惨敗と光る木の実
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「ぜ、全然売れなかった……」
「うーん……」
晴れた春の日、私は人生初の出店にチャレンジしてた。森に一番近い町へ転移門で移動して、開催された市でケーキ屋さんをやったんだけど、結果は惨敗だった。一つも売れなかった。
「自信作だったのに……」
前世の知識をフル活用(レシピうろ覚え)してつくったチョコレートパウンドケーキだったのに。
「大赤字よー!!」
材料費はほぼ無料だけど、ケーキを入れる紙袋とかも用意したからやっぱり大赤字だ。商品を並べたテーブルの下に座り込んで頭を抱えてしまった。テーブルの下のかごの中に入ってるヴァイスもうーん、と腕を組んで考え込んでる。
「美味しいのになぁ」
「うう、試食も出したのに。食べるだけで買ってもらえなかった。泣ける」
「本当に全然売れなかったな。やっぱりそのヘンテコな眼鏡が駄目なんじゃないのか?」
「えー……そうかな?でもこれヴァイスのお師匠様のでしょう?そんなに変?」
私は大きすぎてちょっとずれた、レンズの厚いドラゴンの牙みたいな形の眼鏡をかけ直した。ヴァイスは商品を置いた机の下で呆れたように頷いてる。
「お師匠様の趣味は最悪通り越して、どん底を突き破ってるから」
「ヴァイスって本当にその人の弟子なの?」
「勿論だ。魔法の能力は尊敬してるぞ」
「そ、そう……」
今日の私は道具箱の底の方にあった眼鏡をかけて市に店を出していた。魔法がかかった強めの拡大鏡で、かけると頭がグワングワンしたけど、ヴァイスが魔法をかけてくれて拡大鏡の効果を消してくれたから、ちょっと変わった形なだけの伊達メガネになったんだ。
「私にもこれくらいはできるんだ」
「ヴァイスは他にどんな魔法が使えるの?」
「得意なのは攻撃魔法だ!」
……すっごい物騒なリスだった。私、よく攻撃されなかったわね……。
「私の髪や目の色を変えられたりしない?」
「いや、そういう繊細なのはちょっと……。打ち消す、破壊する、ぶっ放す系の方が得意だ」
「…………」
本当に過激なリスだわ。
「ノーラはそんなにきれいな深い青色の瞳なのに。髪だって……」
「前にも言ったけど、目立ちたくないの」
カラーコンタクトでもあれば良かったんだけど仕方ないね。髪の方はショールだと動きづらいから三角巾で隠す事にした。前髪も後ろ髪も全部三角巾の中にしまってあるから、目立つことは無いと思う。
「もうそろそろ夕方ね。今日は店じまいして帰ろう……」
見れば周囲の店もおしまいの準備に入ってる。片付けようとして立ち上がった私の目に入ってきたのは、ん?テーブルの上に小さな手?
「お姉ちゃん、これ食べてもいい?」
試食用のかごに入れた小さなケーキを指さす小さな指。
「どうぞ」
テーブルの向こうに回ると明るい茶色のふわふわの髪の5歳くらい(?)の女の子がいた。幼稚園くらいの子かな?手にはお花を入れたかごを持ってる。お花を摘んで遊んでたのかな?
