作ったジャムサンドクッキーを持っていった帰り道。いつもなら町の中心を避けて一度どちらかの街道へ出てから転移門のある墓地へ向かうんだけど、今日の私はちょっと気が大きくなってたんだ。だって、町のお菓子屋さんが私のケーキをお店に置かせて欲しいって頼みに来てくれたの!この町は街道の途中にあってお菓子屋さんがいくつかある。その中でもこじんまりしたカフェも併設してるような可愛いお店で、人の好さそうな若いご夫婦が営んでるお店だった。常連さんの中に(いち)に来てくれたお客様がいてお店でも食べたいって言ってくれたんだって!


「今日はお祝いに串焼きでも買って食べよう!」

「いいな!でも大丈夫か?」

「うん。前からちょっと食べてみたいって思ってたんだよね」

常設されてる屋台で売ってる串焼きはいい匂いがしてて、食べてみたいと思ってたんだけどちょっと手が出ないお値段だった。結構いいお肉を使ってるらしい。それに一応貴族令嬢としては外で立ち食いには抵抗があったんだ。

「今日は特別!でも高いから半分こね」


早速町の中心部へ行って串焼きを買った。大ぶりのお肉が四つ串にささってて、タレを焼いた匂いが香ばしい。路地へ入って行って小さめの広場の噴水の縁に座ってヴァイスと半分こして串焼きをほおばった。ここなら座れるし、人も少なめだからちょうどいいって思ったから。

「美味しい……!」

「うん。久しぶりだ」

「私も久しぶり……!」

「ん?ノーラも前に食べたことがあるのか?」

「え?!いや、えっと同じような味付けの料理が出たことがあって……」

「そうか。ノーラは貴族のお嬢様だったな。料理人のつくる料理も美味しいんだろうな」

前世では体調がいい時にドライブへ連れて行ってもらうことがあった。サービスエリアでこういうの買ってもらったっけ。楽しくて美味しい思い出……。


「熱々で美味しいね」

「そうだな。……最近ノーラは良く笑うようになったな。良い事だ」

「え?私そんなに笑ってる?」

「ああ、とてもいい顔をしてる」

「そうかな……。うん。私、貴族令嬢の生活は向いてなかったのかもしれない」

「森での暮らしが楽しいなら良かった……」

「うん。楽しいよ……え……」

今、何かを見た……。通りの向こうにいた人は……!

「どうした……?!」

私の顔がこわばったのを見て、食べ終わった串を構えるように持ったヴァイス。

「い、今知ってる人がいたような気がするの」

あの銀の髪……まさか、でもこんな所にいるはずない。


「シル……」


シルヴァン・ウィスティリア・スフェーン


現国王様の年の離れた弟で今は留学してるはずの方。そう、ここに、この国にいるはずない。だから大丈夫よ。胸がドクンドクンと早鐘を打ち出す。不安が溢れてくる。どうしよう、物凄く怖くなってきた。本物?見つかったらどうしよう。髪……大丈夫。三角巾はちゃんとしてる。髪は隠せてる。でも今日は三角巾はしてるけど眼鏡をしてない。目が、顔が隠せてない……。やだ……私油断しすぎだ。

「逃げなきゃ……」


震える私の肩に飛び乗ってヴァイスがささやく。

「落ち着け!知ってる人というのは今あの宿屋の中へ入った奴か?」

「……うん」

「とりあえずそっと立ち上がって普通に歩け。建物の影に入るんだ」

「…………」

どうしよう、私が生きてることがバレた?どうしよう、どうしよう。

「大丈夫だ。一応隠形の魔法をかけてある。あまり得意ではないがな」

「そうなの?」

知らなかった。聞いてないよ。

「ああ、だから落ち着け!」

「うん。ありがとうヴァイス」

少し落ち着いた私はそっと歩き出し、どうにか見つからずに町の外、南の街道へ出口へ辿り着く事ができた。

「良かった……。誰も追ってこない。見つからなかったんだ」

ホッと息をついた私の耳元でヴァイスが息を呑む音が聞こえた。

「ノーラ……あれ」

私の体は固まって動けない。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



魔の森の一番近くの町

南への街道への入り口



「って思うでしょ?でもちゃんと見つけたんだよ?」

シルヴァンはにっこりと笑って一人の少女の前に立った。いつかの絶望した顔はもう無く、満面の笑顔。だって南へ向かう街道の入り口でエリノーラ・アストリアと再会できたのだから。三角巾と平民の服装で変装をしてるつもりだろうけどその美しさや気品は隠しきれてない。シルヴァンにはそれが微笑ましく思われた。