「わあ、美味しい……!」
「良かった」
味は大丈夫だったんだ。でもどうして売れないんだろう?私はまたちょっと落ち込んだ。
「これ全部貰っていい?みんなにもあげたいの」
試食のかごを持っていこうとする女の子はエイミーと名乗った。
「いいけど……どうせならこっちを持っていって!」
私は売れ残ってしまった商品を紙袋に入れて渡した。
「いいの?これ貰っても」
「うん、今日は特別ね。みんなで分けて。次はできれば買ってもらえると嬉しいな」
「……ありがとう!」
女の子は嬉しそうにかごを持つと走って行った。
「あ!待って!一人で大丈夫?!お父さんかお母さんは!って行っちゃった……。近所の子なのかな」
「あの子は……たぶん町はずれの孤児院の子だな」
テーブルの下から声がする。
「孤児院?」
「ああ、花を摘んで売ってたんだろう」
「ええ?!あんな小さい子が?!」
「孤児院はどこもそんな感じだよ」
「そんな……」
あの子ずいぶん痩せてた。ちゃんと食べられてないのかもしれない。そういえば流行り病のせいで孤児が増えて孤児院の運営は厳しいって聞いたことがあったわ。今度パンやお菓子を差し入れに行こうかな。どうせ材料費はタダだし。
不思議なことに採っても採っても木の実や果実は尽きることが無かった。魔法の研究成果だし、こういうものなのかもって特に不思議には思わなかった。
それから私は何度かケーキやパンを焼いて孤児院を訪ねた。最初は不審がられたけど、エイミーの知り合いだとわかると快く受け入れてもらえた。孤児院の子ども達は親のいる近所の子ども達とも遊ぶことも多くて、私のケーキが美味しいって自慢したらしい。その家族が買いに来てくれて二度目の市ではケーキがたくさん売れた。完売とはいかなかったけど、前世でもバイトなんてしたことなかったから初めて自分でお金を稼げて凄く嬉しかった。
「しかし、出店手数料を考えるとあまり儲からなかったな」
「うん。商品を増やしたりして、もうちょっと売れるように工夫しないとだね」
町から転移門を使って森に帰って来た時にはもう薄暗くなってしまってた。
「あれ?あの木……」
「おお!実をつけてるじゃないか!」
今まで小屋の周りの木で唯一実をつけなかった木があった。その木に実が付いてる。辺りは薄暗いけどすぐにわかった。だって……
「青く光ってる……。綺麗……」
もみの木とは違うけど、青一色のクリスマスツリーみたいで幻想的な光景だった。
「そろそろ、薬づくりに挑戦してもいいかもしれないな」
肩に乗ったヴァイスが呟いた。
「薬って、私には無理なんじゃないの?」
「ん?無理なんて言ったか?まだ難しいって言っただけだぞ?今のノーラならきっとできるよ」
ヴァイスはそういって嬉しそうに笑ったけど、私にはいまいちよくわからなかった。
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ある春の日の王城
第三王子エルドレットの私室
「今、なんて?」
飲みかけた香茶のカップが音を立ててソーサーに置かれた。いつものエルドレット王子にはあり得ない行動だった。エルドレットは久しぶりに城へやって来た叔父の言葉にそれほど動揺した。
「だから、冤罪だったんだよ」
「でもシル、彼女の犯行を見た生徒達がいるんだ」
「それは確かに彼女だったのかい?そう尋ねたら、確信はないってみんな言ってたよ」
「……みんなで僕に嘘をついたのか……」
愕然とするエルドレット。
「ううん。嘘はついてないよ。ただみんな後姿を見ただけだったんだ。彼女の特徴的な青みがかった銀色の長い髪をね」
「それなら!そんな珍しい髪色をしてるのは彼女だけだ!」
「そうかな?」
パチンッ!
指を鳴らしたシルヴァンの髪はまさにその髪色の持ち主、エリノーラと同じ色に染まっていた。
「なっ!」
「髪色なんていくらでも変えられるよ。かつらという手もあるし」
「誰かが彼女に濡れ衣を?しかし、そんなことをする必要が無いだろう?」
「あるさ。だって君はリノーよりもローザリア伯爵令嬢に惹かれていただろう?」
「……っ僕は何もしていない!そんな卑怯な真似!」
「うん。わかってるよ。エルはそんなことはしない。ただ、彼女が表舞台から消えてしまえば喜ぶ人はいるかもしれないね」
「……そんな……まさかそんな……。でも……」
「ちなみに彼女には犯行時刻にアリバイがあるよ。まだ全てではないけどね」
シルヴァンはテーブルの上に紙の束を置いた。
「これは……!「王の目」の記録か……」
「うん。城や学園のような公共の場所には、防犯監視のために少なくない魔法道具が仕掛けられてる。その記録を洗い出したんだ」
「そんな……僕は何てことを……」
記録に目を通しながら、真っ青になるエルドレット。ブツブツと何事がを呟いてる。
「さあ!これでわかっただろう?早くエリノーラを迎えに行ってあげなくては!たぶん領地だろうから、早速僕が行ってくるよ!」
朗らかな笑顔でシルヴァンは立ち上がった。反対にエルドレットの体はソファに座りながらも床に沈み込みそうになっていた。
「駄目なんだ……」
絶望したようなエルドレットの言葉に少しだけ苛つきを覚えたシルヴァンだったが、それでも穏やかに聞き返す。
「何故だい?」
「たぶんもう彼女は……」
続くエルドレットの言葉にシルヴァンは表情を無くした。
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