シルヴァンは幼馴染の侯爵令嬢であるエリノーラ・アストレイの残酷な結末について聞いて愕然とした。

「あの魔の森へ?何故……どうしてそんなことを……!」

端正な顔を両手で覆ったシルヴァンの口調にはエルドレットを責める色があった。

「行き違いだったんだ。僕が命じたのは王都からの追放だけだった」

苦しみをにじませた声を吐きだすエルドレット。

「それだけでも厳しすぎるね……」

顔を上げたシルヴァンはエルドレットを見たが、その紫色の瞳には厳しい感情が宿っていた。


シルヴァンのそんな表情を見たことがある者はごく少数に限られる。彼はいつでも誰の前でも温厚な笑顔を崩すことが無かったからだ。エルドレットは背筋が凍る思いだった。本気で怒った彼はとても恐ろしかったことを思い出したのだった。


「……っアリスが怯えていたんだ。彼女は階段から突き落とされて怪我をしたんだ!」

「突き落とされた?本当に?足を滑らせたのではなくて?」

「ア、アリスが嘘をついていると?」

「そんなことは言ってないよ。ただ、誰にでも勘違いというものはあるからね」

「い、命の危険を感じた彼女はとても怯えていたんだ。だから……」

「君が魔の森にリノーを置き去りにするように命じたの?」

「違う!!僕は何も命じてない!アリスに傾倒した兵士達が勝手に……」

「ローザリア伯爵令嬢のお気持ちに忖度したという訳だね」

「…………っ」

立ち上がったシルヴァンはそれ以上エルドレットの言い訳を聞くことなく、その場を後にした。







「探したんだよ、リノー。君をここへ連れてきた兵士達に案内させたんだ。魔の森を探索したら、ちぎられたロープを見つけたんだ。だからね、君が生きてる可能性は高いと思って探してたんだ。やっぱりこの町にいたんだね」

シルヴァンは嬉しそうに説明しながらエリノーラに近づいた。エリノーラは立ち止まったまま動かない。肩に小型の動物を乗せているのが気になったが、それは些末なことだと思った。


「どうしたの?リノー」

何年かぶりに再開した幼馴染の侯爵令嬢は何の反応もしてくれない。シルヴァンにはそれが寂しかった。



もしかして、僕の事を覚えてない……?いや、いくらなんでもそんなことは無いはずだ。もしかして人違い?他人の空似?いや!僕が彼女を見間違うはずはない!彼女は確かにリノーだ。



シルヴァンがもう一歩近づくと、深い青い瞳を潤ませて一歩後退ってしまう。シルヴァンは気が付いた。エリノーラを怯えさせているのが自分だと。エリノーラはシルヴァンを「敵」だと思っているのだと。

「待って!違うんだ!リノー、僕は……」

「敵」じゃない、そう言おうとしたその瞬間、物凄い突風が吹き荒れ、シルヴァンは思わず顔を腕で庇ってその場に膝をついてしまった。


風がやんだ後、シルヴァンが顔を上げるともうその場にエリノーラの姿は無かった。通行人達は今の突風に一様に驚いた顔をしている。「ものすごい風だったな」とか「この辺りでは珍しいな」などと口々に言い合ってるが、エリノーラの肩に乗っていた小動物が棒のようなものをこちらへ向けたのをシルヴァンの目は捉えていた。


なんだ……?あの動物の力か?リノーにはこういう魔法は使えないはずだ……。……リノー怯えてた。



「リノー……」


エリノーラに信じてもらえなかったことはシルヴァンの心を傷つけていた。シルヴァンの切なげな声はエリノーラには届かない。





ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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